第十五話 早く帰って欲しいな
不本意ながらも資源回収に競争システムを取り入れた結果、村は短期間の間に、想定を超えるほどの発展を成し遂げた。
その要因は多々あるが、中でも大きかったのは、新たに手に入れた素材によって、高品質な道具や建造物が作れるようになったことだと思う。
新素材について、まあ分かりやすくぶっちゃけるのであれば、今までは下位素材しか手に入らなったが、競争社会になり危険な地にも人が赴くようになったことで、上位素材が手に入り、それ相応の上物を作れるようになったと言えば分かるだろうか。
危険なためほとんど近づくことがなかった洞窟の奥にある縦穴。深い穴の底には、豊富な鉱物資源が眠っており、そこから回収できた鉄は、上質な鉄という上位の素材であるとアイテムボックスは認識をした。
木材も、村からかなり離れた場所にある深部と言われる未到達領域の手前で伐採された巨木は、木材ではなく、上質な木材だった。
このように、ベースとなる基本素材がグレードアップしたことにより、今まで(下)しか作れなかった木造住居のレシピに新しく(中)と(上)が追加された。
いやそれどころか、レンガ家屋、高級ハウスなど、外見だけならば、現代日本でも勝負できるような建造物も建築できるようになった。
俺はこの森を出たことがないので分からないが、村人曰く、規模は小さいが建造物に関しては、この世界でもっとも発展している共和国の首都と遜色ないそうだ。
つまり、現時点でアイテムボックスの技術レベルはこの世界に追いついたと評しても良い。だが、実は誰にも話していないが、今ある壁を簡単にぶち抜けるチート機能がすでに備わっている。
それが魔法道具や魔法武器の作成だ。
魔法道具・武器とは、道具や武器に予め、魔法を付与しておき、使用者が魔力を流すと、込められた魔法が発動するという特殊なアイテムである。
ただし、一流の魔法使いで付与魔法に特化した者でないと作成するのが困難な物らしい。
そのため、戦闘特化とはいえ一流の魔法使いが多数在籍するカルスタン家の中に魔法道具を作れる者がいないことから分かるように、魔法が付与された武器や道具は大変貴重で高価なため、ものによっては家や屋敷が建つくらいほど値段が高い。
その貴重な技能を俺は手に入れてしまった。
以前シギン婆さんの魔法をアイテムボックス内に収納した時、新たに魔法をアイテムボックス内に収納し、自分の制御下で解放する機能が追加されたが、それと同時に魔法が付与された道具や武器を作成できるレシピが解放されてしまったのだ。
例えば、魔法コンロ。
作成に必要な素材は、上質な鉄×2と上質な石材×1そして火魔法であるファイヤー×1の三つで、火を付ける際にレバーを下げ魔力を通し、レバーを戻すか込めた魔力が尽きるまで火を出すという事以外は日本でも売っているようなガスコンロそのものだ。
動力がガスや電気から魔力に変わったと覚えてくれればいい。
コンロ以外にも、魔法冷蔵庫や魔法扇風機など、現代日本でありふれた家電から、上級以上の魔法を素材にする魔剣レーヴァテインや魔剣バルムンクなど結構ヤバそうな武器まで、世の中に出してはいけないものが、素材さえあれば無限に生産が可能になった。
これらをフル活用すれば、この村が脅威的な発展をするのは間違いないが、俺は魔法付与化について一切誰にも話していない。
今まで職人が丹精込めて作るようなものが量産可能になる。この事だけでも、俺の価値はもう金銭では付けられないところまで来てしまった。この力は国が奪い合うレベルだ。
だから、この事を知った時、嬉しさよりもこの能力を知られてはいけないという危機感の方が強かったので、封印することを決めたのであった。
色々語ったが、魔法道具に関しては、俺以外は誰も知らないから一先ず放置しておこう。
今重要な事は良い素材が手に入り、良いものが作れるようになったことで、二か月と経たずに村が急速な発展をしたという事実だ。
石壁は倍以上の高さと頑丈さを持つ城壁へグレードアップし、粗末な木造建築は消えて最低ラインでもレンガ造りの家に変わり、壁の内部の面積も大幅に広げたことで畑まで作られた。
それに加えて、ここの噂を聞きつけたイスラの森を彷徨う多くの難民を受け入れて、受け入れた者達が自分達の生活向上のために大量の資源を持ってくるので、この勢いは当分続くだろう。
このまま、どこまでいくのだろうか?
怖さもあるが、ワクワク感もある。そんな毎日がいつまでも続くと信じていた。
だが、夢の終わりはある日前触れもなく突然訪れる。
「おい、アレはなんだ!!」
昼食を食べ終わり、一人で村の中央付近の広場を歩いていた時のことだった。突然、一人の村人が空を指さして叫んだ。
その声に釣られて、俺を含め多くの者達が顔を上げて、それを視界に捉える。
「な、何だ!!」
「デカいぞ! 空飛ぶ魚。いや鯨だ」
「鯨?あれは海の生き物だろ?何で空を飛んでいるんだ?」
「もしや、魔物か?」
驚く事に、村の外ではあるが、上空数百メートルの中空に、ここからでも百メートルを優に超すと分かる巨大な鯨のような生き物が空に浮かんでいた。
突然の未知の来訪者にパニック状態に陥る村人達。
それに対し、俺はなんとなくアレの正体を予想してはいるが、どう行動すべきか判断に迷っていると、偶然近くにいたのか、慌てた様子でゴードンがやってきた。
元々はこの村を狙う侵略者だったゴードンだが、かなりの頻度で会話をするので、気軽に話せるくらいには親しくなっている。
「お、ゴードンいいところに来た。アレが何か知っているのか?」
村民の数が千を超えても、カルスタン家と傭兵団はこの村の最大派閥であり続けている。その二大派閥のうちの一つのボスであるゴードンは、この村の権力者の一人であり、いつもは冷静にドンと構えているのだが、今日ばかりは様子が違う。
「アレは三年ほど前に、共和国の連中が建造したとかいう空飛ぶ船だ。確か空鯨船とかいう名前だったはず」
空鯨船か……。
やはり予想通り、飛行船の一種か。
「三年前はまだ傭兵をやっていた時代で、王国の貴族や商人に、大金を叩いてあれの情報を集めたことがある」
ゴードンが知る限り、あの空鯨船というのは、大陸三強の一つティルヘルム共和国に拠点を置く、世界最大の商会であるゼラシード商会が総力を結集して建造した世界で唯一の空飛ぶ乗り物だそうだ。
「竜騎士の加護を持つ王国の騎士団長をやっているあの憎き小僧以外に空を飛べるのはアレだけでしょうな」
竜騎士というのは、神から加護を与えられた七使徒の一人。この世界の歴史で空の支配者として君臨してきた竜騎士から唯一の看板を下ろさせたのは偉業と言ってもいいだろう。
しかも、恐らくあの大きさからかなりの人員と物資を積載できるはずだ。戦闘面よりも輸送面の方で目覚ましい活躍を期待できると思われる。
等と感心していたが、あんなのがいるのは想定外だと内心パニック状態だ。
自分でいうのも何だが、この村の防御力は鉄壁だと思っていた。
村を囲む堅牢な高い城壁に、仮に包囲されても全ての物資を壁内で確保できる生産能力。それに何より、馬車での移動が困難な未開発の深い森に、夜間にはゴブリン達の夜襲が待っている。
現に、帝国軍も一度失敗している。
故に、森の外にからの外敵に襲われる心配だけはないと高を括っていただけに、何の制約もない空からの侵入者の存在は脅威と言う他ない。
だが、ゴードンは俺の心配とは別の部分で不安な気持ちを抱いているようだ。
「マズイですぜ」
「何が?」
「アレは、あのゼラシード商会でも一隻しか建造できなかった代物で、現在所有している共和国防衛軍にとっては正真正銘の切り札だと思う」
魔法で飛んでいる以外の詳しい仕組みは分からなかったそうだが、どうやら建造コストが小国の国家予算以上と異次元な額だった事と、動かすために、最低でも十人以上の魔法使いを必要とするらしい。
大陸三強でも一隻作るのがやっとで、ゴードンが知る限り二隻目は存在しない。
ということはつまり。
「アレに乗っているはとんでもない大物ということか?」
「恐らく、共和国の大統領に近い大臣級の議員、いや下手したら大統領自身が乗りこんでいる可能性も十分に考えられるぜ」
……もうマジで止めて欲しい。
イスラの森中から難民が押し寄せている以上、外界の国が接触してくるのは時間の問題だったが、
いきなり三強の一角、つまり地球で考えれば、米中露クラスの国の最高指導者と、これから会談や交渉をしなければならないのは予想外だ。
心の準備ができていない。考えるだけで緊張して吐きそうだ。
何より、普通のサラリーマンだった俺にそんなお偉いさんを接待できる経験も能力もないし、勿論迎賓館のような賓客を歓迎する施設も流石にまだない。
この村で平和に暮らしたいだけなのに、何で、そんな大物が来るんだよ。と愚痴にしながら、俺は空を見上げて早く帰ってくれないかなと祈った。