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第十四話 世界の王の苦悩

 この大陸には大小合わせて二十を超える国が存在するが、大陸中央にあるイスラの森を取り囲むように隣接する国は三か国しかなく、同時にこの三か国は大陸三強と呼ばれている。


 一つ目は、軍事大国のバイキング帝国。かつてカルスタン家が仕えていた国だ。


 二つ目は、最も古い歴史を持つユグド王国。フェンリル傭兵団が長年拠点としていた国である。


 そして三つ目が、ティルヘルム共和国だ。


  



 大陸で最も発展していると言われるティルヘルム共和国の首都にある他国では滅多にお目に掛かれないレンガ造りで十階建ての巨大な商館の一室で、一人の男が忌々しそうな顔で机を叩き、怒りを爆発させていた。


「愚民どもめ!!今の繁栄が誰のおかげで成り立っているのか理解できているのか!!! あいつら豊かさを手に入れて本当に頭の中がおかしくなったのか?!」


 怒りを発散させた後、気分を落ち着かせるために葉巻を取り出した年齢が五十くらいの男の名前は、ダグラス・ゼラシード。


 共和国のみならず、世界最大の商会でもあるゼラシード商会の創設者にして会長だ。



 元々ティルヘルム共和国は、大陸中から集まった貧しい庶民や奴隷達が建国した大陸初となる血筋ではなく、選挙によって選ばれた議員と大統領が国を統治する比較的歴史の浅い共和制の国だ。


 女神の下に国民は皆平等。貴族も奴隷も差別もない公平で自由な国。それが、ティルヘルム共和国の建国理念だったのだが、王や貴族を否定する国を他国が心良く思うはずがなかった。


 幸いな事に、ティルヘルム共和国の国土は、攻め入るには厳しい山岳地帯にあるため、武力侵攻を受けることはなかったが、貿易面で高い関税を掛けられ、経済的には愚王が治める小国よりも貧しい大陸最貧国だった。


 これでは、血筋で人生が決まる王国や帝国の方がマシだと多くの国民が嘆き、国が崩壊寸前に陥った、正にその時一人の男が立ち上がった。


 それが、親族に貴族がいないから信用がないという理由で、貴族との大口の取り引きを奪われて、身分にとらわれずに自由に商いができる共和国に移住してきた若き商人ダグラス・ゼラシードである。


 共和国で新たに商会を立ち上げたダグラスの勢いは凄まじかった。


 まず、ほとんど手つかずで観光名所としては一級品の自然豊かな山々を調査した。


 次に山の下に、莫大な鉱物資源がある事が分かると、大陸各地から炭鉱夫や職人を集め、山々に穴を開けて無数の採掘所を作り、数少ない平地を買い取り工場を建設した。


 そして、次々と鉄製の製品を生産し安価で輸出を始めたのだ。


 勿論、最初は売れなかった。だが、良質な鉄で作られているので、品質はとても良くしかも値段も安いため、あっという間に各国の貴族や商人が買い求めるようになり、いつしか理不尽な関税などもなくなり、ゼラシード商会の製品は世界中で見られるようになった。


 しかしながら、この程度でゼラシード商会の躍進は止まらない。


 他の三強である王国や帝国と比べると人口も領土も三分の一しかない共和国が三強の一角と呼ばれる理由は、この国が日用品に留まらず、世界最大の鉱物資源産出国にして世界中で使われる武器のほとんどを生産し輸出している国だからだ。


 戦場において武器の性能が勝敗を決める。


 故に、勝つために、世界最高水準の共和国製の武器を各国が求めるのは当然の帰結だった。


 そして、その世界中が買い求める武器を原材料の調達から生産から販売まで一環して行っているのが、ダグラス・ゼラシード率いるゼラシード商会であった。

 

 それ故に、ダグラスの影響力は絶大なのだ。


 当然である。


 世界一位と二位の軍事力を持つ王国と帝国の双方の国軍や傭兵達が、ゼラシード製の武器に依存しているのだ。


 つまりダグラスが売らなければ、彼らは戦争すら満足にはできない。


 もはやダグラスの事を、世界の王と呼んでも過言ではないのだが、そんな男が狭い自分の執務室で怒りを爆発させていた。

 

「政治家共も、糞くらえだ。何が、次回の選挙で負けるかもしれないから、この妥協案を受け入れろだ。誰のお陰で議員になれたと思ってやがる!」



 確かにダグラス・ゼラシードの活躍により、たったの三十年で、最貧国であった共和国は世界屈指の裕福な国へと姿を変えた。


 三十年前は、藁小屋に住んでいた国民も、今ではレンガ造りの家で快適な毎日を送っている。


 数品しかなかった寂しい食卓も、武器輸出で稼いだ金で世界中から食材を買いあさり、共和国の一般民の食卓は、他国の小貴族並みだ。

 

 そんな歴代の大統領の数倍は国に貢献したであろうダグラスではあるが、現在国民の過半数が、彼に強い反抗心を抱きつつあったのだ。


 理由は多々ある。


 奴の欲望には底がない。


 強欲の化身があいつ。


 無能の人間は容赦なく首にする。


 自分の考えこそが、絶対であり、他人の言葉や意見に耳を傾けない。


 カネを稼ぐためならば、何でもする。


 自分と自分の商会が第一。


 才能と実績は認めるが、人間としてはどうかと思う。


 他国では貴族や王様を侮辱すれば不敬罪で処刑もありえるが、平等を謡う共和国では、法に触れるほど過激な事をしない限り罪に罰せられることはないため、堂々と嫌いな個人を批判できるので、このように、単純にダグラスの人間性が嫌いという声は少なからず存在する。


 だが人間性以上に、ダグラスのやり方を嫌悪している者の方が圧倒的に多い。


 法律では禁止されていないが、危険な炭鉱で低賃金で子供を働かせていた。


 お友達の議員の権力を使い、住人を強制的に立ち退かせて、家屋を潰し工場を建設した。


 炭鉱や工場の事故で大切な国民が死ぬのは嫌だ。


 そもそも、今日の繁栄が武器輸出の上に成り立つのが我慢できない。他人の不幸で飯を食うのが嫌。



 これらは全て事実である。


 ダグラスとしては、他国と違って、武器を直接手に取り戦争をしないで繁栄を掴むためには、多少の犠牲は仕方ないと考えている。


 それに何より、結局世の中、最後はカネなのだから、多くのカネを稼ぐためには、何でもやるべきだという考えを持っているため、声の大きい民衆の意見にはこれっぽちも共感できない。


 だが、現在大陸は、来るべき魔王の降臨に備えて大幅に軍備を整える、言わば魔王特需というべき状況にある。


 そのため、年中、国境線で小競り合いをしている王国と帝国以外の国々からも武器の注文が大量に届いており、とてもではないが生産が追い付かない。


 商会の利益を考えるのであれば、一刻も早く、新たな工場を建てなければならないのだが、それに対して日頃からダグラスを敵視する国民が待ったを掛けたのだ。



 もうこれ以上はたくさんだ! 


 新規で工場や炭鉱を作るのであれば、他国の領土で他国の人間を使ってやれ!


 世界で最も成功した自分達が他国のために武器を作るのはおかしい!


 そもそもゼラシード製の武器を装備する共和国防衛軍すらいらない! 武器生産拠点も軍隊も無ければ、魔王も我が国を脅威と思わないはずだから、工場を潰して軍隊も廃止した方が安全に違いない!




 馬鹿な発言は無視しても、今は作れば作った分だけ売れる。


 このボーナスタイムに何を馬鹿な事をとダグラスは憤慨した。


 しかしながら、ダグラスの意見を鵜呑みにすると選挙で敗れることを危惧した議員達が大統領と共に、多少は譲歩してくれと妥協案を提示して懇願してきた事と、本社の前でデモ行進をされて工場や採掘場でもストライキの気配があるため、流石のダグラスも自国内での増産計画は断念せざるをえなかった。


 でも、他国で武器を生産するというのは、どう考えても無理な話だった。


「議員連中め、俺を何でもできる世界の王か何かと勘違いしていないか?」


 共和国一の資産を持つが、身分制度のない共和国では所詮は一般人で、他の国民と同じく一票しか持たない。


 それでも裏工作やらで特定の議員を当選または落選させることもできるが、勇気ある、もしくは愚かな議員の決断により不利益を被ることもある。


 他国の軍事力を衰退できるほどの影響力を持つが、政治家ではないので、自国の政治には何ら決定権を持たない。


 そんな、国内ですら満足に掌握できない小さな人間が、どうして他国で武器の生産から販売までできるというのだ?


 それに、万が一、他国に武器工場を建設できたとしても、完成したと同時に、王や貴族の強権で接収されて、技術やノウハウを奪われるのがオチだ。


「どこかに、何処の国の土地でもなく、豊富な資源も眠っていて、ついでに消費地に近い場所はないものか」


 そんな夢のような場所あるわけがない。


 などと、柄にもなく非現実的で都合の良い事を無想したダグラス。


 その時だった。彼の頭の中にそのような夢の地が思い起こされた。


「いや、しかし……だが調べる価値はあるか」


 ダメで、元々。


 こうして、ダグラスは、共和国のお隣にある誰も領有権を主張していないイスラの森の調査を命じたのであった。





 一か月後。


 とは言っても、イスラの森と言えば、あの帝国ですら開拓に失敗した魔境。


 調査隊を送ったが、工場を作るなど不可能ですという報告が来るのが普通だ。


 なので、共和国との国境に近い場所に、鉱脈を見つけたという結果ならば御の字だと、大して期待せずに、他の現実的な案を考えていたダグラスの下に、耳を疑うような一報が飛び込んできた。



「会長!調査隊からの報告で、イスラの森の中で、城壁に囲まれて千人以上の人間が安全に生活する一大拠点を発見したと!!」




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