第十三話 魔法を勉強する
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あれから更に一週間の時が過ぎ、新たに二つの集団、計三十人の居住希望者が現れた。
カルスタン家や傭兵団と同じように、故郷を追われてイスラの森に追放された者達である。もっとも、カルスタン家や傭兵団のように、元々実力と知名度を持った集団ではない。
故郷である帝国を追われた貴族の一党が五人と、飢饉に苦しみ税を払えず王国の領主に捕まる前に、イスラの森に逃げてきた二十五人の農民達だ。
帝国から来た貴族の一党の方は、勉学と戦闘の両方で高い教育を受けており、彼らだけでも、当分は、この森で暮らしていけそうだったらしいが、安全な場所を求めてやって来たそうだ。
反対に王国から来た農民達の方は、元々、村人全員、百人以上でこの森に足を踏み入れたそうだが、侵入から一か月で四分の三を失い、残りのメンバーも極度の疲労状態で、あと数日も持たないというところで、運良く、この地に辿りついたらしい。
新参者の二組の内、貴族の方は、こちらを教育も満足に受けられない蛮族と罵り、最初はこの村で主導権を握るつもりだったらしいが、カルスタン家とフェンリル傭兵団が住むこの場所で大きな顔などできるはずがなく、すぐにおとなしくなったそうだ。
それに対し農民達の方は、食事と命さえあれば他に何もいらないそうで、暫定村長である、ゴードンとシギン婆さんの指示に従い、素材集めを手伝ってくれている。
このように、新参者が来ても、ゴードンやシギン婆さん達が上手くやってくれているので、内心では、人口が増えるのはあまり心良く思わないのだが、折角ここまで来たのに追い出すのも可哀想だったので、こちらの指示に従うという条件で今後も入居を受け入れることにした。
人口も少しずつ増えているため、建築作業を一手に担う俺にとって忙しい毎日ではあるのだが、その日は、予定していた作業が早めに終わったので、この機会にと俺はエシャルさんにあるお願いをしてみた。
「え?魔法を教えて欲しい?そういえば、天田様が魔法を使っているところを見たことありませんでしたね」
そうなのだ。折角、魔法がある世界にやってきたにも関わらず、俺は一切魔法に触れていない。それは少しもったいないと思うのだ。
そして、幸運なことに、この村には魔法に秀でたカルスタン家が住んでいる。なので、教えてもらうことにした。
「分かりました。では僭越ながら、私がお教えします。山の反対側に新たにカルスタン家用の物資集積地を作ったのでそこでやりましょう。大丈夫です。まだできたばかりで空き地も同然ですから」
「……もしかして、ロカから逃げたいの?」
「そ、そんな事はありませんよ。ええ、あの子とは仲良くやっています」
俺から見ても、ロカ・フェンリルはもはやストーカーの域にいる。少しだけエシャルさんに対して申し訳ないなと感じつつも、下手に触れたらヤバそうな気配がするので、この話はもう止めておこう。
幸いにも現在、ロカはゴードンの元に行っているので、近くにいない、エシャルさんとしても息抜きの時間が欲しいのだろう。
さて話を戻すが、俺は関わっていないため、ほとんど知らないが、カルスタン家と傭兵団は村の外に採取した資源を村に持ってくる前に、一度集めておくスペースを森を切り拓きそれぞれ作っていると聞く。
ある程度溜まったら、そこから村まで運んできて、家賃分を俺に渡し、残りは、自分達の取り分として自家の倉庫に貯蔵している。
カルスタン家と傭兵団は、今は仲良く共同生活を送っているが、長い年月を戦場で戦っていたので、直接的な争いごとの代わりに、資源回収と村外での開拓で密かに競っている。
もっとも、傭兵団側は自分達で集めた資源の大半を俺に献上しているので、「どうだ俺達はこれだけ集めたぞ!」と自慢して終わりだそうだ。
今回、エシャルさんが、魔法の勉強のために提案してきたその場所は、そうした競争の結果誕生したカルスタン家の領地ともいうべき場所だ。
ああ、またややこしくなることをいつの間にかしやがってと思いながらも、教えと受ける身なので、軽く頷いて、目的地へと向かった。
「それでは、まず魔法に関して説明いたします」
カルスタン家所有の何もない殺風景な空き地に着いて早々に、エシャル先生の授業が始まった。
エシャルさんの説明によると、魔法には四つのレベルがあると言う。
初級魔法……生活を支える魔法。平均的な習得期間は約1年前後、火を起こしたり、コップ一杯程度の水を生成したり、生活レベルの魔法で、田舎に住む農民でも、一生の内に一つか二つくらいは習得している。
中級魔法……戦闘で使える殺傷能力の高い魔法。大半が遠距離攻撃魔法だが、身体強化の魔法などもあるため、中級魔法までは剣や槍を使う戦士でも習得が必須になる。平均習得期間は3~5年と言われている。
上級魔法……中級魔法よりもさらに高度な魔法。世間一般的には上級魔法を一人で発動できれば、魔法使いと呼ばれる。中級魔法までは、時間と努力さえあれば、どんなに魔法の才能がない人間でも習得できるが、上級魔法は魔法の才能がなければ習得することはできない。平均的な習得期間は最短でも10年以上で、習得に必要な期間が長すぎるため、一般的な魔法使いでも、人生でも三つくらいしか覚えられない。
極大魔法……一人の魔法使いでは発動できず、複数の魔法使いが連携して唱える大魔法。攻撃魔法であれば戦況を変えるほどの威力を誇る。このレベルの魔法を一人で発動できるのは、エシャルさんが知る中では、シギン婆さんと帝国にいる賢者と共和国にいる現世界最強の魔法使いくらいだそうだ。
なるほどね。
戦闘で使う魔法ならば才能の有無はあるが、たき火や飲み水を生み出す程度の魔法であれば、農民でも誰でも使えるのか。この事だけでも魔法はこの世界の文明を支える重要な技術だと分かる。
それに、魔法を使わない戦士職の人間でも、身体強化魔法だけは習得しており、この世界には魔法と無縁な人間は存在しないと思われた。
それなら、尚更、習得しないとな。
そう思っていたのだが、
「火よ、燃え上がれ、ファイアー!!」
エシャルさんに教わった通りに、意識を集中して魔法詠唱を行ってみたが、何も起きなかった。その後も、何度も繰り返したが、変化はなかった。
「あれ?」
こういうのって、習得に何年もかかるものを主人公がいきなり成功させて周りからちやほやされるんじゃないの?
俺は、どういう事だと救いを求める感じでエシャルさんの顔を見る。すると彼女は困った顔をしていた。
「ん~。これはちょっと」
いくら何でもいきなりは無理か。でも、才能は感じました、時間を掛けてじっくりいきましょうくらい言ってくれるのかと思ったのだが、
「……大変言いづらいのですが……才能が乏しいというか、全くないです」
……。
まあね。今まで魔法のない世界にいたし、漫画やラノベの主人公のように簡単には行かないよね。それでも、ここには魔法が得意なカルスタン家の皆様がいる。世界最高峰の魔法の先生達と言っても過言ではない人達が、だからきっと。
などどいう幻想は次のエシャルさんの一言で粉みじんに粉砕された。
「私も帝都にいた時に、学校に通っていまして、色々な人達を見てきたんですけど、その……とても、言いにくいのですが、私が見た中で、もっとも魔法の才能がなかった人間よりも、天田様には魔法の才能はないかと思われます」
………。
「魔法使いにはなれない?」
「……はい」
「中級魔法は?魔法使いではない戦士でも使えるんでしょう?」
「私見ですが、天田様の才能では、中級魔法にある身体強化魔法を習得するのに、二十年はかかるかと」
「じゃあ、初級魔法は?誰でも使えるんでしょう?」
「ええ、でも初級魔法でも、天田様の場合は軽く見積もっても三年はかかるかと思います」
「こんなに魔力があるのに?」
「確かに、魔力量が多いほど、魔法を発動できる回数が増えたり、魔法の威力が上昇したりしますが、それは魔法がきちんと発動できるという段階を踏んだ後のお話です」
なんてこった。
どうやら神様は俺に莫大な魔力をくれたが魔法の才能はくれなかったらしい。
それはないぞ。
と思わず叫びそうになりながら、ろくに魔法が使えないと言う方に強いショックを受けた。
仕方ない。こうなったら、あまりやりたくなかったが、プランBに変更だ。
「エシャルさん。たき火に火をつけたときと同じように、前に使っていたファイアーをやってくれない?」
「? いいですよ。ファイアー」
ボウッという音と共に、エシャルさんの指先にライターのように炎が灯った。
「収納」
「?!!」
俺は、その蝋燭の灯のような炎をアイテムボックスに収納してみる。
『ファイヤー×1を収納しました』
お、成功したぞ。
シギン婆さんの魔法を収納した時、新たに二つの機能が解放された。その内の一つが、魔法収納だ。
簡単に言うとアイテムボックスの中に、魔法を収納できるようになりましたよってことである。ついでに、出した時に限り、俺の意思である程度操作できるというおまけ付きだ。
「解放」
短くそう唱えると、アイテムボックスの中から選択した魔法、今収納したファイヤーが取り出されて、地面に激突して黒く焼け焦げた。
「これは一体……」
魔法には、詠唱など発動に際して、いくつかの段取りが存在し、高レベルの魔法使いであれば、下位の魔法の詠唱は省略できるそうだが、魔法名は絶対に唱える必要があるらしい。
でも今俺がやって見せたのは、俺の近くで発動していた魔法をアイテムボックスの中に収納して、取り出しただけなので、詠唱も魔法名も不要。さらに言うならば、魔力すら要らない。
なので、エシャルさんは目を丸くして驚いたのだ。
「え?本当に、これは一体どういう事なのですか?天田様の加護の力なのでしょうか?」
「その通り、まあ単に、エシャルさんの魔法を収納して出しただけなんだけどね」
エシャルさんに、大雑把に今何をしたのかを説明すると、ふ~むと頷き、ある質問を投げかけてきた。
「なるほど、大体分かりました。ですが、それでは、アイテムボックス内とやらの空間に保管している魔法が尽きたら、もう魔法は使えないということでは?」
流石は、世界最強の魔法使いの孫だ。的確に新たな機能の弱点を突いてきた。
だがしかし、その弱点の対処方法は既に講じてあるのだ。
「収納」
『ファイヤー×1を収納しました。収納しているファイアーが×100になりました。これ以上は収納できません』
「よし、もう火はいいな。じゃあ次の人からは水の魔法を使ってくれ」
「では行きます。スプラッシュ」
「収納」
『スプラッシュ×1を収納しました』
「よし、次!」
翌日から、カルスタン家の人々には新たな仕事が追加された。俺の所に来て、アイテムボックスの中にある魔法を補充する仕事だ。
エシャルさんの指摘した通り、アイテムボックス内に保管されている魔法が尽きれば、俺は魔法が使えなくなる。
魔力は一切消費しないが、ストックがなくなれば、マッチ一本分の炎も生み出せない。言わば、使いきりの魔法だ。
でも、ここには幸い魔法が得意な人達がいる。
そこで俺はシギン婆さんと交渉して、俺のアイテムボックス内に魔法を納めることと引き換えに、今まで貸与という形式になっていた家屋や道具を彼らに譲渡することにした。
おかげで、俺のアイテムボックスの中には、毎日、多種多様な魔法が貯蓄されていく。
はっきり言って、傭兵団達が、身体を張って危険な採掘してくる金銀を始めとする鉱物資源よりも嬉しい。
もうウハウハである。
しかし、このままでは、カルスタン家がこの村の支配者になりかねない。祖国への復讐を企むあの連中がこの村の主導権を握るのは、色々な意味で危険だ。
そこで、バランスを保つために、傭兵団に贖罪として集めた資源の大半を献上してくるのを止めさせた。
忠誠心を示そうとする傭兵団の連中は、少しだけ不満そうではあったが、カルスタン家に主導権を握らせないためにも、無理に押し通した。
それでも、まだ不満そうだったが、新たに結んだカルスタン家との取引の事を話したら、どいつもこいつも目の色を変えた。
「カルスタン家の連中に負けるわけにいかない!!」
「俺達も俺達だけが、提供できる何かを探すんだ!!」
元々水面下で、カルスタン家と傭兵団が、村の主導権を巡って争っていたのが功を奏したのか。傭兵団側は、「では俺達もカルスタン家に負けないものを探してきて、俺達のものを増やすんだ」と息巻いた。
こうして、ここに、この村のシステムの土台が出来上がった。
村に住む者は、家賃として夜間の防衛と事前に決めた分の資源を納めて、引き換えに村での居住許可と道具や家屋を貸してもらうというのが現行のルールだった。
そのルールに追加して新たに家賃分とは別に、俺の欲しい資源を持ってきた場合は、その資源の価値に応じて、築城の加護で、ある程度の要望に沿って、道具や建築物を作って譲渡するというルールだ。
魔法の回収とカルスタン家を牽制する狙いで作った新たなルールだったが、その影響は俺の予想を大きく超えた。やはり、所有権を得られるということが大きいのだろう。
このルールを定めた後に、傭兵団側が俺の所に持ってくる資源の量が格段に上がったからだ。
お前ら、実はこっそり貯めこんでいただろうと、思わず口から飛び出しそうになるくらいの量だったのだが、資源が増えて困ることはなく、カルスタン家の牽制にも一役買っているので、追求しないことにした。
そして、この流れは、村における二大派閥カルスタン家と傭兵団の以外の新参者達にも広がり、結果、村は驚くほどの速さで飛躍的に発展していった。