第十二話 後始末をする
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山賊『赤い狼』もとい元フェンリル傭兵団を受け入れてから三日が過ぎた。
俺は総数五十人の『赤い狼』の人員が暮らせるように、石壁や住居等の増設を行い、ここでのルールなどはカルスタン家側が教えた。
最初は、戦場で不倶戴天の敵同士であったカルスタン家とフェンリル傭兵団が共同生活を送れるのか心配だったが、シギン婆さんとゴードン・フェンリルが協議を重ねて、お互いに役割分担を決めたおかげで、もめ事は起きていない。
特に傭兵団側には、ロカ・フェンリル以外には女性がいないため、カルスタン家側の女性を夜に襲うのでは?と少しばかり心配していたが、今の所そういった事例は確認されていないことを報告役であるエシャルさんから聞いてほっとしている。
聞いたというのは、普通のサラリーマンだった俺では、どう考えても曲者揃いのこの集団をまとめ上げるには統率力が足りないと自分で勝手に判断して、建築やアイテム作り以外の全ての事柄を両陣営のトップであるシギン婆さんとゴードン・フェンリルに丸投げしたためだ。
俺は地主のような存在で、切り拓いた土地も、住居も倉庫も城壁も道具も全て俺が所有している資産であり、カルスタン家とフェンリル傭兵団は、村の防衛と決められた量の資源を俺に提供する代わりに村の施設や道具を使わせて貰うという取り決めをすでに彼らと交わしていた。
なので、連中が殺し合いでもしない限りは、干渉しないつもりだったのだが、三日目の夕方に、傭兵団側が突然、俺を石壁に囲まれた村の外れにある資源集積地の一つに案内してきた。
初めは、暗殺でも企んでいるのかと少しばかり身構えたが、待っていたのは、地面に頭をこすりつけて平伏している傭兵団員達と、その傍に山のように積まれた多種多様な資源だった。
そして、平伏する彼らの顔の先には一段高い台がありその上には椅子が置かれ、その椅子に座るように懇願された。
下手に関係を悪化させないように座ると、最前列に座っていたゴードン・フェンリルが立ち上がり、まるで、王様に謁見するが如く眼前で跪く。
「我らが偉大なる王よ。本日の成果であります。どうかお納めくださいませ」
「「「「「お納めくださいませ」」」」」
何だ。この光景は?
「あの、ゴードン・フェンリルさん?」
「さん付けなど怖れ多い。私のことは、ただゴードンと呼び捨てで構いませんよ」
「あ~~~。そうか。うん。じゃあとりあえず、俺の事を王と呼ぶのはやめてくれ」
「はっ! では何とお呼びすればよろしいのでしょうか?」
え? う~ん、何なんだろう? 少し悩んだ末に閃いた。
「オーナーだ。土地も家屋もみんな俺が持っていて、君たちに貸しているだけだから、俺の事はオーナーと呼んでくれ」
「はっ!ではこれからは、オーナーとお呼びいたします。分かったかお前たち!!」
「「「「御意!!」」」」
あれ、こいつら、数日前まで野蛮な山賊だったよな?
何だこの変貌ぶりは、まるで騎士団みたいだ。という感想を必死に胸の底に仕舞いつつ、早く立ち去りたかったので、呼び出した理由を尋ねた。
「はっ。胸を張って誇れるほどの成果ではありませんが、あそこにあるのは、我々『赤い狼』一同が、回収した資源でございます。ご自由にお使いください」
ゴードンの指差す方には、先ほどから気になっていた資源の山が広がっていた。その中には、作成難易度が高いアイテムの作成に必要な、割と危険な洞窟内の奥にある深い縦穴の先でのみ発見される金や銀なども混じっており、正直喉から手が出るほど欲しい。
でも、その前にこいつらが従順になった理由を問いただせねば。
「で、君達のその変わりぶりは一体どういうこと?」
俺の問いに、一切の戸惑いもなくゴードンは答えた。
「は! 我々『赤い狼』一同、これよりオーナーに対して絶対の忠誠を捧げます。我々が得た資源は全てあなた様のもの。取り決めで定められた我々の取り分も、どうかお納めくださいませ。我々には寝床と食料さえあれば、十分でございます。」
えっ、そんな堅苦しいの要らないんだけど、つか、あれだけ人の事を散々罵倒した山賊の事を簡単に信じられると思うの?
などと、口に出そうになったが、そんな事を言うと、更なる忠誠心を見せるためにとか言って、もっと凄いことをしてきそうだったので、頑張って口を閉ざした。
そして、その予想を裏打ちするかのように、ゴードンが指示を下すと、部下が壺を持ってきた。あの壺は俺がレシピで作成した土の壺だが、その中にはなんと人間の生首が入っていた。
「先日、あなた様を罵倒し、貶めた五人の愚か者共の首です。こちらで先に処分しておきました」
流石の俺でも、人は減ったわーい!と素直に喜ぶことはできなかった。むしろ、吐きそうになったのを懸命に堪える方が大変だった。
きっと、彼らなりに、俺の怒りを清算する目的で忖度したつもりだったんだろうが、自分の行動により、誰かが死んだというショックは大きい。
こういうのが嫌で、村の行政関係を丸投げしたんだが、う~ん、これは考えものだぞ。下手したら、こいつら俺の気を悪くさせないために、失態をおかした奴を次々と殺しかねん。
他人の命を使い捨てにして優雅な生活を送れるほど神経が太くない俺は、心の中でスローライフが遠のいていくと思わず手を伸ばすも、そんな事を何の意味もない。
まあ、今回死んだ奴には怒りしかないので済んだことは考えないようにしようでいけるが、今後も同じことをされると精神に負担がかかりそうなので、釘を刺しておくことにした。
「死刑にする際には、事前に俺の元に報告しておくこと、いいね?」
「確かに、オーナーの労働力を私如きが勝手に処罰してしまうのは問題でした。肝に銘じておきます」
何か違うけど。もうそれでいいや。
壇上の上で大勢の人間に見られるのは緊張する。
資源だけ回収してとっとと退散しようと椅子から立ち上がろうとした時、ゴードンはお待ちくださいと叫んだ。
「もう一人、オーナーに歯向かった重罪人がございます。ただその者は、先に処分した五人と比べると殺すには惜しい人間です。どうか、ご慈悲のほどを」
そう言って、今まで最前列でずっとひれ伏していた少女が立ち上がった。
ゴードン・フェンリルの娘にして当代の狂戦鬼ロカ・フェンリルである。
聖女であるエシャルさんに俺が潰した下半身を治してもらったので、一人で立ち上がれるまでに、すっかり回復していた。
だが、初めて会った時の高飛車な雰囲気は消え失せて、悪い事をして叱られる子供のように落ち込んでいる。
自分の娘だから、見逃してくれという気持ちは少しはあるのだろうが、確かにゴードンの言うように、戦力として考えても彼女の価値は高い。
もっとも、ここで彼女を殺してしまっては、魔王討伐のためにせっかく加護を与えた神様の邪魔になるので、死ねというつもりはない。
むしろ、傭兵団を率いて今すぐにここを出て魔王を倒しに行けと言いたいくらいなのだが、魔王が姿を現していないので、可哀想だから今は止めておこう。
「それで、俺に処遇を一任しろというのか?」
「はい」
「私の全てをオーナー様に捧げます。召使いでも夜伽でもお好きなようにお使いください。その代わり、魔王を倒すまでは、この命、見逃してはくれないでしょうか。お願いします」
「「「お願いします」」」
心からのロカ・フェンリルの贖罪の言葉が言い終わると、部下達も揃って懇願してきた。
こいつ愛されてるな。
まあ、敬愛するボスの娘で神の使徒だから、『赤い狼』のアイドル的な存在だったんだろうな。
さてどうしたものか。
少しの間考えた末、エシャルさんと同じ役職につけることにした。エシャルさんの役職は、俺の護衛兼召使い。
でも、あの『赤い狼』をボコボコにして以来、カルスタン家の人達は、どこか俺を避けているような節があり、気軽に会話する機会がほとんどないので、現在は俺とカルスタン家の間のつなぎ役としての役割の方が大きい。
俺としても、大抵はいつも傍にいるエシャルさん一人に伝えれば、カルスタン家側に話を伝えられるので、助かっている。
まあ、カルスタン家との溝はさておき、傭兵団側にも同じような伝令係が欲しいと思っていたので、エシャルさんと同じ仕事をロカ・フェンリルにもさせてみようと思う。
「まあ!お姉様と同じお仕事をさせて頂けるのですか!!やります。是非やらせてください!!」
護衛兼召使いの仕事をやってみないかと提案してみると、今まで借りてきた猫のようにおとなしかった彼女の背後に満開の花が咲き乱れていると思わず錯覚してしまう程、顔の表情が豊かになった。
それよりもお姉様?
そう言えば、エシャルさんが、ロカ・フェンリルの身体を治した後、彼女から、お姉様!お姉様!と懐かれてしまって「少々しつこいです」と愚痴を溢していた。
「えへへへへ、ああ、お姉様!!ゲヘへへ!!」
……でもいいか。
こちらに影響が出ないのであれば、放っておこう。
後、唯一の懸念は、傭兵団側が、カルスタン家のように裏で何か企んでいることだが、もし何か企んでいたとしても、仲の悪いカルスタン家と傭兵団の双方が水面下で互いに牽制してくれると思うので、変な事態にはしばらくならないだろう。
翌日、村の片隅で、俺は偶然にも、ある光景をこっそり目撃してしまった。
「エヘへへ、大好きです、お姉さま!!!」
「ちょっ、ロカさん離して下さい。まだ仕事中ですよ。それに、女性同士でこんなふしだらな行為、神は御認めになりませんよ。ですからボタンを外そうとする、その手を離しなさい!」
「ゲヘへへへ、つるペタ……。歴代の聖女は、その慈愛溢れる豊かな胸で傷ついた勇者と民草を癒したと言われてますが、その言い伝えに反して、お姉様の胸は、どこまでも続く雄大な平原のようです。この事から見てもお姉様が今までの聖女とは比較にならない特別な存在であ……」
「ああん?今なんて言った小娘?!私が偽物だとでも言いたいのか!!」
お!いい感じで、ロカ・フェンリルが、エシャルさんを押し倒して、カルスタン家の人達から、エシャルさんがぶち切れるから絶対に触れるなと念を押して言われていた、彼女の起伏のない滑らかな胸部を幸せそうな顔で直接触って撫でていた。
反対に、下敷きになっているエシャルさんの方は、今までに見た事のない鬼のような形相になっているけど、彼女の名誉のために見なかったことにしよう。
何はともあれ、これで一先ずは良し。
ロカ・フェンリルがエシャルさんに猛アタックを仕掛ければ仕掛ける程、俺の事を篭絡しようと企む、カルスタン家とエシャルさんの思惑は崩れるだろう。
頑張れ、ロカ。君の恋を俺は全力で応援しているぞ!!




