第十一話 激おこぷんぷん丸
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そりゃあね平和な日本で暮らしていたし、先程、ロカ・フェンリルに妨害されてエシャルさんの結界の中に飛び込めなったのは事実だけど、それでも取引先でも、上司でもない、赤の他人に無能扱いされるのは少々腹が立つ。
「妙だな。こいつ髪の色とかも似てないからカルスタン家の中でも地位の低い分家筋だと思ったんだが、あちらの反応を見るに、こいつ結構上の方の人間なのか? こんな軟弱そうな男、交渉カードになりそうもないから、殺して首を晒して味方の士気を上げようと思ったんだが……」
ゴードン・フェンリルが予想外の反応を示したのを裏付けるように、壁の上のカルスタン家の人達の顔を青ざめていた。
それは、そうだろう。山賊達は知らないけど、あの城砦を建てたのは俺なのだから。クーデター込みで、連中からしてみれば、俺は最重要人物だ。むざむざ殺させるはずがない。
でも、俺の価値が高いことを知られるのも困る。さてどうしたものかと、悩んでいると、何か閃めいたのか、再びゴードン・フェンリルが声を荒げる。
「この場所に、城砦があることを知れば、イスラの森に住む者達のほとんどがこの場所に殺到するだろう。その中には、俺達よりも凶悪な連中も多数いる。貴様らカルスタン家は、この城砦を守るために、延々と侵入者を排除し続けるつもりか!!」
その言葉は、シギン婆さんを始めカルスタン家の者達に決断を迫るつもりで放った一言だったと思う。現にあのシギン婆さんですら、凄い動揺を見せている。
でも、今の言葉を聞いて、多分俺以上に衝撃を受けた者はいないだろう。
俺の心の中は、先程まで渦巻いていた不安を押し除けて怒りに満ちていた。
今後も、こいつらのような凶悪な賊のような連中が、この城砦を確保するために現れるだと!!
はぁ? 冗談じゃないぞ。比較的温厚なカルスタン家の人間の相手をするだけで、随分精神をすり減らしているというのに、この上まだ来るのか!!
しかも、この略奪上等のような山賊以上の奴らが。
ふざけるなよ。
俺は一人で静かに暮らしたいだけなのに、どうしてこう上手く行かない!!
「ふむ、思った以上に、反応が大きいな。もう少し攻めてみるか。おい、お前達、誰でもいいから、そこの男の首を刎ねろ」
ゴードン・フェンリルの声が聞こえた。俺を殺せと言っている。
「へへっ、じゃあ、俺がやりますよ」
「ずりーぞ、俺だって手柄立ててーのに」
「馬鹿!こんなひ弱な雑魚を殺したところで、大した手柄にはならねえよ」
「ちげーね。ガハハハハ!!」
山賊達の笑い声が聞こえる。連中にとって俺など何の脅威にもならないということか。という事を理解した時、俺の頭の中は目まぐるしく回転した。
何故、俺の元に平穏は訪れないのか。何故、連中は俺の事を見下すのか。そして、どうしたら、俺の平穏に踏み込もうとする次の侵入者共を防げるのか。
きっと日常では決してこの考えに至らなかっただろう。
人質にされて、今まさに殺される寸前だった故に、この答えに辿り着いたと思う。
弱いからだ。雑魚だと舐められているから、どいつもこいつも、俺の家に群がって来るんだ。
ならば、どうすればいい。
決まっている答えは簡単だ。
このまま怒りに身を任せて、俺の本気をみせてやればいい。
強さも精神的にもヤバイだと奴と思わせれば、誰も近づこうとはしない筈だ。
それに丁度いい機会だ。脳筋どもめ、生産系の能力こそが最強であることを今こそ知るがいい。
その場の流れで、『赤い狼』の下っ端の一人が、天田の首を落とすことになった。
下っ端から見て、天田要は雑魚にしか見えない。
腕は細いし、何より常に情けないような顔をしている。秀でた魔法使いを排出してきた名門カルスタン家とは思えないほどに天田要は、心身共に弱く見えた。
だから、地面の方を向き俯いている天田の首を剣で斬り落とすことに、いささかの障害もなかった。だが、
「邪魔だ。収納」
天田が叫ぶと、下っ端の手から剣が消えた。確かに握りしめていたはずの愛剣が消えて、何処かに飛んだのかと周りを見渡すが、どこにもない。
「収納」
次の一言で、天田の手を縛っていた縄が跡形もなく消滅した。
「ひいい」
それと同時に、本人は気がついていないが、天田の身体が莫大な量の魔力が溢れ出た。
魔力は強い感情により引き出される。遊び心の一切ない純粋な怒りなどが、もっとも強く出せると言われているが、正に今その状態だ。
そして、魔法系の加護持ちの本気に匹敵する以上の量の魔力が放出されて、この場に全員が顔を青ざめた。
それはそうだ。『赤い狼』も、カルスタン家も天田がここまでの存在だったとは微塵も思っていなかったのだから。
故に、先程までの、村人Aくらいの印象しかなかった天田の突然の豹変ぶりに、思わず足がすくんでしまう山賊達。
しかし、山賊達が完全に萎縮する前に、強い危機感を感じたロカ・フェンリルは、手遅れになる前に、誰よりも早く機敏に対応した。
「てりゃあああああ!!」
死鎌デス・ドレイン。
ロカが肌身離さず持っている愛用の鎌で、高レベルの魔法が付与されており、斬り付けた相手から生命力を奪い、持ち主が傷を負えば奪った生命力を自動で使い瞬時に回復させるため、この鎌の持ち主は戦場では決して死ぬことはないと言われる国宝級の武器だ。
それに加えて、身体能力を常人よりも遥かに向上させることができる狂戦鬼の加護の力をフル活用して、現時点で出せる限界まで力を引き出して、一切手加減することなく、天田の首を切り落とすつもりで本気で鎌を振るう。
普通に考えれば、躱すことも防ぐことはできない必殺の一撃だ。しかし、
「収納」
「え?」
鎌の刃が天田の首に触れる直前、ロカの手から国宝級の巨大な鎌は跡形もなく消滅した。
「あれ?一体何が?」
先程、剣が消えたのと同じ現象。
でも、ロカはさっきのあれは、何かの見間違いだと考えて、気にも留めてなかった。あの現象を解明することよりも、自分の全力で即殺することを選んだからだ。
それだけに、先程と同様に、突如として両手で強く握りしめていた愛鎌が消えたことに驚きを隠せずに混乱する。
そして、その無防備な隙を天田に突かれて、一切躊躇いのない拳が己の腹部に直撃した。
「ガハッ!!」
狂戦鬼とはいえ華奢な身体のロカ。その身体は宙を舞い、山賊達の頭上を飛び越えて、森の中に突っ込んだ。
「ロ、ロカ!!」
無敵であるはずの娘が完全にノーマークだった狩られるだけの雑魚と思いこんでいた男の手によって吹き飛ばされていく光景を目の当たりにして、何が起きたと未だに理解にできずにいるこの場にいるエシャル、カルスタン家、『赤い狼』達の中でゴードンは唯一正気を取り戻した。
ゴードンは、今ので娘が死んでしまったのではと、最悪の光景が脳裏をよぎった。
でも幸いな事に森の中から甲高い笑い声が響く。
「ヒャハハハハッ!! いい、いいわ! 最高よぉ!!」
天田の一撃により手傷を負ったことが引き金となり、狂戦鬼の加護の真の力が発動したのだ。
狂戦鬼の加護の持つ真の力とは、痛みを快楽に変えて、感じている快楽の分だけ身体能力を向上させることだ。この力が発動中は、快楽に負けて理性を失うが、限界を超えた力が引き出される。
既に快楽の沼に呑まれて理性を喪失しているロカであるが、倒すべき獲物が誰であるかは忘れてはいない。
彼女は、目にも止まらぬスピードで森の中から飛び出すと、状況が理解できずに棒立ちしている山賊から槍をひったくり、奇声を上げながら再び天田に挑む。
その様子を黙って見ていた天田。彼は、ロカの事をうっとうしい存在だと判断した。そのため、彼女が自分の加護の射程内に入った瞬間に築城の加護を発動させる。
「ムグッ!!」
次の瞬間、ロカの頭上に、村を守るために配置されているのと同じ石壁が出現し落下して、彼女の腹から下はその石壁に押しつぶされる。
天田のやった事は、石壁を作成し、ロカが加護の有効範囲である五メートル以内に入った瞬間に、ロカの頭上に出現させて、後は石壁が勝手に自然落下しただけだ。
予想よりも、ロカのスピードが速かったため、全身を潰すことはできなかったが、超重量の石壁には抗えず、流石の狂戦鬼も下半身を圧迫されて意識を失う。
瞬殺だった。
恐らく一分とかからなかった。だが、その僅かの間に、七つの加護の中でも単独での戦闘であれば、一番強いと言われた狂戦鬼が敗れた。
その衝撃は余りにも大きく、『赤い狼』のメンバーや、ゴードンですら現実を理解できずに呆然と立ちすくす他なかった。
そして、それは石壁の上でその光景を見ていたカルスタン家の者達も同様だった。
いや、ちょっと待て、今何が起きた?
圧倒的過ぎた瞬殺劇は、歴戦の魔法使い達の思考を停止させる。そんな中、一人だけ他とは異なり、思考を停止させていない人物がいた。
かつて帝国の魔女と謡われたシギンである。
「あれは何だ?あの馬鹿みたいな魔力は加護に付随するものだとしても、奴に与えられた加護の能力は、素材を回収し物を作るだけではなかったのか?」
築城の加護では物を生み出すしかできないと本人も言っていたし、シギン自身もそう考えていた。だからこそ、万が一に備えて、世界最高峰の防御魔法が使える一族の最秘宝である聖女の加護を持つエシャルを傍に置いていた。
だが、一方的過ぎた今の戦いを見た後では、聖女の力で彼を守る必要など一切ないと判断せざるを得ない。
こちらで警護する必要はないので、その分人手が空いて結構な事ではあるのだが、同時にあの光景を見てシギンの直感が最大級の警鐘を鳴らした。
あれは、今ここで倒すべきだと。
来るべきクーデターの際に兵站を支える要として確保しておくつもりだったが、五十年以上に渡り、戦場で戦った経験を持つ彼女の本能が天田を今ここで消すべき脅威と判断した。
「天よ、雷よ、地に満ちる全ての者を………」
その魔法は、本来であれば、戦況を変える切り札として、複数の一人前の魔法使いが協力して発動する魔法だ。
しかし、全盛期を過ぎたとは言え、かつては帝国最強の魔女と呼ばれた女。昔のように、一人で連発することはできないが、その極大級の魔法を今でも一人で発動できる。
「裁きを受けよ、天雷竜!!」
シギンの杖の先から巨大な雷の竜が飛び出し、天田ごと『赤い狼』を滅ぼすために迫る。シギンの切り札の一つである雷の魔法だ。
唯一の懸念は、この雷に巻き込まれる孫娘だが、彼女は未だに最上級防御魔法であるセイント・スフィアに守られているため、大丈夫だと判断していた。
天田も『赤い狼』もこれで終わり。
魔法の詠唱を邪魔されず、無事に発動できた時点で勝利を確信していたシギン。だが、
「収納」
剣や鎌と同じく、天田に衝突する直前に、雷の竜は一瞬にして姿を消した。
「な、な、ば、馬鹿な!!」
あの魔法を躱したことのある者はいる。無傷で済んだ者はいないが、手傷を負いながらも正面から防いだ者もいる。魔法に魔法を浴びせて相殺させた者もいた。
でも、あの魔法を、一瞬で跡形もなく消滅させられた経験は、長い人生で初めてだった。
これには、流石のシギンのプライドもすぐには立ち直れないほどに大きく傷き、また無理して極大魔法を一人で放った反動で、魔力切れを起こしたため、杖を離して地面に両手を付けるのだった。
シギンの突然放った最上級魔法に、カルスタン家も『赤い狼』も一切対応できなかったが、その魔法は不発に終わった。
結果からみれば、『赤い狼』は天田に命を救われたことになるのだが、謝罪も歓声の声も一つも沸かない。
ただただ、目を見開いて驚くばかりだ。
そんな彼らを威圧するかのように、天田はゆっくりとゴードンの方に向かって移動しながら、カルスタン家も含めて、この場にいる全員に聞こえるように告げる。
「いいかよく聞け!! 俺の目的はこの森の中で平穏に暮らすことだ。だから、お前達全員今すぐここから出ていけ!!しかし、俺の邪魔をせずに何も言わずに素材集めに協力するならば、お前達にも、安全な土地を与えてやる。だが、その際に、もし自分達の野望のために俺を巻き込むのであれば」
ゴードンのすぐ傍まで来た天田は、収納を使いゴードンの手に持つ大剣をアイテムボックスの中に仕舞いこんだ。
先程から愛用の武器が消えたり、石壁が出現したりと一体全体何が起こったのは理解できないゴードンや『赤い狼』のメンバー。
素材を回収する際に同じようなことをやっていたのを知っているため、『赤い狼』よりかは、あの力に心当たりのあるカルスタン家一同。
しかしながら、カルスタン家側も非生物は仕舞えないという築城の加護の細かいルールまでは教えてもらっていないため、次の天田の一言、身の毛もよだつ恐怖を感じた。
「次、目障りな奴を見かけたら、今度は武器や魔法ではなく、そいつ自身を、この世から一瞬で……消す」
特別製であるロカの鎌も、ゴードンの大剣も、シギンの魔法も、一瞬でこの世から消すのは、どう考えても不可能の所業である。でも、天田はそれを行なった。ならば、あの力で人間を消せない道理がない。
もはや天田を見下す者は一人もいない。
逆に、彼には絶対に逆らってはいけないと、この場にいる全員が魂にまで刻み込んだのだが、同時にこうも思った。
彼の傍にいれば絶対に安心だと。
物を生み出す力を持つ彼を怒らせなければ、ゴブリンの夜襲が続くこのイスラの森の中でまともな生活を送れる。それと、本人にその気はないが、もし世界を征服に乗り出せば、絶対に勝てると。
競争社会から逃げてきて平穏な生活を望む天田要は、強い力を持つ者の近くは危ないという考えを持っているが、この場にいるほとんどを占める強い野心を抱く者達からみれば、ハイリスク、ハイリターンになってしまっている天田要は自分達の野望を達成する上で大変魅力的な存在なのだ。
それにそもそも、あれだけの力を持つ者から逃げられるかも怪しい。
特に、既に彼に対して暴言を吐いた者達は、すぐにでも心からの謝罪をしなければ明日はないと恐怖に震えていた。
これらを踏まえて、今この瞬間、天田要による恐怖による統治の幕が開いたことを、天田以外の全員が知るのであった。
シーンとした空気に包まれている。
カルスタン家も、山賊も、一言も口を開かない。
これは少しやり過ぎたか?
俺には、昔から悪い癖がある。ストレスが溜まりきると、ついかっとなって、我を忘れて暴れるのだ。勿論、先程のロカ・フェンリルのように、意識を失ってバーサーカーになるわけではない。
少し酒に酔った感じで、普段であれば、やらない言動をしてしまうその程度だ。
社畜根性が染みついてからは、理性で抑えて、そういった事態はほとんど起きていないが、振り返れば、突然の死亡宣告(事後)に、森の中でサバイバル、夜はゴブリンがわんさか、格式の高そうな一族との共同生活、山賊に捕まるなどと、下手したら、日本にいた時以上にストレスをため込んでいたかもしれない。
なので、吐き出せて楽になった。
ついでに、怒りに身を任せた結果、正直自分でもビックリするくらいに、いつも以上の力を出せた。
シギン婆さんが、俺ごと魔法を放ってきたのには、ビックリしたが、敵の最大戦力であるロカ・フェンリルが倒されて好機と見たに違いない。
ただ、加齢のせいか狙いが外れていたので、申し訳ないが、収納させてもらった。まあ、一発くらいならば、不可抗力だろうと思う。
さて、シギン婆さんの攻撃は想定外にしても、死んではいないが狂戦鬼ロカ・フェンリルしか倒せなかったが、少なくとも、これで俺の事を雑魚と思う者は多分もういないだろう。
いや、むしろ、これくらいやらないと雑魚のレッテルは払拭できない。
それだけ、俺の初期評価は低かったのだから。
自分で言うのもあれだが、怒りに呑まれたまま最強の戦士を倒し、最強の魔法使いの攻撃を凌いだのだ。こんな危険な化け物と同居しようなどと考える奴はいないはずだ。
カルスタン家とは協力関係を結んでいる手前、素材回収と引きかえという条件を今もわざわざ言ったものの、今の戦いをみれば、俺の事が危険な存在過ぎて離れていくと思う。
それに、彼らに、アイテムボックスの中に生物を収納できると教えていないのが功を奏したと思う。
、
怒らせば、即座に存在を消してくるような危険な奴の傍に近づくほど彼らも馬鹿ではない。
その内、向こうから別れ話を持ってくるだろう。
いや、良かった。良かった。
これで、また一人でやる探索と開拓の日々が戻ってくるぞ!!やはり、人生はソロが一番!!
などと、この時の俺は、完全に浮かれていたのだった。




