第一話 いざ異世界へ
「…つまり、そういうわけで、あなたは私のミスで死んでしまいました。ごめんなさい」
何もない真っ白い空間で、俺の前で一人の少女がペコペコと頭を下げて謝罪していた。
幼さが残るもどこか神々しさを感じるこの金髪の美少女、本人曰く神だそうだ。
そして、この神様が言うには、どうやら俺は彼女の手違いで死んでしまったらしい。
自分が既に死んでいると告げられた時に、道を歩いていたら突然トラックに轢かれた光景を思い出したので、彼女の言葉を信じることにした。
「そうですか。で、ここはどこですか?天国ですか?」
地獄だったら嫌だなと思ったが、神様は首を横に振るった。
「あ、いえ、違います。ここは神が仕事をする職場みたいな場所です」
そうか職場か。机も椅子もない。何もない寂しい空間だな。
「ええっと、確か天田要さんでしたっけ。あなたをすぐに蘇生することは可能です。ですが、こちらのルールで元の世界で生き返らせることができないんです。だから別の世界で生き返らせて頂きます」
「はあ、そうですか」
「あれ?何か反応が薄いですね。今の日本は、神々すらも羨むほど豊かな地で、そこから追い出してしまうことになるので、てっきり激怒するかと思ったのですが」
俺が予想に反した反応を見せたせいか、拍子抜けしたような顔を見せるも、神様はそのまま話を続ける。
「天田様は、私のミスで死んでしまったため、特別に可能な限り配慮をしようかと思うのですが、何か要望はありますか?」
「スローライフ!!」
「へ?」
「仕事や人間関係に悩むことなく、平和で安定した生活を送りたいです!!」
死んだと聞かされた時からその一言を待っていた。
神様は日本の事を高く評価しているが、俺の考えは違った。
確かに、神様がいうように衰退しつつあるが今の日本は、世界的に見ればまだまだ平和で豊かな国だろう。
でも、そんな楽園にいるのに、俺の精神はもう限界だった。
今年で二十九歳。大学を卒業してからは、毎日、満員電車に乗り通勤に二時間掛け出社し、パワハラが横行する職場で働き、残業代も出ないのに残業をして、ようやくやって来た休日は、アパートで寝て過ごし英気を養い、次の週に備えるという生活を送ってきた。
肉体的にも精神的にもボロボロだ。
今の会社はおろか、サラリーマンすら辞めたい。田舎で静かに過ごしたい。
でも、最近久しぶりに高校の同窓会をして、自分が平均よりも稼いでいることが判明していた。
まあ、銀行や超有名企業勤務など上には上がいたが、それでも大多数の同級生よりは安定した収入を得ていることは間違いない。
また、俺よりも過酷な労働条件で働いているにも関わらず、収入が少ない奴もいた。なので、今の会社を辞めるという選択肢は消えていた。
だが、今の現状でさえ綱渡りなのに、これからは、部下の監督責任やら、出世レースやら、派閥争いなどの、さらに胃に悪いものと向き合ってこなければいけないし、既にそれらとの戦いは一部で始まっている。
今後も定年を迎える日まで、延々と他の社員と競争し続けなければならないのだ。
負けた者は勝者よりも給与に差を付けられて、上司となった後輩にこき使われて、経営が悪くなれば真っ先に首を切られる。
自らを鍛え、他人と競うことが大好きな連中は望むところだろうが、憔悴仕切った俺には、これから何十年も戦い続ける気力はもうなかった。
そして、止めに年金だけでは老後の生活を送れないときた。
だから、これはチャンスだ。
少なくとも、いくら嫌だと言っても、自分から今の生活を捨てる度胸はない。でも、捨てざるを得ない状況になったのならば、第二の人生を全力で満喫しよう。
「そう言えば、神様。私はどんな世界に行くのですか?」
「え、はい、剣あり魔法ありで、魔獣や貴族、冒険者が存在する中世ヨーロッパのような世界です」
よしよし、定番の奴だな。ならばイメージできるぞ。
「日本よりも遥かに命が軽い危険な世界です。ですので、先程も言いましたが、ミスの補てんということも兼ねて天田様には、転移の前に私から加護をお与えしようかと思います。それで、どういうのがいいですか?勇者だけは無理ですが、それ以外の賢者や剣聖などの超レアな加護も今なら特別に可能ですよ」
おお、何か配慮してくれるというから、チート能力下さいと頼もうと思ったら、向こうからくれると言ってくれた。
でも、賢者やら剣聖のような戦闘力が上がるようなチート能力は要らない。下手に強さも持てば、絶対に国や貴族に目を付けられる。
強大な力と引き換えに自由を奪われて、魔王との戦争に放り込まれるのは目に見えている。
それだけではなく、もしかしたら、王族や貴族同士の争いにも巻き込まれるかもしれない。
そうでなくても、戦いとは別に、貴族の礼儀作法や部下や上司など、煩わしい人間関係が待ち構えているのは明白だ。俺は人と話すのが苦手で、会話するだけで疲れるので、目立つような事態になるのは避けたかった。
「戦闘力はいらないです。その代わりに生産系の能力が欲しいです」
「やっぱりスローライフというならば、そういう類の力をご所望ですよね。ですが困りましたね」
話を聞くに、この神様は見た目は無垢な少女にしか見えないが、どうやら戦を司る神らしい。
魔王など世界の危機に対して、有望な日本人を拉致、もとい勧誘して勇者の加護を与え現地に住む人間には勇者の共になるように神の奇跡という形で賢者やら聖女の特別な加護を与え、魔王軍と戦わせているようだ。
なので、自分には戦闘で使えるような類の加護しかないため、期待に応えることはできないらしい。
「う~ん、困りましたね」
しばらくの間、神様は悩む。すると突然閃いたかのように、両手を叩いた。
「そうだ!前に先輩から貰った加護がありました!」
詳しいことは分からないが彼女自身が生み出した加護ではないが、他の神から貰った築城の加護という力を持っているらしい。
自分の力ではないため余りよく知らないそうだが、特定の素材を使い決められた物を生み出す能力だそうだ。
神様には分からないみたいで後で説明書を送るとか言っているが、そういうゲームでやったことがあるので、俺には何となく予想がつく。
しかし、こちらを心配してか、神様は改めて尋ねてくる。
「ねえ、本当にいいんですか?殺し合いが日常茶飯事の世界ですよ。やっぱり生産系の能力よりも、賢者や剣聖みたいな戦闘力のある加護の方がいいと思いますが?」
流石は戦いの神様。スローライフを送る前に、力で捻じ伏せるべきだと主張してきた。神様の忠告はもっともかもしれないが、ものづくり系の能力の方が開拓する時の方が便利に思えてきたので、築城の加護をお願いした。
「それと出来れば最初はあまり人がいないところに飛ばして欲しいのですが」
大自然を開拓できる力があるのなら、わざわざ人間がいる場所には行きたくない。商人や貴族と駆け引きをしたり、王宮に招かれて勲章の授与式やら領地を上げるなど言われるのも御免被る。
もう組織に属したくないし、先輩も同僚も後輩もいらない。俺は未開の地を一人で開拓して人間関係から解放された生活を送りたいのだ。
「分かりました。幸いにも、大陸の中央に各国が領有権を主張していない地域があります。とても大きな森で資源も豊富なはずです」
ほう、それは随分と良い場所があるな。オラ、ワクワクしてきたぞ。
「最後にあっさり死なないために、言語理解能力以外にも特別に身体能力や魔力などの基本的な力を底上げしておきましょう。天田様の第二の人生が良きものとなることを祈っています。いってらっしゃいませ」
そして、光に包まれて俺は異世界に転移した。