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第九話 雨に抱かれた夜に

 黒から連想されるイメージは両極端で、見方や考え方で最下級にもなるし最上級にもなる、それでいて何物にも染まらない、そんな芯の通った色だった。

 あまり人の名前には使われない。いくら最上級の意味合いがあっても、一般的に縁起が悪いイメージが付きまとうからだ。でも、僕はそんな黒を選んだ。黒華の人生は黒華が決める。誰にも流されずに、負けずに、黒華自身が選ぶんだ。彼女がそう出来るようになるまでは僕達が手助けする。花に水をあげるように、花が華になるように、想いを込めて成長を見守っていく。それが僕と水音の願いだった。


 ◇


 朝は戦場だった。二歳になった黒華はそれはもう我儘で、言う事を全然聞かない。ご飯を食べない、着替えない。抱っこかと思ったら降りる。降りたかと思えば抱っこ。あっちに行けばこっち。こっちに来ればあっち。まるで終わりのない戦いだ。僕も水音もへとへとで、女の子は男の子より楽だなんて言ったのはどこのどいつなんだと愚痴るのだった。

 そんな黒華を抱えながら今日も保育園に向かう。黒華は内弁慶なのかわからないが外では割と聞き分けがいい。だから今日も保育園に着くと途端に良い子になるのだ。最近ようやく保育園の先生にも慣れてきたようで、なにやらお喋りをしているらしい。


 保育園に入ると同時に「おはようございます希望ヶ丘さん」と優しい声が聞こえた。あれは中野なかの先生だ。黒華の入園の少し前からこの保育園で働いている黒華の担任である。黒華は彼女にべったりらしく、その顔を見るや否や必死に両手を広げて抱っこのサインを送るのだ。「黒華ちゃんおはよう〜。早速抱っこだね?」と僕から中野先生に手渡される黒華。僕と先生を天秤にかけて即先生を選ばれると父親としては少し複雑な気分だが、割とそう言うものらしい。

「あ、そうだお父さん。明後日の保育参観、いらっしゃいますか?」「ああ、今回私だけが参加する予定です。楽しみですね」「そうですね、私も楽しみです。わかりました。ありがとうございます」何気ない先生との会話。黒華に手を振ると「ばいばい」と手を振り返してくれる。黒華はかわいいな。さて、仕事に行こう。

 僕の一日はこうやって始まるのだった。


 そして保育参観の日がやってきた。

 水音は「ごめんね真白くん。行きたかったんだけど……」と申し訳なさそうな顔をしていたけれど、知り合いが亡くなったのだからそちらを優先するのは当然だ。だから気にしなくていいよ、と彼女に伝えてあげた。水音が出掛けて家には僕と黒華が残された。

 よし、やるぞ。「さ、保育園の準備だ」「いや!」即行である。黒華いきなり全開だな!黒華を抱っこしてあぐらの上に座らせてテレビをつける。朝の子供番組だ。じーっと見入る黒華の肩のボタン(幼児の服は脱着がしやすいようにここにボタンがあることが多い)に手をかけるーーが。「だあめ!」と手を払われる。いい度胸だ。ならば実力行使といこうか。素早く服を捲りあげて強引に万歳のポーズ。当然ながら「だめ!だめえ!」と泣き叫ぶがここは無視する。すぽんと上を引き抜くとその勢いのまま下も脱がす。ぎゃあぎゃあと阿鼻叫喚だがいつもの事だ。黒華をこねくり回しながらなんとか着替え完了。黒華の顔は涙でぐしょぐしょだが、気にしたら負けなのだ。ご飯は水音がいるうちにあげたから、いよいよ出発だ。黒華を抱えて部屋を出ようとすると「ハムハム!ハムハムあっち!とって!」と小さいモンスターが暴れる。ハムハムとは、子供番組の人気キャラクターであるハムスターの事だ。はいはいハムハムね、と黒華とさほど変わらないサイズのぬいぐるみを手に取り、車に乗り込んだ。

 ハムハムをぎゅうと抱きしめて顔を埋めながらんふふと笑う黒華。大人しいに越したことはないから安心して保育園へと向かう事が出来るのだ。

 保育園で先生に黒華を預けて、僕は別室へと案内された。そこには他の子の親御さんもいて、軽く談笑しながら待機する。やがて先生がやってきて、育児のアドバイスをしてくれた。僕は育児は得意な方じゃないからとても参考になった。

 さて、ここからが本番らしい。僕達親組は子供の待つ教室へ移動する。いたいた、黒華は楽しそうに走り回っている。そして僕を見つけると「パパ!パパいた!」と指差しながら走り寄ってきて、僕は両手を黒華の脇に差し込んで持ち上げるのだ。「楽しく遊んでたか?」「んふふー」なるほど楽しそうだ。黒華は保育園で、しかもこんな時間に僕と会えたのがそんなに嬉しいのか両手で顔を隠して笑う。

「さあ、皆さんお子さんと一緒に座って下さいね〜!」先生の指示に合わせてテーブルの前に座る。目の前には中野先生。「黒華ちゃん、お父さんと一緒うれしいね」と先生は微笑む。黒華は「せんせ!せんせえ」と手を伸ばしてこんな時でも抱っこのおねだりだ。その後はひと泣かせして牛乳パックで親子工作をした。中野先生も手伝ってくれたので立派なウサギができたのだった。


 そんな楽しい時間の最中。僕は黒華の荷物を忘れていたことに気づいて黒華を中野先生に預けて車に向かっていた。保育園から一旦外に出ると、目の前に不可思議な女の人がいた。髪を後ろで結んで、どんより暗い女性。今日は少し肌寒いからコートを着込んでいるのはわかる。ただ、俯き加減に僕を見ているのはどうしてだろう。誰だ?僕を知っているのか?見たところ三十代か。そんな年代のこんな人は知らない。気味が悪いので素通りしようとすれ違おうとしたら。

「楽しい事が起こるからね」

 そう僕に語りかけて、にたりと笑う不気味なその人。僕は足を止めて言い返す。

「あの、僕に用ですか」「別に」「楽しい事、そう言ってませんでしたか?」「お楽しみに……」ふふふ、と含み笑いをして僕を上目遣いで見つめる。正直怖い。僕は無視して車へ走った。

 保育園へ戻るときにはその女性は消えていた。気になったけれど、それよりも今日は保育参観だ。急いで黒華のところへ戻ろう。


 工作も終わり、次は給食だ。この日はいつも黒華達園児が食べているものを食せるのだ。

「はい、希望ヶ丘さんもどうぞ。食べてみると結構美味しいですよ」と言いながら中野先生は玉ねぎとキャベツを混ぜ合わせた料理を出してきた。なるほど、体に良さそうだ。いただきますをして子供達が食べ始めるが、黒華は少し進みが悪いようだ。「お父さん、一緒に食べて見せてあげるといいですよ」と中野先生。うむ、確かにその通りだ。食べて見せればいいんだな。よし。「黒華、お父さんが今から食べるぞ?」よーし食べよう。食べるぞ。「さっさと食べなよ!」という水音の声が聞こえる気がしたけれど幻聴か。実を言うと僕は玉ねぎがとにかく嫌いだったりする。とは言ったものの娘の前。食べないわけにもいかず、思い切って一口で健康的なそれを口の中に放り込んだ。「ほら、美味しいなぁ」と語りかける硬い笑顔の父親の顔を黒華はなにも言わずただじっと見つめていて、中野先生は僕の表情を察したのかくすくす笑っていた。


 保育参観からの帰り際。黒華に靴を履かせている最中、中野先生に話しかけられた。「黒華ちゃん、すごく楽しそうでしたね」「ええ、家じゃ味わえない刺激があったんだと思います。先生方にはいつも助けられっ放しです」僕の言葉に先生は笑って手を振ってくれた。


 ◇


 数日後、久しぶりに親子水入らずで近所の公園に遊びに出かけている時に、すごく偶然だけれど中野先生を見かけた。「あれ、彼氏かなぁー?」水音はうふふと野次馬顔だ。その言葉の通り、先生の隣には男性が一緒にいて、二人仲良くブランコに乗っていた。ううむ彼氏らしき人は好青年の雰囲気。ベストカップルの見た目だ。「あ!せんせえだ!」黒華が声を張る。そして先生にバレる。

「希望ヶ丘さん!偶然ですね〜!こんにちは。黒華ちゃんも、はいこんにちはっ」と黒華と手を取り合ってにこにこ。本当にいい先生だな。

「彼氏ですか?かっこいいですね!」水音がんがんいくなほんと!「はい、一応……」恥ずかしそうな先生と彼氏。初々しい。確かに水音みたいになりそうだ。

 他愛ない話をしたり、保育園の話をしたり。なんとも楽しい時間だった。初々しく見えたけれど実は近々結婚を考えているほどの先生カップルらしい。

 幸せに手足が生えたような二人で、心がムズムズした。でも幸福をおすそ分けしてもらったみたいで、僕は良い気分になっていた。先生は、ずっとあの保育園にいてほしい。黒華の成長を見守っていてほしい。

 肩を寄せ合って歩く二人の後ろ姿を、そんなことを考えながら見送っていた。


 ◇


 中野先生はその日の晩、亡くなった。


 最初の感情は無で、やがてそれは動揺へと変わり、悲しみが入り混じり、怒りへと終着した。

 それは、先生の死に方が凄惨だったから。

 ただの他殺ではない。余りにも人間離れ・・・・した殺害方法で、人間ではないのなら、答えはもう一つしかなかった。

「真白くん。気持ちはわかるけど、絶対に深追いしないで。すごく感じるの。今まで出会ったどんなタイプとも違う、異常な魔力の迸りを。相手は私達魔法少女がする。だから絶対に犯人探しなんてやめて。お願いだよ?」花奈ちゃんの優しくも力強い言葉。僕じゃ絶対に手に負えない、そう花奈ちゃんは言いたいのだ。

 でも、それでも。僕は許せない。あれ以来黒華は保育園でなにかを探している素ぶりを見せるらしい。なにかーー中野先生の姿を、もうどこにもいない彼女を探しているのだ。幼いなりに会えない悲しみはあって、時折俯いて動かなくなったりしていて。そんな姿を見ると、僕は湧き上がる感情を抑えつけられなくなる。身体の内側から刃物が飛び出してしまうような、そんな突き抜けた痛みを感じてしまうのだ。

 花奈ちゃんも桃果さんも協力してはくれない。きっと犯人に近づけたくないのだろう。僕のためを思ってという気持ちは理解したいけれど、それでも僕はやらなければならなくて……そんな僕に残された手段は一つしかなかった。


「嬉しいですよ。最後の手段に選んでくれて」

 古き良き日本家屋。立派な佇まいのそれ。これまた御立派な玄関の戸が開けられて、法条がにこにこ顔で迎え入れてくれる。まさかここまで純和風とは。法条は由緒正しき家系なのだろうか。

 居間に案内され、卓袱台の前に座る。お手伝いさんだろうか、綺麗な女の人がお茶を運んできてくれた。

 法条の隣には栞里ちゃん。僕は簡潔に説明した。「人殺しをした魔法少女がいる」「そうだと思ってました。事件自体はニュースになってましたからね」法条の言葉に続くように横から栞里ちゃんが入ってくる。「目星はついています。ただ……」ただ?

 栞里ちゃんはお茶をずず、と飲んでから僕を見つめた。

「手を出すべきではないです。真白くん、確実に死にます。それくらい危険です。希望ヶ丘さんや嵐ヶ丘さんが真白くんに同調しないのも当然です。真白くんが死んだら、水音さんや黒華ちゃんはどうなるんです?」僕はなにも言えない。魔法少女相手に勝てるわけがない。狂おしいほどに悔しい。言い返せないからじゃない、死んでしまった中野先生の魂が少しでも報われるように、なにかしてあげたかったからだ。だから、なにもできない自分に腹が立った。

「でも栞里。これじゃあ真白くんが報われない。それにいつ誰が狙われるかもわからない。だからせめて相手の特徴や名前を伝えてあげた方が良いのでは?」と法条。栞里ちゃんは俯きがちにうーんと唸って、唸って唸って顔を上げた。

「霧ヶ丘かすみ」

 その名前を聞いた瞬間、僕の身体に電気のような痺れが走った。僕はその「かすみ」という名前を過去に聞いたことがあったのだ。

 まさかな、という薄らとした不安。その気持ちに追い打ちをかけるように栞里ちゃんが続ける。

「少し前に霧ヶ丘夕凪という魔法少女が引退しました。経緯は謎ですが、どうやら彼女が契約していた女性に魔法少女の力を奪われてしまったようです」

 僕はそれを聞きながら、ひたすらに記憶を掘り返していた。それは僕がまだ黒華くらいの歳の頃。僕が壊してしまった人。栞里ちゃんは続ける。

「くれぐれも詮索しないように。万が一霧ヶ丘かすみに勝てたとしても、五体満足でいられる可能性は限りなく低いですので」


 皆がそう言ってくれたように、僕は決して霧ヶ丘かすみを探ろうとはしなかった。そんな事は必要なかった。僕がするまでもなく、それは訪れるから。僕は追う側ではなく、追われる側だから。


 ◇


 その日は仕事で遠方へと出張していて、雨降る国道をひたすら飛ばしていた。忙しないワイパーが雨粒をかき消してゆく。家まであと十五分といったところか。

 赤信号に止められる。傘をさした人が横断歩道を渡り始める。僕の車の目の前。そこでその人は足を止めた。

 いつしか雨は土砂降りへと変わり、ぼたぼたぼたと車体を激しく打ち付ける音がし始める中、その人はゆっくりと傘を下ろして僕の方を見た。

 霧ヶ丘かすみ。間違いなくその人だった。

 雨で濡れた黒髪。虚ろな目。でも強い眼差し。鋭い視線が僕の眼球に焼き付いて離れない。

 逃げられはしない。逃げる気もない。僕は路肩に車をつけて外に出た。そこにはずぶ濡れになった彼女がいて、雨に反射したヘッドライトに包まれた姿とそこから滲み出るどす黒いオーラは、まるで淀みそのものだった。

「僕は信じたくないよ。本当に本当に嘘であって欲しい。あんなに優しかったのに。どうして、どうして、取り返しのつかないことを」口に出した瞬間にどっと悲しみが押し寄せた。


「まっちー」

 町田先生。僕に僕はどういう存在なのかを気づかせてくれた人。そして、僕が壊してしまった人。

 まっちーはゆっくり一言「ただいま」と発すると目元の水滴を拭った。「取り返しのつかないこと、か。……私も、私の周りも全部、全て、ずっと前から、とっくの昔から……取り返しなんかつかなかったよ」先生は小さなカッターナイフを握りしめていた。

「あなたを消したい。あなたを消して初めて、私は終われる。呪縛から解放されるのよ」

 理由はわからなかったけれど、幼い頃の僕は、ある特定の人を惹きつける不思議な力を持っていた。先生は僕の近くにいすぎたせいで、壊れてしまったんだ。そして色んなものを失いながら僕の前から姿を消した。

 でも、僕の記憶の中にいる先生は、少なくとも目の前にいるような形はしていなかったし、本当に僕のことを思ってくれた優しい先生だったんだ。

「まっちー、僕は、人より記憶力が良いから全部覚えているんだよ。先生に遊んでもらったこと、抱っこしてもらったこと、最後のドライブだって、全部鮮明に記憶に残ってる」言いながら涙が滲む。それを見た彼女が表情ひとつ変えずにナイフの切っ先を僕に向けた。

「そのお口、ないないされたくなかったら今すぐ喋るのを止めなさい」

 これ以上なにかしたらきっと攻撃される。わかっている。でも、まっちーと過ごした日々はなんの嘘偽りもないピュアーなものだった筈で、目の前のまっちーが例え今どうであろうと、僕の気持ちは変わらない。

 僕にはまだやらなきゃいけない事がある。だから今こんな場所で止まるわけにはいかないんだ。まっちーが僕の障害になるのなら……例え勝てなくても、負けないように、僕は戦う。

「僕をどうしたい?」「さっき言ったよ。消し去るんだよ」「そういうわけにはいかないな」と、動こうとしたが何故か体が動かない。まっちーは不気味な笑みを浮かべている。「既に詰みだよ真白くん。真白くんが一番幸せになるまで待ったんだよ。何年も何年も。今この時の為にずっと力を溜めて、想いを溜めて。だから……」ゆっくりと、ゆっくりとナイフの切っ先が僕の胸に近づいてくる。先端が触れ、皮膚が裂けて血が滲む。僅かな痛みが胸元に走る。


 僕は最後の手段じゃなくてもきっと法条家を訪ねていただろう。何故かと言えば、「対魔法少女」この一点において法条の右に出るものはまずいないからだ。決まって反乱分子の力は強い。ネットワークに魔法少女が多数在籍しているからといって、彼女らの力それだけでは安定性に欠ける。だから、法条は魔法少女がいない場合の手段も持ち合わせていた。

 僕のポケットに潜むそれが今、起動する。以前法条から手渡された丸い物体。そこからおびただしい程の漆黒のエネルギーが発せられ、まっちーの体を包み込む。数歩後退りするまっちーは、一言「淀み……?」と呟いた。

 危害を加えようとしたものが淀んでいればいるほどに、それは強く反応した。その反応はさらなる大きな淀みによって相手を包み込み、無力化していく。いわば淀みをそっくりそのままカウンターする恐ろしい兵器であり、法条の自信作だった。使い切り、一回限りの効果だが、膨大な淀みを垂れ流していたまっちーには効果てきめんで、彼女は今にも意識が飛びそうになりながらもしゃがみ込んで必死に耐えていた。

 魔法少女は死ねない。なにがどうなっても死なない。死のコントロールを失ってしまう。だから、僕はまっちーをどうする事もできない。拘束して、話し合うくらいしかできないのだ。


「……よし、と」

 後ろに回したまっちーの両手を紐で結んで固定する。これも法条からの提供品で、魔力の影響を受けない対魔法少女用拘束具だ。まっちーは地べたに座りながら僕に穏やかな視線をぶつける。「色々持ってるんだね」「まあね。ここ最近物騒だからね」「確かにね。真白くんは悪影響だから」棘のある言葉。そうだ、聞いておきたいことがあった。

「まっちー、確かに僕のせいだとは思うよ。始まりは絶対に僕だ。でも、だけどもだよ。なにか違うんだ」幼いながらに僕はまっちーの優しさを理解していたつもりで、そしてあれは偽りのない心で……僕がそこまでまっちーを変えたのか?それが不思議でならなかった。まっちーは僕の言葉を聞いてギリギリと歯ぎしりをしながらも表情を変えずに呟いた。

「誰も私の心なんて知らない。あなただって、私だって……」

 僕の中に湧き上がるある一つの可能性。ばらばらのパズルを組み合わせていく。僕がこんな感じで考え込んでいると、まっちーは突然ため息をついた。「突然人生が終わるのも少し可哀想だったから。寛大な心で、哀れみの気持ちでチャンスをあげたのに……大した抵抗もできやしない。どうして、あなただったのかわからない。なんで、あなたに私は狂わされたのか」まっちーの表情が何故か、悲しみをはらんだものに変わった。

 そして、なにかとてつもない違和感が僕の身体に起きている気がした。恐る恐る右腕を見る、つもりだったのに、右腕がない・・・・・。「ない?」思わず自問した。傷口らしき場所から血が吹き出ている。徐々に迫り来る痛み。いつの間に、なにが?激痛になりつつある僕は目の前のまっちーを確認しようとするが、姿がない。瞬間、背中を蹴られて地面に転がった。いつの間にかまっちーは僕の背後に回り込んでいたのだ。「この紐、魔法を跳ね返すみたいだけど。魔法少女を甘く見過ぎだよ」彼女の周りには無数のカッターナイフが浮かんでいた。そしてそれはまるでチェーンソーのように高速回転しながら拘束具に襲いかかる。ちゅいいいいいん!と小気味良い音と共に切断されるそれ。両腕を解放されたまっちーは手首をストレッチしながら「もう、五体満足な生活送れないね。子供もしっかり抱けない。かわいそうに。嘘、全然かわいそうじゃない。ふふ」笑いながら痛みに顔を歪ませる僕を見下してくる。「人はみんな自分が主人公だと思ってる」ちゅぐん。気持ち悪い音がして、僕の左腕が飛ばされる。「主人公だから、安全、安心、そう思ってる」ぢゅぐん。続けて右足。「どこにも主人公なんていないのに。死なない保証なんてないのに」左足を失って、僕は芋虫のようになってしまった。凄まじい痛み。叫び声が突き抜けて、もはや声にならない。栞里ちゃんから痛みを抑える魔法をかけてもらっているけれど、それでも桁違いに痛い。涙を流して横たわる。暴れたくても暴れられない。そう、手足の無い僕はもう、なにもできない。

 大きな絶望が僕を襲っていた……けれど。何故か、何故だか、僕は。目の前のまっちーを偽者・・だと、思い始めていた。

 にせもの。本物ではない。では何者なのか。あの世でゆっくり考えよう。

 目の前の女物の靴が笑っている。ここで死ぬのは悔しかったけれど、少しだけ救われた僕がいる。息苦しさの中で呟いた。

「良かった……偽者で。本物の……まっちーは、ごぼ、はぁ……っ。まっちーは……こんな事、しないから……。優しい……ままの、はぁ……っまっちーで、良かった……」

 その言葉に女物の靴は怒り狂い僕のお腹を蹴り上げる。僕の身体は宙を舞い、地面に激突した。仰向けのまま意識が白む。口の中が血と雨で溢れそうだ。ああ、もう終わる。

「あんたの!あんたの所為で!お母さんの人生は!!滅茶苦茶になって、死んだんだっ!!あんたがいなかったら……!!あんたがいなかったら……!私だって生まれずに・・・・・済んだのにっっ!!」

 そうか……まっちーは、子供を産んだんだ。保育園を辞めた後の彼女はわからないけれど、きっと色々あったのだろう。僕を見下しながら泣いている名前も知らない彼女も、きっと色んな辛い事があったのだろう。誰かを憎まずには生きられない程に。憎しみが生きる糧となって、希望となって、望みとなって、彼女をここまで運んで来たんだ。

「それなのにあんたはっ……死にかけの癖に……!なんで!悟ったような顔でいられるんだ!!」頭をぼりぼりと搔きむしり、全身で感情を爆発させる彼女。そのうち「あは、ははは」と笑い出したかと思うと、「もーだめ。もー我慢できない。最後の情けで渋ってたのに、その余裕そうな顔見てると駄目」とか言いながら、とんでもないものを出してきた。

「じゃーん」と手のひらに瞬時に現れるそれ。それは見覚えがあると言うか、毎日見ている、そう。黒華だった。黒華は動けないのか宙に舞いながら泣き叫んでいるけれど声は聞こえない。「これこそ偽者だと思うでしょ?残念ながら正真正銘の世界に一人だけの本物です!私は操作が得意な魔法少女なのでした!」

 ああわかる。親だからわかる。本物だ。これは駄目だ、いけない。黒華だけは駄目だ。許されない。僕は今の僕に出せるだけの大声で叫んだ。「聞こえないよ?真白くん。ふふ。あははは!短い人生だったね!さようなら!!」

 黒華の身体に××××××××××が×××××、貫く。何本も何本も突き刺さり、黒華が××××××まで何本もそれは続く。僕は動物のように叫び泣いた。さっきまで感じていた名前も知らない魔法少女への哀れみの心が消し飛ぶ程に、狂い叫んだ。


 怒りと悲しみが混ざり合って、そしてうねりとなって僕の全身を包み込んでいく。白んでいた視界に無数の星が輝き始める。

 その星々の中にひときわ輝く大きな光が一つ通り過ぎ、名もない魔法少女に激突した。「がっ……」その白い光は彼女を地面に打ち付ける。止まるとわかる。白い光は花奈ちゃんだった。「お、おい真白……嘘だろう」桃果さんの声も聞こえる。とても動揺した声。「希望ヶ丘!黒華……が……ちくしょう!!あいつ!あいつ!」怒りに溢れた桃果さんの声。花奈ちゃんの声は聞こえないけれど、音でわかる。殴る音。凄い音が聞こえる。きっとこれは花奈ちゃんが名もない魔法少女を殴りつけている音だ。凄まじい怒りが伝わってくる。

 でも、怒りなら僕に敵う者はきっといなかった。


「ちくしょう!ちくしょうっっ!!二人を返せよ!てめえ!ちくしょうっ!!!」

 桃果さんの泣き声と花奈ちゃんの殴る音。悲しみの二重奏が意識の薄らぐ僕の耳に響き渡り、今度は目の前が暗やんでいく。


 視界はぐるぐると回転を続け、ゆっくりと、ゆっくりと現実味が失われていく。夢の世界のような、ふわりと浮かんだ感覚。僕と黒華を呼ぶ声が聞こえる。花奈ちゃんに桃果さん、駆けつけてくれたのだろうか、栞里ちゃんもいる。

 意識しかない世界。

 死後の世界は案外こんなもので、使われなくなった意識はこうやって紙くずをゴミ箱に捨てるかのように放置されるのかもしれない。


 一分しか経っていないのかもしれないし、一週間、一ヶ月経ったのかもしれない。

 ただずっと終わりのない今を意識だけで過ごしていく。

 ただ、静かにずっと……。


 テレビの電源を切るみたいに、僕の意識はすとんと落ちた。

つづく

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