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第五話 魔法少女ネットワーク

 魔法少女ネットワークなるものがある。ごく最近立ち上げられた歴史の浅いコミュニティだ。世の中に散らばる魔法少女達の交流を目的とした共同体だが、僕に言わせれば、その実態は「魔法少女の研究」だった。

 あまりにも奇跡的すぎる魔法という現象。魔法少女の力の原理は。魔法少女は何故存在するのか。魔法少女のはじまりはどこにあるのか。何故、彼女達は歴史に突然現れたのか。魔法少女はなんの為に存在するのか。


 と、こんな事を挙げたものの、僕も花奈ちゃんも歴史の主役ではないし、小難しい話なんて分かる訳がないし、分かったとしても僕達の人生と決して交わることはない要素なのは確かである。ではどうしてこんな話をするのかと言えば、少々僕達も「彼ら」と関わったからで、これから起こるエピソードは僕が花奈ちゃんに対する見方を大きく変えた、いわゆる転換点の話なのだ。


 ◇


 奈菜子ちゃんがいなくなってから五年余り。まるで彼女の死がなにかのスイッチを押してしまったかのように、めまぐるしいスピードで魔法少女の世界は変動した。それが前述の魔法少女ネットワークなのだが、僕からしたらそれはとんでもない悪意の組織で、そう思わざるを得ないルールの一つ目が「願いの共有」にある。僕から言わせれば魔法少女はこれまでの生き方を全て捨て去ってしまう程の破滅的な存在であって、そうしてまで叶えようとする願いは、見方を変えればその人の最もたるコンプレックスという事に他ならない。そのような最大の弱点を不特定多数に曝け出す行為の危険性をこの組織は全く理解していない。何故そんなルールを設けたのか聞いてみると「反乱分子の早期発見」だと言う。つまりネットワークに参加しない魔法少女は危険因子だと言いたいのだ。確かに世界各地で魔法少女の暴走による被害が発生しているのは事実だが、僕にはそのルールがあまりにも無思考的なものに見えて仕方なかった。そして二つ目のルールというかネットワークに参加する旨味・・が「淀みの供給」というもので、人工的に・・・・淀みを発生させて一定周期での供給を約束する狂ったシステムだった。僕が恐怖を覚えるのが、その人工的な部分が全くの非公開だという事だ。ネットワーク内の魔法少女達は一体なにによって生み出された淀みかもわからないままそれを除去して稼ぎ続ける。魔法少女の存在そのものがシステマタイズされていく恐ろしさを僕は感じている。

 主にこの二つの要素に懐疑的なものを僕は感じ、同じ考えの花奈ちゃんが魔法少女ネットワークから距離を置き続ける理由というわけだ。


 僕は隣に座る中年男性なかむらばしくんに「帰る?」と尋ねてみると、彼はコーヒーをぐいと飲み干して立ち上がり「帰ろうか」と財布を取り出す。その直後トイレから「待って待って待って待って!」と飛び出してきた二十代中盤程度の細身の男が今回僕達を喫茶店に呼び出した「法条ほうじょう」で、彼は中村橋くんの両肩を押さえてテーブルに座らせて「そりゃないですよ!もう少しお話しましょう!」と慌てた様子で向かいにどかっと座った。彼はハンカチを取り出すと額に滲む汗を拭きながら「なにが怖いってフリじゃなくて本当に帰るところですよ……またこの前みたいに目を離した隙に帰られたらろくに話も出来ません」と困り顔で頭を振る。「何度言われても花奈ちゃんはネットワークには入らないからね」と中村橋くん。困り眉の法条は僕を見て「希望ヶ丘くん、なんとかお母さんを説得してくださいよ」と言ってきたが、僕は「無理だと思いますよ。前から言っている通り花奈ちゃんはそう言うコミュニティが苦手なんです」と彼に返す。法条は両手でわしわし頭をかき回しながら「参ったなあ……このままじゃ希望ヶ丘さんが反乱分子と言う事に……」とテーブルに突っ伏した。相変わらずの思考回路だと思う、と言うか少しかちんと来てしまった。だから僕は彼にこう言ってやるのだ。「あなた達に危険視されるからと言って、それが花奈ちゃんがネットワークに参加する理由になるのはおかしいと思いませんか?」その僕の言葉に法条は慌てて両手の平を僕に向けてぶんぶん振りながら「違うんですよ!すみません気を悪くさせてしまいまして!我々は希望ヶ丘さんと仲良くやっていきたいだけなんです!」と説明するが、中村橋くんは財布からお札を出してテーブルに置くと「とにかく用事が詰まってるからもうお開きにするよ。真白くん、行こうか」と席を立った。僕もそれに続くように席を立ち喫茶店から出る。法条はせかせかと僕に不思議な玉のような機械を手渡してきた。「希望ヶ丘くんはよく淀みに出くわすと聞きました。これ使ってみて下さいね。詳しくは説明書にて……」僕は会釈をして中村橋くんを追う。法条は僕達の背中越しに「お支払い結構でしたのに!次は奢らせてくださいね!またお話ししましょう~!」と声を張り上げていた。


 中村橋くんと町中を歩く。「全く、参っちゃうね真白くん。色々向こうの話も知りたかったから法条くんには何回か付き合ってみたけど……もう次はいいかな」中村橋くんは首を鳴らしながらため息をついた。僕も同じ気持ちだ。そもそものネットワークを立ち上げるに至った動機が不透明なのだ。魔法少女達にネットワークを通じたコミュニケーションの場を設けて孤独から救い出したい、などと最もらしい事を言ってはいるが、彼はそれ以外のなんらかの目的・・・・・・・があって魔法少女を管理下に置いておきたいのだ。大体魔法少女は自ら望んでそうなったパターンが殆どで、孤独を感じているかに疑問が残る。法条は嘘が下手すぎる。ある意味嘘をつけない素直な人間とも言えるが、なんにせよ僕も中村橋くんももう彼に付き合うつもりはなかった。「さてさて、お腹も減ったところでいつもの場所にでもいきますか真白くん」と中村橋くんが向かう方向は例のあそこだ。


「いらっしゃいませぇ二名様ですねお煙草は吸われませんねご案内致しますこちらへどーぞー!」

 はきはきとした可愛げのある声と表情が全くアンマッチな桃果さん。そうここは中村橋くん行きつけの喫茶店である。「ほらアポなしで来るから滅茶苦茶怒ってるよ桃果さん!」と彼に耳打ちすると「先の事を恐れていたら今を見失なってしまうよ真白くん」と最もらしい返しをされたけれど、死ぬのが分かっていて地雷原に突っ込むのもどうかと思う。だん!と水をテーブルに置く桃果さんは非常にスマイリーだけれど目は全然笑ってない。中村橋くんは両手を前に出して静止のポーズで「まあまあ心を鎮めて桃果ちゃん。きみはあれ以降魔法少女ネットワークからの接触はあったかな?」と桃果さんに訊いた。彼女は頭をかきながら答えてくれた。「あったよ。ただ、あの法条とか言う奴……よくわかんないな。ネットワークに参加しなくてもいいからデートしてくれとか言ってるし」どうやら法条は桃果さんがお気に入りらしい。「なんにせよだ。人工的に作り出された淀みなんて言う怪しいものに頼る理由はないな。あたしはあたしのやりたいようにやるのさ」実に桃果さんらしい意思表示だった。


 桃果さんがテーブルから離れた後、中村橋くんは運ばれてきたチョコバナナパフェをつつきながら僕にこう言った。「真白くんも十九歳か。時が経つのは早いもんだね。僕もいつの間にか五十三歳になってしまった」中村橋くんは世代関係なく目線をその人に合わせることができて、年の差を感じさせてくれない。これは何気に凄いことで、中村橋くんの良いところだった。つまり、極めて付き合いやすいのだ。結婚していないのが不思議なくらいで、以前そんな話をしてみたら「僕じゃ誰も幸せに出来ない。どうしても誰かを特別扱い出来ないんだ。優先順位はつけられるよ、でもそれと特別扱いは違って、みんな同じラインで見てしまうんだ。だから僕には結婚は向かないと思ってる」と中村橋くんは答えてくれた。「でも」中村橋くんは一呼吸置いて「こんな風だけど、僕なりの家族はいると思ってる」と僕を見て笑う。なんか……「おじちゃんに言われてもなぁ……」と返すと彼はあははと笑ってチョコアイスを頬張る。

「そう言えば、水音ちゃんだったかな、彼女とはうまくいってるかい?」

 水音とは藤咲水音の事で、小学校からの友達で、今は僕の彼女だった。「可もなく不可もなくだけれど」正直中村橋くんには特にこういう話は恥ずかしいのでご遠慮願いたい。「真白くんが将来、どんな家族を作るのか僕は楽しみなんだ。生き甲斐かもしれない」とかぶっ飛んだ事を言う目の前の中年の顔におしぼりを投げつけてやった。


 中村橋くんと別れた僕は水音と落ち合う。新作の映画を観たいらしい水音はやたらテンションが高い。「ポップコーン買おうよ!」気持ちはわかる。映画館で食べるポップコーンとコーラは天地がひっくり返ったってうまい。と言うわけで言われるがまま二人分のポップコーンとコーラを買う僕達。彼女は普段はお茶ばかりだけれどこの状況下でしかも相手がコーラではとても抗う事はできない。世界的ジャンクフードの前では僕達はあまりにも弱すぎる存在なのだ。

 席についてコマーシャルを見ながらもそもそとポップコーンを食べる。左を見ると僕と同じく水音ももそもそ口を動かしていて、二人してあまりにもテンプレートすぎる行動で、思わず笑ってしまうのだった。

 場内がしん、と静まり返る。スクリーンも暗転する。そろそろ始まりそうだ。また左を見る。水音はまるで時間が止まったかのようにスクリーンに釘付けになっている。僕も前を向いて映画を楽しむことにしよう。


 ……。


 あれ。

 スクリーンの暗転が終わらない。ちょっとおかしいな。そう感じて水音を見るとまだスクリーンをガン見していて動かない。動かないと言うか、動いてない?「水音?」と語りかけても無反応で、僕の感覚が正しければ、辺りの時間が止まっていた。


「映画、始まらないですね……」

 後ろ、というか席の配置的に僕の右から声が聞こえて振り返る。そこには見知らぬ少女が座っていて、さっきまでの僕達と同じようにポップコーンを食べていた。「きみがこんな事をしたの?」「……こんな事?」しらを切っているのか、ちゅうちゅうストローでコーラを吸い上げる少女。会話は続く。「僕ときみ以外が止まってる」「そんな事どうでも良くて、大事なのはそこじゃなくて……わたしが知りたいのは真白くん、あなたの正体ですよ」

 僕の正体……?どういう事だ?

「なんで僕の名前を?」「ほら、またとんちんかんな事訊いてますよ。秘密にしてるわけじゃないんだから他の人が知っていてもいいと思います」うん、まあ、いいか。確かにその通りだ。不気味だけど。「僕には正体もなにも無い。ただの真白。十九歳」「……やっぱり自分がおかしい事に気付いてないんですね」

 なんなんだ。この少女は一体なんなんだ。僕になにをしようとしているんだ。

「どこがおかしいって言うんだ。僕はいたって普通だ。きみの方が余程おかしい」僕の言葉に少女は「あなたは」そう言った後に、静かに続けた。

「あなたは、とても不安定で……。まるで昔の記録映像のように、常にぶれ続けていて……心配になってしまいます。あなたはどうして、そのまま・・・・でいられるんですか?」

「どうしてって、意味がわからない。僕である事そのものに理由もへったくれもあるか」

 ぼんやりピントがボケるように彼女の服が変化する。やはり魔法少女か。

 彼女は僕の言葉を半ば無視してぼそぼそ続ける。

「人の記憶はまだまだ解明されていない事が多いです。生まれて間も無い赤ちゃんの頃の記憶は何故殆ど覚えてないんでしょうね。ところが真白くん……あなたはもしかして、全て覚えていたりしませんか?」

 確かに僕は珍しいタイプで、(推定だけれど)生後数週間の頃からの記憶が鮮明に思い出せる。自分にいつどこでなにがあったのか、事細かに記憶として残っているわけで、僕が花奈ちゃんとの出会いを語ることが出来るのはつまりはそういう事なのだ。

 でも。

「解明されていないのなら、僕の記憶力の良さも未解明なだけの事だよ」

「そうですね。もしかしたら本当の本当にただ超人的な記憶力の持ち主かもしれません。でも、私にはあなたがそう言う風にはとても見えないのです」

 わからない。なにが言いたいんだ。「はっきり言って欲しい」と言うと、彼女は僕の額にゆっくりと人差し指を当てた。警戒して飛びのこうと思ったけれど、何故か体が動かない。彼女は「一緒に旅、してみますか?」と、人差し指でそのまま僕の額を押した。どうしてだろう、どさっと雑に座席に座り込んでスクリーンを見つめている僕がいる。そして右隣から声が聞こえて。

「私の名前、教えてなかったですね。ふふ。月ヶ丘栞里つきがおかしおり。栞里ちゃんでいいですよ」


 意識が溶けていく。

 僕の存在そのものが、僕から抜け落ちていくように。

 白んでいく景色の中、月ヶ丘栞里は静かに僕に語りかけた。


「これは、魂を巡る旅。そして、命の記録。映画館ではお静かに。決して、決して結末は変わらないのですから……」

つづく

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