第四話 魔法少女が終わるとき
どんなものにも終わりはある。永遠なんてものはこの世のどこにも無く、あるのは確かな命の流れだけ。止まっているように見えるそれも、間違いなくなにかが変わり続けている。僕がなにを言いたいのかと言うと「魔法少女にも終わりはある」と言いたいわけで、前々から知っていた事だけれど、それが改まって僕の心を食い潰していた。
◇
なんで今日なの?
「良い天気だったから」
怖くない?
「ほんの少しだけ怖い」
怖いのにやめないの?
「最初から決めていた事だから」
楽しい事まだあるかもよ。
「楽しい事はあっても」
あっても?
「今の幸せがてっぺんだから」
もっと幸せな事きっとあるよ。
「これ以上ないの。心からそう思えたから、今の私になれたの」
死んだら幸せじゃないよ。
「死ぬんじゃなくて、今まで待ってもらってた終わりを受け取るの」
僕はさみしい。
「自分だけが感じられる幸せ。真白ちゃんも見つけてね」
◇
遡る事一年前。十三歳の僕は下校中の帰り道で草むらに倒れている女の子を見つけた。歳は同じくらい、ふわっとしたカーリーな髪型に白のワンピース。ちょっとかわいい。「大丈夫ですか」と話しかけてみると、「ううん」と一言鳴らしてその子は起き上がり僕の顔をぼんやり眺めて言った。「疲れて寝てたかも」こんな場所で!?信じられない子だった。彼女の足元を見ると泥だらけでとても汚く、見るからに怪しいけれど何故だか儚く見えるその子を放っておけなくて、兎にも角にも家に連れて帰るのだった。
「その子、魔法少女だよ」
花奈ちゃんは彼女を見るなりそう言った。ところが言われた魔法少女本人はよくわかっていないらしく、頭に「?」を浮かばせたような面持ちで僕と花奈ちゃんを交互に見ていた。つまるところ彼女は記憶喪失であり、自由ヶ丘奈菜子という名前以外は殆どなにも覚えていないに等しかった。魔法少女とは言ったものの特に争っているわけでもなし、花奈ちゃんは奈菜子ちゃんを暫く希望ヶ丘家で預かる事にした。と言うか本来魔法少女は同士で争うような存在ではない筈で、桃果さんと霧ヶ丘夕凪が特殊例なのだ。
こうして僕達三人の生活が始まった。ただ、一人増えたからと言って生活リズムが変わる事はなく、いつも通り朝起きてご飯を食べて歯を磨いて学校に行くのだ。と言いたいところだったけれど、登校中の僕の後ろには何故かいつも彼女がいた。何回言ってもついて来るのだ。僕は振り向きざまに「奈菜子ちゃんは学校入れないから帰ってた方がいいよ」と言うと奈菜子ちゃんは「うーん、学校、楽しいの?」と首を傾げているもんだから食い気味に「楽しいよ!」と言って見るものの実は楽しいか楽しくないかと言われれば、楽しくない寄りだった。奈菜子ちゃんはそんな僕の気持ちを見透かすように「うそつき」と一言言い残して家に帰るのだった。
学校も終わり家路につくとそこでは花奈ちゃんと奈菜子ちゃんが仲良く隣同士に座ってテレビを見ていた。「おかえりー。真白ちゃんテレビ凄いよ」と奈菜子ちゃんは僕に隣に来いとジェスチャー。それで隣に座って内容を確認すると怪奇現象特集の真っ最中で、右上のテロップには「フライングハットの謎、魔法使いは実在する!?」と書かれてあった。フライングハットとは所謂未確認飛行物体の事で、花奈ちゃん曰く大体の正体は魔法少女らしい。たまに思い出したかのようにこう言う特集をテレビはするけれど視聴率高いのだろうか。奈菜子ちゃんは「私も魔法使いなんだよね?魔法どうやって使うのかな。忘れてるのかな」と花奈ちゃんに話しかけるけれど、花奈ちゃんは「魔法少女ね。きっと使えたんだと思うよ。みんなびっくりするから人には言わないようにね」と微笑んでいる。そんな二人のじゃれ合いを流し見しながら僕は前のめりになって画面を見つめていた。フライングハットを写す一枚の古ぼけた写真、その拡大映像。ナレーションがなにか言っているけれど僕の耳には入らない。僕が釘付けになっているのは、その写真に写る物体、その姿。魔法少女はそれを知る者、認識している者にしかそう映らない。だから僕が見ているこれと魔法少女を知らない人達が見ているこれは殆ど別物だ。そしてこの姿、この衣装……と、ここで画面が暗転する。横を振り向くと花奈ちゃんがリモコンを持ってテレビを消していた。「テレビいっぱい見たから、そろそろご飯作ろうね」と立ち上がりキッチンに向かう花奈ちゃん。「手伝うね!」とそれを追う奈菜子ちゃん。一人リビングに残る僕。脳内に鮮明に残るそれ。
見覚えのある服、顔こそ見えなかったもののどう考えても花奈ちゃんの後ろ姿だった。今から計算すると約五十年前。中村橋くんは花奈ちゃんがもし十四歳で年齢が止まっていなければ、今頃二十八歳だと言っていた。つまり、計算が合わない。ではあれは誰なのだろうか。花奈ちゃんは何者なのだろうか……。花奈ちゃんに聞いても「他人の空似だよ」とはぐらかされているのか本当に違うのか実りのある回答はなかった。
数日後、僕は花奈ちゃんに内緒で奈菜子ちゃんと一緒に中村橋眼鏡店に来ていた。今日の花奈ちゃんは遠くの場所に用事があるとかで探りを入れるにはチャンスの日なのだ。「残念ながら僕はなんにも知らないんだ。無駄足踏ませちゃって悪いね」と中村橋くんはあっさりと答えたけれど、きっと何かを隠されていると感じた。僕は断片的にしか花奈ちゃんの過去を知らない。例えば花奈ちゃんは僕と出会う前はなにをしていたかとか、その家庭環境だとか、真に迫るような部分はなにも知らないのだ。今まで何度も興味本位で聞いた事があるけれど、全て「知らなくていい事だから教えない」と言う意味合いの返答しかくれなかったのだ。
店を出た僕達は近くの公園のブランコで小休止していた。奈菜子ちゃんはうーんと腕を組みながら悩ましげに言葉を漏らす。「ミステリーだね。花奈ちゃんは謎が多すぎるよ。正直わかってる事って名前くらいしかないんじゃない?」それ奈菜子ちゃんが言う!?と、現在僕の周りで最も正体不明な人に心の中で言い返すのだった。その後、時間が許す限り本屋などでフライングハット特集本を漁ってみたけれど僕がテレビで見た例の一枚くらいしか実りのある写真はなかった。念のためスマホのカメラで撮っておいた。
そろそろ花奈ちゃんが戻ってくる時間だった。何気ない雑談をしながら家への道を奈菜子ちゃんと歩いていると、突然悪寒が背筋に走った。「奈菜子ちゃん」僕は彼女に小声で話しかける。「なーに?」となにもわかってないんだろうなという声で奈菜子ちゃんは返してくる。全然ひそひそ話にならなかったのでそっと後ろを向くとそこには霧ヶ丘夕凪が立っていて、僕は慌てて奈菜子ちゃんを引っ張って彼女から距離を取る。霧ヶ丘夕凪は「あは、警戒しないでよ~!夕凪がいじめっこみたいじゃない~!仲良くしよーよぉ」と笑っているけれど全く持って信用できない。僕が怪訝そうな顔をしていると不気味な魔法少女は「ほんとにほんとなんだからぁ~、久しぶりー!くらいの一言欲しかったなぁ~全くそれじゃモテないよ?ほらほら彼女にフラれちゃうよ?きゃはは!」と例によって挑発されたけれどここはぐっと堪えて「なんの用ですか?」と冷たく言い放つ。隣りでは「彼女?私真白ちゃんの彼女だったんだね!」と緊張感のない事を言ってる子がいるけれど後から説明するからと耳打ちして黙らせておく。「あっ、違う違う!今日はほんとにお遊びするつもりはなくてー、ただただ超ひさびさに見つけたから挨拶にきただけだよ♪」と霧ヶ丘夕凪。信じるつもりはなかったけれど、この際彼女を利用しようと思って花奈ちゃんについてなにか知っているか、先程撮った写真と合わせて聞いてみる事にした。霧ヶ丘夕凪は「希望ヶ丘さんの事?夕凪はぜんっぜん知らなーい。数年くらい前に会ったのが初めてだし~」と答えた。駄目か、と帰ろうとすると「あ、でも」と彼女は続ける。「むかーし、希望ヶ丘さんのママの淀みあったよね?希望ヶ丘さんのママはねぇ、魔法少女だったんだよ~?知ってたー?その写真は希望ヶ丘さんのママなんじゃない~?」
知らなかった。
あの写真は花奈ちゃんのお母さん?それなら年代的にも納得がいく、いってしまう。霧ヶ丘夕凪は嫌いだけどなにも情報がなかった僕にとって次の一歩を提示してくれただけでも、彼女には少し感謝しなければならないと思った。
結局本当にそのまま何事もなく霧ヶ丘夕凪とは別れた。彼女は別れ際「ちょっと前にいいパートナーみつけちゃったんだよねー!淀み稼ぎ放題ってやつ~?さいっこーなの!だから希望ヶ丘さんは暫くいいかなぁー。そー言っといてね!寂しがらないで、って!きゃはははは」と機嫌良さそうにしていた。なにはともあれ霧ヶ丘夕凪がちょっかいを出してこないのならそれに越した事はないのだった。
◇
進展もないまま季節は巡っていく。
出会いの春はお花見やピクニックに行った。夏は海水浴や花火やお祭り。秋は中村橋くんや桃果さんも誘って旅行に行った。冬は鍋をつついたり雪合戦や雪だるまやかまくらを作った。そして奈菜子ちゃんとの出会いから一年余りが経った春の香りが漂うこの日、花奈ちゃんが僕と奈菜子ちゃんにこんな事を言ってきた。
「奈菜子ちゃんの記憶がこのまま元に戻らなかったら……真白くんは、奈菜子ちゃんとこのままでいたい?」
僕も奈菜子ちゃんもよく噛み砕けない質問だった。「このままって?」と花奈ちゃんに訊いてみる。すると彼女は「家族になるの」と答えた。
このまま奈菜子ちゃんが何者でもない状態で生きられるほど世の中は柔軟にはできてはいなかったのだ。だから花奈ちゃんは僕に訊いてきたのだ。僕は花奈ちゃんに「なりたい。これからも一緒がいい」と即答した。
その直後、奈菜子ちゃんの瞳に涙が滲んだ。
「あれ?」と奈菜子ちゃんは手で目を擦るけど、じわじわとまた涙が浮かんで、やがてそれは頰を伝い出す。「あれ、あれ、勝手に出てくる」奈菜子ちゃんは照れ臭そうに笑いながら、そのうち周りを気にせず泣き出した。花奈ちゃんはそんな奈菜子ちゃんを抱きながら頭を撫でていた。
手続きだとかそんなものは形式でしかなく、今確かに僕達は、紛うことなき家族になっていたんだ。
その夜、僕達は三人で川の字で寝た。奈菜子ちゃんが僕の手を握る。反対側ではきっと花奈ちゃんの手も握っているのだろう。奈菜子ちゃんにとって「家族」はなにか特別なものだったのかも知れない。僕はそう感じていた。
数日後、僕達三人は誕生日会をした。今日の主役は花奈ちゃんと、僕と、そして奈菜子ちゃんだった。つまり三人とも同じ誕生日で、それを決めたのは花奈ちゃんで、一年に一回だけあるこの日をとにかく盛大に祝うのだ。思いつく限りの賑やかな飾りつけをして、でっかいケーキを買ってきて、三人の年齢を合算した数のろうそくをそれに立てる。部屋を暗くして、そっとろうそくに火を灯すと――そこは、まるで異世界のような不思議な空間になる。この神秘的な時の中で、僕達はこの一年で起きた事を振り返る。今年は奈菜子ちゃん一色だった。ゆらゆら踊るろうそくの火を見ながら僕はゆっくり目を閉じた。そしてハッピーバースデーの歌を三回歌って、希望ヶ丘家の夜は更けていった。
次の朝、日差しの中で起き上がった奈菜子ちゃんの様子を眠気まなこで見上げていると、彼女は僕の顔を見てうっすらと微笑んだ。
ああ。
僕も花奈ちゃんもこの時全てを察してしまった。奈菜子ちゃんの止まっていた時間が、再び動き始めたんだ。「私、本当に魔法少女だった」そう奈菜子ちゃんは呟いて何故か微笑みながら涙を零した。この前とは少し違う涙。喜びも悲しみも全て受け入れて、溢れるくらい受け入れて流れ出た涙。
きっと僕は奈菜子ちゃんが好きだったんだと思う。だから「お別れしなくちゃ」と言う奈菜子ちゃんを全力で止めた。無言で首を振る奈菜子ちゃんを諦めずにしつこいくらい止め続けた。花奈ちゃんは僕の肩に手を置いて「思い直せるような願いなら、魔法少女にはなれてないんだよ」と僕を諭したけれど、全く納得できなかった。「叶ったら死んでもいいって思える願いなんてない!!」僕は叫んだ。学校も休んで丸一日、僕は駄々をこね続けた。でも、僕はもう分かっていた。これはどうしようもない事なんだって。分かっていたんだ。
その日は泣きながら眠りについた。夜中ふと目を開けると、奈菜子ちゃんは僕を抱きしめたまま寝てくれていた。もう涙も枯らしてしまって冷静になりつつある僕の頭はぐちゃぐちゃで、尽きたはずの涙がまた出そうになったので目を閉じて静かに夢に落ちた。
翌日、奈菜子ちゃんは「今日、行こうと思う」と一言僕達に伝えてきた。外は快晴でぽかぽかとした陽気ですっかり冬の空気は消えていた。奈菜子ちゃんは僕と最初に出会ったあの草むらに行きたいと言った。皆で準備をして外に出た。歩きながら、奈菜子ちゃんは僕達に話してくれた。
「生まれてすぐに両親はどこかに消えて、気付いたら親戚中をたらい回しにされていて、そのうち施設に入れられた。だから私は本当の意味で自分が何者なのかなんて知らなかった。生きる目的なんか無かったから最初は誰かの為に生きていこうと思って、必死にそれを探し続けた。でもなんにも見つからない。だから次は自分の為に生きようと思った。どんな些細な事でもいいから好きな物、好きな事を探した。そしたら一つだけ見つかったの」
奈菜子ちゃんは僕と花奈ちゃんを見て微笑んだ。
「家族が欲しいって思ったの。心の底から安心できる、全てを任せられるような暖かい家族が。でも、無理やり好きな人を作ったりもしたけれど駄目だった。上辺だけの気持ちじゃなくて、なんだか言葉に出来ないけれど……求めて作れるようなものじゃなかったんだって思った」
奈菜子ちゃんの気持ちが押し寄せてくる。花奈ちゃんには直接訊いたことはなかったけれど、きっと僕にも本当の親はいたんだろうと思う。どんな経緯で花奈ちゃんが拾ってくれたのかはわからないし、これからも自分からは調べないと思う。少し運命が違っていたら、僕が奈菜子ちゃんの立場になっていたのかもしれないと思うと、とても他人事のようには聞こえなかった。
「そんなある日、一人の魔法少女が私の前に現れた。今思えば偶然とかじゃなくて、きっと私の気持ちを読んでいたのだと思うけれど、とにかくその人は私に叶ったら死んでもいいって願いはあるかを訊いてきた」
そして奈菜子ちゃんは願ったんだ。
「家族が欲しい」って。
「魔法少女になってからは、無我夢中で淀みを倒していった。魔法少女は死なないから、寝る間も惜しんで、食べる間も惜しんで戦い続けた。何年……もしかしたら何十年かもしれない、それくらいの年月が経ったある日、私は全ての記憶を失って……真白ちゃんと出会った。思えばこの記憶喪失が私の終点だったのかもしれない。願いが叶って、私は記憶喪失になったんだ」
運命とか因果とかには興味はないけれど、もしそれが本当なら僕も花奈ちゃんもそして奈菜子ちゃん自身も、彼女の魔法の中に入り込んでいたんだ。
あの草むらに着いてしまった。もうすぐ、奈菜子ちゃんは行ってしまう。「少しお話しよう?」奈菜子ちゃんはそう言って、僕達二人と他愛ない話や今までの事を語り合った。
◇
「そろそろかな……」
奈菜子ちゃんが話を切り上げた。そして彼女は小さな声で「おかあさん」と言いながら花奈ちゃんに抱き着いた。
僕は、初めて花奈ちゃんが泣いているところを見た。動じないあの花奈ちゃんが涙を零して奈菜子ちゃんを抱きしめている。僕ももう、耐えられなかった。奈菜子ちゃんは次に僕を抱きしめて耳元で「おかあさんを救ってあげて。なにかを抱えてる。それがなにかはわからないけど、きっと真白ちゃんにしかできない事だから」と囁いて離れた。
そして奈菜子ちゃんは僕達から数歩距離を取ると、笑顔で両手を目いっぱい広げてこう言った。
「大好きだよ!」
◇
苦しみの中死ぬ人は多い。一生懸命生きて、生きて生きぬいて、最後に待っているのが苦しみだなんてざらなんだ。頑張った人は幸せにこの世を去るべきだと思う。でも、そんな都合よく世界は出来ていない。頑張った人も、頑張ってない人も、善人も、悪人も、だれもかも、平等に……幸せに死ぬか、不幸せに死ぬか、そんなの最後まで決まっていない。だから死ぬ時のことなんて考えるのはやめて、少しでも気持ちよく生きていよう。奈菜子ちゃんは幸せに死ねた。大変だっただろう彼女の人生の最後が幸せで本当に良かった。
奈菜子ちゃんの人生はこれで止まってしまうけれど、これからも世界は進んでいく。「奈菜子ちゃんがいたらなんて言うかな」なんてもしもをたまに思い浮かべながら生きていく。きっと大切なものを失った人は、皆こうやって切ないような気持ちを反復させながら日々を過ごしていくのだろう。心を整理しながら、風化と戦いながら、悲しみを飲み込みながら過ごしていくのだろう。
花奈ちゃんの年齢に追いついた僕は、この日を境に急速に変化していく。
ただ彼女の後ろを追いかけていただけの子供が、甘えたがりの小さな僕が、今、終わりを告げようとしていた。
つづく




