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第二話 夜を越える少女達

 失明したのだろうか。真っ暗闇の中に僕はいて、手足は固定され、口にはタオルのようなものを巻かれていて、息苦しいけど鼻からなんとか呼吸はできるようで、すぴーすぴーと情けない音を立てながらただひたすらに肌寒いこの場所で生きている。地に横たわり唯一許された聴覚を研ぎ澄まし、いつか来る筈のその時・・・を待っているのだ。

 きいいいい。なにか硬い扉が開く音。こつこつこつこつ。やけに落ち着いた足音。これは、うーん。

「きみはあれだな。誘拐星の王子様かな」

 中村橋くん。

 口元が解放されて、はああああああと大きく空気を吸い込む。肺の中が満たされていく。気持ちいい、たまらない。全身が快感でぴりぴりしているのがわかる。

 今度は視界が解放された。とても眩しい。目を細めながら辺りを見回すと見知らぬ部屋があって、僕は「ここどこなの?」と中村橋くんに聞いてみた。中村橋くんは「真白くんが知らない学校の体育倉庫だよ。きっとこの学校へ通うことはないかな」と丁寧に答えてくれた。なるほど、どうでもいい場所ということだね中村橋くん。

 全身が自由になり僕は立ち上がって背伸びをした。ぱきぱきぱきと身体の関節が鳴いている。長いこと拘束されていたのかもしれない。何時に捕まって今が何時だとか、今の今まで気を失っていた僕は全くもって知る由もないのだ。


 と言うわけで誘拐された僕はこうして救出された。そして二人で扉の向こう側――体育館に出ると、そこでは頭から血を流し頰を伝い滴る花奈ちゃんが僕達に手を振っていた。怪我しても魔法でどうにかなるのだろうなんて思われがちだが、花奈ちゃんには治癒魔法はない。あるのは痛みを多少和らげる軽減魔法だけ。治癒力に関しては普通の少女となんら変わりはなかったりする。だから僕はこうやって血を流す花奈ちゃんが苦手だった。魔法少女なんて今すぐにでも引退して欲しかった。でも花奈ちゃんは魔法少女をやめたりはしない。僕の知らないなにか・・・が花奈ちゃんをそうさせるのだ。

 花奈ちゃんが僕に手を差し出してくれる。僕は彼女の手を握りしめる。柔らかくて冷んやりした感触が気持ち良かった。


 そんなわけで六歳になった僕はよく誘拐されていた。僕は誘拐なんかされたくないのに、何故かみんな僕をさらっていった。花奈ちゃんも中村橋くんもなにも教えてくれなかったけれど、僕は薄々気づいていたんだ。僕はきっと人の心の悪い部分を思い出させてしまうんだ、って。それがわかったところで、僕には出来うる限りの自衛くらいしか無くて。そんなちっぽけな力で抗えるほど大人は甘くはなくて。だから僕は度々誘拐されてしまうのだった。


 ◇


 地面を一生懸命毛虫が這っている。うねうねと体をくねらせて目的地はどこだろうか、とにかくどこかへ向かって進んでいる。でもその先はアスファルトで、つまり歩道で、さらにその先には車道があって、先発隊は無残にもぺしゃんこになってそこにあった。この毛虫の向かう先には絶望しかなかったけれど、それでも前に突き進んで行く。虫だからただなにも分かっていないだけなのだろうけど、少ない生存率にかけて生き抜こうとするその姿がなにかとても勇敢なものに見えて、少し感動しかけている僕の隣でしゃがみ込んで一緒に見てくれている女の人の「まあでもそんな大層な事、このちみっこい虫が考えてるわけないけどな」という言葉さえなければ気持ちの良い気分のまま帰れたのになぁ、と僕は思うのだった。

 女の人は立ち上がって僕の頭をふわっふわっ手で撫でるようにしながら言った。

「誘拐させてもらうよ」

 またか!と思いつつも力強く地面を蹴り上げ全力疾走で彼女から逃げ――られなかった。僕は抱きかかえられ拘束された。ほらほら真白くんジュース持ってきたぞと中村橋眼鏡店から出てきてアワアワ誘拐に気づく中村橋くんは少し危機管理がなってないと思う。

 誘拐犯は中村橋くんに「深夜一時に希望ヶ丘を連れてここに来い」と一枚のメモ紙を投げた。ひらひらの筈のその紙はまるで石を投げるかの如く綺麗な弧を描いて中村橋くんへ届いた。あまりにも不自然な動き。なにか別の力が働いているとしか思えない。なるほど彼女は魔法少女なんだ。僕がそう認識すると同時に彼女の服装がぼんやり変化していく。魔法少女は・・・・・そう認識されて・・・・・・・いなければ・・・・・そう見えない・・・・・・。中村橋くんも僕と同じ認識をしたようだ。彼の顔が強張る。中村橋くんは「年端もいかない子供を使うなんて汚くないかな?」と目の前の知らない魔法少女に訴えるが効果無し、彼女は「使えるものを使わない方が失礼なのさ。舐められたくはないだろ?おじさん」と言い放ち僕を小脇に抱えたまま空へ飛びあがった。


 こうしてまた誘拐されてしまった僕だけれど、「明るいのに空飛んだらばれちゃうよ」と花奈ちゃんとは方向性の違う、あまりひらひらしてなくて妙に格好の良い服装の魔法少女に尋ねてみた。彼女は「あたし達は気付かれない。魔法少女に大切なのは気持ち、思い込む力だ。だからフツーの奴らには見えてるけど見えない事になってる。余計な心配はしなくていい。と言うかあれだな、お前ちっちゃいのにそんな心配するのか。子供は子供らしくしてな、これから苦労するぞ」と回答と忠告を貰ったけれど、僕はこうなんだから仕方ない。

 暫く空を散歩した後、僕は目を隠された。「世の中には遠隔から脳みそを読み取る気持ち悪い奴もいるんでな、希望ヶ丘もそういうタイプだと困るからな。暫く真っ暗だ」という事らしい。そう言えば花奈ちゃん以外の魔法少女に会うのは初めてだから、使う魔法が違うのも初めて知った。花奈ちゃんはどこが他の魔法少女と違うのだろうか。今度聞いてみよう。

 がさがさと葉っぱをかき分けて、追突するみたいに地面に降り立つと何処か室内に入る。控えめに言っても最悪に澱んだ空気で、数分居たら肺がおかしくなってしまいそうな程むせ返る空間だった。なにかの上に座って目隠しを外され、そこから一刻の静けさがやってきた。何処かの木造小屋の中だった。じんじんとうるさい静寂の中で僕は彼女に聞いてみた。

「なんでこんな事するの?」

 彼女は笑う。

「一つは、魔法少女ってもんは淀みを倒す。淀みのエネルギーが魔法力や願いの達成に大きく結びついているからだ。淀みは基本的に負の心が生み出すもんだがーー魔法少女の淀みは特にでかい。こんなチャンスはなかなかあるもんじゃない」

 詳しくはわからなかったけれど、なにかシステムのようなものがあるようだった。

「もう一つは、子供のお前にはわからない事だろうが――希望ヶ丘、あいつの底が知りたいのさ。魔法少女ってのは普通、欲の皮が突っ張った奴がなるもんだ。なにか目的……なりたいだとか、したいだとか、欲しいだとか、そういうただの人には叶えられないような欲望ありきの姿なんだよ。だから魔法少女は総じて人間的なのさ」

 初めて知る事ばかりだった。花奈ちゃんと僕は近いようで遠い存在なんだと感じた。

 寂しそうな僕の表情を一瞥し、天井を見つめて彼女は続ける。

「でも、希望ヶ丘にはそういう部分が見当たらない」

 花奈ちゃんは不気味な存在だという事。そう彼女は言いたかったのだ。目的も欲望も読み取れない。飛び抜けて真っ白な魔法少女。それが希望ヶ丘花奈だった。


 嵐ヶ丘桃果あらしがおかももか。それが魔法少女であり誘拐犯でもある彼女の名前だった。随分と可愛らしい名前なんだなと思って口に出そうとしたけれど、なんだか叩かれそうな気がしたからやめておいた。痛いのは嫌いなんだ。

 実は桃果さんも花奈ちゃんもお互い顔見知りらしい。とは言ったものの二、三回会話したくらいなので本当に顔を知っている程度だけれど。

 こうして暫く僕と桃果さんはお話をした。そのうちこっくりこっくり僕がうたた寝しだすと桃果さんは「寝ときな。夜中に嫌でも起きることになるからな」と会話を打ち切った。僕はなんだかんだで六歳だし、襲いくる眠気には太刀打ちできないのだった。


 夢なんか見ない深夜零時五十五分。その時は突然やってきた。大きく揺さぶられるのを感じぱちりと目を見開く。僕は小屋の中で寝たはずだったけれど、既に場所は寂れた廃墟の駐車場。そこに花奈ちゃんがいた。桃果さんは花奈ちゃんに話しかける。「返して欲しけりゃあたしをぶっ潰してみな。あたし達にはそれが出来るんだ」

 その言葉に花奈ちゃんは眉一つ動かさず答える。

「そういう力じゃない筈だよ」言葉の応酬が続く。「そういう力だ」「違うよ」「じゃあ指でもくわえて眺めてな」桃果さんは両手で僕の腕を掴む。「一本貰うよ」なにを?僕のなにを貰うのか。嫌な予感がした。全身の血液が逆流でもしそうな程の悪寒。ぐっと僕の細腕を掴む手に力が入――った瞬間、彼女の手首を抑える花奈ちゃんがそこにいた。いつの間に近づいたのだろう、強張った顔で花奈ちゃんはそこにいた。

 しん、として張り詰める空気。

「そんなに大事か」桃果さんは僕の腕を掴むのをやめ、花奈ちゃんの太ももに回し蹴りを食らわせた。桃果さんから引っぺがした僕を抱えたままごろごろ転がって地面に横たわる花奈ちゃん。肘を擦りむいたけれど緊張で不思議と痛みは感じない。「花奈ちゃん!」中村橋くんが花奈ちゃんに駆け寄ろうとするが、花奈ちゃんは手のひらを中村橋くんに向けて制止する。そして花奈ちゃんはふらふらと立ち上がると俯いたまま桃果さんに投げかけた。「たまにあなたみたいな人が来て挑発してくる。私のなにがそこまでさせるの?私にはなにもない。世界をひっくり返す力も、押し動かす力も」

 確かに花奈ちゃんの日常は、魔法少女だと言うことを除けば普通に満ちていた。でも、僕の脳裏に桃果さんの言葉が反復される。目的も欲望も読み取れない、なんのために戦うのか。なんのために魔法少女を選んだのか。


 それからの戦いはひたすら桃果さんによる花奈ちゃんへの追求だった。痛めつけられても花奈ちゃんは多くを語ろうとはしなかった。桃果さんの味方をするわけじゃないけれど、確かに花奈ちゃんはなにかを隠していた。

 僕は花奈ちゃんに全てを語って欲しかった。たとえ語らないのが優しさであっても、それでも僕は花奈ちゃんを知りたかった。


 夜明けが近づく。藍色の世界で二人の魔法少女は夜を越えていく。花奈ちゃんは地面にうつ伏せのまま動かなくなっていた。肩で息をする彼女は満身創痍で、こういう勝負であればとうに決着はついていた。桃果さんは桃果さんで相当疲弊していて、天を仰いでため息をつくと、僕を冷たく見つめた。

「やっぱお前じゃないと淀まないか」

 桃果さんが僕に近づく。でも、そこには……

「桃果さん、あれ」

 指差す先、桃果さんの背後。花奈ちゃんのすぐ側に黒いなにか・・・が渦巻いている。桃果さんは振り向きざまに僕の方へ転がり退避して「来た!」そう一言叫んだ。あれが花奈ちゃんの淀み。負の心。桃果さんは武器であるスティックをひゅんひゅん目の前で回して小脇に構える。そして後ろ姿のまま僕に「お前、名前は」と訊いてきた。僕は小さな声で「真白」とだけ答えると桃果さんは「真白、お前の役目はもう終わりだ。安心しな、あたしが守ってやる」と言ってきたけれど、今の今まで僕になにかしようとしていた人に言われてもあんまり説得力が無い気がした。けれど、この人は多分、恐らく、わかりやすい人なんだと思う。目的のためにストレートに行動しているだけなんだ。だから今のこの状況下では信頼しても良いのかもしれない。

 淀みは徐々に人の姿を形成していく。人型の黒い渦。渦泣きながらも確かな意思を感じる。淀みは負の意識の塊であるから、実体化した淀みというものは人から生命力を奪うとても厄介なものなのだ。「思ったより大きくないが、それでもおいしい」桃果さんは二、三回ステップを踏みながらジャンプすると跳ねるように淀みに飛びかかり、握りしめたそれで淀みの腹部を一突きした――はずだった。

 しかしそこにあるのは、地面に横たわり苦悶の表情を浮かべる桃果さんの姿で。「そんな……飲み込まれるなんて、あり得ない。これじゃまるで」そう言葉を吐き出す桃果さんの右腕の、肩から下がごっそり消えていて。

 花奈ちゃんがゆっくり、一歩一歩、おぼつかない足取りで僕達に近づく。「これは私の淀みじゃなくて」花奈ちゃんが呟きながら玩具のナイフを取り出して、淀みを見つめる。淀みはより鮮明に人へと変化する。桃果さんは表情を強張らせて「さ……!」となにかを言いかけ言葉を飲み込んだ。

 淀みがゆっくりと花奈ちゃんを包み込んでいく。黒い渦に包まれた花奈ちゃんの「あなたの淀みなんだよ。自分の淀みは自分じゃ倒せない。取り込まれるだけ」の言葉と同時に真っ二つに切り裂かれた淀みが辺りに飛散していく。

 桃果さんはその様子を見ながら、信じられない表情で言葉を漏らした。

「あたしの淀み……?あたしは肉体的にも精神的にも隙なんかなかった」

 桃果さんの問い掛けに、花奈ちゃんは飛散し地面に転がっている淀みのかけらを丁寧にナイフで処理しながら答えてくれた。

「私に吸い寄せられて、出てきたんだよ」

 花奈ちゃんはそれ以上なにも言ってくれなかった。


 ◇


 後日、僕は中村橋くんに連れられて喫茶店の前に来ていた。中村橋くんがどうしても行きたいけど花奈ちゃんが付いてきてくれないので僕を誘ったらしい。店の外観を見る。なんてことはないただの喫茶店だ。中村橋くんを見ると彼も僕を見ていた。「真白くん。ここの制服すごく良いんだよ」こういう大人にはなりたくないなぁと思いながらちりんちりんの音と共にドアを開ける。

 それと同時にウェイトレスさんが駆け寄ってきたけれど、これもなんてことはないただの桃果さんだった。「いらっしゃいませっ、二名様でよろし――」なんだかこの前よりやたらオクターブの高い声の桃果さんの言葉が詰まる。なんでこいつらがこんな場所にいるんだという顔で僕が睨まれたけど、僕じゃなくて十割は中村橋くんの所為だと思う。

 テーブル席に案内され、僕達は座る。僕は中村橋くんに「あれ桃果さん……この前の魔法少女だよ」と耳打ちすると彼は「桃果!?あの真白君を誘拐した!?」と大声だして立ち上がったけど、その直後に桃果さんが飛んできて不思議な力で中村橋くんは目を見開いたまま眠らされた。すごく不気味だ。


 魔法少女じゃお金は稼げない。社会に認知されていないのだから当然だ。だから桃果さんはバイトで可愛らしい格好のウェイトレスさんをやっていたわけだが、ただ、数ある仕事の中からこれを選んだのはなにか隠された趣味的なものを感じたけれど、口に出せばやはり叩かれそうだったので心の内に秘めておく事にする。


 背もたれに寄りかかり目を開けたままくーくー寝息を立てる中村橋くんを余所に桃果さんは僕に語ってくれた。

「淀みは怒りや苦しみで発生するから、あの時のあたしから淀みが出るのはあり得ないんだよ。あたしはこれっぽっちもそんな感情はなかった。だから希望ヶ丘に吸い寄せられたってのも出まかせじゃない気がする」

 桃果さんは僕の頭に手を置く。

「真白、お前だけだよ。希望ヶ丘の感情を一時でも揺れさせたのは。希望ヶ丘を知る事が、自身を知る事になるんだ」


 家に帰って花奈ちゃんと向かい合わせでご飯を食べる。じゅうじゅうに焼けた魚を口に運ぶ。少し熱くて舌を出すと、目の前で花奈ちゃんが微笑んでいる。

 世界は変わる。僕も変わっていく。

 未来が今を置き去りにしないように、硝子のような日常その中で、花奈ちゃんが僕にしてくれた事全てを命に刻みながら生きるのだ。

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