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最終話 僕が生きた記録

 エアコンの電源を入れる。うぃぃいいいん、と運転音。お金を出して、レジのセッティング。予約の確認をしてから、メールのチェック。

 さあ、掃除を始めよう。丁寧にテーブルや床、ディスプレイを拭きあげる。兎にも角にも丁寧に。なによりも一番、時間をかけて。

 タオルとか布物の洗濯は家でしてきているから、ささっとあるべき場所へ配置する。

 軽くストレッチ。ううん、気持ちいい。

 自動ドアが開く。

「いらっしゃいませ!」

 声を張り上げてお辞儀する。


 中村橋眼鏡店の一日は、こうして始まるのだった。


 ◇


 お姉様がお店に来てくれた。

「お姉様!久しぶり〜!体調はどう?」「良い感じですよ。黒華ちゃんも元気そうで良かったです。お店、日に日に評判良くなってますよ。店長さん勉強も沢山してて安心出来るって。あと、店長さん可愛いって」お姉様はにやにや笑う。私は照れ臭くてつい俯きがちになってしまう。あまり褒めないでほしいな。「調子乗っちゃうから……」


 今の中村橋眼鏡店は、僅かばかりの固定客に支えられているのが実情だ。一応ぽつぽつと良い話も耳に入るようになってきたけれど……しかし、本当に危なかった、正直潰れる寸前だったのだ。

 無理もない、だって、中村橋くんもお父さんもいなくなった私にはなにもなかったのだから。

 どうやらこの業界は未経験者歓迎らしく、まずは知識と技術を身につけるために有名なチェーン店で働き始めた。寝る間も惜しんで数年間、ひたすらに勉強し続けた私は、店を任されるくらいの立場にまで出世した。もちろんその間も淀みは現れるし、魔法少女と二足のわらじは大変だったけれど、人間必要以上の欲を出さなければなんとかなるものだなぁ、と思った。

 そんな濃密な生活を続けて、更に数年。中村橋眼鏡店を再開したのだった。


「黒華ちゃん。座っていいですか?」と、カウンターの椅子に腰を下ろす。

 お姉様はもう戦えない。

 まだ半分くらいは魔法少女だけれど、もう半分は法条おじさんが残してくれた生命維持装置によって生きている状態だ。だから、体力も常人より遥かに劣っていて、日常生活を送るので精一杯なのだ。

「本当はお買い物だったら黒華ちゃんも嬉しいんでしょうけど……今日はこれを見せに来ました」

 と、お姉様は一冊の本を私に見せてきた。


 表紙にはタイトルもなにもない。

 中を開くと、十四話くらいに区切られた目次。

 読んでみると……。

 お姉様は読み進めている途中の私に言った。

「約束したんです。彼が、誰から生まれて……どう生きたのか。その記録です。受け取るべきは黒華ちゃん、あなたが相応しいと思います」


 もう最近は、私も周りも、彼の事や彼女の事をあまり話さなくなってしまっていた。それは仕方ない事で、自然の摂理でもある。でも、確かに二人はいて、この世界を命を削りながら生きたんだ。

「お姉様、お願い、ひとつだけ……」「なんですか?」「最後に少し、加えてほしいな」「少し?」「二人がいなくなった後……残った人達がどうなったのか。意味はないかもしれないけれど……でももし、天国があるとして、二人が空から見ているとして、そんな二人に見せてあげたいんだ」

 二人が知り得なかった、その後の世界。

 きっといつか、私が二人に届ける。

 魔法がある世界なんだ。天国くらいきっとあるよね。

 それまで、私が覚えているから。私が残していくから。

 だから、安心して休んでね。

 お父さん。花奈ちゃん。


 ◇


「黒華、お疲れ様」閉店間際、お母さんがわざわざ迎えにきてくれた。「もう終わるよ、一緒に帰ろうか」私はお店から出て、出入り口の鍵を閉める。

 お母さんと歩きながら空を見上げた。


 何十年にも及ぶ魔法少女達の人生の記録、その営み。

 世界中に魔法少女はいて、これはその中のほんの、ほんの一部分。それだけでしかない小さな命の瞬き。

 でも、その小さな命達がうねりあって、大きな流れの中に溶け込み……それが世界を作っていく。

 仲間も、敵も、それ以外の関わりも、全ての魂を背負って、私は生きる。

 次に出会う誰かの為に、私は命を繋いでいく。


 真っ黒の空には無数の煌めき。

 私は立ち止まり、見上げたまま目を閉じる。

 お父さん。

 悲しみはないのに、何故か涙が溢れてくる。

 私はそれを拭うと、ふと後ろを見た。


 そこには、お父さんがいて、花奈ちゃんがいて、桃果さんもいて。敵も味方もない、私をここまで連れてきてくれた人達の姿もあって。


 そんな皆に見送られながら、私は前を向き、先で待つお母さんを駆け足で追いかけた。



 魔法少女から生まれた僕が生きた記録 完

おわり

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