第十八話 別れの儀式
肌寒い夜の空。
お姉様と別れた私と桃果さんは暫く無言で飛んでいた。
「黒華」桃果さんの呼び声に「うん」と返事する。
「あたしは彩月を殺した奴に復讐する為に魔法少女になった。姉のような強くて優しい魔法少女にだ。だが……」
その目指した姉こそが、復讐すべき相手だったなんて。
「わかってるさ、彩月を殺したのは未来だ。未来の意思が睡蓮の身体を借りてしたって事くらいわかってるんだよ。だからこそ歯痒い。だってあたしは、それを認めたら、存在意義が消え去るから」
悲しそうな顔で笑う桃果さん。らしくない、似合わない表情。
「あたしだって、怖いのさ。生きる糧そのものが揺らいでるんだから。あたしがそれを認めてしまったらを思うと……怖くて仕方ないんだよ」
初めて、桃果さんを守ろうと思った。
いつも守られてばかりで麻痺していた。
桃果さんも、ちゃんと弱いんだ。
「桃果さん、私がついてるから大丈夫だよ。桃果さんは間違ってなんかいない。一緒に睡蓮を倒そう」
こつん、と頭を叩かれた。
「強くなってから言え。でも、まあ、ありがとうな。そうだな……お前と月ヶ丘と、一緒に倒すか。力を合わせて、ってのもいいかもな。そういう力もあるって睡蓮に見せつけてやろうか」
桃果さんの最後の戦いは、しっかりと私が見届ける。
きっとお父さんや花奈ちゃんならそうしてた。
二人の代わりじゃないけれど、希望ヶ丘として、私が出来る事を精一杯遂行する。
見ていてね、お父さん、花奈ちゃん。
◇
真夜中の公園。
ベンチに座っているとお姉様と法条おじさんがやってきた。
「お待たせしました」と法条おじさん。お姉様は「良い夜ですね」と会釈。
二人は私と同じベンチに腰掛ける。
「きっと、もうすぐ睡蓮は来ますよ。ね、栞里」「ふふ、そうですねお父様」二人で笑い合う親子。
失礼なのは承知で、それでも、どうしても気になって、聞いてみた。
「あんな未来、見せられて……どうして、二人ともいつも通りでいられるの?」
私の言葉に二人は向かい合って、そのうち小さく笑った。
「私はお父様の為に生きていますし、お父様は私を愛してくれています」お姉様の目はとても澄んでいて、確かな想いを感じた。「それで、良いのではないのでしょうか」本当に不思議な人達だと思う。私の介入する余地がない程の関係性。
そして法条おじさんは言った。
「魔法少女ネットワークは消えませんよ。名前を変えて、形を変えて、これからも続きます。この私がいる限りね。人々の未来の為に続いて行くのです」
私はなにも言えない。
「いるんでしょう?睡蓮さん」法条おじさんは声をあげた。まさか。睡蓮がここに?「ずっと私を見張っていましたね。私はなにひとつ折れていませんよ。そして隙も見せません」
私は辺りを見回すけれど気配はしない。一体どこに……。
「栞里。私の過去を見てもなお、その男について行くつもりか?」
辺りから声がする。この声は……睡蓮。
「答えるまでも無いです。お父様は私の全てですので」飄々と返すお姉様。
駄目だ、見つからない。声だけが聞こえてくる。
「残念だ。だかお前が無事なら私はそれでいい。そう、お前が一人生き残ればそれでいいんだ」
私は咄嗟に戦闘態勢を取り、風のように姿を現した睡蓮の攻撃を受け止める。「くっ……!!」全力だ、全力でいかないと、押し負ける。睡蓮のスティックを必死に掴みながらじりじりと力の勝負。「黒華、よく止めたな。大したものだ。お前とは生きた年数が違う。本来であれば追いつくのもやっとの筈」涼しい顔の睡蓮。私一人では駄目だ、負ける!
「黒華ちゃん!」お姉様の声がするのと同時に複数の切り取られた本のページが後ろから飛んできて、私の身体をギリギリかすめて睡蓮に突き刺さる。あちこち突き刺さった箇所から血が滲む睡蓮の身体。「なかなか痛いじゃないか栞里。でも私は痛みよりも、お前が攻撃してきたという事実の方が何倍も痛い。何故かって」突然睡蓮を抑えていた私が前のめりになり転ぶ。睡蓮が消えたのだ。咄嗟に後ろを振り向くと睡蓮とお姉様が武器同士で組み合っている。「そんな敵意を向けられたら……お前を一度、倒さなくちゃいけなくなるからだよ」「睡蓮……!」流石のお姉様も戦闘タイプの魔法少女である睡蓮の相手は厳しいのか押されている。「栞里、少し大人しくした方が身の為だぞ」「流石に……力の差は否めないですね……!でも」お姉様の言葉と同時に、ぶわ、とその身体から漆黒のオーラが溢れ出る。
「睡蓮さん、たまらないですよ。法条謹製・対魔法少女用防御装置の威力は。ふふふ」腕を組みながら、まるで予定調和だったかのような表情で戦いを見守る法条おじさん。
「淀みか……!それも膨大な量の。なるほど法条らしい。このおぞましさ、悪の組織にお似合いの一品だな」皮肉混じりの言葉を漏らしながら一度お姉様から距離を取る睡蓮だけど、彼女の身体にまとわりついたそれーー淀みらしき漆黒のオーラの増大は止まらない。
法条おじさんは続けて言った。「それがそう反応すると言う事は、淀みが溢れ出ると言う事はですね睡蓮さん。あなたの意志はすっかり淀みに侵されきっていると言う事なんですよ。なんと言っても、攻撃者の淀みにしか反応しない装置ですからね」法条おじさんの言葉に睡蓮は膝をつきながら呟く。「知っているさ。きっかけがどうであれ、私のやってきた事は取り返しがつかない事ばかりだ。今更正義ぶるつもりもない。だがーー」
ばちばちと睡蓮の身体から火花のようなものが迸り、まとわりついている淀みを一つずつ潰すように打ち消していく。ばちゅん、ばちゅんと漆黒と火花を纏い、睡蓮はゆっくり立ち上がる。「それでも法条。お前がやってきた事、そしてこれからやる筈の事は、邪悪極まりないんだよ。私はそう信じているから、立ち上がるんだ。わかるか?」睡蓮が信じる正義、それ自体は間違っていないと思う。正直私も、睡蓮が体験してきた未来は許されない事に満ちていると感じた。でも、その許されない事をされた当人が受け入れてしまっている。お姉様と法条おじさんは極めて特殊な価値観の持ち主で、この世のルールに縛られない、社会性に縛られない、全く別の倫理観を持った人達なんだ。人間社会から数歩踏み出しているそのズレこそが、まさに魔法少女と同義であると言えるのではないだろうか。
本当の意味での理解しがたい新しい存在・魔法少女は、二人のような人を指すのかも知れない。
睡蓮には揺るがない強い意志があって、しかもそれが歪みを含んだものだと言う自覚も十分に持ち合わせていた。開き直った者は強いらしい。法条おじさんの防御装置も無効化されてしまった。
私とお姉様はひたすらに睡蓮の攻撃に耐えていた。法条おじさんは手を出せないのかなにもしない。
睡蓮の正面に対峙しながら私はお姉様の横に並ぶ。「はぁ、はぁ……黒華ちゃん、大丈夫ですか?」息を切らしながら私を心配してくれるお姉様。大丈夫、どこも折れてない。「ふぅぅ……私はまだいけるよ。あちこち痛いけど、これからこれから」お姉様に笑ってみせるけど、正直身体中みしみし言っている。次なにかされたら耐えられる自信がない。だから、今の私には強がることしかできない。
「法条。お前の不死は不完全なんだろう?しかも今は法条家も失い、延命さえ出来ない」と睡蓮。法条おじさんはふふふと笑って答える。「よく調べていますね。確かに今、致命的な事をされるとよろしくない状態ではありますよ」
睡蓮はひゅんひゅんとスティックを右手で回転させながら左手に開かれた本を持っている。「まずい状況だとあえて冷静に語り、なにか策があると思わせる手口、見え透けてるぞ。時間稼ぎはおしまいだ」
睡蓮がスティックの回転を止めると同時にお姉様が叫ぶ。「お父様!来ます!」「大丈夫だよ栞里」法条おじさんは笑い、睡蓮は私とお姉様の合間を縫って彼に攻撃を加えた。
がきん、という甲高い音と共に風が舞う。
「遅いな、と思ったろ?睡蓮」
睡蓮と法条おじさんの間には、桃果さんがいた。
「ふふ、桃果。やっと来たか。あと少しで目標達成するところだったぞ」スティック同士で組み合いながら背中で笑う睡蓮。「黒華ちゃん!攻撃!」力強い声と共にお姉様の遠隔魔法が睡蓮に放たれる。一歩出遅れた私はその魔法を追いかける形で睡蓮に向かって走り込み、拳を振りかぶった。
が、気がつくと私は地面に突っ伏していた。
「あ、あれ」わからない。なににやられたのかがわからなかった。どす、と私の顔近く、地面に突き刺さる睡蓮のスティック。「黒華。今のお前じゃ私には勝てないよ。これから経験を積んで強くなれ。この場は、邪魔さえしなければ生き延びられるだろうからな」悔しい……わかってる。力の差くらい。「黒華はな、睡蓮。いいか、黒華は大事なあたしの弟子なんだ。勝手に生殺与奪を握ってんじゃねえよ。今は自分の五体を守る事に集中しな。さもなきゃ再起不能だぜ?」桃果さんの言葉に睡蓮は口角を吊り上げる。「あんなにお姉ちゃんお姉ちゃんと私にくっついて来ていたお前が、そんな嬉しい事を言ってくれるとは。成長したな、桃果」その言葉に桃果さんはなにも言わずにジャンプし、睡蓮の頭上を越えて私のそばに着地する。
桃果さんの手を取り立ち上がる私。桃果さんは「一緒に戦うんだろ?ほら、受け取れ」と、私に古めかしい玩具のナイフを渡してくれた。
なんだろう、これは。切れもしないし到底武器にはなりそうもない。私が尋ねると、桃果さんはこう答えた。
「希望ヶ丘の……希望ヶ丘花奈の形見だよ。あいつの武器だ。ちょっと探しててな。それで遅れちまった」
花奈ちゃんの……。
「生前、戦えなくなる直前の希望ヶ丘がな、あたしに渡してくれたんだ。もし、黒華が魔法少女になって、辛い戦いをするような事があれば渡してあげてくれって」
でも桃果さん、玩具のナイフでどう戦えばいいんだろう。いつの間にか背後にいたお姉様が私に囁く。「黒華ちゃん。あなたの先代である希望ヶ丘花奈さんは、強い想いの力を持っていました。ただの現象に過ぎなかった存在を、全く別の生命に変えてしまうくらいの、強い想い。あなたの継いだ力は、そういうものなんですよ」
想いの力……。
ああ、そうか。イメージするんだ。
私は手の中にある玩具のナイフを握りしめる。目を閉じて、俯いて……握っているナイフがまるで身体の一部になったかのように思い込みながら……私は目を閉じる。
睡蓮の声が聞こえる。
「無駄だよ黒華。今のお前はまだ強くなれない。邪魔をするなら消えてもらうまでだ」警告の言葉。戦えば無事ではいられない、そう言われているんだ。でも、私は行く。
「行こうぜ。睡蓮をぶっ倒すんだ」そうだね桃果さん。「ちゃんと守りますから安心して行ってきてくださいね」ありがとうお姉様。
私は顔を上げ、ナイフの切っ先を睡蓮に向ける。
「睡蓮。私達が……私と、桃果さんと、お姉様が。あなたを救ってあげる」
睡蓮は、はははと高笑いした。
「やってみせろ。命を捨ててかかって来い」
闘志のようなものが芽生えていた。
まるでこの玩具のナイフが私に勇気を与えてくれたみたいだった。
懐かしい気分に包まれる。
花奈ちゃんが隣にいるような、そんな気持ちだった。
私は地面を蹴り飛ばし睡蓮に一直線に飛びかかるが、そんな私を見た睡蓮は手の平を掲げてすぐに振り下ろす。「くっ……」どすん、と頭上からの圧力。見えないなにかに押されて地面を滑りながら突っ伏した。「ああああっ!!」気合いで体を起こすと、前傾姿勢のまま再び睡蓮めがけて走ーーろうとするが、まるで重力が何倍にもなったかのような重さが私を襲う。
「勢いだけでは力の差は埋まらないという事だ」どす、どす、と重みと戦いながら歩く私に睡蓮は言ったが、諦める訳にはいかない。
すると、ひゅひゅんっと私の髪をかすめてお姉様の遠隔魔法、魔法がこめられた本のページが一枚ずつ睡蓮に飛んでいく。「そのまま進んで下さい!」お姉様の声。睡蓮は難なくその魔法を弾き飛ばすと私を押さえつけている方とは逆側の手を天に掲げ、ばしゅんと光の塊を放つ。それは空中で弾け飛び、雨のようにお姉様に降り注ぐ。「お姉様っ!!」私は思わず叫んだが、お姉様は「いいから!黒華ちゃん!」と私に叫び返す。私はお姉様に背を向けて前進しながら睡蓮を見た。
そこには睡蓮と、そして彼女を後ろから魔法で作られた太いロープのようなもので抑えつける桃果さんがいた。
「桃果。これはなんだ?魔法で拘束しているのか?」ばちばちと魔力を全身から迸らせながら、ゆっくり腕を動かして、必死に抑える桃果さんの拘束を解いていく。「くっ……滅茶苦茶な魔力め……!」桃果さんは拘束が解ける前に睡蓮に攻撃を加えようとするが、はははと笑いながら一気に拘束を解いた彼女は攻撃を受け止め、桃果さんの左手首を掴み上げる。「私と魔法で力比べをしようとしたのか?この私に、お前が一人で?栞里から私の過去を見せてもらったんだろう?私が一体どうやって形成されたか知った上での行動ならば、お前は愚かだよ」ぐしゃっ、と桃果さんの左手首が潰された。「ぐっ……」流石の桃果さんも痛みに耐えるのがやっとの表情だったが、それでもなお睡蓮を離さずに、後頭部に頭突きをぶつける。「はぁ……っ、睡蓮、あたしもわかってるよ……!お前には魔法少女としてなにもかも劣っているってな……!なんせ二人分の魔力だ。敵うはずがない。だが、それ以外でなら対等だ!」「桃果……!」再び頭突き。ごしゃ、と嫌な音が響く。
ふと、体の重さが一瞬無くなる。睡蓮の意識が弱まったに違いない。私は魔法をまとったナイフを突き出し、全力で駆けた。「黒華……!そこまで、だっ……」話途中の睡蓮の側頭部に桃果さんの頭突きが炸裂し、よろめく。「桃果……いい加減に離れるんだな……ッ!」睡蓮は桃果さんの腹部に手の平を当てると、力を込めた。ばしゅん、と光が飛び散る。「が……ぁ」飛び散った光の後に続くのは鮮血。桃果さんの腹部からぶしゅう、と血が噴き出し、崩れ落ちる。そして睡蓮は私を見た。睡蓮と目が合う。
「あああぁぁっ!!」
私は涙をこらえて叫んだ。そしてナイフを睡蓮に突き立てようとしたーーけれど、咄嗟に睡蓮は飛び跳ねて後退し私の攻撃から逃れる。逃れてしまった。「黒華、残念だったな……!お前の攻撃は私には当たら」ここまで言いかけて、睡蓮は背中になにかが当たったのか前のめりに一、二歩よろけた。そしてその一瞬の間に私はぐちゅ、とナイフを深々と睡蓮の腹部に突き刺した。
「栞里、か……」睡蓮の言葉にお姉様は返す。「私の魔法を弾き飛ばしたのは失敗でしたね。まだ生きていましたよ!」お姉様はホーミングするかのように睡蓮に弾き飛ばされた魔法を操作して、睡蓮の背後から攻撃したんだ。「睡蓮!!」私はナイフを抜くと、今度は縦に斬りつけようと振りかぶるーーが、睡蓮はそんな私の手首を悠々と掴む。「はぁ……!一度上手くいったからといって調子に乗らない事だな、黒華……!桃果と同じにしてやろうか?」睡蓮の手に力がこもる。みしみしと骨が軋む感覚。まずい、潰される!
だがその時。がくん、と睡蓮がバランスを崩す。私の足元で桃果さんが這いつくばりながら、睡蓮の左足首から先を持っていた。ぜえ、ぜえと呼吸を荒くしながらも桃果さんは口元を吊り上げて笑う。「はぁっ……睡蓮……!まさに、足元がお留守ってやつだな……!」睡蓮は痛みに耐えているのか強張った表情で地面に手を着くと、それと同時に彼女を中心に、波紋状に激しい衝撃波が放たれた。
轟音と共に私達三人は吹き飛ばされ、それぞれがばらばらの場所に転がり、倒れる。「うっ……!!」私は木に強く身体を打ちつけ、うつ伏せに倒れた後、めまいの中辺りを見回した。
「はぁ……はぁっ……痛いじゃないか、桃果。情けでさっき殺さないでおいたものを、恩を仇で返して、いけない子だなお前は……ぐっ……」片膝をついて肩で呼吸をする睡蓮は、なにかを探しているようだった。
「法条は、どこだ……?」
「ここですよ睡蓮さん。……栞里!!」木の上に避難していたらしい法条おじさんは、睡蓮の上からお姉様の名前を叫んだ。「はい!!」それに応えて返事をしたお姉様は、動きの鈍っている睡蓮に複数、刃物のような本のページを放つ。「う、ぐっ、ぐぅっ……!!」攻撃が立て続けに睡蓮を襲う。ぶしゅぶしゅと睡蓮の全身を切り刻んで行くお姉様の魔法。睡蓮は両手を地面につくと、口から血を吐いて俯いた。
「栞里。捉えるよ、いいね?」「はい、お父様!」傷だらけのお姉様は睡蓮に駆け寄ると、膝をついて空中に一個の球体を投げた。それはぶわっ、と大きな傘状のバリアのようなものへ変化し、ゆっくりと下降する。睡蓮は俯きながら、淡々とした口調でこう言った。
「栞里……」
なにが起こったか、わからなかった。
だって、理解が出来なかったから。
何故、睡蓮の武器が、お姉様の身体を、胸元を貫通して、背中から飛び出しているのか。
「え?」
気の抜けた声が出た。睡蓮以外のその場の全員が、恐らく法条おじさんも、それは予測出来なかったと思う。
ぽた、ぽた、と棒の先から地面に血が滴り落ちる。お姉様は地面に膝をついたまま動かない。
「似たような……未来になるのなら……」
顔を上げた睡蓮は、目からも口からも血を流しながら……悲しそうな顔でお姉様の心臓を貫通しているそれを引き抜いた。
「せめて……もう目を覚まさないように、眠れ……。なぁ、栞里……」
ぶしゅう、と傷口から血が噴き出し、お姉様はなにも言わずに……うつ伏せに倒れた。
「お姉様ぁぁぁぁあっっ!!!」
叫ぶしかなかった。叫びながら、睡蓮に向かうしかなかった。
睡蓮から放たれた疾風に吹き飛ばされ、ごりゅ、という嫌な音と共にう私の左手首が地面に落ちた。
そして崩れる私と入れ替わるようにーーなんと、法条おじさんが飛びかかった。
流石に睡蓮も意外だったのか動揺を隠せなかったが、当然ながらただの人間では魔法少女に敵うはずもなく、唯一出来た事と言えば一瞬、睡蓮の肩に手が触れたくらいで……その直後にお姉様と同じように腹部を貫かれ、血を吐き出しながら地面に転がる。
「うおあああぁぁッッ!!」
更にそれと入れ替わるように叫び声をあげ、血を撒き散らして桃果さんが飛びかかる。「はぁっ……!桃、果……!」睡蓮も満身創痍なのか棒を構えて桃果さんを迎え討ち、がきん!とお互いの武器が重なり合う。「いくら私が手負いでも……それでも、ごぶっ……はぁ、それでも、力の差は覆せない」「いちいち、説明しなくても、よ……わかってるんだよ、あたしは……!」どす、と睡蓮の拳が桃果さんの腹部にめり込む。「が、は……」膝をつく桃果さんの頭上にがごっ!と鈍い音と共にスティックが打ち付けられた。
私はなんとか痛みを抑える魔法を傷口に与え、立ち上がる。助けなければ……。
ゆっくりと、桃果さんは私に手の平を見せてきた。
「くるな」の合図。静かな訴え。
私は言われた通り、その場で二人を見守る事にした。
暫くの硬直の後、先に動いたのは桃果さんだった。
睡蓮の喉めがけて桃果さんは武器の先端を突き出して攻撃するーーが、難なく避けられた、と思った矢先。ボンッと破裂音。さっき法条おじさんが辛うじて触れた肩から血漿が上がる。あの触れた時に既に法条おじさんは攻撃していたんだ。そしてバランスを崩した睡蓮に桃果さんは追撃をかけるが避けられ、逆に桃果さんの右足が切断された。ぼとりと地面に横たわるそれ。桃果さんはがくりと右寄りに傾くが、その直後にたった今切断されたばかりの足を拾い上げ、睡蓮の顔面にまるで蹴りつけるかのように足の裏で叩き殴る。よろり、と上半身を反る睡蓮。しかし直ぐに勢いよく前のめりに体制を整え、スティックを桃果さんの右肩に振り下ろしーーその右腕は、睡蓮によって無残にも切断された。が、桃果さんは全く怯まず、スティックの先端を睡蓮の胴体の中心に当てがった。
「なんだと、桃果お前」「終わりだっっ!!」どうん!と轟音。桃果さんの武器の先端から放たれた魔法攻撃が、睡蓮の背中を貫通して、更にその先にある木々を焼き尽くした。
「はぁ、はぁ……残念だったな睡蓮。あたしは既に……隻腕だ」地面に転がっている桃果さんの右腕が蒸発するかのように消えていく。
静寂。
ただただ、静かな時が流れる。
睡蓮はゆっくりとその名を呼んだ。
「桃果……さん」
睡蓮の声だけど、私にはわかる。これは睡蓮じゃない。桃果さんは「なんだ」俯いたまま返事をする。
二人の会話はゆったりと続いた。
「私は……。私は、こんな事をしたかったんじゃないの」
「ああ」
「いつからか、自分が止められなくなって……なにも考えられなくなって」
「ああ」
「あらゆるものが許せなくなってた。そんな私が唯一、変わらなかった感情……それに従って行動するしかなかった。それがなければ……私は自分を証明できなくなっていた」
桃果さんは顔を上げる。
「お前は、あたしと一緒だよ。復讐する事でしか……自分に意味を……見出せなくなっていたんだ」
そして、桃果さんは彼女を抱きしめた。
「もう休め、未来……。もう、お前の見た世界は来ない。怒りとか、悲しみとか、苦しみなんて……終わってしまえばただの過去に過ぎない。もう、運命に弄ばれるな。ただ静かに、眠ればいい……」
睡蓮の身体からうねりを上げて白いオーラが空に飛散する。
「栞里さん……ごめんなさい。あの時のように笑いながら……お別れしたかった」
一ノ瀬未来。
悲しみの中で生き、狂ってしまった少女。
どうか、消える時くらい、安らぎがありますように。
◇
静まり返る公園の中で、睡蓮は一人立ち上がる。
辺りにはぼろぼろの私達。
睡蓮はどこにいくのだろう。
彼女の後ろ姿は寂しげで、私は無意識に言葉を発していたら。
「いつか、お互い生きてたら……また、どこかで」
睡蓮は背中を向けたまま手を上げた。そしてふらふらと浮かび上がり、私達から離れていく。
「睡蓮!」
桃果さんの声。睡蓮は動きを止める。
「いつか……黒華を助けて、やってくれ」
「いくら未来の意志だからといって……半分は、私がやったことだ……。許されるとは思っていない」
「それでも、だ」
睡蓮はそれ以上答えなかったけれど、ゆっくりと振り返った。
「桃果。何故私は生き延びるんだろうな……。何年、何十年、何百年かけてでも、私はその意味を探して生きるよ……。最後に、謝らせてくれ」
崩れ落ちるように地面に降り立ち跪き、地面に額を擦り付けて、睡蓮は声を絞り出した。
「すまない……みんなも、大事な大事な妹の人生も……私なんかの為に無駄にさせて……。すまない……桃果、すまなかった……」
桃果さんの身体から光の粒が、まるで蒸発していくかのように空へと溶けていく。
「あたしの人生は、あたしが自分で決めたんだ。仲間も、敵も、あたしが選んだんだ。だから満足しているよ。ここでこうやって、妹として終われるあたしは幸せだよ。だから、さよなら。……お姉ちゃん」
桃果さんは私を見て、微笑んだ。
私は思わず叫んだ。
「桃果さん!」
出てくる言葉が見つからない。だから、全てを込めて……名前だけ叫んで、あとはなにも言わなかった。
桃果さんは「月ヶ丘と法条を助けてやってくれ。法条もまだ生きてる。あたしの代わりにお願いだ。黒華、色々とありがとう。あとはお前が決めるんだ。お前が受け継ぎ、導いていけ」と私に言ってくれた。
そして、光に包まれる桃果さんは、最後に笑顔で私に手を振った。
「じゃあな!」
◇
こうして、桃果さんの戦いは終わった。
公園には手首を失った私と、体を貫かれ横たわるお姉様と法条おじさん。
私は傷口を魔法で痛み軽減しながら、二人を介抱する。
「黒華さん、ですか……」
法条おじさんが目を覚ます。信じられない生命力だ。そういえば、身体になにか手を加えていると聞いている。だからなのかも知れない。
「おじさん、今痛みを抑える魔法、かけてるから頑張って……!」私の言葉に法条おじさんは「ありがとう、でも……いたた、大丈夫ですよ……私は、強いですから。それよりも、栞里です」と掠れた声で言いながらふらふらお姉様に近づき、しゃがみ込む。
「栞里……ちゃんとお父さんが助けてあげるからね」
法条おじさんは懐から手のひら大の機械を取り出し、お姉様のぽっかり空いた胸元に置いた。しゅるしゅるとそこから配線のようなものが飛び出てきて、お姉様の傷口に侵入していく。なんだか少し怖い。
「見慣れないものには……ふうぅ……恐怖を抱いてしまうものですよ」法条おじさんは直後、ごぼ、と血の塊を吐き出した。肩で呼吸しながら両手を地面に着く。「おじさん!」「大丈夫。私は今は動けませんので……栞里を、この場所まで連れて行ってあげてください」一枚の紙を渡される。それは地図で、今から向かうべき場所が書いてあった。
私は頷くと、お姉様を抱えて浮かび上がる。最後の力を振り絞るんだ……。
日が昇りかけていた。
私は法条おじさんを見下ろす。彼は私達を見上げながら、手を上げていた。
薄暗い、青味がかった空を進む。法条おじさんが視界から消える。
薄々と気づいていた。
法条おじさんは、助からない。
結局、私にはわからなかったんだ。
この人達の関係性、価値観、命の在り方、その全てが。
二人には二人の世界があった。
決して誰も踏み込めない、そんな世界があったんだ。
太陽が私達を照らし、思わず目を細める。
眩い程の光。
そんな戦いの終わりを全身で感じながら、私は、新しい明日に溶けていった。
つづく




