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第十七話 二人の魔法少女

 嵐ヶ丘睡蓮。

 今、私の意識はこの人の中にある。そして、この時代が、未来だった私がいた時代から遥か昔ーー七十年以上前だという事も理解できた。

 これは私の憶測だけど、栞里さんの過去視の力が暴走し、実際に過去に飛んでしまった……そう思うしかなかった。もしかしたら、栞里さんの能力自体、過去を見るのではなく、意識を過去に・・・・・・飛ばすもの・・・・・だったのかもしれない。


 この身体はあくまでも睡蓮のものであり、基本的に私は裏側。二重人格の二人目の方なのだ。

 そして睡蓮は魔法少女だった。何故彼女だったのかはわからない。なにか強い因果が関係しているのか、それとも偶然なのか。


 裏人格に過ぎない私は普段は引っ込んでいて、表人格、つまりは睡蓮の心に隙ができた時に肉体の主導権が交代した。当たり前だけど、殆どの優先権は睡蓮にあって、私は圧倒的弱者だった。唯一勝っている部分といえば、睡蓮は私の存在には気づいていない、くらいだろうか。


 ◆


「お姉ちゃん、最近変じゃない?」

 自宅にて。同じ部屋。目の前の女の子。名前は……嵐ヶ丘桃果。私の知っている桃果さんに違いなかった。桃果さんには姉がいて、私が今その姉なのだ。

「そうかい?あたしはいつも通りのあたしだけどな」睡蓮は答える。未来である私はただの傍観者だ。

 小さい桃果さんはうーんと唸りながら「なんか違うんだよなぁ……」と、まるで睡蓮越しに私を見ているかのような視線を向ける。睡蓮はそんな桃果さんの髪をわしわしとかき混ぜると「そんな事よりもだ桃果。彩月さつきとの待ち合わせはいいのか?まだ準備終わってないんだろ?」と言った。桃果さんは飛び跳ねて「忘れてた!お姉ちゃんありがと!」と慌てた様子で着替え始めるが、それと同時にピンポンとチャイムが鳴る。「今行くよ〜!!」とどたどた玄関に走っていく桃果さん。やれやれと呆れた様子で睡蓮は後を追うと、玄関には恐らくは先ほど話に出ていた彩月がいた。桃果さんと同い年くらいだろうか、可愛らしくて大人しそうな女の子だ。

 遠くから手を振る二人。「元気なのはいい事だ」ぼそりと睡蓮のひとり言。ドアを閉めて、部屋の中に戻る。

「最近変、か……桃果は鋭いな。確かに感じるよ。あたし以外の存在をな」

 まるで、私に話しかけられているようで、寒気のようなものを感じてしまう。私はひっそりと息を潜めるように睡蓮の中で暮らすしかなかった。


 ◆


 桃果さんと彩月は幼馴染であり親友だった。毎日のように二人で遊んで、まるで姉妹のようだった。

「桃果ちゃん、夢ってある?」嵐ヶ丘家に遊びにきていた彩月が桃果さんに聞いた。桃果さんは「あるよ」と答える。

 魔法少女かな、と思ったけど、意外や意外、「お医者さん」だった。彩月の「なんで?」に桃果さんは「お姉ちゃんいつも怪我ばかりするから、早く治せるようなお医者さんになれば、お姉ちゃん助かるから」と笑う。それにしても、見れば見るほどに私の知っている桃果さんと違い過ぎる。本当にこの桃果さんはあの桃果さんなのだろうか。にわかに信じ難かった。


 そして、私はひたすらに時間があった。徹底的に傍観者である私には考えることくらいしかやることがなかったのだ。

 私は悔しかった。

 このまま、睡蓮が死ぬまで……いつになるかもわからない終わりを迎えるまで、私はただじっと耐え続けなくてはならないのか。


 決して忘れてはならない。

 私は、法条さん、法条に会わなくてはならない。

 栞里さんを壊した罪を、償わせるんだ。

 怒りを、悲しみを、風化させてはならないんだ。


 ◆


 きっかけは睡蓮と桃果さんのほんの些細な喧嘩だった。喧嘩の内容は別にどうでも良くて、肝心なのはその先、睡蓮の心に多少の隙が出来た事だった。

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 激しい頭痛と共に体の主導権が私に移る。睡蓮には悪いけど、これからは私の時間だ。

 ここが過去なら、必ずいるはずの存在。法条の親でも祖父母でもいい、彼らを、潰してしまえばいいんだ。

 空に浮かび上がる。

 行こう、法条家に。


 地理感覚が無かったので、ようやくと言った感じだけど、法条家を見つけた私は正門の前に降りる。

 細部が違うけど表札に「法条」の文字。沸々と湧き上がる怒りの感情。そうだ、この気持ちだ。身体全体に活力がみなぎってくる。


 どうしてだろう。睡蓮の中にいる私は、何故だか少し昔より勇気が出るようになっていた。心が肉体に引っ張られているのだろうか。とにかく私は、ハイになっている。


「こんにちは」

 突然背後から声がして飛び跳ねた。後ろを振り向くとそこには見たこともない少女……あの少女趣味な格好は多分魔法少女だ。「誰か知らないけど、今忙しいからまた今度で」「まあまあそう言わずに……お茶でも飲みましょうね」道端に突然現れるティーセットとテーブル一式。なんなんだろうこの人。

「はい、どうぞ。召し上がれ」謎の人は椅子に座って優雅にミルクティーのようなものを私に差し出す。無視して逃げよう、としても何故か身体が勝手に動いてしまって、私は椅子に座ってミルクティーを飲んでいるのだ。

「理香子さん!また無関係な人を巻き込んで……!」遠くから走ってくる二十代くらいの知らない青年。彼が理香子と呼ばれる魔法少女の腕を引っ張ると、急に私の身体に自由が戻る。私は飛び退くように二人から距離を取る。理香子はふふふと笑いながら私にお辞儀した。

「希望ヶ丘理香子と言います。あなたと同じ魔法少女ですよ。あなたのお顔、とてもピリピリしていて心配でした。一息つくのも良いものですよ?ね?」

 まるで子供に言い聞かせるようなトーンで話すこの人、黒華さんと同じ名字をしている。服もデザイン自体は黒華さんに通じるものがある。なにか関係がありそうだけど、今の私にはなにも関係はないし、なによりこの人は私と相性が悪い。ペースを乱されてイライラもする。早くこの場を離れよう。

 空に逃げる私に理香子は小さく手を振っていた。


 ◆


 また私は睡蓮の裏側で過ごしていた。ただ、最近なにかが変だ。はっきりとはわからないけど、言い様のない感覚。ただ今は、それ以上に体の自由が効かない苛立ちが優っていた。

 したいのに出来ない。行きたいのに行けない。食べたいのに食べられない。飲みたいのに飲めない。寝たいのに寝られない。この制限はかなりのストレスだった。早く睡蓮と入れ替わりたい。発散したい。暴れたい。そんな感情が日に日に強くなっている。

 きっとこの状況はバグのようなもので、栞里さんの能力の想定外の部分なんだ。だからこんなにも不都合が起こり始めている。心が荒んでいくのを感じる。早く、自由を……。


 ◆


 運命は誰の味方なのだろうか。私は弄ばれているのかもしれない。


 運良く身体の主導権を握れた私は、再び法条家を訪れていた。そんな法条家から一人の少年が出てくる。

 栞里さんの力を継承した私には、不思議と栞里さんが感じるであろう直感を持っていた。

 その直感が、この子は私が会いたかった法条自身だと告げているのだ。ただ、私が知っている大人の彼はどう見ても四十代で、年齢の計算がどうしても合わない。でも、それを言うなら、何故私が知っている法条は四十代なのだろう。

 栞里さんから昔の写真をたくさん見せてもらったけど、今だからわかる。法条だけ歳の取り方が遅すぎる。三十年前の写真を見ても、三十代にしか見えなかったのだ。

 憶測の域を出ないけど、これはつまり、法条は人の三分の一程度のスピードで歳をとっているのではないだろうか。間違っているかもしれないけど、こう考えれば辻褄は合うのだった。


 私は法条の前に立つ。

「誰ですか?」育ちの良さそうな言葉遣い。近寄れば近寄るほど感じる。この子は私の会いたい法条だ。この少年が、私の大切な栞里さんをいつか壊してしまう。

 本当に、本当に単純で簡単な事なんだ。

 彼さえいなくなればいいだけの事なんだ。

 私のしたい事なんて決まってる。


 私は不思議そうに見上げてくる目の前の少年の頭に手を置いて「魔法少女って、知ってるかな?」と聞く。少年は「魔法少女……?知りません」と答える。


 私は今からこのなにも知らない彼を殺す。

 魔法少女ネットワークを、はじまりから潰す。

「今の時点じゃなんの恨みもないけど……」ここまで言って少年は身の危険を感じたのか私に背を向けて法条家の門を開けようとする。

「あっ、うわあっ……!?」ふわりと宙に浮かび上がり、手が門から離れていく。じたばたと足を動かして抵抗するけどなんの意味もない。「たっ、たすけ……!!」叫ばれそうになったので魔法で口を閉じてもらう。

 私は睡蓮の武器であるスティックを出現させ、その尖った刃の先端を法条の背中に当てる。この先端を少しばかりの力で押し込めば……押し込めば。


 ずきん、と鈍い頭痛。

 なにかが、私の中で抵抗している。

 いや、なにかじゃない。これは、睡蓮だ。睡蓮が無意識に私の心、意志に反抗しているんだ。

「ひ、引っ込んでろ……!!私の、邪魔をするな!!」

 まとわりつく睡蓮の意志を吹き飛ばし、武器を持つ手に力を込めてーー目の前の小さな命を、刈り取った。

 痙攣したように何度か身体を揺らしながら、法条家の門にひっつくようにずるずると地面に崩れ落ちるそれ。

 やってしまった。

 うん?まるでしたくなかったみたいな表現だなぁ……。

 やりたかった事は、これなんでしょ?

 後悔なんかしないって心に決めたじゃない。

 じゃあ、なんでこんな自問自答みたいな事する?

 もう、突っ走るしかないんだ。

 走って走って、息が切れて、息が出来なくなって、死んでしまうまで走りきるしかないんだ。

 戻る道なんか、どこにもありはしないんだ。


 だから、例えこの状況を今、彩月が。彩月が見ていたとしても。私は決して立ち止まらない。

「律くん……!?」

 そうか、法条は彩月の知り合いだったのか。彩月はきっと悲鳴も出ないほどの衝撃が走っているに違いない。「彩月、内緒に出来るかな?」出来ると言って欲しい。

 彩月は素直な子だ。嘘がつけない事くらい知っている。

 でも、嫌なんだ。

 この子は消したくない。桃果さんと仲良くしてくれて、私にもよく懐いてくれる。とてもじゃないが正気じゃ手にかけられない。

「でも、でも」彩月の怯えた顔が脳裏に焼き付いて離れない。「お願い。これは、良い事なんだ。あの子は悪者なんだ。だから誰にも言わないで欲しい。お願いだよ」私の言葉に、彩月は震えながら頷いた。

「……うん、わかった」


 こうして法条は死に、魔法少女ネットワークの未来は閉ざされた。これで、きっと悲劇は起こらない。

 あとは、流れる水の様に緩やかに生きていくだけなのだ。


 ◆


 彩月との関係性がゆっくりと変化していく。表面上は今まで通りだが、彼女が私に向ける視線は以前とは全く違うものだ。

 まあそれはいい。彩月は頭がいい。誰にも言わないでいてくれればお互い平穏な日々を送っていけるんだ。


 そして三年の歳月が流れた。

 彩月も桃果も中学生になり、それぞれが自分の思い描く道を進もうとしていた矢先。それは起きた。

 何気なく買い物をしていた私は、ある人影に目を奪われる。

 見た目こそ違うが、何故だ。私には今すれ違った少年が、法条だと感じてしまう。精神が特殊な状態にある私だからこそそう感じることができるのだろうか、とにかくだ、私は彼に声をかける。

「あの、突然すまないが」「はい?」不思議そうに振り返る彼。「きみは……私が殺したはずの法条だな?」少しの沈黙の後、彼はにやりと口元を歪ませる。

「流石ですね、嵐ヶ丘さん。数年前、あなたが何故僕を襲ったのかはわかりませんが……もう、同じ事はさせませんよ」「……どういう事だ?」「法条家を甘く見ない方が良い、という事です」

 違和感。周囲に違和感を覚える。張り詰めた空気。周りになにかがいる。それも複数、結構な数だ。

 そうか。あの時の時点でも、もう遅かったのか。

 もう、魔法少女ネットワークの前身は存在していたのか。

「僕は死にませんよ。でも少し感謝しています。あなたが僕を殺したからーーそれがあったから、僕は不死になれたのです」動けない私を見上げて屈託のない笑顔を見せる法条。


 一度死に、名前を変え、顔も変えた彼は後に、養子という形で法条家に戻る。

 まるで私がスイッチを押してしまったかの様に彼は魔法少女へとのめり込んでいく。

 魔法少女に殺された経験、魔法少女の力に触れてしまったが故の変化。

 なんてことだろうか。

 私が、私が、法条という人間を作り出してしまったのだ。


 駄目だ。

 このままでは法条を止められない。

 それどころか、きっと私は殺される。

 悔しいが身を隠さなくては。

 どうすれば法条を止められるか考えなくては。

 幸いにも私は魔法少女で、時間はたっぷりある。

 最後にちょっとした後片付けをしてから、社会とおさらばしようじゃないか。


 ◆


 まあ、なんだ、彩月。私が身を隠すにあたって、お前の頭の中にあるその記憶は凄く都合が悪いんだ。栞里の様に頭の中を覗けるような魔法少女が法条側にいたり、これから先、栞里が魔法少女になっていく中で……きっとお前の中にある私に関する記憶は、法条へのヒントになってしまう。それは困るってのはわかるよな。お前はなにも悪くないよ。むしろかわいそうだな、と思うよ。なんてついてないんだ、って。

 だから、私はそんなお前に、せめて苦しまないでくれって思いを込めて……死んでもらうんだ。


 ◆


 彩月を殺すの自体は簡単だった。当然といえば当然だ。ただの少女なんだから。心臓をひと突き、それだけで事足りた。

 ただ……心臓を針で突き刺すような痛みを心に残した。私の中の睡蓮がそうさせるのだ。彩月を手にかけた事は、深く深く、消えない痛みとなって私の中に残った。


 法条は泳がせる。泳がせて、積み上げて、たっぷりと成長させてから潰す。やり直せないレベルまで到達するのを待ってから、法条家の資産ごと無に帰してやる。


 ただ、気掛かりは桃果だった。

 あいつはああ見えて結構打たれ弱い。親友を失って、心を壊していないだろうか。

「お姉ちゃん……なんで、彩月は死ななきゃならなかったの……?」

 桃果はもう涙も枯れて、ただ鬱ぎ込むばかりだった。

「私には答えられないよ。そんな難しい質問には。だが桃果。お前は強く生きられる子だ。彩月の分まで生きるんだ」

「あたしは……あたしは、魔法少女になりたい。お姉ちゃんみたいな魔法少女になって、彩月を殺した犯人を……犯人を、今度はあたしが殺すんだ」

 私にはなにも言えなかった。


 ひとつ、わかるのは。

 きっと桃果は魔法少女になるし、彩月を殺したのが私だって事もいずれ知ってしまうという事だ。


 その夜。

 私は一人で旅に出た。

 起きたら桃果、悲しむだろうな。

 でも、その悲しみがお前をもっと強く逞しくしてくれる。例え次は敵同士でも、私はお前の成長を嬉しく思うだろう。

 さよならだ、桃果。私の可愛い妹。


 ◆


 ところで。

 私は一体誰なんだ。

 今の私は睡蓮なのか?未来なのか?どちらでもないのか?

 それとも、どちらでもあるのか?


 二重人格は、綺麗さっぱり消えていた。

 人格の融合という結果だけを残して、睡蓮も未来もオリジナルは消え去ったのだ。


 まあいいさ。

 私のやるべき事はひとつだけ。

 悩むまでもない。

 その時が来るまで、空気のように生きていこう。

 何年でも、何十年でも、じっと耐えて生きていこう。

 私の旅は終わらない。

 栞里を救うその日まで。

つづく

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