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第十六話 一人ぼっちの未来

 最初の出会いはごみ捨て場だった。私は見たこともない黒いなにかによってこんな場所に連れてこられたのだ。空中から落とされた私の体はゴミに受け止められ、擦り傷ができる。痛いけど、それ以上に恐怖が勝る。「た、助けて」それしか出ない。わけがわからない。私はこんな場所で死んじゃうのか。嫌だな、嫌だよ、嫌……。


「大丈夫ですか?」

 気づくと、知らない女の子に抱きかかえられていた。「助かった、の……?」「はい。もう安心ですよ。悪いやつはいなくなりました」

 その言葉がどれ程に私を安心させたか。私はぼろぼろ涙を零しながら彼女に抱きついた。「よしよし。怖かったですね」小さな手が私の頭を撫でている。私より年下なはずなのに、どうしてだろう、まるで会ったことの無いはずの母親のような安心感を覚える私がいた。


 ◆


 私を助けてくれた彼女の名前は月ヶ丘栞里。「どうぞお姉様とお呼び下さいませ」と言われたけど、遠慮して栞里さんと呼ばせて貰う事にした。そして私の名前は「一ノ瀬未来いちのせみらい」。父も母も何処かに消えた、一人ぼっちの一ノ瀬未来だ。

 最近孤児院を巣立った私はオンボロアパートで一人暮らし。とにかく底なしの孤独感と戦っていた。だからだろうか、栞里さんがとても暖かく、そして縋りたい、そんな存在に思えた。


 ◆


 いつの間にか、私は栞里さんとその仲間達と行動を共にするようになっていた。仲間達とは、嵐ヶ丘桃果さん、そして、希望ヶ丘黒華さん等だ。栞里さんに限らず、みんな本当に頼れるお姉様達だった。ただし、私は十八歳だったから、見た目十四歳な魔法少女達は側から見れば年下だったけど。

「あはは、黒華、お前も頼れるお姉様になれたな!」桃果さんが笑って黒華さんの肩を叩く。「もうあれから二十年も経つんだよ桃果さん、流石にベテラン扱いされなきゃ困るって!」黒華さんは困り顔で桃果さんに言い返している。

「あれから?黒華さんのデビュー?」少しでも会話に加わりたくて聞いてみる。「そう。二十年前にこいつは魔法少女になった。先代から継いでな。魔法少女は継承も出来るんだ」桃果さんは黒華さんの肩を抱きながら私に説明してくれる。「懐かしいなぁ〜」桃果さんは一人近くの段差に腰を下ろす。

「みーんな、いなくなっちまった。希望ヶ丘も、真白も、中村橋も……。いや、それでも月ヶ丘や黒華、水音もいてくれるあたしは贅沢か」

 桃果さんは少し寂しそうな表情で笑っていた。


 ◆


 魔法少女というものが、少し羨ましかった。

 魔法が使えるとか、そういうのじゃなくて、同じ秘密を共有するかけがえのない仲間。そういった関係に憧れていた。だから、魔法は使えなかったけど、少しでも長く同じ時間を彼女達と過ごしたくて、栞里さんの所へ通い詰めた。

「栞里さん、この絵はなんの絵?」

 法条家の廊下に飾ってあった不思議な絵。真ん中に赤い人が立っていて、周りには手を挙げた人々。その人々をよく見ると、みんな体の一部が欠けていたり、黒くなっていたり、なにかがおかしい。

「これは私のお父様が描いた絵で、再誕の時という題名です。いつの日か、苦しみのない世界がやってきます。それを信じて今を生きましょうというメッセージが込められています」

 苦しみのない世界。理想なのは間違いないけど、光の裏には影が必ずある。それでも、栞里さんのお父さんはロマンチストだなあと感じた。


「ほう。未来さんは魔法少女に憧れているのですね。栞里は良い友達を持ったようです。信頼は尊敬あってこそですからね」栞里さんのお父さんはそう笑った。

 狭い世界を生きてきた私にとって、魔法少女の存在はあまりにも眩しすぎた。普通の女の子がアイドルやモデルに憧れを持つように、私は魔法少女を夢の先に見つめていた。


 栞里さんがお手洗いに行っている間。栞里さんのお父さんが私に耳打ちしてきた。

「本当に魔法少女になりたいですか?」「……なりたいです」「戦いもありますよ?痛いかもしれませんよ?」「それでも、なりたいです」「そういった中で、大切なものを失ってしまうかも……?」

 私は少し考えて、答えた。

「でも、なりたい。もう、地べたを這うような生き方はイヤ」

 身体も気持ちも、全て気持ちの良い空へと飛ばしてあげたい。そんな思いを吐き出した。

 栞里さんのお父さんは満面の笑みで私の頭を撫でながら「じゃあ、魔法少女になってみんなをびっくりさせちゃいましょう。トップシークレットなミッションですよ?もちろん栞里にも内緒です。サプライズの為にね!」と言ってウインクした。私は頷くと、大きくなる鼓動を抑えようと胸を強く掴んでいた。


 ◆


 着々とミッションは進んでいった。

 ある日は私の身体データの計測に、またある日は法条さん(同志なのだから栞里のお父さん呼びではなく苗字呼びをお願いされた)と話し合ったり。何度も何度も秘密裏に前進していく。

「実はですね未来さん。栞里はこのミッション自体は知っているのですよ。秘密なのはあなたの関与だけなのです。楽しみですね、私も早くあなたの魔法少女姿が見たい。一体どうなるのか。本当に楽しみで仕方がないんですよ」

 人から期待される。

 今まで味わったことのない快感。

 私は法条さんの希望になっているんだ。

 誰かに必要とされる事がこんなに素晴らしい事だなんて。


 変われるかもしれない。

 今までの自分を消し去って、新しいなにかになれるかもしれない。

 そんな思いを秘めながら、私は必死に法条さんを手伝った。


 ◆


 あっという間に一年の月日が流れた。

 法条さんが言うにはミッションも最終段階らしい。

 その日、ちょっとした用事で私は栞里さんと喫茶店にいた。

「未来ちゃん、最近明るいですね」「え、そうかな?」「うん、初めて会った時と比べたら別人です。良い顔です」「えへへ、みんなのおかげ!」

 栞里さんはくすりと笑った。

「あなたの笑顔は気持ちいいです。いつまでもその笑顔を忘れないで」


 ◆


 法条さんがリモコンのスイッチを押すと、擦れるような音を立てながら重苦しいドアが開かれる。

「栞里、未来さん。二人に見せたいものがあります」そう言って奥へ歩いていく法条さん。

 首をかしげる栞里さんだけど、私は知っている。

 今日は私が魔法少女になる日なんだ。栞里さん、びっくりするぞ。


 こん、こん、こん、こん。

 先に暗闇へ消えた法条さんを追って、冷たい階段を降りて行く。更にその奥にはドア。がちゃりと開ける。

 中は明るく、奥には法条さん。

「ようこそ、二人とも。今日は記念すべき日です」

 部屋の中にはベッドが二つ。

 法条さんは嬉しそうに声を上げた。


「これから、魔法少女の継承をします!従来と違うのは、それを人工的に遂行するということです!栞里から未来さんへ!いいね、栞里。そして未来さん!」


 ……え?

 継承?

 なにを?魔法少女を?誰から?誰へ?

「な、なにを言ってるんですか法条さん……?栞里さんも、なにか言って……」

 横を見ると栞里さんが私を見ていた。

「お父様は適当にものは言いません。いつも意味のあることしか言わなかったです。だから、これはそういう事なのです」

 なにを言っているの!そんな手順の継承は絶対におかしい!私だってかなり勉強した。正しい継承手順だって知っている。だからこれが異常事態だってことくらいわかる。

「魔法少女から無理やり魔法を引っぺがしたらまともじゃいられない!私が法条さんや栞里さんからなんども教えてもらった事だよ!失敗例をたくさん教えてもらった!魔法を剥がされた栞里さんはどうなるの!?」


 私の話を無視して、法条さんがこっちにやってきて、栞里さんの両肩に手を置く。「栞里、いいね?今回はうまくいきそうなんだ。だから、栞里にお願いしたいんだ」なにがいいんだ。いいわけがない。

「お父様。必要としてくれてありがとう」

 栞里さん……。


 私が救わなくちゃ。法条さんから、栞里さんを守らないと!私しかいない。私しか……。


 ぐらり。

 視界が溶ける。

 あ、あれ?

 尻餅をつく。

 あたまがくらくらする。

 ね、眠い。

 なに、これは。

 耐えきれず横たわる。


「未来さん。何日か眠っていてくださいね。次起きた時あなたは……」

 いやだ……。

 栞里さん、いやだ……。

 そんな方法で、魔法少女になんかなりたくない……。

 いや、だ……。


 ◆


 法条家を背にして、私は立っている。

 目を覚ました私に法条さんは、全ての工程が完了し、魔法少女は継承されたと教えてくれた。

 そして、まずは普通の生活をしてみろとここに投げ出されたのだ。

 空を見る。曇天。薄暗く、気持ちの悪い空。

「栞里さん……」

 栞里さんはあの後からずっと、立て続けに襲いかかってくる後遺症と戦っている。あらゆる種類の痛みが襲ってくるらしく、まともに食事もとれていない。

 やがて面会謝絶となり、今に至る。


 私は歩く。

 久しぶりの我が家に向かってとぼとぼ歩く。

「未来?あれ?未来だよね!」

 空から降りてきたのは黒華さん。

「暫く連絡途絶えてたから心配したよー!どうしたの?」「黒華さん、私、私……」感極まって泣きながら抱きついた。「ええっ、なになに……?」黒華さんは心配そうな声で私を抱きしめてくれた。


 桃果さんも呼んで、私は二人に全てを打ち明けた。

「嘘だろ、おい」

 桃果さんも黒華さんも動揺を隠せない。「いかなくちゃ、法条家に」黒華さんは立ち上がる。桃果さんは私に言った。

「お前、大丈夫か?」

 身体中がさっきからむずむずしている。内側から湧き出る力を、抑えるのに必死だ。

 ばちばちばち、と身体中から電気のようなものが迸るのを感じる。頭を掻き毟る。痛い、頭が痛い。

「はあ、はあ、はあ」

 やがて痛みは治まった。これが私の後遺症だ。定期的に来る痛み。私は一生これと向き合わなければならない。


 法条家に行くと、あっさり法条さんが出迎えてくれた。

「具合は如何ですか未来さん」

 その言葉の直後、桃果さんに壁に押し付けられる法条さん。「如何ですか、だと?お前、自分がなにしたかわかってんのか?」「なにって、望みを叶えてあげたのですよ」「全部知ってるぞてめえ、あんないかれた方法でか!?」「世界を変えるほどの力は、時にそんな言われをするでしょう。嵐ヶ丘さん、あなたもいずれわかる。あなたが何気なく過ごす日常は、多くの人々の犠牲の上にあることを。もっと視野を広く持ちましょう」

 桃果さんは法条さんの襟を掴みあげながらわなわなと震えている。「月ヶ丘はどこにいる。あいつは無事なのか」その言葉に一瞬、法条さんの顔つきが変わったけど、直ぐに元の無表情に戻る。「栞里に会いにきたのですね。あの子も喜びます」


 そこには、干からびて皺くちゃで、寝ているベッドのあちらこちらに血痕がこびり付いて、虚ろな目で天井を見つめる女性の姿があった。


「栞里、みんな来てくれたよ。良かったね」

 法条さんの口ぶりからすると、そんなまさか、こんな。あれが栞里さん。栞里さん。

「おい月ヶ丘!おい、なんか言え!法条てめえ!なんだこれは!月ヶ丘になにをした!」「継承、ですよ。栞里から未来さんへのね。このような結果になりましたが、栞里の存在は重要です。もちろん未来さんもですよ。研究が大きく前進します。感謝しかありません」

 桃果さんの拳が法条さんの顔面に激突した。床を滑り、転がる法条さん。「はぁ、はぁ、はぁ」桃果さんは全身で呼吸をしながら、握りしめた拳を振り解く。

「はぁぁ……あ、嵐ヶ丘さん。魔法少女の力も平和に使えますが、それ以上に……魔法少女を負担なく外部から終わらせる事が出来れば……はぁ、はぁ……悲劇を減らせるはずなのですよ……例え今は満足した結果にならなくとも、前進しているのです」

 桃果さんは叫ぶ。

「真白が、希望ヶ丘が喜ぶとでも思っているのか!!」

 法条さんは薄らと笑って頷いた。


「あ、う、が」

 ひどい頭痛に襲われ、その場に座り込む。「未来?」黒華さんの声が聞こえるけど、反応を返す余裕がない。

 覚えのない記憶が渦のように頭の中を駆け巡りながら、私の中を侵食していく。「未来!未来どうしたの!?」黒華さんの声が淀んで聞こえる。私に、なにが起こっているの。

「魔力が暴走していますね。きっと栞里の力を受け止めきれないのでしょう。過去に似たようなケースを確認しています。面白いことが起きますよ。暴走した力は、この世の理を逸脱し、新しいなにかへと変わります」法条さんの声が聞こえる。「法条てめえ黙れ!未来、しっかりしろ!」桃果さん。


 脳細胞が悲鳴を上げている。頭を何度も強打されているような痛み。死んでしまう。壊れてしまう。

「あ、ああぁ!あああああッ!!」

 痛覚が臨界点を超えた私の身体が、内側からぐるんっと裏返った感覚に襲われた。


 ◆


 気づくと、見慣れない光景。

 その場に崩れ落ちる。

「どうしたの、お姉ちゃん?めまい?」

 顔を上げると、知らない少女。歳は、小学校中学年くらい?九歳くらいかな。

「ここは……?どこ?」わけがわからないので、その子に聞いてみた。「どこって、外だよ?」「それはわかるよ、ごめん、じゃあ……私は誰?」「え?」少女の唖然とした顔。私だってこんな狂った事聞きたくない。でも、聞かずにはいられない。「名前、って事?」「そう……」


「嵐ヶ丘睡蓮、だよ」

つづく

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