第十五話 残された者達
凍てつく風を切って飛ぶ。溶ける景色を追い越しながら空に浮かぶ淀みめがけて拳を振り上げる。
「やああああっっ!!」
お腹の底から声を絞り出し、それを殴りつけるけれど、その瞬間ふっと淀みは消える。「あ、あれ?」殴った勢いを殺せずにくるくると宙を回転する私。「こっちだ黒華!偽物は存在が薄い、よく見極めろ!」桃果さん、難しい……!
結局淀みは桃果さんが倒した。私は一撃も本物に当てられないまま戦いを終える。
「むっずかしい……!」マフラーに埋もれながらビルの屋上に降り立つ。続けて桃果さんが降り立つと「ああいうタイプは意識が散漫だとすぐ本物を見失う。しっかり気を持ちながら戦え。じゃないと痛い目に遭うぞ」ちなみに桃果さんは防寒具は全く着ていない。魔法で常に温度管理ができているのだ。魔力の管理がまだ下手っぴな私はここまでは出来ない。さすが桃果さんだね。
◇
お父さんと花奈ちゃんがいなくなって一年あまり。
私、希望ヶ丘黒華は学校に通いながらも、桃果さんと共に魔法少女の日々を送っていた。
魔法少女というものは公にしてはならないルール……とまではいかないけれど、とにかく秘密みたい。今だに一般的にはフライングハットと呼ばれる未確認飛行物体的な存在らしい。生まれた時から周りに魔法少女がいた私からすると不思議で仕方ないけれど、桃果さんはこう教えてくれた。
「幽霊みたいなもんだよ。幽霊なんてあたしは信じがたいが、これだけ目撃情報がある。魔法少女がいるくらいだ、きっとそれもいるんだろう。でも、突然幽霊がテレビに出てきて、今日から人間社会でどうぞよろしく!なんて言われても困るだろ?社会に組み込むのが面倒なものは、いっそいない事にする方がうまく回るのさ。あたし達はそれと一緒だ」
答えを探しているふりをしているだけで、実際見つかっては困る、それが世の中というものだった。
でも、けれども。私はそんな世の中を変えてしまいたい。世界中に散らばる寂しい魔法少女を繋げたい。それがお姉様と法条おじさんの魔法少女ネットワークの存在意義だと思っている。でも、たまーにあの組織怪しいけれど。法条おじさんなにか別の目的があるのかな。
そんな魔法少女ネットワーク、というか法条家の最後はあっけないものだった。
◇
法条家上空を浮遊する。轟々と燃え盛るその建物の周りには大勢の人だかり。「黒華。あたしは怪しい奴を探す。お前は月ヶ丘と合流してくれ。今、裏門に避難しているみたいだから」桃果さんはそう私に告げると下降していった。
火の粉が舞う法条家を見下ろす。「……ひどい」思わず声が出てしまう。誰がこんなことを……。
人もまばらな裏門にお姉様はいた。法条おじさんは正門で様々な対応に大忙しらしい。私は地に降り立ってお姉様に駆け寄る。「大丈夫なのお姉様!」「黒華ちゃん……気持ち的には結構、大丈夫ではないですが……。命あってまだ良かったと思う事にしています」疲弊した様子のお姉様。当たり前だ、目の前で大切な我が家が燃えているんだから。私はお姉様を抱きしめる。お姉様は「黒華ちゃんにされると元気出ますね」と力ない声で言った後に「ありがとうございます。でも、このまま終われないです」と私を離して、魔法少女に姿を変える。
お姉様の顔つきが変わる。初めて見る、戦いの表情だった。「魔法少女ネットワークの本部にこんな事をして、逃げきれると思っているのでしょうか?既に犯人は特定しています」
犯人は「嵐ヶ丘睡蓮」と呼ばれる魔法少女で、ここ四十年以上行方をくらませていた魔法少女だ。名前の通り、桃果さんの親族、具体的に言うとお姉ちゃんらしい。
「お姉様!桃果さんが、その睡蓮を今探してるよ!鉢合わせたらまずい?」「まずいですね。嵐ヶ丘さんは睡蓮を殺すために魔法少女になったんです。もし色々と聞き出す前に睡蓮に死なれたら……凄く困ります。黒華ちゃん、嵐ヶ丘さんを探しましょう!」
私とお姉様は空へと飛び上がり、法条家上空を旋回する。それにしても、本当にひどい状態だ。「お姉様、火事は消さなくていいの?」「この火は普通のやり方じゃあ消せません。なにか、強い念がこもっています。余程法条家が嫌いなんでしょうね」お姉様にしては珍しく怒りが混じる声。これ以上聞かないほうがよさそうだった。
しばらく飛んでいると、法条家から少し離れた林の中に桃果さんを見つけた。「桃果さん!」桃果さんの隣に降り立つとようやく木々で隠れていた嵐ヶ丘睡蓮の姿が見えた。
格好は桃果さんと似ているが、よりパンキッシュなイメージの衣装。その顔もメイクが濃く、ゴシックな雰囲気を醸し出す。
「これで」
睡蓮の口が開く。
「魔法少女ネットワークは終わる。狂気は閉じる。秩序は保たれるんだよ、桃果」
どういう、意味だろうか。それを聞いた桃果さんは怒号をあげた。
「お前はそうやって……なんの罪もない者の幸せを奪ってきたんだ!」
「わかっている。私は碌な死に方をしないよ。そしてお前にはこれがどういう意味を持つかなんてわからない、桃果。無知とかそう言うのじゃなく、知らなくて当然だから気に病む必要はない」
「そうだよ、てめえは碌な死に方をしない」
桃果さんの武器である細長いスティックが現れる。それを握りしめるとひゅんひゅん回転させ「あたしがここでぶちのめすからだ!」と声を上げて睡蓮に向かっていく。睡蓮は一冊の本を取り出し、それを盾のように桃果さんの攻撃を受け止めた。そしてもう一冊の本を取り出し、開いたそれで桃果さんのスティックを挟み込む。びきびきびき、と小気味良い音を立ててひび割れていく。「ちっ!」桃果さんは舌打ちをするが、きっと武器から手を離して後退しようとした隙をやられてしまう。
援護しなければ!ただ武器をまだ持たない私は拳しか持っていない。だからこのまま、辛うじて組み合って硬直中の睡蓮に向かっていったーーけれど、直ぐに足を止める。
「……栞里か。いつからいた?」
気づけば、睡蓮の背後で、彼女の頭に手を置くお姉様がいた。睡蓮は直ぐにお姉様と桃果さんを振りほどくと更に距離を取る。お姉様は「今さっきですよ。嵐ヶ丘さんがあなたの気を向かせてくれていたおかげです」と言うと合流した私含めて三対一の構図が出来上がる。
少しの硬直の後、睡蓮はお姉様にお辞儀した。「改めて……栞里、久しぶりに会えて嬉しいよ。あと黒華だな、これからも桃果や栞里と仲良くしてやってくれ」お姉様は首をかしげる。「久しぶり……?」
睡蓮はふうむ、と一瞬考えるようなポーズをとると「今ここで戦う意味もないな」と発するのと同時に私達を含んだ周囲の空間を歪ませた。ぐおん、と視界の歪み、目眩に襲われる。
気づくと、睡蓮は消えていた。
後に残るのは静寂。
「……月ヶ丘。黒華。あいつはあたしに譲ってほしい。あたしが仕留める」
桃果さんの姉。嵐ヶ丘睡蓮。二人の間に一体、なにがあったのだろうか。
◇
その炎は法条家の全てを焼き尽くし、魔法少女ネットワークは事実上の解体となってしまった。法条おじさんもお姉様も今回はかなり堪えたらしく、暫く音信不通の日々が続いた。私もなにか出来ることがあればと思ってはいたけれど、考えれば考えるほどになにもない私には学校に通う事くらいしかなかったのだった。
そんな下校時の道端で、お姉様が立っていた。
「お姉様!久しぶり!」「黒華ちゃん、見せたいものがあります」「見せたいもの?」「そう。今から来られますか?」
私はお母さんに連絡する。お姉様が見てくれるなら、という条件つきで許可が出た。魔法少女として活動しない時は必ず寄り道許可がいるのだ。
お姉様が乗せてくれた車には既に桃果さんがいて、更に運転席には、法条おじさんが座っていた。「桃果さん!あと、おじさん!久しぶりです!」「黒華さん、お久しぶりです。さあ、行きましょう」
後部座席に三人。お姉様を中心に、両端に桃果さんと私が乗り車は動き出す。「月ヶ丘、法条。睡蓮の行方はどうだ、なにか掴めたか?ちなみにあたしはさっぱりだ」桃果さんはお手上げのポーズをしながら首を横に振った。「行方はわかっていませんが、探す必要はなくなりました。今からそれを説明します」お姉様の言葉に桃果さん、そして私は身を乗り出す。「どういうことだ?」桃果さんの言葉に答えるようにお姉様は両手をそれぞれ私と桃果さんの肩に置いた。
「この前、睡蓮と遭遇した際に、既に読み取っておいたのですよ。睡蓮が何故魔法少女ネットワークを敵視するのか。……お父様、行ってきても?」法条おじさんは頷く。「気をつけて。ただしお二人とも、これは今ではもうあり得ない過去だと言うことをお忘れなく」
法条おじさんの言葉の意味は理解できなかったけれど、私はお姉様に委ねて目を閉じる。
そこで私は、魔法少女ネットワークの、法条おじさんの、真の目的を知る事になる。
この世界にはもう、正義も悪も、倫理さえも残ってはいないのだろうか。
つづく




