第十三話 迫り来る終末
わかってる。
もう終わりが近いってことは。
淀みの存在はいわゆるその親に影響を及ぼす。僕の半身である花奈ちゃんを蝕み続ける。
花奈ちゃんの人間的な部分が、淀みである僕の存在によって腐敗していく。
僕も、いつか限界が来るだろう。現在進行形で、徐々に消えていっているのを感じる。淀みである僕に待っているのは、消滅しかない。僕の消滅。つまり、花奈ちゃんの人間性が失われて、且つ生き続けるという最悪の結末。
だからと言って生き続けても僕の存在そのものが花奈ちゃんを破壊していくことには違いはない。
遅かれ早かれ花奈ちゃんは、壊れてしまう運命なのだ。
二年。
二年もの間、僕はあらゆる手段を尽くして花奈ちゃんを助ける方法を探した。
でも、そんな奇跡のような方法なんて、どこにもありはしなかった。
◇
「お父さん!早くおいでよ!あそこだよー!」
向こうのクレープ屋を指差しながら僕に手を振るのは黒華。もう十四歳だ。大きくなった。なにか人気のクレープ屋で、すぐに売り切れてしまうらしい。それで、黒華は以前友達と食べに来てハマってしまったから今度は僕に食べさせたいそうだ。「わかったわかった……!お父さん体力ないんだからあんまり走らせないでくれよ」全く情けない事だが、今の僕の身体はとてつもなく不安定なのだ。意識次第でいつ本来の淀みに戻ってもおかしくない。自分を人間としてしっかり気持ちを強く持っておかないといけないから、常に気が張っていて色んなことが散漫になってしまう。だから、全力で走ることすら危険行為だ。もちろん黒華はそんなこと知らない。一生知らなくていい。
二人でテーブルに座ってクレープを食べる。
「美味しいでしょ!」「確かに美味しいな。こりゃ人気になるわけだ」「へへぇ!親孝行しないとね!」「今月はもう買わないぞ」「えー……」急激にテンションが落ちる黒華。わ、わかりやすすぎる……。
そんな会話を続けている中、ふと黒華は呟いた。
「花奈ちゃん、元気になるといいな。花奈ちゃんは魔法少女なんだから、魔法で治せたら良かったのにね」「そうだね。そういう魔法少女もいるけれど花奈ちゃんは違う。魔法少女って僕達が考える以上になにも出来ないんだ。本当に、なんの為にいる存在なのか……神様がいるのなら、教えてほしいよ」心からそう思う。なんでこの世界には魔法少女なんているのだろうか。何故生まれたのか。教えてほしい。神様、教えて欲しいよ。
◇
「真白。話ってなんだ」
目の前には桃果さん。ここは彼女の仕事場とは別の喫茶店だ。
「桃果さん。僕の事なんだけれど」「……言ってみな」「いつ、知ったの?」しばらく桃果さんは無言だった。「……霧ヶ丘かすみ。お前が奴に、殺された時だよ」「どう思った?」「どうもこうもねえよ。お前はお前だ。なにも変わりはしないんだ」ありがとう。嬉しいよ。桃果さんには感謝してばかりだ。
そんな桃果さんにしか、頼めない。
「黒華と、これからも仲良くしてやってほしい」
桃果さんはあははと笑った。
「当たり前だろ、あいつとは案外気が合うんだ」
別れる前、桃果さんは「そうだ。言っとく」と、僕を指差してこう言った。
「お前を必ず助けてやる。あたしがだ。真白、助けてやるからな」
◇
黒華は存在の半分が淀みだ。もう半分は人間。だから、霧ヶ丘かすみーー町田ゆきと戦った時、一度死んだあの時、僕が生まれた直後にその形を変えたように、花奈ちゃん達の想う力によって蘇生したのだ。
存在が不安定な淀みだからあり得た、奇跡だった。
◇
「やあ、またきたよ」「真白くん」僕の声に花奈ちゃんはゆっくりと身体を起こす。「いいよいいよ、寝ながらで」「じゃあ……そうさせてもらうね」花奈ちゃんは起こしかけた身体を再びベッドに落とす。
花奈ちゃんは、もう碌に立ち上がることすら出来ない。
「花奈ちゃん……僕は、自分が憎い。僕が花奈ちゃんを苦しめている」
「真白くんは別に苦しめてなんかいない。人は肉体じゃない、人は魂なんだよ。その存在が苦しみを与えるものであっても、真白くんを真白くんたらしめているその魂に、罪はないんだよ」
「でも、つらいよ。そう思える強さが、僕にはないから」
僕はやがて消えてしまうだろう。ゆっくりと、ゆっくりと自分を保てなくなってきている。
僕と花奈ちゃんは運命共同体であって、つまり、僕が消えるということはそういう事で、花奈ちゃんも死んでしまう、のが、本来の形だ。
……ところが、花奈ちゃんは魔法少女であって、死ねない存在になってしまっている。だから、永久に苦しみ続ける。
ーーまるで、花奈ちゃんのお母さんのように。
「花奈ちゃん……時間がないんだ。花奈ちゃんが、花奈ちゃんが、苦しみ続けてしまう。近い未来、僕も消える。もうすぐ消える。時間がないんだよ」
「大丈夫だよ真白くん。もう少し頑張ってほしいな。そうしたらきっと、真白くんは助かる」
違う。
「違う!僕が助けたいのは自分じゃない!花奈ちゃんなんだよ!!僕が生き延びたところで、僕によって花奈ちゃんは廃人になる!なってしまうんだよ!」
「私は大丈夫だよ。いつまでも元気でいるよ」
嘘ばかり。花奈ちゃんは隠し事はできても嘘は世界一下手だ。そんなボロボロの姿で、説得力あるわけないじゃないか……。
その時だった。
部屋の扉が開く音。
後ろを振り返ると、そこには、そこには黒華が立っていた。
どくん。心臓が跳ね上がる。黒華が、神妙な面持ちで僕と花奈ちゃんを見ている。
「どう言うこと……?お父さんが、淀み……?淀みって、魔法少女が倒してるあの、淀み……?私も……」
全身から冷や汗が吹き出る。花奈ちゃんも控えめな表情の中に焦りが見える。
黒華は目を泳がせながら椅子に座ろうとしたーーが、まるで幽霊かのように椅子をすり抜けて床に尻餅をついた。
「え?」
椅子にめり込んだその姿勢のまま黒華は呆然と僕達を見ている。
黒華にだけは知られたくなかった。黒華はまだ心が成熟していないんだ。気持ちを強く持たないと、淀みに負けてしまう。存在が不安定になってしまう。
それでもこの程度で済んでいるのは半分は人間だからなのか。
僕は黒華に走り寄り、肩を掴む。「黒華、気を強く持て。お前はちゃんとした人間だ。ここに、こうしているじゃないか」「でも、これ、透けてる」「それはお前が自分を見失っているからだ。すぐに元通りになる。だから安心しろ」「本当に……人間なの?」
僕は怒鳴った。
「人間だよ!!」
ここまで感情的に黒華を叱りつけたのは初めてかもしれない。
「でも……でも!」僕の制止を振り払って黒華は病室から出て行った。「花奈ちゃん、また後から!」そして僕も病室を飛び出した。
そして廊下の先で、桃果さんに捕まっている黒華がいた。「離して桃果さん!」「騒ぐな騒ぐな。逃げてどこ行くんだ?親父の話を聞け、逃げるな」暴れる黒華をがっしり抱きついて抑えながら、桃果さんは僕に合図した。
僕は丁寧に、言い聞かせるように黒華に自分や黒華の存在がなんであるかを説明した。
最初こそ聞く耳持たずの黒華だったが、根気よく落ち着いてひたすらに語る僕の姿になにかを感じたのか、徐々に落ち着きを取り戻しなんとか理解はしてくれた。
黒華と桃果さんの三人で花奈ちゃんの病室に戻る。
「おかえりなさい」花奈ちゃんは優しい笑顔で僕たちを迎えた。「花奈ちゃん、今日はそろそろ水音の所に帰るよ。「うん。今日も来てくれてありがとう」
そして僕達が部屋から出ようとした時。
「花奈ちゃん」
黒華が花奈ちゃんの方に振り返る。
「私が、継ぐよ。私が……魔法少女になる」
薄々感じてはいた。でも、考えないようにしていた。だって、僕が考えついてしまったら、あまりにも非道だから。魔法少女のあらゆる側面をたくさん見てきた僕が、決して辿り着いてはならない答え。それがこれなんだ。
魔法少女は夢の結晶なんかじゃない。
僕の想いとは裏腹に、黒華のその瞳はとても力強く、輝いていた。
つづく




