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第十二話 もう一つの始まり

 終わりのない日々に、どう意味を持たせるか。

 ちみっこい淀みを潰して力を蓄えながら生きる、今の私がそれだった。

 学校には行っていたし、そこそこの友達はいたけれど、なんだかそこそこ止まりで所詮学校の友達程度の仲だった。

 学校のみんなは優しかった。母を亡くした私に必要以上に気を使ったりせずに、普通に接してくれた。同情なんて悲しみがより深くなるだけだったから、そんなみんなの変わらない対応が嬉しかった。だから、深い友達が出来なかったのは私自身の所為なのだ。私が自分から壁を作っていたからなのだ。

 きっと、怖かったんだと思う。

 友達になって、本当の私を見せるのが。魔法少女だと打ち明けるのが。だって、隠し通せるわけがない。魔法少女は歳をとらない。魔法で誤魔化したっていつか必ずボロが出る。隠したら隠した分だけ裏切ってしまう。私にはそこまでの覚悟を持って友達を作ることができなかった。


 ◆


 中村橋くんと私は不思議な関係で、親代わりでもあり友達でもある……言わばなくてはならない大切な存在だった。「花奈ちゃんに僕以上の誰かが出来るまでは、絶対にきみより早く死ぬわけにはいかないからね。早く誰か見つけるんだよ?」とかなんとか、無茶なことを言ってくる。私にはこれ以上友達も恋人も出来ないと思うのに。そういう意味では、私が死ぬまで中村橋くんには生きててもらわなくちゃいけないということになるし、それはそれで悪くないなぁと思うのだ。


 ◆


 今日は遺品整理をする日だ。

 中村橋くんも呼んで、家の中を大掃除する。

「あ、これ懐かしいなぁ……理香子さんと旅行行った時のやつだ」中村橋くんは一枚、写真を見せてきた。二人で浴衣を着てカメラにピース……って、あやしい。これはあやしい。「中村橋くん……」「なんだい?」「本当にお母さんとなにもない関係だったの?」「もちろん」本当かなあ……にわかに信じがたい。でも、確かに出てくる写真は似たようなものばかりで、更に近しい関係を匂わせるものはなかった。すごい関係だったんだね、二人とも。


 中村橋くんが帰ってからも私はひたすら遺品整理をしていた。

 私の赤ちゃんの頃の写真を見つける。お母さんとお父さんと私。幸せそうな写真。まだ幸せだった頃の写真。部屋を見渡す。今は私一人。「早いよね……いなくなるの」こんな時、なんとも言えない寂しい気持ちに襲われる。「お母さん……」写真を抱きしめる。お母さんと話したい。寂しいよ。お母さん寂しい。


 思わず外に飛び出した。変身して空へ舞い上がる。ひたすら高く高く、肌寒い空で大声をあげた。一度悲しみを思い出すと、私はこうやって発散した。でも、何度繰り返しても少しずつ積み重ねられた気持ちはリセットされず、私の心を黒く染めていった。


 心にしこりがあったのだ。

 お母さんを介護する中で、私は……本当に、本当の気持ちでお母さんを送り出したのか。

 だって、あの時の私は、疲弊しきっていたから。身も心もぼろぼろになっていたから。

 愛情は無限じゃない。

 末期の介護ほどリターンのない奉仕はないのだ。

 心が、心が、か細くなっていく。

 終わらない、永遠の介護。

 耐えられるわけがない。

 だから仕方ないわけで。でも、でも。それでも、私は自分を自分で騙して、お母さんに楽させたいという気持ちの裏側で、自由になりたい、解放されたいという欲望に侵されていたのだ。


 どこかのビルの屋上に降り立つ。


「お母さん、ごめんなさい……まだ死ななくて良かったのに……待ってれば方法が見つかったかもしれないのに……私は、自分の欲に負けて、お母さんを死なせちゃったんだ」

 言葉には力がある。声に出すと、より想いは強くなる。

 息が荒い。

 心が痛い。

 手で胸を抑える。

「はぁ……んぐ。はぁっ」

 悲しみが身体を包み込む。

 全身から汗が吹き出る。

 息ができない。

「……ぁ……」

 死んでしまう。

 地面に横たわり、星が飛び散る景色を見ながら苦しみに耐える。


 なにかが、目の前にある。

 小さな黒い塊。

 渦巻きながら徐々にそれは大きくなっていく。

 少しずつ……少しずつ。

 やがて、それは三十センチくらいの塊になっていた。


 ああ。

 私にはわかる。

 これはなんだ。

 私が、半分抜け落ちたんだ。

 私の、感情が持っていかれたんだ。

 だって、今の私の悲しみに深さがないから。

 きっと感情が、心の許容量を超えてしまったんだ。

 つまり、淀み。

 これは淀みだ。

 淀みは放置できない……処理しないといけない。

 いつものナイフで、散らさないと。

 散らさないと……。


 握りしめたナイフ。

 渦巻く淀み。


 からん、とナイフを落とした。


 消せない。

 だって、これも私だから。

 消したら、私が半分死ぬから。

「うう……」

 淀みに触れる。

 激痛が走る。

 ああそうか、自分の淀みは倒せないんだ。

 だって、私の指先が、無くなってる。

「ああ、わかった……」

 この淀みは、運命共同体なんだ。

 私と一緒に生きていくんだ。

 私が失った感情を持って、生きていくんだ。

 私が失ったこれからの時間を、代わりに生きていくんだ。

 私の子供……。


 それはいつしか形を変えて、人間の姿になっていた。

 人間の赤ん坊になって、泣いていた。


 そう認識されていなけばそう見えない。

 目の前の私自身である淀みを、私が「子供」だと認識した時点で……それは紛れもない本物となるのだ。

 赤ん坊を抱きしめて立ち上がる。


 隣のビルのそのまた向こうに、別の淀みが見える。

 戦おう。

 私は魔法少女になる事が望みだったんだ。

 だから戦って、生きて、この子を育てるんだ。

 この子が……私がかなわないであろう、家族を作って、幸せの形を見つけるまで。

 私は、絶対に負けない。

 私の悲しみを背負ってくれたこの子に、淀みが霞むくらい真っ白に育ってもらえるように。

 生きるんだ。


 私はこの子にキスをした。

 大事な大事な私の子供。

 信じられないくらいに可愛らしい。

 当たり前だ。

 誰だって自分が一番可愛いのだから。


 たった今決めた名前を口にする。

「いくよ、真白くん」

 夜の空を淀みめがけてジャンプする。

 もう、弱い私はどこにもいない。

 見ててね、お母さん。

 私も、真白くんも、絶対に幸せになってみせるから。


 お母さんと同じスカートを翻し、真白くんを抱いたまま、私は淀みに向かっていった。

つづく

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