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第十一話 最後の手紙

 病室のドアを開ける。そこにはベッドに横たわる中村橋くんがいて、花奈ちゃんや桃果さんや主治医の先

生もそこにいた。遅れて水音と黒華もやってくる。僕は黒華の肩を抱き寄せてただじっと目の前の中村橋くんを見守っていた。

 中村橋くんの意識はもう、きっと戻らない。十歳の黒華にはそれがなにを意味しているかとうに理解していて、自分を可愛がってくれた「じーじ」を寂しそうに見つめるだけだった。


 僕は中村橋くんを見て育った。そんな僕にとって、彼はきっと父親だったのだろう。だから、こうやってデイルームの窓から外を見ながら僕は泣いているのだろう。

「お父さん」振り向くと黒華がいた。涙を拭って「行こうか」と黒華の手を取ろうとすると彼女は一枚の紙切れを僕に見せた。「前にお見舞い来た時にじーじがお父さんに渡してくれって。じーじが喋れなくなったら渡してくれって……」紙になにか書いてある。僕はそれを読むと「ありがとう黒華」と呟いて、黒華の手を取って走り出した。


 ◆


『黒華ちゃんから受け取ったんだね。まず、ありがとうって黒華ちゃんに言っておいてほしいな。

 真白くんはもう、花奈ちゃんから巣立って、家族もいて……すっかり立派な大人になって、嗚呼、時を感じているよ。僕が歳をとって死んでいくのも頷けるね。そうだ、お店はね、真白くんの自由にしていいんだよ。なんなら名前を変えたっていいし、畳んだっていい。もう僕から真白くんへあげられるものはなにもない。全部、渡しきったと感じてる。

 理香子さんーー花奈ちゃんのお母さんと出会って、花奈ちゃんが生まれて、きみが生まれて、黒華ちゃんが生まれて……桃果ちゃんや水音ちゃん……誰も愛せなかった僕にとって、それでも愛する者がいたとすれば、きっときみ達だったんだと思う。ありがとう。

 花奈ちゃんのお母さんに、いつの日だったか、伝えたことがあるんだ。花奈ちゃんを任せてくれって。僕はここでお別れしちゃうから、後は真白くんに任せてもいいかな。花奈ちゃんを最後まで……見守っていてあげてほしい。勝手なお願いだから聞かなくてもいいけど、聞いてくれれば嬉しいな。

 書くの疲れたからこれくらいにしておくね。

 真白くん、きみがどう感じようと、花奈ちゃんこそがきみのお母さんだよ。これだけは覚えておいてほしい。

 じゃあ、そろそろ、さようなら。

 僕の大事な真白くんへ。

 中村橋幸一』


 ◆


 病室に入って中村橋くんの目線までしゃがむ。「中村橋くん」もう目を開けないのに、意識なんか戻らないのに、僕はしばらく彼に声をかけ続けた。


 中村橋くんは数日後に亡くなった。意識は最後まで戻らなかった。

 葬式も後片付けも終わり、その帰りのタクシーの中で、水音にこう話した。

「中村橋くんは昔、自分じゃ誰も幸せにできないって僕に言った。当時は返す言葉が見つからなかったけれど……もう遅いかもしれないけれど……間違いなく、僕の人生の幸せ、その何処かに、中村橋くんはいつもいたんだ。中村橋くんは誰も幸せにできない人じゃなかったんだ。僕にとって中村橋くんは、父親のようで兄弟のようで友達のような、そんな存在だったんだ……」

 水音は何も言わずに、涙を流す僕の肩を優しく抱いて、黒華も僕にひっついてきてくれた。


 こうして、中村橋くんは僕の大切な思い出となった。


 ◇


 中村橋くんがいなくなって二年も経つと言うのに、彼の死が風化に向かわないばかりか、更に大きな思いとなって僕の人生を包み込む。悲しみではない。勿論彼の死は僕の心に深い悲しみを生んだけれど、死因が病気でもなんでもない老衰だったからこそ、大往生だったからこそ、前向きに送り出すことができたのだ。

 肝心なのはその老衰という部分で、六十九歳の大した病歴もない彼が、ここ数年、驚異的なスピードで衰えたという結果に、どうしても僕は違和感を覚えてしまう。

 病気も引き起こさないまま、めまぐるしい速さで老衰するに至ったのは何故なのか。


 花奈ちゃんは最近戦いに行かない。いや、行けない。うまく、身体が動かない。

 これは、どういう事なのか。ずっと微かに思い浮かべながらも考えないようにしていた憶測。もう、知らないでは済まされない段階に来ているのは確かだった。


 ◇


「心配性なのは相変わらずだね」花奈ちゃんはリビングでお茶を飲みながらそう言った。

「昔から花奈ちゃんがそうだったようにね。つまり、お互い様という事で」テーブル越しに僕が座る。

「こうやって二人でいると、昔を思い出すね真白くん。まだ真白くんは子供で、よく中村橋くんも転がり込んできてて」「僕と中村橋くんが下らない話をして、花奈ちゃんがそれを聞いていた」

 そんな日常がゆっくりと続いていた。昔は良かったなんて、そんな気は無いけれど。でも人は、もう二度と戻らない日常を、そんな過去を羨ましく思ってしまう生き物なのかもしれない。

「手足の痺れはマシになった?」僕の問いかけに花奈ちゃんは頷いて答えた。「そっか、それは良かった。少しずつ回復してるようで安心したよ」僕は近くに置いてあるティーカップに、買ってきたホットレモネードを注ぐと彼女に差し出した。「暖まるよ。どうぞ飲んで」「ありがとう」僕の手からティーカップが離れる。宙を浮かぶそれはゆっくりと花奈ちゃんの口元へ近づき、ずず、と中身を啜った。「おいしい、暖まるね」花奈ちゃんは笑う。僕も笑い返すと他愛ない話をしながらゆったりとした時間を過ごした。


 数時間後、すっかり暗くなった国道を車で走る。


 花奈ちゃんは不必要に魔法を使わない。昔からそうだった。それがポリシーだった。昼間、花奈ちゃんは飲み物を飲むなんて他愛ない事に魔法を使った。何故ポリシーに反してまで魔法を使ったのか。答えは誰でもわかる。そんな他愛ない事にまで魔法を使わないといけない程に、弱り切っているからだ。

 なにも、回復なんてしていない。

 このままではきっと、やがては、花奈ちゃんはゆっくりと身体だけが死んでいく。

 そう、まるで花奈ちゃんのお母さんのように。

 死にかけのまま生き続けるんだ。

「そんな事、許されるわけがないだろう」

 ハンドルを握る手が強張る。手に力が入る。

 僕はアクセルを強く踏み込んだ。


 ◇


「ふああ……よくもまあ女の子をこんな時間に起こしましたね。罪深いですね」栞里ちゃんだ。その言葉通り僕が呼び出した。呼び出したと言っても法条家の門前だけれど。「冗談のひとつも言えればいいんだけどね、今の僕にはそんな余裕ないんだ。栞里ちゃん、栞里ちゃんは知ってるんだろう?僕が何者なのかって事を」「何者……」「そうだ。年齢的に僕の母親が花奈ちゃんなんてのはあり得なさすぎる。可能性はゼロじゃないけれど、僕が見た過去の花奈ちゃんはとてもそんな風には見えなかった。栞里ちゃん、お願いだ。僕は一体なんなんだ。花奈ちゃんはどこのどいつ・・・・・・を僕として育てたんだ」栞里ちゃんは顎に手を当てて僕を見る。

「それを知って、どうするんですか?」「花奈ちゃんが、具合が悪い。何故だか、どうしてか、僕のせいな気がするんだ。僕がなにも知らないから、僕がなにも出来ないから……そんな気がして仕方がない。知りたい。花奈ちゃんも、桃果さんも、そしてきみも、みんなが隠す僕が知らない僕の事を」

 栞里ちゃんは黙ってしまった。なにも言わない。何故だ。何故言わないんだ。わかってる。みんな意地悪でしてる事じゃないって事くらい。わかってるんだ。でも、でも。

 栞里ちゃんを強く壁に押し付ける。「いたっ……乱暴者ですねっ……!警察呼びますよ」「呼びたきゃ呼べばいい!僕は知らなくちゃいけないんだよ!大体なんで栞里ちゃんまで隠すんだ!きみは法条家の人間だ、究極的には法条以外は二の次だ!僕の秘密を隠す事が法条の為になるのか!?」「なりませんし……直接関係なんてないですけど……!」「じゃあ言ってくれよ!!みんないい加減にしてくれ!もう隠すなよ!もう子供じゃないんだよ……!」栞里ちゃんの肩を掴んだまま崩れ落ちる。「もう……子供じゃないんだよ……」

 栞里ちゃんは暫くの沈黙の後、僕を立たせてこう言った。

「私と花奈ちゃんはあまり仲が良くないですが、どうしてだと思います?こういう時、私と彼女で全く正反対の行動をするからなんです。例えば今、こんな真白くんを前にしても、きっと、それでも花奈ちゃんはなにも言わないと思います」

 つまり、栞里ちゃんが言いたいのは。

「でも、私も花奈ちゃんもきっとお互いを嫌いになりきれない。だって、道こそ違えどそれは結局、真白くんの為にしている事だから」

 とん、と僕の額に栞里ちゃんの指が触れる。


 ぱちんと電気を落としたように辺りが暗闇に包まれる。僕の意識はコールタールの中に落ちるように深みに沈んで行く。


「映画の続きを一緒に見ましょう。ただし、私のおうちでです。ホームシアターなんて……便利でさみしいものですね。でも、時代は生活も常識も変えて行くのです」


 僕は最後の旅に出る。

 記憶の海へ再び潜る。

 僕がそれを知る事で、きっとなにかが動き出す。

 確かな終わりへと、動き出すんだ。

つづく

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