第十話 魔法少女の残骸
ああそうか、やっぱり僕は死んだんだ。だって目の前には奈菜子ちゃんがいて、「真白ちゃん、覚えてる?」なんて言ってきているもんだから。だから僕は「ああ、覚えてるよ。忘れるもんか」と返したんだ。彼女は嬉しそうに「ありがとう。あなたもお母さんも、そうしてくれているだけで、私はずっと生きていられる」と僕を抱きしめてくれた。
気づくと、僕はまた一人で立ち尽くしていて、行く当てもなく歩き始める。天国も地獄もないのだろうか。死後の世界の社会性を絶対的に信じているわけではないけれど、それにしたってこんな殺風景ではあまりに寂しい。
目的がないと言うことは動く理由もないのであって、僕はその場に座り込んでうなだれていると、後ろから声が聞こえた。「真白くん」と呼ぶ声に振り向くと、そこにはまっちーが立っていた。正真正銘、本物のまっちーだった。何故って、僕が昔会っていた頃のままの姿だったから。
何故だか、涙が出そうになった。僕を誘拐したし、娘には殺されたのに、どうしてこんな安心するのだろう。僕は思わず語りかけた。
「まっちー、僕死んじゃったよ」「まだ、少し早いね。ばいばいするのは早いかな。真白くん、あの子に伝えてくれる?疲れたでしょ、もう休もう?って」「あの子?」「そう、あの子」
ここまで話して、遠くから黒華が走ってくるのを見つけた。「黒華!!」思わず駆け寄り抱き上げた。「おとーたん!おーきーて!」ああ、黒華の声。強く抱きしめる。
「真白くん、良かったね。さ、行っておいで?」「待ってほしい!まっちー、僕は……僕は!まっちーの人生を滅茶苦茶にして……!」まっちーは微笑む。「確かに大変な人生だったけど……でも、真白くんの所為のわけがないし、先生はそれでも、自分の選んだ人生だったから否定したくないな。それもあの子に伝えてほしいな」
先生の姿が霞んでいく。いや、全てが霞んでいく。
「あの子の名前……呼んであげて。大切な名前」
消えゆくまっちーは、最後の瞬間にその名前を僕に教えてくれた。
「真白くん、これで本当にばいばいだよ。先生は歪んでたけど、それでも、そんなでも。こうやって、先生に会ってくれて、嬉しかったよ。嬉しかった。ありがとう、さようなら……」
さようなら、まっちー。
もう一度、会えて良かった。
さようなら。
さようなら……。
◇
目の前には水音と黒華がいて、水音が歓喜の叫び声をあげるとすぐに花奈ちゃんと桃果さんが寄ってきた。
僕は、生きているのか。手も足もある。黒華も生きている。なにがなんだかわからないけれど……良かった。黒華が無事で本当に良かった。僕は嬉しくて思わず泣いてしまった。黒華には泣き虫お父さんと言われたけれどそれでも泣いた。
僕と黒華がここまで回復できたのはやはり栞里ちゃん含む魔法少女達の力のおかげらしく、全くもって彼女達には頭が上がらない。
そうだ。「霧ヶ丘かすみ、は……?」恐る恐る聞いた。花奈ちゃんは「今はまだ拘束中だよ。暫くは彼女自身が不安定だから会えないかな。会いたいってことだよね、真白くんなら会いたがるだろうから」その通りだった。僕は彼女に会わなければならない。会って、話すんだ。僕が見たものと、伝えたいことを。
だから、会える時が来るまで僕は静かに待つことにした。
◇
どうやら僕はあの夜から半年も寝ていたらしい。あれだけの重症だったのだ、半年で目を覚ましたのは運がいいと言うべきか。ただ、法条がネットワークに在籍している治癒を得意とする魔法少女を集めて治したらしいけれど……果たして本当なのだろうか。いくら死んでないとは言え、四肢が切断されて虫の息の人間を治せてしまったら、それこそなんでもありになってしまうんじゃないかと僕は思うのだ。
そんな事を考えていたところに、中村橋くんから着信が入り、僕は携帯を取り出した。
◇
「具合はどう?」「そんなに大した事じゃないよ、真白くんは心配性だね。でもありがとう」
自室のベッドで横たわる花奈ちゃんは笑ってはいるけれど、額には汗が滲んでいた。長年の戦いで体を酷使し続けたしわ寄せが今来ているのか、魔法少女は魔法が使える事以外はなんら普通の人間と変わらないのに、僕はいつの間にか感覚が麻痺してしまっている事を大いに反省しているのだった。
「お前はいつも全力過ぎるんだよ希望ヶ丘。いいか、辛い時は淀みは放っておけ。対応は遅れるが連絡くれりゃああたしがやるから」桃果さんは壁に背を預けて、花奈ちゃんに助言してくれる。「桃果ちゃんもありがとう。お言葉に甘えて少し休もうかな?」ふふ、と軽く笑う。
そう言えば最近、花奈ちゃんとろくに話していない自分がいた。子育てに忙しいという言い訳もあったけれど、それでもなんだか疎遠だったなぁと思う。
「花奈ちゃん、元気になったらどこか遊びに行こう。たまには二人でさ」その言葉に花奈ちゃんは頷く。「楽しみだな、真白くんとのデート。早く元気にならなきゃね」「必ず行こう。だから今はゆっくり休んで、リフレッシュだよ」
次は中村橋くんの様子でも見に行こうと、花奈ちゃんにお別れして外に出た僕は桃果さんに呼び止められた。
「真白。あ、いや……なんでもない。悪いな引き止めて」「?」なんだろう。いつも物事をはっきり言う桃果ちゃんらしくもない。手を上げて別れのジェスチャーをする彼女に後ろ髪を引かれながら僕は車に乗り込んだ。
◇
「真白くんは、何歳になったんだったかな」と中村橋くん。僕は「二十八だよ」と答える。「二十八か。うんうん。黒華ちゃんは何歳かな」「三歳になったよ」中村橋くんはうんうん頷く。そんな中村橋くんは六十二歳になっていて、仕事を辞めたからか全体的に少しスローだ。まだ六十二だ、まだ若い。なにか新しい趣味でも探してあげたいところだな。
「花奈ちゃん、大丈夫だったかい?」「うん、大丈夫だったよ。疲れがたまってたみたいだ」「無理はするものじゃないね、人は一回しか生きられないからね。どうせ生きるなら、燃やし尽くしたいね」
その言葉を聞いて、僕は思わず聞いた。
「中村橋くんは、小さい頃の夢、叶った?」「叶ったよ。自分の店を持てた。そしてね、潰さないで次へ渡せた。きみへだよ、真白くん」中村橋くんは心底満足そうだった。
僕も、自分が生きる意味、生きた意味を見つけたい。生きた記録を残したい。
「お互い、長々と生きていきたいね」
僕はそう思うのだ。
◇
そして、二年の歳月が流れ、三十歳になった僕に法条からひとつの連絡が届く。
「霧ヶ丘かすみと面会できるようになりましたよ」
シンプルで短いメール本文。しかし、それに込められた意味は重い。
彼女に会わなければならない僕は、彼女との待ち合わせ場所に車を飛ばした。
「希望ヶ丘くん、あの店に彼女がいます。あれから二年も経ってます。彼女にはもう殆ど魔法少女の力は残っていませんし、希望ヶ丘くんも変な気は起こさないとは思いますが……仲良く話してくださいね」
法条の言葉に頷いて答え、喫茶店の扉を開いた。
店の中は明かりがしっかり点いているのに何故か薄ぼんやりしていて、どこか不気味な雰囲気が漂っている。
そして、奥のテーブルに彼女はいた。ぼうっと僕を見ている。
「あんな事されて、よくまた会おうと言う気になれるね」「僕は性懲りもない男だからね。きみに伝えなくちゃいけないことがあって来たんだ」「興味ないよ。法条さんにはお世話になってるから来てみたけれど……帰ろうかな」彼女は立ち上がり、僕に背を向けた。
「町田雪」
その名前に、彼女の動きが止まる。ゆっくりと僕の方へ振り向き一言「誰も知らないはずなのに」と彼女ーー雪は言った。
「僕の最初の人だった。先生であり、友達でもあった」僕の言葉に彼女は「もったいぶらないで。なんで私の名前を知っているの。誰から教えてもらったの」と食いかかる。僕は彼女の目を見て言った。
「きみのお母さんに」「嘘!そんな筈ない!」「きみに殺されている間、会ったんだ。信じなくてもいい。でも、僕は信じてる。顔も、声も、全部が、僕の信じるまっちーだったから」
魔法少女がいるこの世の中に、嘘も真も、絶対なんてどこにもありはしない。
威勢を失いテーブルにうずくまる雪に、僕は僕が体験したまっちーとの記憶を語ったのだった。
僕は運ばれてきたコーヒーを飲み干した。
「きみに伝えたいことは全部言った。社会は魔法少女を裁けない。だから、きみ自身がこれからすべきことを考えるんだ」僕は席を立つ。
「私の中の、お母さんは笑っているのかな」「それはきみ自身にしかわからないことだよ。僕がきみを許すことはないけれど……きみがどんなに堕ちたとしても、きみのお母さんはきみを見捨てなかっただろうね」「どうして……?」「僕がお母さんならそうするからだよ」財布からお札を出してテーブルに置くと、そのまま喫茶店を出た。
法条からメールだ。買い物中か。かっこよく店を出たけれど、参ったな。結局僕は雪を法条家まで送らなければならないのか。仕方なしに再び喫茶店に入ると、そこには血まみれの雪がいた。
「え?」
気の抜けた声が出る。倒れている雪の側には、血のついた包丁を持つ女性の姿。あれは、昔、保育園で見た不気味な女性……。
「ふふ、おひさぁ……夕凪だよん」霧ヶ丘夕凪。雪によって力を奪われた元魔法少女。周りを見ると、店内の人が止まっている。「魔法少女じゃなくなってもねぇ……命をたーくさん削っちゃえば、絞りかすみたいなだっさい魔法、使えちゃうんだよ〜?ふふ、きゃははぁ……」夕凪の目は虚ろで、今にも死んでしまいそうなほど弱々しくて、それでいて念に満ちていた。
包丁を振り上げ、切っ先をうつ伏せに倒れこむ雪の背中に向ける夕凪。「ほんっと……この程度の魔法で死にかけてて……ほんとにほんとーにっ、あああ!夕凪、ださい!」「待て、夕凪やめろ!」僕の制止も聞かず夕凪はそのまま手を振り下ろし、深々と包丁が雪に突き刺さる。
駆け寄ろうとする僕にも夕凪は刃を向けて「来ちゃだーめ、あはぁ……真白くんの事は嫌いじゃないからぁ……寄らなかったら殺さないであげる♪」と笑う。
何故、人は死に向かって行くのだろう。何故、悲しいのだろう。
死が押し寄せるように僕の人生に割り込んできて、我が物顔で居座り続ける。
突然、雪が起き上がり夕凪を抱きしめる。
「雪ちゃん、邪魔だよ……!死に損ないは消えちゃえ!」「思えば……夕凪。あなたが、一番……私に正直でいてくれた……」包丁でざくざくと雪を切りつける夕凪。雪は血だらけになりながらも夕凪を抱きしめて離さない。「離せっ!!いい加減死んじゃえば!?」「私も、あなたも人を殺した……もう、行こう。もう、終わらなくちゃ……」雪の優しげな表情になにかを察したのか、夕凪は暴れて抵抗する。「真白くん、なにやってんのぉ!早く夕凪を助けろぉ!!」そして雪は僕を見た。目を瞑って、小さく一言、聞き取れないくらいの声で僕に告げた。僕は慌てて駆け寄ったが、次の瞬間、まるで瞬間移動のように二人は消えた。消えてしまった。
周囲の時間が動き出し、僕はただその場に立ち尽くす他なかった。
後日、法条から二人が電車に轢かれたらしき状態で見つかったと知らされた。まともな原型は留めておらず、当然の如く即死だった。
◇
黒華の髪の毛を撫でながら、夕焼け空を見ている。
「ご飯、できたよ」
後ろから水音の声。
「水音」「なあに?」「終わりを感じるんだ」「……終わり?」「人生というものがそうであるなら仕方ないのだけれど、僕の人生が、ゆっくりと収束していくのを感じるんだ」「真白くん、きっと気のせいだよ。人生なんて、偶然の連続なんだから」僕は水音の言葉に頷いた。
でも、最近感じるんだ。
僕が、僕の存在が、僕の予期しないところで、大事ななにかを傷つけているんじゃないかって。
花奈ちゃんの表情や顔色を見ると、感じてしまうんだ。
なにかが僕たちに起こっているのを。
感じてしまうんだ……。
つづく




