第3話 逃げても撒けば勝ち 前編
※この話ではあくまでストーリー的展開に沿って話を進めているだけであって、公共の場所での全力ダッシュや公共での罵声。
その他公共での迷惑行為を推奨しているわけではありません。予めご注意下さい。
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―臆病者視点―
強面の集団の追ってから逃げる一人の王子とプリンセス……。ではなく、追われている俺一人と追いかけてくるチンピラ共の図は怖いとしか言いようがない。
瓶の破片による右手の傷は完治した。
傷跡は何日か残るがその後は消えてわからなくなる。
赤色の液体でなければ傷はぱっくり残っていただろう。
今、俺はチンピラ共に追われている。
理由は交渉に大失敗した。
それだけ。それしかない。
追いかけてくるのは、一瞬後ろを見ただけだが少なくとも5人は殺意剥き出しにして俺を追ってきている。
捕まれば多分、俺は死んでしまう。
でも、今回は撒けば良いのだ。
逃げるが勝ちということわざにあるように、逃げなければいけない場合も人生に何度かあるんだろう(多分)。
ただ、唯一の問題があった。
今走っているのは冒険者商店町。確か200メートル位だった気がする。
西入口から入って30メートルしたところにあのアンナおばさんの薬の露店があって、そこから東の方向へ走り出したから……。
えっ?
と言うことはあと170メートル位直線距離を走らないとダメってことになるじゃん!と心の中で大いに叫ぶ。
道の両端、露店の奥に建物があり、そこの隙間は1メートル程あるがそこは不味い。
俺はこのあたりの道をあまり詳しく知らない。
回り込まれたら詰んでしまう。
俺は無理な賭けはそうそうしないタイプだ。
チンピラ共との差は15メートル程。
コケてしまうと一気に差を詰められる距離だ。油断が出来ない。
しかも冒険者商店町はかなりの人で賑わっている。
こんな大勢の人数をかわしながら進むのは至難の業。でも裏を返せば、敵も同じことが言える人をかわしながら進むのは同じ事。
仮面を着けているため、正直外したいができない。
今ここで外せば、ここら辺にいる一般の人々も敵に変えてしまう。
俺は今少し不利な状況で逃げることになる。
でも、俺には最大の武器(逃げる手段)がある。俺はまだ、町から出ては行けない時にしばしば街を抜け出したことがあったと言った。
※第一話 始まりを参照
大体森の中で訓練をしていた訳だが見たこともない敵に襲われかけたことは100ほどある。
そのとき、大抵は逃げに徹した。
森の中は足場が非常に悪く、草木が多く茂っていた。その中を時たま時速40キロほどで追ってくる怪物もいた(その時は流石に死ぬかと思った)。
俺は一応、組合なら冒険者なりたてクラスだろう。
様々な魔法の才能も、勇敢な戦士の才能も、父さんから一流の冒険者になるための素晴らしいステータスやスキルを引き継いだという欠片もどこにもない。
子は親の才能を引き継ぐ事があるとはよく言えたものだ。
凡人に生まれるのはよくあることだ。
才能のある奴に嫉妬したことは山ほどある。嫉妬しただけだけど。
だが、俺は誰もやりたくないであろう修羅の門を大量に潜ってきた。
森で血塗れになりながら何十匹の魔物達とひたすら相手したこともある。
緑草すら買えなかった俺は、緑草を見極めるために毒草を食って血を吐いたこともある(毒草は確かに毒だが、死ぬ程ではない。かといって食べたら喉の激痛を味わう事になるが)。
ある時は、緑草があと2枚しかないのにどっかの内臓が潰れたこともある。
魔物が俺を倒すために俺を落とし穴に誘い、落とし穴の下に鋭利な硬い骨が一本立ててあり、腹を串刺しにされたことがある。
あのわざわざそんな事をして得することがあるのかという程の生き地獄を10年近くやってきた。
あの俺が名付けた『試練の森』は今どうなっているのだろう?
特訓を辞めてから、凡そ1年ほど経っている。
そんなことは今は置いておこう。
経験が使い方次第ではステータスの上昇に酷く関わることをコイツらに教えてやろう。
まず、先頭に団体冒険者たちがいる。
男女問わず冒険者商店町の魅力を語ったりしていて、後ろの俺達に気付いていない様子だ。
だが、50センチ程の隙間が幾つも見受けられる。
50センチ。なんて甘い難易度なんだ!
森の時は、木々の隙間にあった20センチギリギリしか隙間がなかった事もある。
それに比べれば大したことはなかった。俺は颯爽とその隙間に入り込み、また出ては入り込む。
移動式の話し合いの場に急に割り込んできた俺を、他人顔で振る舞う団体冒険者達。
マジでごめんなさい!と言いたくなる。
そうこうしていると、あっさりと団体を切り抜けた。商店町突破まであと140メートル程。
チンピラ共との差は凡そ18メートル。
次にやってきたのはこっちに向かって歩いてくる冒険者。向こうはこちらに気づいている。
問題は相手が左右どっちへ避けるか。
たいていの人はここでぶつかってしまう場合が多いだろう。
俺はかつて魔物の集団から逃げていた頃の話だ。
追ってくる魔物が少ないと思ったら、前でとうせんぼして捕まえようとしていたのにはヒヤッとした。ほとんどの人間よりも屈強な力と体力を持つ魔物に知恵を持たせたらどれほど恐ろしいか想像できない。
しかし、対策は幾らでもある。
魔物ならば手はかなり限りがででくるが、捕まえようとしない(というか回避しようとする)人間など朝飯前だ。
向こうは俺が全力で走ってくる光景に驚いてあたふたしていた。
使いたくなかったが俺の突破法をお前を回避するために使ってやる。
必殺 ジャン……。
え?
向こうはぶつかると思ったのだろう。慌てて近くの露店へ全力で入店していった。
えぇとつい独り言を漏らしてしまう。
向こうのとった行動は一番の大正解だろう。
俺でもそうする。
でもそこは空気呼んでくれって。何で必殺技使わせないんだよ!今の使う流れだったじゃん……。
※本人がそう思っているだけです。
……まあ、ぶつかるよりはマシだったからひとまず切り抜けた?かな。商店町突破まであと120メートル。
俺は後ろを一瞬振り返る。
チンピラ共は、冒険者団体とぶつかって軽くもめていた(こいつらのほうが金を持ってる気がするけど……)。
スピードが確実に落ちているのは目でわかる。
チンピラ共との差は凡そ28メートル。
俺は安心した。
流石にこの距離なら撒けるだろう。
……そう考えていた時期が俺にもありました。
一瞬後ろを振り返ったから気付かなかったのだろう。前から歩いてきた人と衝突してしまった!
森の中では決して、木々が動くことは魔物が擬態していないと不可能な話である。
ただ、人間になるとそこに数百年もじっとしているのは死んでいる人にしか無理な芸当。
引き篭もりでもそんな事が出来るはずがない。人間は常に動く生き物である……。
森の中で訓練していた俺は、前方に生い茂る木々を一瞬の間に位置や大きさを把握出来るようになった。
把握出来るようになってからは、一瞬で後ろを見て追いかけてくる魔物達がいるかどうかの確認が出来た。
逃げるときに何時もそうしていたため、此処でも癖という奴が出てしまったのが今回の衝突の理由だ。
角から出て来たら流石の俺でも気づかない。
しかも運が悪く、そばの出前の人だった。
服と背中にそばとかかれた白色の文字の刺繍に、藍色をベースにした服を着ていて、頭に白い鉢巻きをしている。
40代の立派なオッサンだった。175センチの大柄な体型は、背が低い人にとっては脅えるだろう。
何重にも重なったざるそばの容器を担ぎながら持っていたのだから余計に酷い。そばの容器の幾つかが、俺の頭に幾つかクリーンヒットする。そのうちの一つが容器の角だった。
肩にも幾つか当たったが気にしない。
この店のそばの容器は、硬くてそこそこ重い。
だが、今の俺は頭を何度も棍棒で殴られたこともある。あれにくらべたらマシだ。
これくらいの痛みは我慢出来た(我慢出来ただけで痛くないとは言っていない。角の奴なんか涙でそうだ)。
強いてラッキーな要素としたらざるそばの容器の中に中身が無かったことだろう。
容器を回収し回り終えた後だったから良かったが、これが出前の時だったらと思うとゾッとする。賠償金どころでは済まない話だ。
「イッテー!! 仮面の兄さんちゃんと前みてぐだせえ。まだ容器だけだからコッチも穏便に済ませますけど、出前だったら大問題ですぜ。うちの店に影響が出るんで。」
オッサンは頭のおでこの部分に大きな右手を当ててそう言った。
当たり屋では無さそうで少しホッとしたのはオッサンには内緒だ。
「ごめんなさい! すみませんでした!」
俺は頭と体を90度に曲げる。
あいさつと謝罪の仕方も異世界のものだ。
何か謝り方が間違っている気がする。言葉を間違えたかな?
ビジネスマナー何て知識は俺には皆無だ。
言ってることは間違っていない。しかも、優しい人だ。
妙に言葉がなまっている。
圧倒的にこっちが不利な状況だ。賠償金をせびられても、文句は言えなかっただろう。それなのにこの人は穏便に済ませると言ってる。
追っかけられる身にとっては女神様のような慈悲に聞こえるだろう(この人は男だけど)。
「まあ、何か理由があって走ってるんとちゃいますか? それやないと、こんな大勢おる所で後ろ向いて走りませんやろ?」
おじさんは地面に転がったざるそばの容器を慌てて回収しながら俺に向かって話した。
更に続けて言う。
「それと怪我はありませんやろか?」
森の魔物が知恵を持つようになってから俺は相手の目を注視するようになった。
それを人間でやってみたことがある。
すると、相手が本当のことを言っているか嘘を言っているかが大体わかるようになった。
この人の目は……。
優しい人だ。俺を心配してくれている目だと直ぐにわかる。
素人でも見分けがつきそうだ。
素直に心配してくれているのは少し嬉しい。
妙に聞いたことがあると思えばこの人。
出前店長さんだ。
この町には飲食店が数多く建ち並んでいる。その中で唯一、一際目立つ店があった。
出前店長さんは冒険者商店町から少し外れた町角に10坪程の和風の建物でその店の店長をやっている。
『うどん・そば 池崎処』
池崎処というのには理由があって、敢えて改名しようとはしていないと前に会ったときに言ってたのを思い出す。
その理由を教えてくれたのだが、今はそんな事を考えている時間がない。
チンピラ共に追われていることに変わりはない。
「大丈夫です。何時もこれくらいの怪我は慣れているので。あと、心配してくださりありがとうございます。」
俺は涙が出そうになった所にに軽く手を当てた。
頭が今も軽くジンジンと痛みが響いている。
手を当てると、手の感覚に生ぬるい液体が軽く当たった。生ぬるい液体と痛みで何なのか流石にわかる。
角の奴がちょうど頭の皮膚の柔らかい所に当たった所に、血が出ている事に気づいた。黒い髪の毛の怪我辺りの一部が朱に染まりつつある(みずらいので出前店長さんにはわからない)。
少量なので、多分大丈夫だろう。
※主人公が流した量は大したことはありませんが、普通の人間だったら立つだけでも意識が朦朧とするほどです。
何回も魔物の棍棒のようなもので頭を激しく強打されたあれに比べたら、大したことはない。
本当は弁償したいができない。
チンピラ共がこの光景を見てしまうと、この出前店長さんに絶対迷惑がかかる。
罪を擦り付けることと同等である。
他人に罪を擦り付けることをする位なら死んだ方がマシだ!
……まあ、死ねといわれても多分死なないだろうけど、気持ちの問題だから。
後で店に寄ってから弁償しないといけない。
「後であなたの店にいくので、弁償はします。」
俺は出前店長さんに来店を約束した後、東の方向へ走り出した。
商店町突破まであと110メートル程。
今のでかなりチンピラ共との差がかなり縮まってしまった気がする。
前の安全が取れたので全速力から少しスピードを緩めて後ろを少し振り返る。
チンピラ共との差はあと15メートル程。
明らかに差は縮まっている。
何人かが追うのを諦めている感じがした。俺を追っているのがあと2、3人ほどだ。
すると、チンピラ共が俺に右手の人差し指を差し、このあたりの冒険者達にわざと聞こえるように大きな声で叫んできた。
「おい! アイツを捕まえてくれ!アイツが俺らの金をスリやがったぜ!! 捕らえてくれ!」
「「!? おい! アイツが金をスッたとよ。皆で取り押さえろ!!」」
マジがよ……。
コッチが逃げてんのを逆手にとりやがった。
冒険者達はチンピラ共が今までどんな事をしてきたかは理解できていない。この町に住んでいる人たちは理解している。
その証拠に一部は無関心、大半は捕らえようとしていた。
ほんの数人、哀れみの目も見える。この人達は、まわりに「この人はスリじゃない! 違う! こいつらが悪いんだ!」と何で言ってくれないのだろう。
無関心の人も言いたいことは色々あるが。
あの薬屋からは70メートル程離れている。非常に賑やかで活気がある中でそれ程先の怒鳴り声を聞くことは一般の冒険者達には無理な話だ。
野次馬どもが辺りを囲んでいたため、直線でもあの光景は見えなかっただろう。
さあ。
さっき使いかけた必殺技の出番かもしれない!
相手は10メートル先にいる命令された可哀想な冒険者達が、横一列並んでいる。
此処でとらえる気だろう。
あの必殺技ならこんな状況でも、練習次第では絶大な効果を発揮する。
冒険者達に怪我でもしたら間違い無く俺の責任だ。「ごめんなさい」で済むわけがない。
俺は構わず走りつづけた。
ギリギリを狙う。
冒険者達の身長は大体173センチ。
行ける!魔物が人間に変わっただけ。
寧ろ魔物の方がデカい。大した技術は要求されてない。いくぞ!!
冒険者達との距離が数メートル先というところで俺は必殺技を使った。
必殺 ジャンプ!!
俺は地面を足で蹴った後、高く斜め上へと飛ぶ。冒険者達の真上を俺は通っていく。
その高さ、地上から足まで凡そ250センチ。
十分な高さだ。
少しの間訓練をしていなかったから、多少の不安はあった。
軽く飛んで250センチ。どうやら身体はあまり鈍ってはなさそうだ。
本気を出したら4メートルギリギリだが、若干の痛みと着地の不安定感がどっしりとのしかかる。
ジャンプしか必殺技は今のところない。
強いていうなら、素手か何かで殴る、蹴るとかそれくらい。
ジャンプしか必殺技がないのかよと嘲笑う人もいる。
剣の才能も魔法の才能もないから必死に血を流して訓練してきた俺にとっては、十分ユニークで逆転出来るかもしれない必殺技だ。
確かに俺は何かに特化している訳ではない。強くなりたいと努力しただけ。
頑張っただけ。
馬鹿にされないために、他の人とは異なる方法で特訓しただけ。
どれだけ自分の血を流そうが、どれだけ毒に侵されようが、選んだのは自分なんだから。
間違ってても、頑張っていれば後悔なんてしないから。
ジャンプが必殺技。
地獄のように訓練した俺にとっては、嬉しい賜物だから。
人が真似できない特技があったら、誰でも自慢したくなる。
それが俺には出来なかったのは唯一の悔しい所だが。
冒険者達は俺を目で追いかけていた。同時に皆が俺に顔を見せてくる。
……凄く奇妙な光景だった。
ほぼ同時に数十人が俺に顔を向けてくるこの絵図等を誰が見て得するのだろう。
ジャンプの中腹にさしかかった俺は着地点を探す。
着地できるポイントが思ったより多い。
冒険者達もまさか上を飛び越える何てことは考えなかったのだろう。
所々ががら空きだ。
俺は最も人の密集が少なく、広い着地点に着地する。
とんだ距離は6メートル程。冒険者の平均は3メートルだと聞く。
かなりの記録であると思う。しかも中心点の高さは250センチ。
本気を出して飛距離を延ばすことだけを考えたら10メートルも夢じゃないかもしれない。
今度何回かやってみよう。
着地した俺はすぐさま走り出す。
冒険者達はただ俺が走り出すところを口を開けながら見つめているだけだ。
何故口を開ける必要があるのかはさておき、チンピラ共がこれで終わるわけがない。
少なくとも、この商店町を突破しないとこの状況がまずい事に代わりはない。
後百メートルと少しまではこの全速力は持ちそうだが、そんなに長くは持たない。
人間だって限界があるのだ。でも限界があるからこそ、人はそれを越えようとする。そのために頑張ろうとする。
俺は、この町で一番賑わう場所を全速力で駆けている。
そう言えばこの町の名前は何て言うのだろう?
子供の頃からここにいたけど村の名前なんて聞いたこともない。
まあ、後で考えよう。
商店町突破まであと90メートル程。
チンピラ共との差はあと18メートル程。
俺は収納魔法から一つの緑草を取り出し、左手で頭の上に擦り付ける。
擦った部分がヒリヒリするが、これぐらいなら全然余裕である。
薬屋で買ったものと手持ちのものの合計を確認すると、ざっと24枚だった。
手持ちの方が薬の質は高いのでそれを使った。
大したことはないと思っていたが、少し重傷らしい。
容器の角に当たったのが残念なのか、角で当たったのが一つだけで良かったのか。
少し複雑な心境になった。
でも、人生と言うのは「前向き、ポジティブ、積極的!」なのが良い結果を生み出す。と何処の誰かが言ってたっけ?
(前向きとポジティブと積極的って、異世界人に相談したら意味一緒何だけど何か違うのかな?)
※この場合は同じ意味ですが、それぞれの場合によっては違う使い方も出来ます。ちなみに、臆病者はこの言葉の意味を理解していません。
さっきのジャンプの衝撃で、頭の血が滴り落ちてきた。
左の額の上から生暖かい液体が出て来たと思ったら、いびつな赤い線を顎の近くの方まで描いていた。
仮面をつけているため、その内の一滴が左の縁に沿って流れている。
逃げ切れたら後で仮面を洗っておこう。
固まったカピカピの血はなかなか落ちない。
俺は慌ててもう一回収納魔法を使う。
そこから【てぃっしゅ箱】という箱の中から、薄くて柔らかい紙を一枚取り出す。
この町に【てぃっしゅ】が入ってくるようになった現在は、欠かせないものとなっている。
「一家に予備も合わせて20箱!!」という異世界人のキャッチフレーズという宣伝の方法によって、今ではこの世界で大ヒットの商品である。
先に発売されたとある都市では、100箱以上買う客もいたという。
とある客は6時間待ちでやっと買えた客もいたという。
他の客はあまりの混雑に、転んで大怪我を負ったという。
想像しただけでカオスだ。
この町の場合、都市の売れ行きが余りにも凄まじく、生産遅れが理由で何ヶ月か遅れてしまった。
それでも客は待ち遠しかったらしく、都市にも負けない爆買い(商品はてぃっしゅだけ)状態だったらしい。
父さんも、俺が一番!という勢いで買いに行って50箱買って来た。
あまり表情を変えることが数少ない、父の意外な一面を見たものだ。
「息子よ! 異世界人の素晴らしい発明家が考案した【てぃっしゅ】という品だ! この【てぃっしゅ】と言うのは素晴らしい品でな。その原理は……(以下略)」
とそれから2時間ぐらい【てぃっしゅ】の原理や使い方などを勢いで説明された思い出は、記憶に新しい。
トイレに行こうとすると、「もう少しガマンしてくれ! ここからがこの【てぃっしゅ】の最大の魅力があるんだ!」と父さんが意地でも止めにくる。
せめてトイレ位行かせてくれよ……。30分強ガマンしてたぞ!と説明された後のトイレの中で、独り言を言っても遅過ぎだが。
異世界人って凄いなぁ。
こんな薄っぺらくて、取り出しが簡単なものをあっさりと発明するとは。
薄っぺらい紙で流れた血を右手で拭き取る。
肌に薄赤い色の後は残るが、そんな事は気にしない。
俺は逃げ続ける。
まだまだこの全力逃走は続きそうだ!
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修正
タイトル 前編入れ忘れました。申し訳ありません。