第1話 旅立ち
ある日、冬鳥の鳴き声が聞こえて始まりの朝を迎えた頃、とある街はずれの小さな一軒家で、臆病者と言われる青年が旅に出ようとしていた。
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―臆病者視点―
俺は俺。名前はまだない。
20歳になるまで名付けはしてもらえない。
どうやって人一人を区別するかというと、友達や近所の人からの「愛称」で区別を付けるのだ。
20歳になると親が子供に名付けをする事ができる。親が子供がまだ一人前の人間では無かったら、20になっていても名付けの拒否権を行使する事ができる。
つまり、名付けを貰ったということは大人になったという証なのだ。
名前がないと、仕事すら出来ない。
ただし、ある1つの職業だけは名前がなくても就職ができる。
冒険者
仕事の内容は単純。町の外にいる魔物を討伐する。それだけで冒険者組合から報酬がでる。
俺は自ら冒険者を志願した。
19歳を過ぎたばかりで町から出る冒険者はそう珍しくない。
ただ普通なら何か失敗してしまった時の対策のため、この町の仕事に就こうと考える人がほとんどなのだ。
だが、俺はどうなっても冒険者でありたいと思った。
冒険者を辞めたら俺の人生はほぼ終わり。
そう決めていた。
俺は今、旅にでる前の身支度をしている。
身支度とはいってもそんなにがっしりしていると言うわけではない。
そこら辺の店から買った七分袖の上着。
何時も好んで着ている薄緑の長袖。
藍色の長ズボン。
え?今から冒険するのにそんな格好で良いのかって?
鉄系統の装備で何故行かない?
鉄系統なんて買えたものじゃない。
そもそも鉄なんて見たこともない。
銅剣や石の剣なら毎日、この町でいやというほど見るが。
酷いところでは、銅製の剣に銀を綺麗に塗って鉄の剣だと売ってる醜いおっさんがいだけど。
この世界は春夏秋冬のほかにも様々な季節で一年を彩る。
例えば春と夏の中間に冷夏、夏と秋の中間は晩夏、秋と冬の中間には暖冬などある。
多分、後数十分あっても覚えるのが大変なくらい季節が細分化されている。
今の季節は暖冬が終わる頃である。
この町の冬は比較的他の町よりも暖かい方だ。雪が降ったことなんて、この町の歴史書を見ても数度しかない。
そんな世間も気温も冷たいこの日は、20年間お世話になった父さんとの別れの日である。
この世界には【異世界人】も暮らしている。
かつて、どこかの人が数百年掛けて成功した魔法によってもたらされたものだ。
異世界へと通じる扉のようなものをいろんな場所で開けたという。
その事がきっかけでこの世界は技術というあらゆる異世界の知識が入ってきた。
大きなことといえば、
言語が通じる(魔法やスキルのせいかも)。
重さや長さの単位が異世界のものを使用するようになった。
異世界の色んな食べ物が流通した。
当然、人口の増加。
他にも色々あるが、大きく影響したのはこれくらいか。
異世界からの来訪は、かなりこの世界の歴史を良い意味でも悪い意味でも大きく変えたのだろう。
異世界の方が技術や文化などが発展していた為の結果であるといえる。
ただ、こっちの世界にはあってあっちの世界にはないものがあった。
先程しれっと述べた魔法である。
今までごく当たり前に魔法を使っていたことに異世界人達は驚いたそうだ。
今では異世界人達でさえ日常で魔法を使うのがごく当たり前の話になっている。
この世界の学校の先生たちは、全力投球で異世界人たちに魔法を教えたことだろう。
でも、この数十年間はこの世界に来た異世界人がびっくりするくらい増えた。
魔法が異世界人の中で流行りだしたのが、扉が開いてから。
それでも、今になって魔法がまた流行りだしたと言うことはない。
昔は自由にこっちの世界と異世界を行き来するのは、それ程難しくは無かった。
でも、十年前に突然あっちの世界に行けなくなってしまった。
最近こっちにやってきた異世界人たちは、
「もう此処で暮らします!」
とか
「あんな世界は御面だ! ここの方が平和じゃないか!」
などと自分達が暮らしてきた世界に戻りたくない、何かの思いをこめた様子だった。
何故暮らしたくないのかなんて聞いても、「思い出したくない」の一点張りでなかなか話してくれない。
よっぽど異世界の方が居心地が悪いのかな?
こんな狂気と殺戮の世界なんて来ても何のメリットも無いのに。
「この世界は、中世という時代に現代の技術が一部加わり、更に魔法の知識が混ぜ込められたヘンテコな世界だ!」
と父さんが愚痴を俺に話していたのを思い出した。
表向きに言えば確かにそうである。
……そんなことを考えながら身支度を続けておよそ10分、俺はひとりで終わらせることができた。
身支度を一人で終わらせたのはこれが初めてかもしれない。
いや、勘違いしないでくれ。
過去の荷造りでは、最後の最後に父さんが密かに荷物の確認をしていたのを俺は知っていた。
心配してくれてるんだなと嬉しかった。
「じゃあ、父さん。俺行って来ます…。」
俺はビクビクしながら父さんに別れの言葉を掛けた。そのびくついた態度に気づいたのか父さんは、
「おどおどするでない。男なら自分に自信を持て。今まではそばにいてやれたが、これからは一人で生きていかねばならんのだ。勿論、魔物にも気をつけないとな。」
と、少し鋭い声で俺を注意(と言うか多分心配)する。
確かに、いつまでも甘えていては何も始まらないという父さんの言葉は的をついていた。
堕落の一途をたどるのは間違いない。
「もちろん、あんな自分の命をむざむざ捨てる行為はもう慎まないとな。」
さっきの言葉よりも鋭く父さんは俺に言う。
……うん。
流石にあの地獄レベルの特訓はやりすぎた。
今でも反省してます。
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魔物とは何か?
今のところ、答えは人に害をなす、動物ではない何か。
現在この世界では、魔物という生物が存在している。
動物とはまた違い、独自の言語を持つものもいたり、自ら武器などを作ったりしているというのが大きな違いではないかと一般的には言われている。
ただそれだけなら魔物というひどい名前の種類に入ることは無かっただろう。
彼らの大半は、
種族によって圧倒的な力を持つこと。
動物を襲って食らう奴がいること。
そして、
人間を襲って殺してしまうことだった。
魔物が出現したのは今からおよそ1000年前。
それは、小さな小さなスライムだった。
丸に近い楕円形の魔物。30~40センチ程度の大きさだったと書いてあった気がする。
それがこの世界では初めての魔物だったという。このスライムはどうやら様々な魔物の原型らしくて、その色は虹だったらしい。その色からシンプルに虹スライムといわれている。
(ってか何でレインボーって何だろう?凄い気持ち悪い色のスライムって認識で良いのかな?)
その虹スライムはかつて何か?―世界の歴史関係の本で調べたけど、何者かは諸説があるらしい―によって支配されてきた人間を救い出し、世界の至る所に結界のようなバリアを設置した。
そのおかげで人間は栄えることが出来たのだが、虹スライムが生まれたのが原因で、多種多様な魔物も出現してしまった。
しかも、虹スライムには無かった凶暴性や残虐性をオマケして。
人間は魔物によって殺されるハメになってしまった。
当然人間は、
「虹スライムの奴のせいで俺達は更に生活の範囲が狭まっちまった。この人殺し野郎!」
とか、
「あいつは端っからそうなるつもりで俺達の町に結界を張りやがったんだ! 人を守る為の安全な結界とかいってるけど、こいつは牢獄と変わんねえじゃねえか!」
など、虹スライムを散々責め立てたらしい。
責任を感じてしまった虹スライムはどっかの山に籠もったのではないか、と歴史書では書かれている。
ちなみに、今も虹スライムは生きている。
父さんはかつて冒険者だった時に、とある森でたまたま見つけたらしい。
人の言葉だけでなく、一部の魔物が使いこなす、魔物独自の言語まで喋れる奴だったとか(魔物独自の言語だと理解する父さんも父さんだが)。
興味を持って一勝負しようとお願いしたら受けてくれた。
勝ったら捕獲するつもりだったらしい。
結果は完敗。
余裕で負けたらしい。
全盛期、一流の腕の冒険者だったお父さんですら話にならなかったレベル。
何やら今まで父さんが見ていない魔法やスキルを、虹スライムは音速レベルのスピードで飛びながら連発で放ってきて、開始数十秒で満身創痍で降参したそうだ。
いつかはそんな存在に出会ってみたいと思ったのは、お父さんが僕が子供の頃に語った時だった。
そんな存在は置いといて、人間は魔物に対抗するためにいろんな対策を行った。
一つ。未成年と未冒険者の一人での町の外出の禁止
二つ。町の護衛の配置
三つ。危険な魔物の認識のための魔物のランク格付け
四つ。魔物に備えるための訓練
大体これらが大きな対策である。魔物と仲良くなる気はさらさらない対策である。
まあ人を悪意で殺す奴もいるから仕方のないことだ。
お父さんは俺に冒険者になるための特訓をさせるために剣を握らせた。
初めての相手はGランクのモークタンという。スライムのような流線形の体をしており、そこに、冬でも耐えられるあったかそうなもふもふした茶色い色の毛を身にまとったこの世界最弱の動物。
頭の上に小さな白い斑点があり、その小さな白い斑点はそのモークタンのチャーミングポイントのようでかわいかった。
戦力差はどうかというと、すでに決着がついているぐらい大きな差があった。
こっちの方が圧倒的に有利。
ランクと言うのは、昔どこかの英雄と言われた人が決めたものだと言い伝えられている。
その名は〈世界魔物危険度一覧表全種図鑑〉。
通称・魔物危険表。異世界人が作った画期的なものだ。
一番ランクが高いEXから始まり、最後はGでおわる。
全部で19段階というとても細かい奴だ。
今まではこの魔物が危険とかあの魔物が厄介とかおおまか過ぎて不便だったのを比べると、飛躍的な改革である。
EX,Sと始まり、そこからはAからGまでのアルファベット順という並べ方で構成されている。
途中、EXの次に危険なSランクからDランクの間には+や-といったものもある。
例えばSの場合、強い順にS+,S,S-となる。
EからGに+や-が無いのは、魔物の能力にそれ程の差が無いからだろう。
しかし、Gランクと言うのは魔物の危険度の中で一番低い。
モークタンの為だけに作られた最弱のレッテル、ランクG。
次にランクが高いFランクの魔物と比べても明らかに見劣りする。
希望のかけらもない。
頑張ってFになろうとしても人間たちに淘汰される。
普通、初心者でもその気になれば30秒もかからずにあっさりと倒せる最弱魔物モークタン。
俺は負けてしまった……。
剣を振ることすら出来なかった。
何で負けたかって?
負けたのに理由をつけることは愚痴と同じ。
何を言っても負けは負け。
戦いに情は捨てなければならない。
ついた愛称がひどいものだった。
一番弱い魔物に負けたらそう呼ばれた。
今までそんな事は無かったのだから負けるはずなんて有り得ない話なのに、アイツは負けた。
「お前は【臆病者】だ!」と。
そう言われるのが悔しかったから、特訓をするために近くの森へこっそり向かったものである。このとき俺は生まれてからまだ8年。
正直、特訓は凄く苦しかった。
10年ぐらいやってきたら、流石に自己達成感が凄く沸いてくる。
やりきった!という気持ちは誰でも有るのではないか?
町では禁止されているが、見られなかったら良いのである。
皆が今までそんな事やろうとも思わないだろう。
修羅の道を好んで潜るのは余程悔しい思いをしたか、あるいはそれが大好きな変わった人(変態、ドMとか異世界の人達がいっていた気がする)ぐらいだ。
そんな努力もあってか、冒険者組合という組織から出される一人前の冒険者になれる試験。
新米冒険者卒業試験<通称・冒険者認定試験>に合格した。
正直素手でも勝てたのだが、外に出たとばれたくないから銅の剣を組合から借りた。
いい切れ味では無く、ただただ罪悪感が募るばかりの戦闘だったと記憶している。
試験監から召喚された奴に知恵をもつ魔物がいなかったことは、些かどうかと思うが。
合格したあと、父さんに特訓の全容を話したら、一晩叱られた。
当然である。
本来であれば自分の命を簡単に捨てる行為だ。親の身としてはゾッとする話だったのだろう。
あれ程の魔物との闘いは当分無いだろう。
父さんの言うことは簡単に理解できた。
俺が特訓の頃に戦っていた魔物は、遥かに強力で残忍な知恵をもっていたから。
その名残によって、俺の服には魔物の血の香りや緑色が微かだがべっとりと付いてしまったが。
……まあ、付いてしまったものは仕方がない話だが。
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「わかってるよ……。男はビシッとしてなきゃいけないのは今も昔も変わらないしな。後、あの特訓はもう止めにします。」
俺は右手で痒くもない頭をかぎながら、父さんにいわれたことを理解した。
「それに、これから冒険者として一人で生きてかなきゃいけないときに、他の人間にびくついちゃ話にならないしな。」
そして、自分の気持ちを整理しながら、今後のことについて考えたことを父さんに話した。
「お前がそう思うならそれでよい。何かあったら何時でも戻ってきなさい。あと、旅立つときに食料を町で買っていきなさい。万が一、山で遭難してしまったときのためにだ。あとは……。」
そう言い、途中で言葉を止めた。心の声で、静かな声で父さんは、
「いってらっしゃい。」
「行ってきます。」
俺はそう応えた。そして、玄関の扉を右手で開いて、出て行った。
お父さんの小さな微笑みは、ドアを閉めるときに目に焼き付いた。
父さんの「いってらっしゃい」はとても心がスカッとした。
何か大きなもやもやするものが体から出て行ったみたいに。
此処まで育ててくれた貴方には感謝しかない。
そして俺は父さんに言われた通りに、町へと食料や必需品を買い出しに出かけた。
俺はもうここへ戻ってこないかもしれない。
正直、この町の最後の買い出しかもしれないと感じた。
……しかし、まさかあの事態が起こるなんて予想もしなかった。
またこの町に戻って、大量の食料を買わなければいけないことになるなんて……。
そんな事になるのをこのときの俺はまだ何も知らない。
勿論これから起こる、長い長い大冒険の始まりだったなんて誰も予想できない。
隠し味を入れ過ぎて、不味くなってしまったのではないかと今でも思っています。
※タイトル一部修正しました。
大幅修正しました。