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それぞれの道へ

 張角の死によって、黄巾の乱は鎮圧された。


 張三兄弟の中で残っていた地公将軍と称した張宝も荊州けいしゅう朱儁しゅしゅんに討ち取られた。

 これにより、張三兄弟はすべて討ち取られた。


 黄巾の乱の主だった者は討ち取られたものの、各地では黄巾軍の残党が暴れまわっていた。


 黄巾の乱が鎮圧されたとはいえ、今の朝廷に黄巾軍の残党を殲滅させるだけの力は残っていない。


 一応の黄巾の乱の収束によって、曹操と曹和も洛陽に戻っていた。


 曹操と曹和は洛陽のやかたで戦の英気を養っている。


「済南国のしょうへの赴任おめでとうございます」


「子元か……」


 曹操は小声で言う。


 黄巾の乱で功績を上げた主だった者たちは朝廷より官位を授かっていた。

 曹操も功績によって、青洲せいしゅう済南国のしょうに任命された。


「これからいかがなさるおつもりですか?」


「しばらくは済南郡のしょうとして赴任しようかと考えている……」


「さようですか……」


「子元はどうするつもりだ」


 曹和は曹操の言葉に返答するまでに、しばらく間を空けた。


「……しばらくこの国を旅しようと考えています、兄者」


「旅だと?」


 曹和の言葉に曹操は疑問を抱く。


「旅をしてどうする……。お前も済南国に来ればよいではないか」


「兄者は言いました。まもなく、長い乱世がはじまると」


「確かに言ったな」


「乱世になれば、果てしない戦いが続きます。その前に己の目で、この大陸の民を見たいのです……」


 曹和は必死に曹操を説得する。


 曹和は黄巾の乱で実際に戦って、いくつも気がついたことがある。


 黄巾乱の元凶は漢王朝であり、一番の苦しめられているのは民である。

 曹和は官軍として黄巾の乱で戦い、敵を容赦なく何人も斬り殺した。


 だが、斬り殺した大部分は漢王朝に苦しめられた民であった。


 民が漢に対して反乱を起こすことがどういうことを意味しているのか、わからないはずはなかった。


 乱世がはじまれば、未だかつてないほどの戦いが各地で起こる。

 戦いがはじまれば、苦しむのは誰か。


 大陸の民である。


 黄巾の乱は、乱世のはじまりの戦いの緒戦に過ぎない。


 戦いになれば、誰もが生きる残るために死ぬ気で戦う。

 それは、曹和とて例外ではない。


 曹和にも曹操と果たすべき約束があり、その約束を果たすまでは死ぬことはできない。


 黄巾の乱が鎮圧された今だからこそ、曹和は今の大陸の民を己の目で見てみたいと考えた。


「……お前がそこまで言うなら止めない」


「感謝します、兄者」


「だが、旅をする時間はそれほどないと考えろよ。このまま、洛陽にいる宦官どもが黙っているとは考えられん……」


 曹操は不快な表情をする。


 それもそのはず、曹操と曹和の父、曹嵩そうすうは宦官の養子であった。

 曹嵩そうすうの養父は宮中に三十年余年に仕えた曹騰である。


 曹操は自分が宦官の家系に生まれてきたことを、恥じいていた。

 曹和はまったく気にしなかったが、曹操にとって宦官は、国を乱す害悪でしかなかった。


 曹騰は曹操が考えていた宦官とはかけ離れている。

 しかし、宦官という家系は曹操にとって、頭を悩ませることだった。


 現に黄巾の乱の元凶を生み出したのは宦官である。


 曹和は曹操が宦官嫌いであることは承知しており、その宦官の家系を嫌っていることも承知している。


 そのため、曹操の不快な表情から宦官のことを考えていると推察する。


 曹和は宦官の話から旅の話の説明をする。


「二年か三年ほどで大陸を回り、兄者に何かあればすぐでも駆けつける心構えです」


「心配は無用だ。お前はお前のやりたいことをすればよい……。弟に心配されるほど、落ちぶれてはいないわ!」


 曹操は曹和が自分のことを思った以上に心配していることが面白くて仕方がない。


 曹操は久しぶりに豪快な声で曹和に言う。


 曹操は曹和の旅の話を聞き、曹和が自ら決めたことに口出しするべきではないと考えていた。


 当初こそ、自分について来ればよいと言っていた。

 だが、曹操の本音は曹和には己が決めた道に何も迷わずに進んでほしかった。


 こうして、曹操は青洲済南国の相に赴任、曹和は大陸を見聞するために、それぞれの進むべき道へと一歩、足を踏み入れた。


 曹操が青洲済南国の相として赴任するために、曹和よりも一足先に洛陽を後にした。


 曹操が洛陽を離れるとき、曹兄弟はお互い一言も話さなかった。

 ただ、曹兄弟が顔を合わせたとき、二人とも自然と笑いあったことぐらいだった。


 曹操が洛陽を後にして、一月ひとつきが経っていた。


 曹和は未だ洛陽を離れていなかった。


 曹和は洛陽にいる間、大陸全土を歩きながら、お金を稼ぎ、商売している行商人たちから毎日のように話を聞いていた。


 行商人の話を毎日のように聞いていたわけが、曹和なりにあった。


 曹和が月日をかけて旅をする理由に、大陸の民を見てみるということが一番大きかった。


 それと、もう一つに大陸が乱世になれば、誰が脅威になりえるかのを見極めるための旅でもあった。


 そのためにも、曹和は多くの行商人から細かな情報を聞き出し、誰の元を訪れるのかを考えていた。


 乱世の到来、曹操ははっきりと言った。

 曹操から聞かされた、乱世の到来という言葉に曹和は一月ひとつき近くも考えていた。


 一月近くも考えたのだが、乱世の到来のしんの言葉の意味を理解できずにいた。


 曹操がはっきりと何かの言葉を発したときは、必ずその言葉の裏に曹操が考えていることが含まれている。


 曹和は曹操と長い間の経験から気づいていた。


「兄者が考えていることが未だにわからない……。こうしている間にも情勢は刻一刻と変化しているというのに」


 曹和は苦悩していた。

 曹和からしてみれば、乱世の到来という言葉は、曹操からの挑戦状のようなものだ。


「そろそろ、動かなければ……」


 曹和は近々、大陸を旅するために洛陽を離れる決心をした。


 大陸を旅するにあたって、曹和には一つだけ悩んでいたことがあった。


 それは黒騎の対処である。


 黒騎は曹和が雇っている私兵である。

 黄巾の乱が鎮圧され、戦いそのものはなくなりつつあった。


 黄巾の乱の度重なる戦いの連続によって、元々いた黒騎は五十から三十余にまで数を減らしていた。


 戦死した黒騎の家族にはできるだけの援助をしている。

 曹和なりに戦死した黒騎の働きに応えた形だ。


 黒騎は曹和の私兵であり、私兵を維持させるには財が必要になる。


 曹和の家系は宦官である。

 曹和の祖父は大宦官、曹騰。


 曹家には曹騰が蓄えた長い年月をかけて蓄えた財がかなり残っていた。


 曹和が幼少期の頃、曹騰はまだ健在だった。

 曹騰は曹操・曹和をたいそう可愛がり、自分が蓄えていた財を少なからず分け与えた。


 曹和は祖父、曹騰を尊敬していた。


 黒騎を雇い、維持できているのは、曹騰が残してくれた財のおかげである。


 旅をするために黒騎を解散させるべきであると曹和は考えていた。


 解散させるのは、財がかかるのもそうだが、生き残った黒騎にはこれからの人生を、戦ではない他の人生で送ってほしかったからでもある。


 戦いだけが人の人生ではない。

 戦い以外にも生きる道は存在している。

 戦いは人を殺し、自分も殺される危機に陥る。


 曹和は悩みに悩んだ末、李交を部屋に呼び出すことにした。

 黄巾の乱が終わった後、黒騎を故郷に帰したが、李交だけは曹和についてきた。


 当初、曹和は李交に故郷に帰るよう言っていた。

 しかし、いくら言っても動じない李交に、曹和が折れる形で洛陽への同行を許した。


 李交ならば、自分が考えていることを理解してくれるだろうと期待している曹和がいた。


「お呼びでしょうか」


 しばらくして、李交が曹和の目の前に現れる。


「李交……俺が旅をすることは知っているな?」


「存じております」


「旅は二・三年になるだろうと考えている……。そのため、黒騎を解散させようと思っているのだが、お前の意見を聞きたい」


 曹和の言葉を聞いても、李交の表情に変化はない。


「曹和様がお決めになったことでしたら、黒騎は何も申し上げません……」


「黒騎をまとめる李交としてではなく、李交個人の意見を聞きたいと言っている……」


 曹和はあくまで、長年副将として共に戦ってきた李交としての意見を聞きたがっていた。


「……よいのでしょうか?」


「何がだ、李交」


「個人の意見を申してもよいのかと……」


「俺は、お前の意見を聞きたいと言っている!」


 李交がしつこく問いかけてくることに、苛立ちを隠せない曹和。


 李交も腹を潜ったのか、大きく息を吐くと口を開く。


「甘ったれるなよ、若造が!黒騎は雇われているから、命を懸けて戦ってるんじゃない。あんたに救われ、救われた恩義に報いるために、忠節を立ててるんだ!さっきのあんたの言葉は、今まで死んでいった黒騎の仲間への侮辱以外に他ならない……」


 かつて、曹和にこれほどの意見を言った人間はいたであろうか。


 曹和は李交の突然の大声に、ただ呆然としている。


 呆然としている曹和に李交は言葉を続ける。


「あんたが解散させる、させないはあんたの勝手だ。だが、黒騎はあんたが死ぬまで、亡霊のようにまとわりつくだろう……。それだけは覚えておいてくれ!」


 李交は言葉を言い終えると、曹和に会釈をすると部屋から出ていく。


 李交が部屋を出て行ってからどれほどの時間が経ったであろうか。

 少なくとも二刻(約三十分)は経ったであろう。


 曹和はようやく動く。


 曹和は、先ほどの呆然としていた表情は一変し、何か決心を決めた引き締まった決意に満ちている表情を見せる。


「侮辱か……。たしかに、死んでいった黒騎への侮辱でしかないな」


 誰もいなくなった部屋に、曹和の独り声が響く。


「李交……お前のおかげで目が覚めた気がしたよ。俺と黒騎の絆はそんなに軽いものではなかったな……。ようやく決めることができた……」


 曹和は死んでいった黒騎との思い出をふと思い出す。


 後日、曹和は李交に伝えた。


 俺が戻るまで黒騎を任せたと。


 李交は黙って頭を下げた。



とりあえず、黄巾の乱編は終了です。

今、オリジナル編として曹和の旅編を書くか、書かないかでとても迷っています。

次回の更新予定日は7月6日になります。

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