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曹兄弟の夢

 官軍が波才の首を討ち取ったことで、豫州黄巾軍は全滅した。

 全滅したといっても、波才を討ち取られたことによって、豫州黄巾軍は散り散りになったといった方がよい。


 曹操は遠くから官軍が黄巾軍を追撃している様子を眺めている。


皇甫嵩こうほすう将軍……すでに戦の勝負はつきました。これ以上、味方の損害を抑えるためにも、兵を引かせてはいかがでしょうか?」


 曹操は皇甫嵩こうほすうに進言する。

 官軍の勝利は波才を討ち取った時点で決まったようなものだった。


「曹操の進言には一理ある。だが、ここで黄巾軍を殲滅しなければ、冀州きしゅうの張角本軍と合流するかもしれない」


 黄巾軍を殲滅すべきであると皇甫嵩こうほすうは言った。

 皇甫嵩こうほすうの命令にによって、黄巾軍を殲滅することになった。


 官軍は散り散りになった黄巾軍を、殲滅すべく全軍で掃討作戦を開始した。


 逃げ纏う、戦意のない黄巾軍を背後から斬りつけ、黄巾軍を見つけては片っ端から殺し続けた。


 ここまでくると、戦いというよりかは虐殺に近い。

 戦場になった長社周辺の草原は、黄巾軍のおびただしい死体で埋め尽くされた。


 官軍は徹底的に黄巾軍を殲滅したが、それでも命からがら逃げ延びた黄巾軍もいた。


 彼ら豫州黄巾軍の残党が各地に逃げ延びたことで、豫州では襲撃や盗みが多発した。

 豫州黄巾軍の残党に、豫洲の各地の太守の頭を悩ませ、民の生活も悩ませることとなる。


 豫州で勝利を収めた官軍は、戦力の大部分を冀州の張角軍の元に集めた。


 だが、張角軍は朝廷が送った官軍をことごとく討ち破り、黄巾軍の中で最も勢いに乗っていた。


 冀州において連戦連敗を喫した官軍。


 黄巾の乱の首謀者である張角の首を早めに取りたかった朝廷は、豫州黄巾軍を鎮圧した実績を持つ皇甫嵩こうほすうを張角のいる冀州きしゅうへと派遣した。

 また、同じく豫州黄巾軍を鎮圧した朱儁を荊州けいしゅうへと派遣した。


 洛陽近くにいた豫洲黄巾軍を鎮圧したことによって、黄巾の乱の元凶でもある宦官は胸を撫で下ろした。


 いくら宦官とも言えども、宦官に戦いはできない。

 豫洲に黄巾軍が蜂起したとき、最も黄巾軍を恐れていたのは宦官であった。


 そのため、張角のいる冀州黄巾軍よりも、洛陽に近い豫洲黄巾軍を討伐するように霊帝に訴えた。


 ときの後漢12代皇帝、霊帝は、宦官にまつりごとを任せ、自分は栄華栄耀えいがえいようの生活を送っていた。


 宦官はまつりごとの権力を振るい、民衆に多大な税をかけ、民衆を苦しめた。

 霊帝のまつりごとへの関心のなさ、宦官の権力争いが、黄巾の乱の元凶を作ったのは言うまでもない。


 豫洲黄巾軍を鎮圧した曹操もその後、朝廷の命令で各地の黄巾軍を鎮圧する。


 曹和も各地で黄巾軍を鎮圧するが、曹和にとって波才以来の戦いで熱くなる戦いはなかった。


 各地を転戦していた曹操は、張角軍の元へ向かおうとしていた。


「それは誠か?」


 曹操の半信半疑の声を出す。

 曹操の幕舎には、伝令が慌ただしい様子で動いている。


「人公将軍と名乗る張梁ちょうりょう皇甫嵩こうほすう将軍が討ち取りました。また、冀州の張角は病死したようです」


 曹操は自分の耳を疑うような言葉を聞く。


「張角が病死だと?張角が病死したのは、どれほど前なんだ?」


「張角が病死したとしか……。しかし、皇甫嵩こうほすう将軍は張角の墓から首を暴き、洛陽に送ったと」


「張角が死んだか……。これで、黄巾軍は終わりだろう」


 曹操は黄巾の乱のあまりの終焉に、言葉を失う。


 曹操が伝令から張角の病死を聞いた直後に、曹和が幕舎に入ってくる。


「お呼びでしょうか、兄者」


 曹操は伝令を出し、曹和に本陣の幕舎まで来るように命令していた。


「伝令は一度下がれ」


 伝令は曹操の一言で幕舎から出ていく。


 伝令が退出した幕舎には、曹操と曹和の二人だけがいる。


「よくきた、子元……。張角が病死したようだ」


「なんと……張角が死んだ」


 曹和も曹操が張角の病死を知ったときのような反応を見せる。


「張角の死で、この反乱はまもなく鎮圧されるだろう」


「鎮圧された後は、どのようになると考えているのですか」


「おそらく、朝廷から恩賞として官位を授かるだろう……。そして、動き出す……」


「動き出す?」


 曹操の言葉の意味を、理解していない曹和。


「この反乱を鎮圧した主な群雄が動き出すということだ……」


「それは、袁紹、袁術などの名門の人物が動くということですか?」


「名門の袁紹、袁術だけではない……。公孫瓚こうそんさんや孫堅などの勇将たちも一斉に動き出す。そして、あの劉備も……」


「義勇軍の劉備ですか……」


 曹和は曹操がそれほどまで劉備を警戒する理由がわからなかった。

 確かに関羽、張飛の二人は、曹和が手合せしたいと感じるほどの大陸随一の武人の器を秘めている。


 関羽、張飛と比べて劉備はどことなく平凡な男にしか見えない。


「それに劉備の後ろにいた二人……、あの二人の動きもまったく無駄がなかった……」


 曹操は劉備だけではなく、後ろにいた関羽と張飛にも当然、視線を向けていた。


「兄者が言う二人とは、劉備の弟の関羽と張飛でしょうか?」


「知っているのか?」


「少しだけですが……。あの二人を見たとき、異常な強さを感じた気が……」


「劉備の場合は、人を吸いつける、目に見えない不思議な魅力を感じた……」


 曹操の劉備に対する言葉に曹和は驚愕する。


 兄曹操が、他人を評価し、警戒しているところを曹和は見たことがなかった。


「劉備もそうだが、他にも多くの群雄の動きに注視しなければならない」


「この反乱がすべてを変えたのですね……」


「漢王朝はすでに死んでいる……。誰も見たことのない、乱世の時代が到来するだろう」


「乱世の到来……」


「そうだ。乱世を制するためにも、子元……お前の支えが必要だ」


 曹操は曹和に絶対に近い信頼を寄せている。


 曹操が曹和に絶対に近い信頼を寄せているわけとして、実の兄弟ということもある。

 だが、それだけではない。


 曹操と曹和は本当の兄弟だが、母親は違う。


 俗にいう、異母兄弟だ。


 曹和が生まれたばかりの頃は、曹操もまだ幼かった。

 曹和の母親が曹和を生んでまもなく亡くなると、曹操の父、曹嵩そうすうは曹和を引き取った。


 曹嵩そうすうは幼くから才能を開花させたため、曹嵩そうすうは曹操のことを可愛がった。


 しかし、曹和が曹操と同じ年齢になっても、曹操のような才能がなかった。

 曹嵩そうすうは落胆した。


 それ以来、曹嵩そうすうは曹和には興味を示さなくなった。

 曹和も、曹嵩そうすうが興味を示さなくなったことに、幼いながらも気がついていた。


 だが、曹操は違った。


 あるとき、曹操と曹和が武の稽古をしていたときだった。


 曹操は曹和と向き合って、曹和から醸し出される奇妙な雰囲気に、勝手に足が下がった。


 剣と剣がぶつかり合うと、必ず曹和が曹操を力で押すのである。


 曹操と曹和の年齢の差は五歳差である。

 五歳差の力の差はかなりある。

 それでも、曹操は曹和に力比べで負けた。


 曹操は曹和には自分にはない、天賦の才があると悟った。


 曹操は優秀な人材には目がなかった。

 どんなにほとんどの才能がなくとも、一部の才能があれば、直接会い、夜を徹して話し合う。

 それが、曹操のやり方だった。


 曹和には曹操にはない、武人としての才能が秘められている。

 そして、武人としての才能は、まだ完全には開花していない。


 つまり、曹和はこれからまだまだ成長できる。


 曹操は智勇、曹和は武を。

 曹操は昔から思っていた。


 それ故に、曹操は曹和に絶対に近い信頼を寄せているのだ。


「何をいまさら……。いかなるときでも、兄者についていきます」


 曹和は照れ臭そうに話す。


 曹和の隣には、いつも兄曹操がいた。

 幼い頃から寝食を共にし、何年も間近で曹操を見てきた。


 兄の夢を叶えたい。

 兄の手足となり、覇業を支えたい。


 曹和の思いはいつもそこにあった。


「お前がいなくなれば、両腕を失っただけでは済まない……。子元、いかなることがあっても、私よりも先に死ぬことを禁ずる」


「承知しました……」


「死が近づいてきたときは、思い出せ。死よりも兄の方が恐怖であると……。そして、今日こんにちの約束を忘れるな……」


「承知しました……」


 曹操は曹和に冷たく、厳しい約束を言う。


 誰がどこで、いつ死ぬかは誰にもわからない。


 どんなに才能に溢れている人間でも、早死にするかもしれない。

 逆に、才能がまったくなくとも、長生きできるかもしれない。


 死はどこの誰にもわからない。


 だが、それでも曹操は曹和に自分よりも先に、死んでほしくなかった。

 自分よりも先に死ぬ曹和の死を曹操は想像できなかった。


「今より、乱世がはじまる。果てしない苦難の道の連続であろう……。いつ終わるかもわからない険しい道でも、ついてくるか、子元?」


 曹操は乱世のはじまりを宣言する。


「どこまでも……」


 曹和の短い言葉が曹操の耳に聞こえる。


 曹操は幕舎を出ると、真っ暗な夜空を見上げる。


 曹兄弟の覇業は今、はじまろうとしている。


次回の更新予定日は7月2日になります。

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