強きを求め
手に握っていた曹和の剣はすでに刃先はかけており、曹和は少なくとも何十人と敵兵を切り殺していた。
「なんだ、こんなものか……」
黄巾軍の弱さに興味を失っている曹和。右翼を担当していた曹和の元に伝令が来る。
「曹操様が中央を突破!これより城内から出撃した官軍と合流し、黄巾軍を殲滅するとのことです」
「そうか、突破できたか!それよりもあの軍はどこの軍だ?」
曹和は突然、敵右翼から圧力がかかったことを不思議に感じていた。
曹和が指を指した方角にはみすぼらしい装備の少数精鋭の軍が駆けていた。
「あの軍は幽州からの義勇軍のようです」
「義勇軍?誰が指揮している?」
「劉備という者が義勇軍を指揮しているようです」
「劉備……。劉氏……皇族か」
曹和は馬上から遠目で劉備を眺める。
曹和は、気になった劉備の背後にいる大男の二人に視線を向ける。
一人はいかにも武人のような逞しい体に鎧を着け、長い槍のような武器を片手に持っている。
もう一人は長い髭を蓄え、戦場にいるだけでとてつもない風格が出ている。
「いずれあの二人とは手合せしてみたいものだ……」
あの二人は強い。
それも異常なまでの強さを持っている。
曹和は二人を見た瞬間、同じ武人としてこみあげてくる何かがあった。
「黄巾軍はすでに潰走しているも同然……。波才を討ち取れば、豫洲の黄巾軍は終わりだ」
曹和の目はすでに遠くを眺めていた。
城内から出撃した官軍は順調に黄巾軍を打ち破りながら、黄巾軍本陣に近づいている。
すでに城外にいる官軍も黄巾軍本陣に近づいている。それほどの時はかからずに城内と城外にいる官軍は合流する。
城外にいた曹操と義勇軍を率いる劉備、城内にいた皇甫嵩と朱儁が顔を合わせる。
四人は馬から降りる。
「御無事で何よりです。皇甫嵩将軍、朱儁将軍」
「曹操か……。よくぞ来てくれた、礼を申すぞ」
皇甫嵩は曹操を見ると礼を言う。
「援軍は当たり前だ。感謝する必要はないぞ、皇甫嵩」
朱儁は見下すような態度で曹操を見る。
仮にも助けられた立場だというのに、曹操は口から出そうな言葉を何とか飲み込む。
「隣にいる男は誰だ?」
皇甫嵩は先ほどから気になっていた劉備のことを曹操に尋ねる。
「こちらは劉備殿です。劉備殿のおかげで包囲を突破することができました」
「劉備殿か……。曹操と同様、援軍感謝する。見たところ、軍の数が少ないようだが……」
「皇甫嵩将軍、劉備殿は義勇軍です」
皇甫嵩の問いかけに、曹操が劉備に代わって答える。
「何、義勇軍だと!?官軍ではないのか……」
曹操の口から義勇軍という言葉を聞いた途端、皇甫嵩の態度が一瞬変わる。
「幽州より義勇軍として参った劉備と申します。両将軍においては御無事で何よりです」
「そうか、義勇軍か……」
皇甫嵩の態度が変わったのは、官軍ではない軍に救ってもらったことに屈辱を感じたからである。
劉備も皇甫嵩の心情を理解している
。
それでも、劉備は表情一つ変えずに、皇甫嵩が口を開くのを待っている。
「劉備殿……貴殿の手柄はしっかりと朝廷に報告させていただく。この戦いが終われば、何かしらの恩賞を陛下から受けるだろう……」
「皇甫嵩将軍に感謝します」
劉備はその場で手を合わせて感謝の意を表す。
一瞬、表情を変えてしまった皇甫嵩だったが、そこはさすがは朝廷より黄巾軍討伐の大将に任じられていることだけはある。
すぐに劉備のことを朝廷に報告し恩賞を与えると約束することで、自分を救ってもらった対価を提示する。
「では、我らも波才本陣に向かうとするか」
皇甫嵩が騎乗しようとするところを曹操が止める。
「すでに弟の曹和が劉備殿の配下と共に、波才本陣に向かっております。じきに波才の首がここに届くでしょう」
「それはどういうことだ、曹操?」
騎乗を止められた皇甫嵩は曹操に疑問を投げかける。
「我らが行くまでもないということです。我々はここで勝利を宣言すれば、この戦いは終わりです」
曹操は平然とした態度で皇甫嵩に言葉を返す。
「それは驕り高ぶりすぎではないか、曹操?」
朱儁は曹操の平然とした態度が気に食わないのか、妙なところで怒りを見せる。
「安心なされよ、朱儁将軍。弟曹和は我が軍随一の猛将……劉備殿の配下も弟に劣らないほどの武を備えております」
劉備は自分の配下を褒めれたことに反応し、眉をピクリと動かす。
「曹操殿、関羽と張飛は私の配下ではなく弟です」
「なんと!劉備殿にも弟がいたとは……。我ら二人は弟に恵まれているようですな、劉備殿」
「弟二人が、私のような何もない人間を支えてくれているおかげです……」
劉備は何事にも謙虚な姿勢を崩さない言葉で、弟の関羽と張飛を褒める。
「それも劉備殿の魅力あってのこと。何もない人間とは申されるな」
「曹操殿……」
曹操は不思議と劉備に対する言葉が次から次へと出てくる。
これが、さっき感じた劉備の魅力なのか?
曹操は己に問いかける。
曹操さえも一目置いてしまうほどの何かを持っている劉備。
しかし、当の本人である劉備は気づいていない。
劉備は口数が少ない。だが、言うべきことは言い、見極めるべきことは見極めている。
平凡に見える男ではあるが、曹操は劉備を気に入ると同時に危険な対象であるとも考える。
豫洲を平定すれば、冀州の張角を討伐し、黄巾軍は終わる。
曹操はそう考えていた。
黄巾軍が平定されればどうなるか?
朝廷より恩賞をもらい、任地に赴くかもしれない。そうではないかもしれない。
曹操がこの戦いで知りたかったのは、誰がいずれ自分の脅威になりうるのか。
それだけだ。
今は何の力もない劉備だが、もしかしたら化けるかもしれない。
劉備も関羽も張飛も欲しい。
三人を一目見たときから考えていたことだ。
それでも曹操は思いとどまった。
思い留まった理由はただ一つ。
もう少し時間をかけて劉備という人間を知りたい。
「両将軍はここで休息を取られよ……。大将はじっと待つことも大事です」
「兵士が命懸けで戦っているにもか?」
皇甫嵩は曹操に聞く。
「もはや、黄巾軍を討ち果たすのみです。皇甫嵩将軍に何かあれば勝利も勝利ではなくなってしまいます」
「そうか……」
皇甫嵩も朱儁も口には出さないが、何日も続いた籠城戦で睡眠はほとんど取っていない。
疲労困憊の二人は、立っているだけでも精一杯だ。
それでも、立っているのは大将としての誇りがあるからだ。
誇りがなければすぐにでも座ってしまうだろう。
曹操の助言もあり、皇甫嵩と朱儁は腰を据える。
大将が休息している間、官軍は黄巾軍を追い詰めていた。
追い詰めた官軍は黄巾軍を殲滅するために、追撃と波才本陣へと向かう軍、二手にわかれる。
波才本陣に向かう軍の中には曹和の姿もある。
すぐでも一騎だけで駆け抜けようとする逸る気持ちを落ち着かせる。
曹和の近くには数騎欠けている黒騎の姿もあり、李交の姿もある。
血気盛んな若い曹和を李交は近くで何も言わずに見つめている。
李交は曹和よりも歳をとっており、李交が35歳に対して曹和は24歳である。
そのため、年長者として、また部下として曹和を命懸けで守りたいと李交は思っていた。
「李交、俺はもっと強い武人と戦いたい。大男二人を見て、血が騒いでくる……」
不意に曹和が話す。
「義勇軍の大男たちですか……。曹和様の瞳には、あの二人はどれほど強く映っているのですか?」
「とてつもなく強いとしか分からない……。ただ、無心にあの二人とは戦ってみたいと思っただけだ」
「それほどまでに……。ですが、あの二人は味方」
「そこが残念だ……。黄巾軍にいたならば、これほど面白い戦いはない!」
どれほど久しぶりに主君の曹和が生き生きとした姿を見たことか。
李交の記憶上、曹和がそれほどまでに生き生きとした姿を見せたことがないかもしれない。
二人の会話が終わると、官軍は動き始める。
波才の首を取るために。
ある程度ストックが溜まってきたのでこれから週2投稿を考えています。
更新日は今のところ考えているのが、月曜日と金曜日の22時から23時の間です。
次回の更新日は6月25日です。