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董卓思案する


『呂布撤退』


 その言葉は董卓軍の士気を下げるには大き過ぎる言葉だった。


 一方で連合軍の士気は大いに上がり、まるで戦に勝ったような雰囲気が漂っている。


「浮かない表情だな。そんなに呂布との一騎打ちが名残惜しいか?」


 連合軍の中で一人だけ呂布と一騎打ちしてからどこか浮かない表情をしている者もいる。


「兄者、そんな風に見えるか?」


「見えなくとも考えていることくらいわかっているつもりだ。なんせ呂布は唯一お前と互角に戦える英傑だからな」


 曹操が言うように曹和の武は連合軍の中でも頭一つ以上飛び抜けており、互角に渡り合える武将を見つける方が困難かもしれない。

 だからこそ、曹和としては呂布との一騎打ちの時間は命の駆け引きをする時間であるとともに人生を謳歌している瞬間でもあったのだ。


「唯一か、そうとも限らない。劉備軍の関羽も中々だった」


 曹操の言葉とは真逆で、何人か脳裏に浮かび上げる人物がいる。


 まず、真っ先に浮かんだのが劉備軍の関羽だった。


 関羽はこの戦いで董卓軍の猛将である華雄を討ち取っている。


 曹和が特に注目したのは華雄が放った一撃を関羽は青龍偃月刀せいりゅうえんげつとうつかで防ぎ、鮮麗された一振りで華雄の首を落とした瞬間だった。


 黄巾の乱で幾度か関羽の戦う様子を遠目で見たことがあったが、関羽が呂布にも見劣りしない武人であるという認識がその瞬間芽生えた。


「なんとなくだが兄者が劉備を警戒するわけがわかった。あれほどの英傑が劉備の下いることは、劉備には人を惹きつける器があるのだろう」


 お世辞にも劉備は決して強くない。

 兵卒よりは明らかに強さや経験は上回っているが、強さだけ見ればせいぜい武将止まりがいいところだ。

 そうなると少なくとも関羽が劉備に従っているは強さではない。

 

 では、劉備にある魅力とは何だろうか。

 従来、人間は強い者の元に集まる習性がある。


 袁紹や袁術、孫堅、公孫瓚こうそうさん。そして、董卓。


 どの諸侯も名門や名声といった何かしらの武器があり、民衆は彼らの元に集まる。


 しかし、関羽はどの諸侯にも属さず、劉備に仕官する道を選んだ。

 関羽のような英傑であればどこでも仕官することができるはずだ。


「ようやくお前にもわかるようになってきたか。たしかに劉備には人を惹きつける何かがある。だが、それ以上に劉備には心の奥底から感じ取れない何かがある」


「まだまだ大陸には俺の知らない武将がいる。これだから戦いはやめられない」


 強さを求める曹和にとって連合軍に参加した収穫は少なからずあった。


 呂布が撤退した翌日から虎牢関ころうかんはまさに猛攻を浴びていた。

 いたるところに梯子はしご雲梯うんていが城壁にかかり、続々と連合軍兵士が登っている。

  

 董卓軍はなんとかして梯子はしご雲梯うんていを破壊しようとするが、上手く壊せずにいた。

 

 連合軍の猛攻になんとか踏みとどまっている董卓軍であるが連夜の攻城戦に兵士の疲労にも限界が訪れつつあった。

 

 芳しくない戦況に洛陽にいる董卓の元に報告がひっきりなしに届く。


虎牢関ころうかんの戦況はあまりよくないか」


「連合軍の連日連夜による猛攻をなんとか耐え忍んでおります」


「連合軍め、勢いづいたか。虎牢関ころうかんはいつまでもつ?」


「すでに二万の軍が虎牢関ころうかんに向かっております。再びこの呂布に虎牢関ころうかんの指揮を任せれば、落ちることはありえません」


 呂布は董卓の問いに自分が指揮すれば虎牢関ころうかんが落ちることはないと言い切る。

 それだけの自信が呂布にはあった。

 

 「奉先はこの洛陽から離れてはならぬ。虎牢関ころうかんには李傕らを向かわせる」


 董卓は呂布の進言を即座に退ける。

 

 董卓は『残虐非道の人間』と言われているが、臆病で人を信用することができない人間なだけだ。

 臆病故に自分の保身を守るため、敵対する勢力を一網打尽にした結果、反董卓連合軍という連合軍までを結成してしまうような事態までに発展してしまった。


 そんな董卓が一度ならず二度までも呂布を虎牢関ころうかんに派遣するはずがない。

 むしろ董卓は呂布という最強の武人を常に手元に置いておくことで、安心感を得ていた。

  

 やむを得ず虎牢関ころうかんに呂布を向かわせたが、呂布が出陣をした報告を聞くとすぐに洛陽に戻ってくるように命令を出していた。

 天下無双の呂布が負けるはずがないと分かっていても、呂布に万が一が起きることを董卓は恐れていたのだ。


 それほどまでに呂布の存在は董卓の中で日に日に重要性が増していたのである。


「では虎牢関ころうかんはこのまま守り続けるおつもりで?」


「李傕らを送るのは時間を稼ぐためだ」


「時間を稼ぐ?」


「そうだ。儂はここのところずっと考えていた。本来、洛陽は守るには不利な土地だ。洛陽を守り続けても小競り合いが起きるだけで、連合軍からの脅威がなくなるわけではない。それならば、守りにくい土地から守りやすい土地に移った方がよいではないかと」


「……それは洛陽を捨てるということでしょうか」


「捨てるのではない、遷都するのだ。洛陽では帝の御心が休まれない。帝のために遷都するのだ」


さすがの呂布でも董卓の言葉に息を飲み込む。


洛陽を遷都するということは、漢の首都を放棄するということだ。


「どこへ遷都なさるのですか?」


「本拠地の涼州に近い長安だ。長安ならば、完全に儂の支配領域に入っている。連合軍も長安には近づけないだろう」


「長安……。ですが、あそこ最早廃墟同然で人が住めるようなところではないはず」


「廃墟ならばまた作ればよいではないか。儂ではなく帝が遷都なさるのだ、誰にも文句は言わせん」


「帝のために遷都すると?」


「そうだ。やつらは何の為に洛陽を攻めてきているかわかるか?逆賊董卓より帝をお救いするためだ。その帝が遷都するのだ。連合軍の大義も目標も何もかもなくなり、勝手に連合軍は崩壊するはずだ」


董卓らしい言葉に呂布は苦笑いする。


それでこそ自分が認めた主人ではないかと。


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