華雄死すとも董卓動じず
静まり返った軍議が終わる。
諸侯が退出していく。
曹操は自軍の陣営へと戻る。
「華雄には誰が?」
陣営に戻った曹操を出迎えたのは曹和だった。
「華雄には劉備があたることになった」
「劉備……黄巾の乱で義勇軍を率いていた大耳の男ですか。連合軍にも参加していたとは……」
「今は公孫瓉元で客将をしているそうだ。劉備が発言したことに公孫瓉は驚いていたようだったがな」
「兄者は劉備の独断だとお考えですか?」
「あの男は誰かの下につくような器ではないだろう」
曹操は黄巾の乱以来、数年ぶりに劉備を見たが数年前よりも増して不思議な雰囲気が漂っていた。
「兄者はひどく劉備を買っているようですが、劉備はなぜ名乗り出たのでしょうか?」
「劉備の元には関羽・張飛の二人の猛将もいるがそれだけではない。劉備にも人の上に立つ器を持っていると感じる」
「人の上に立つ器……。つまりは乱世を制する器ということですか?」
「そうかもしれないが、まだわからない。劉備の力は計り知れない……」
曹和には劉備がそこまでの評価に値する人物とは到底思えなかった。
曹操が考え込んでいるのでじっと待つ。
「華雄が相手となると関羽・張飛が必ず出てくる。子元も劉備軍の戦いぶりを見ておけ」
曹操は曹和に命令すると、本陣に引き下がっていく。
「兄者がそこまで言うなら劉備軍を見てみるか」
大した興味を持っていなかったが、曹操に命令されたならば仕方がない。
曹和は馬に跨ると、連合軍の前線に馬を走らせる。
前線では華雄が相変わらず大声を叫びながら、連合軍を罵倒していた。
「連合には腰抜けしかいないのか!」
華雄は馬上から連合軍の動きを観察する。
中央が道を作るようにして空く。
連合軍の中央から五百の軍勢が堅陣を組みながら華雄にむかっていく。
盾を構えた歩兵の後ろには二本の剣を両手に持った劉備が軍を指揮している。
劉備の両翼には青龍偃月刀を構えている関羽と蛇矛を振り回している張飛がいる。
「あれが劉備軍か……」
曹和は劉備軍を間近で見るために馬を飛ばしてきた。
華雄は出てきた軍勢に違和感を感じながらも、陣形を組ませる。
華雄軍が動きを見せるとすかさず劉備軍を後援するために孫堅軍も動きはじめる。
中央に劉備軍、その背後には大軍を擁している孫堅軍が控えている。
華雄の眼には劉備軍は眼中になかった。
華雄には本命が孫堅軍、囮として劉備軍が動いているように映っていた。
華雄は軍を歩兵を二つに分けると孫堅軍を両翼から挟撃し、中央から騎馬隊で孫堅軍に突撃した。
中央にいる劉備軍の元に騎馬隊が勢いよく突撃する。
「関羽」
劉備は華雄の騎馬隊にも微動だにせず、関羽の名前を呼ぶ。
関羽は劉備の声に合わせるようにして前に馬を走らせる。
正面からぶつかった。
劉備は二本の剣で一、二人と斬りながら前へ進む。
関羽が青龍偃月刀を一振りすれば、四、五人が弾き飛ばされ倒れる。
張飛も関羽に負けじと蛇矛を片手に暴れる。
「劉備軍の劉備はここだ」
劉備は剣を振るいながら、肚の底から叫び声をあげる。
敵に居場所を教える。
前へ前へと敵を薙ぎ倒しながら劉備軍は進んでいく。
関羽の視界が華雄をとらえた。
一直線に華雄めがけて馬を駆ける。
「劉備軍配下、関羽雲長」
駆けながら関羽は名を口にする。
華雄は振り返る。
関羽の行く手には誰もいない。
「董卓軍配下、華雄だ!」
華雄は馬の腹を蹴ると剣を構えながら関羽を迎え撃つ。
関羽は青龍偃月刀を構えずにただひたすら馬が駆ける。
勝負は一瞬。
華雄は肌で感じた。
自分にむかってくる関羽の尋常ではない威圧感を。
それでも華雄は関羽とすれ違う。
関羽はすれ違い様に一振りする。
華雄の体が馬から倒れる。
「華雄の首は関羽雲長がいただいた」
青龍偃月刀の先には華雄の首が突き刺さっている。
関羽は全軍に見せつけるように華雄の首を高々と掲げる。
「劉備軍が華雄を討ち取ったぞ」
戦場に華雄討死の知らせが伝染する。
敵は動揺し、味方は歓喜する。
背後にいる孫堅軍からは戦場全体に響き渡るようなほどの歓声が聞こえてくる。
「華雄なぞ相手にならなかったか……。だが、華雄を一瞬で倒すとは恐れ入った」
曹和は関羽が華雄の首を掲げている光景を眺める。
「そろそろ出てくる頃合いだろ、呂布」
曹和は終わった戦いには興味ないと言わんばかりに、馬を引き返す。
「いつでも出てこいよ、相手になってやる」
曹和の瞳はまるで獲物を狙った野獣のようにぎらつき、気持ちは高ぶっていた。
連合軍は華雄を討ち取ったことによって一気に攻勢に出た。
董卓軍が態勢を立て直す時間を与えることなく日夜に及んで汜水関を攻め続けた。
兵を交代で攻め続けること五日。
董卓軍は連合軍の攻撃に対して防戦一方だったが、奇しくも汜水関を突破できずにいた。
大軍を生かした有利な戦いを進めていた連合軍に知らせが入る。
「董卓が十万を率いて虎牢関に入り、汜水関にも五万がむかっております」
知らせを受け、すぐに軍議が開かれた。
軍議は速やかに決定がなされた。
連合軍を二つに分け、半分が汜水関に、もう半分を虎牢関に増援を送ることとなった。
曹操軍は董卓のいる虎牢関にむかうことになった。
「ようやく董卓自ら動いたか」
曹操は虎牢関の増援に志願した。
董卓自身が出てくるのだ。
あわよくば董卓の首を狙いたいと考えていた。
「董卓も洛陽を落とされることだけは避けなければなりません。華雄が討たれて危機感を抱いたのでしょう」
夏候惇が温和な口調で言う。
「それもそうだが、董卓が汜水関ではなく虎牢関に大軍を差し向けたことも気になるな」
「汜水関には五万。虎牢関には十万。洛陽にも五万」
夏候惇は間者を放って知りえた情報を続ける。
「董卓軍は全軍で約二十万。連合軍は董卓軍よりも兵の数こそ上回っていますが、董卓は洛陽を擁しております。連合軍も一枚岩ではないないため、戦力的には拮抗しています」
「董卓軍だけで二十万」
この大陸に二十万を擁している諸侯はいるだろうか。
「四世三公」と呼ばれ、大陸屈指の名門である袁紹でさえ五万を超えるほどだ。
董卓は一人で二十万を擁している。
対する曹操は五千。
曹操は董卓がどれだけの強敵なのか身に染みて感じる。
「強敵だな。董卓に勝つのがいかに難しいことか肌で感じる」
「また、洛陽に忍び込ませている間者によると洛陽周辺の警護が厳重になっているようで、一部の軍は長安にむかったとの報告も」
「なぜ一部の軍が長安にむかっているのだ」
曹操は董卓の本当の狙いが読めずにいた。
「本拠地の涼州から新たに増援を募るためでは?詳しく調べさせます」
「そうしてくれ」
曹操は夏候惇が去ってからも、どうしても長安のことが頭から離れない。
夏候惇が言ったように本拠地である涼州から軍を増強させようとしているかもしれない。
だが、董卓には二十万の大軍がいるにもかかわらず、わざわざ増援を募る必要があるのか。
曹操がいくら考えても頭から一向に消えない。
考えている最中に陣幕の外から声がかけられる。
「お呼びでしょうか、兄者」
「入れ」
曹操は夏候惇が去ったあと曹和を呼び出していた。
「虎牢関で董卓の首を狙いたいのだが、董卓の周りは厳重だ。とてもではないが暗殺はできない」
「警護も厳重ですが、たとえ董卓が虎牢関から出てきたとしても董卓には近づくこともできないでしょう」
「近づくこともできない……。どういうことだ」
曹操は真剣な表情になる。
「董卓の近くに呂布がいる限り何人が束になっても近づけるかどうか。呂布を見たら兄者も戦わずに逃げた方がいい」
「戦わずにして逃げるだと。その意味がどういうことかわかって言ってるんだよな」
冷静だった声が怒りに満ちた声に変わる。
「呂布奉先という男はそれほどまでに危険な武将であり武人です。それも華雄とは比較にならないくらいなほど」
曹和は曹操の怒りを買ってまで、呂布がどれほどの危険な人物なのか話す。
「正直、呂布との一騎打ちをしたときは死を覚悟するほどでした」
「呂布と一騎打ちをしたことがあるのか?」
「一度だけ。あれからどれほど強くなっているのか同じ武人として知りたいとも思いますが、それだけに呂布だけには気をつけた方がよろしいかと」
曹和の話を聞き、曹操は考える素振りを見せる。
曹和が死を覚悟するほどの武人である呂布という男。
曹和もまた危険な武人に変わりはないが、呂布は曹和以上の武人かもしれないという事実。
考えたくもなかった。
曹操から見て、連合軍にも強い武人はいるが曹和とは比較にならない。
それこそ劉備の元にいる関羽・張飛も別格だが、曹和も別格である。
「お前ほどの武人が言うのだ、信じないわけにもいかないな。呂布には気をつけよう」
「呂布は常に頭に赤い頭巾を巻いています。ですが、呂布を見たら誰に止められようとも俺は一騎打ちしてしまいます」
「誰もお前を止めることはできないだろ」
曹操の言葉にまさしくといった表情でうっすら笑みを浮かべる。
「連合は明日から虎牢関を攻めますが、応戦してくるのは間違いなく呂布です」
「われらは連合の後方だ。いくらお前が呂布と一騎打ちを望んでも、先駆けするのは許さない」
「承知しております」
曹和はしぶしぶ納得した様子で陣幕から出ていく。
「子元が恐れるほどの武人、呂布奉先」
曹操は誰もいなくなった陣幕でひっそりと呟く。
両者は明日以降の戦いに胸を踊らせる。
次回の更新日は8月25日になります。
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