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緒戦

ようやく少しだけ戦闘がはじまった……。

 孫堅軍二万五千を側面から支援するために、進軍している曹操軍。


 孫堅軍はすでに汜水関しすいかんまで五十里(二十キロ)である。


「孫堅軍の全体の動きはしっかりしているな……」


 曹操は馬上から自軍よりも前方にいる孫堅軍を指さしながら曹和に話しかける。


「孫堅と会ったことはあるか?」


「数年前に荊州を旅した時に何度か会ったことがあります」


「孫堅の印象はどうだった?」


「とにかく野心に満ち溢れた男でした。しかし、ただ野心に満ち溢れているだけではなく、情勢や状況を冷静に見極める判断力も持っています。また、しっかりと孫堅を配下の者が支えております」


「野心家か……。孫堅配下では誰を注意すればよい?」


「孫堅配下の黄蓋こうがい韓当かんとう程普ていふ祖茂そもが実質的な孫堅軍の中核を担っております。最も注意すべき人物は孫賁そんふん孫河そんかを注意すべきかと……」


 曹操は聞いたことがない人物の名前に関心をそそられる。


黄蓋こうがい韓当かんとう程普ていふ祖茂そもは知っているが、孫賁そんふん孫河そんかは聞いたことがないな……」


「二人とも孫堅の一族ですが、孫賁そんふんは若年ながら一族をまとめ、孫堅の信頼も厚いです。また、孫河そんかも孫堅軍ではつねに先鋒を務め、今は近衛兵を指揮していますが、孫堅の腹心の一人です」


「その二人が孫一族の注意人物か……」


「はい」


 曹操は少し考える素振りを見せる。


「反董卓連合軍はただ董卓を討伐するだけに集まった連合軍ではない」


 曹操は曹和に向かって話す。


「どの諸侯が乱世の中で敵として立ち塞がるのかを見極めるために参加したのも事実だ。この曹操の最大の敵となりうるのが孫堅、そして袁紹だ」


「まさしく、兄者の言う通り孫堅のあの野心は脅威となります」


「そのためにも、ここで孫堅のことを少しでも知っておきたい。孫堅軍との距離を常に五里(二キロ)を保ちながらも、些細なことはすぐに報告しろ」


 曹操は鋭い眼差しで孫堅軍を見つめる。


 砂塵を上げながら汜水関しすいかんに近づいていた連合軍の進路を妨げるように、董卓軍が打って出ていた。


 董卓軍は汜水関しすいかんからそれほど遠くない距離で陣形を組んで待ち構えていた。


「伝令、伝令。孫堅軍が董卓軍と衝突!」


 曹操の元に前方から伝令が馬を駆けさせながら、曹操軍に向かって馬上で同じ言葉を繰り返す。


「董卓軍が城外に布陣していたのか……」


 曹和は前方の孫堅軍を見つめながら、董卓軍が城外に布陣していたのかを考える。


 前方の孫堅軍は二万五千の大軍でありながら、一糸乱れぬ見事な陣形を作っている。

 後方から見ていても、互いが互いの連携を取れているように見える。


「ほぅ……見事だな」


 曹和は思わず言葉が漏れてしまった。


「お前が言葉を漏らすとは珍しいな」


「孫堅軍の練度の高さに思わず言葉が漏れてしまいました……。ですが、あれほどの動きができるとは、さすがは孫堅といったとこです」


「そうだな。孫堅軍の動きをもっと近くで見てみようとは思わないか?」


「許可をいただければ、すぐにでも」


 曹操は真っ直ぐすぎる弟に、つい笑ってしまう。

 無意識に本音が出ることところは曹和の良いところではあるが、真っ直ぐすぎるとそれはそれで笑ってしまう。


「お前は何も考えなくて良いな……。孫堅軍は形なりとも連合軍の先鋒だ。先鋒の邪魔をするわけにもいかないが、子元の配下のみでの出撃ならば許可しよう」


「感謝します!」


 曹操から出撃の許可が下りると、すぐさま馬を走らせる。


「さて、我々も少しばかり孫堅軍を支援しなくては」


 曹操は孫堅軍緒戦で敗れることはないと考えながらも、そばに控えていた将校らに指示を出す。


「李交、出陣だ」


 曹和は全速力で黒騎の元まで馬を走らせていた。


 ゆっくりと進んでいた後方を進んでいた黒騎。

 前方から曹和が馬で駆けているのを確認すると、即座に出陣準備を開始していた。


「敵はいかほどですか」


 李交は曹和の横に馬を並べながら、曹和に聞く。


「敵は董卓軍、数は不明だが、すでに先鋒の孫堅軍がぶつかっている」


「いつでも出陣できます」


「よし!」


 黒騎の迅速な行動によって、黒騎は曹和の号令一言で出陣が可能である。


 曹和は黒騎一人一人の顔を確認しながら、先頭に立つ。


「出陣する!」


 曹和の一言によって黒騎が一体となって動き始める。


 曹和が黒騎にいない間、李交によって黒騎は再編されていた。

 黄巾の乱後、徐々に数を増やし、黒騎全体の数は二百に達していた。


 李交もただ数だけを増やしたわけではなく、それに伴って黒騎全体の練度は黄巾の乱以前よりも高まった。

 高まったというよりも李交が高めたと言った方が正しいかもしれない。


 曹和がいないから黒騎が弱体化したなど言われれば李交にとっては屈辱以外の何物でもない。


 曹和は曹操軍の調練以外でも黒騎の調練も行ったが、予想を超える動きを見せたことに感心していた。


 馬上から先鋒が戦っている光景を目にする。

 孫堅軍と黒騎の距離は約二里(八百メートル)。


 曹和はさらに馬の腹を蹴り、駆ける。


「李交、二方向から側面に回り込む。俺が右側面から、お前は左側面からやれ」


 二百の黒騎を百ずつに分けると、片方を李交に任せた。

 李交ならば、失敗することはないだろうという曹和の判断だった。


 曹和にとって五年ぶりになる本格的な戦になる。

 五年前よりも強く、そして大きく飛躍するためにもここでさらなる実績を作らなければならない。


 逸る気持ちを抑え込み、剣を抜き放った。


 右側面から董卓軍に突っこんだ。


 両軍すでに乱戦状態になっている。

 右側面の董卓軍の隙間を一気に通って、右側面の主力を叩こうとする。


 三人を馬上から斬り落とした。


 剣から伝わってくる戦独特の感触が曹和の心を揺さぶる。


 右側面を攪乱すると、中央にむかって一直線に突っこんでいく。


「敵の大将はどこだ!」


 曹和は無我夢中で叫んでいた。

 ひたすら董卓軍の兵を斬り殺しながら、じわじわと押し始める。


 曹和を先頭に黒騎が通り過ぎた後の戦場には、敵の死体しか残っていない。

 左側面を攻めている李交も同様に、左の戦場を攪乱させる。


 董卓軍は全軍が漆黒に統一されている部隊を見るや否や、我先と逃げ出す始末である。

 味方である孫堅軍から見ていても、黒騎の異常な突破力と破壊力を目のあたりにすると、黒騎に近づこうとする者は誰一人としていない。


 曹和は何も考えることなく敵の大将を探していた。

 すると、後方から勝鬨の声に近い大きな声が戦場全体に響く。


「とられたか……」


 曹和は孫堅軍の誰かが大将を討ち取ったと戦場の雰囲気から察した。


 董卓軍の大将を討ち取ったことにより、董卓軍の陣形は大きく崩れ、汜水関しすいかんに向かって潰走をはじめた。


 敵が潰走をはじめたことによって片手を上げて、動きを止めた。


「兄者に伝令だ。緒戦は勝った、判断を仰ぐと」


 曹和はそばに控えていた数人の伝令を曹操軍に走らせる。


「寒気がするほどの騎馬隊ですな」


 伝令と入れ替わるように見知った顔が曹和のそばにいた。


「これはこれは程普殿……」


 曹和はすぐさま馬を下りようとする。


「そのままで。援軍感謝します、曹和殿」


 程普は慌てて曹和が馬から降りようとするのを止める。


「援軍などとんでもない。孫堅殿の戦の邪魔をしてしまった、申し訳ない」


「邪魔などとんでもない。曹和殿おかげで我が軍の損害も軽くなりました。いかがかな?この後、久しぶりに主に会ってはいただけないだろうか?」


「孫堅殿の配慮に感謝します」


「では、参りましょう」


 曹和は黒騎の指揮を合流した李交に任せると、わずかな黒騎を率いて程普の後についていく。


 曹和は荊州を旅した時に、孫堅の招きによって短い期間だったが、程普には世話になったことがあった。


 程普の日に焼けた浅黒い肌には今の戦いで負ったと思われる切り傷が幾つかある。


 曹和は敵の大将の首を取ったのは程普であると直感した。


「孫堅殿の軍はお強い。董卓軍相手に一歩も引けをとらなかった」


「董卓軍でも、先ほどの敵は本隊ではなかったようですが」


「戦において何よりも大事なのは緒戦を勝つことです、程普殿。それを孫堅殿はわかっていて、董卓はわかっていなかった」


「緒戦は勝ちましたが、次の戦いが本当の緒戦だと主は言っております」


「次の戦い……。微力ながら力にならせていただきます」


「それは何よりも心強い!」


 程普は曹和と黒騎がいるだけで戦場の空気と戦況がまるで違うと考えていた。

 曹和からの提案に断る理由が見つからない。


 孫堅軍の後方までいくと、簡素な本陣が立っていた。

 ひっきりなしに本陣を人が出入りしていた。


「主は中でお待ちです」


 程普の一言によって曹和は孫堅のいる本陣へと足を踏み入れた。



しばらく一か月の更新を取り戻すためにできるだけ毎日投稿をしてみたいと思います。

是非、感想もよろしくお願いします。

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