一騎打ち
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申し訳ありません。
曹和は故郷の館にて曹純と再会を果たした。
曹和は曹純がまだ幼い頃から実の弟のように可愛がっていた。
曹純もまた曹和を実の兄のように慕い、曹和のことを尊敬していた。
曹純は曹和の従兄に当たり、曹純の祖父は曹和の養祖父の曹騰の兄である。
曹純は曹和と同じ曹一族であり、曹和にとっては信頼できる一族の弟のような存在だった。
「まさか、お前がここにいるとは驚いた……」
互いに再会を果たし、曹和は曹純に話す。
「子元が故郷に帰ってくると聞いたからな……。ここで待っていた……」
「案の定、この館に姿を現したということか……」
「そういうことだ」
曹和の行動を読み取っていた曹純は笑みを浮かべる。
「それにしても、かなり成長したな」
「子元とは最後に会ったのは六年前くらいだからな……。嫌でも成長するもんだ」
「6年前……。そんなに経っているのか」
曹和が曹純を最後に見たのはまだ曹純が十三歳のときだった。
十三歳と言えば、まだ体は成長していない。
曹純は毎日のように曹和に武の稽古をつけてもらおうと、必死に曹和に頼み込んでいた。
そして、毎回の如く返り討ちにされた。
曹純は返り討ちにされても、めげなかった。
「ということは子和も二十歳か……。今は何をやっているんだ?」
曹和は曹純の顔を見ながら、問う。
「今は曹操様の元で色々教わっている」
「何、兄者に仕えているのか?」
「そうだな、曹操様に仕えているという形になるな……」
曹和はいつの間にか曹純が曹操に仕えていることに驚きの表情を見せる。
曹和は驚きの表情を見せながら、曹純に詰め寄る。
「子和に聞きたいことがある……。館が空だったのだが、何か知らないか?」
曹和は故郷の館に帰ってきたとき、館が空だったことに一瞬絶望に陥った。
館にはてっきり曹操がいるのだとばかり思っていたからである。
「知らないのか?曹操様は今、陳留郡己吾におられる」
「陳留郡……。もしかして、噂は本当だったのか?」
「どういう噂かはわからないが、おそらく本当だろう。曹操様は挙兵に向けて、兵を募っている」
「そうか……」
曹和は曹操の居場所がわかって安心したのか、その場に座り込んだ。
曹純も曹操と曹和がどれほどの絆で結ばれているのか、幼い頃近くで見ていた。
絶対に他人には踏み入れさせない、踏み入ることが不可能と言っても過言ではないほどの絆で二人は結ばれている。
曹純の胸の内は、いつか自分も曹操に認められ、曹和に認められたいという思いがあった。
曹純にとって、いつになるかわからない目標だ。
だが、認められるためにはどんなこともいとわない覚悟があった。
「李交が兄者が命からがらと言っていたのは噂が本当だったからか……」
曹和は故郷に戻ってくるまでに各地で洛陽で起きた出来事を噂で聞いていた。
黄巾の乱後も、朝廷は宦官が権力を握っていた。
宦官の中でも十常侍と呼ばれる十人の宦官は絶大な権威を振るっていた。
十常侍の中でも特に、張譲と趙忠の権勢は大きかった。
張譲と趙忠は霊帝に寵愛され、霊帝に「わが父、わが母」とまで呼ばれるほどの寵愛を受けていた。
十常侍を排除しようと、大将軍何進は諸侯に向けて上洛の檄文を飛ばした。
何進は霊帝の皇后の何皇后の兄である。
元々は肉屋を営んでいたが、妹の何氏が霊帝の貴人となったため、朝廷に採り立てられた。
やがて何氏が皇后になったため、何進は大将軍となった。
上洛を呼びかけた何進だったが、十常侍に先手を取られ、殺された。
何進は殺されるも、何進の上洛の檄文に呼応した袁術・袁紹は宮殿に押し込み、宦官を皆殺しにした。
袁術・袁紹は宦官を皆殺しにしたが、張譲と趙忠は少帝と陳留王劉協を連れて、宮殿を逃げ出した。
これを袁術・袁紹は追撃した。
張譲と趙忠は逃げ延びることは不可能と悟り、川に身を投げ出し自殺した。
涼州より何進の檄文に反応した董卓が少帝と陳留王劉協を保護すると、洛陽に上洛した。
董卓は洛陽にいた軍をいち早く掌握すると、朝廷をも牛耳った。
董卓は洛陽で残虐・暴虐を繰り返し、洛陽を恐怖に陥れた。
董卓は曹操を高く評価し、軍を任せようとしたが、曹操はそれを拒否し、洛陽から脱出した。
曹和は噂で洛陽の宦官の皆殺しや董卓の暴虐を耳にしていた。
曹和にとっても宦官の皆殺しは宦官の家系として、少し目をつむりたくなるほどの衝撃を受けた。
曹操が洛陽から脱出したことは聞き及んでいた。
「曹操様は挙兵のために、私財を投じて兵を募っている。だから、館はもちろんのことだが、今までの私財はほとんど残っていない……」
「なるほど……」
曹和はようやく館が空になっていた訳を聞き、納得した。
曹操が挙兵のために投じた私財のほとんどは養祖父曹騰が残した私財である。
「では、もうここには用はない……。兄者のいるところに向かうとしよう」
曹和が故郷に帰ってきたのは曹操がいると思ったからである。
曹操のいない故郷には、すでに用はなかった。
「待ってもらいたい」
曹純が曹和を引き留める。
「どうした?一刻も早く、兄者のいるところに向かいたいのだが……」
「曹操様の元に行く前に、子元……一騎打ちをしてほしい」
曹純は真剣な表情で曹和に一騎打ちを申し込む。
「……一騎打ち?なぜ子和と一騎打ちをしなければならない?」
「俺があれからどれほど成長したのかを知ってもらいたい……」
「ほぅ……」
曹和は曹純の一切の曇りのない瞳を見て感心する。
曹和は曹純がどれほど成長したか知らない。
曹純も曹和がどれほど成長しているか知らない。
ただ、曹和に関してはすでに黄巾の乱で波才を討ち取った実績がある。
曹和は波才を討ち取ったことには、何の興味もなかった。
興味のない本人とは別に、曹和の功績は人々が口を揃えて言う。
「強い」と。
曹純は黄巾の乱が起きたときは、まだ十五歳だった。
十五歳では当たり前だが、戦に出られるわけがない。
曹純は曹和が黄巾の乱で活躍するたびに、心から喜ぶと同時に嫉妬していた。
曹純は嫉妬する自分が嫌いで仕方がなかった。
嫉妬は人の醜い部分を晒し出す。
曹純は曹和に一歩でも近づくために、学問を修め、稽古も怠らなかった。
それは、曹和に認めてもらうだけがために。
そして、曹純は曹和が故郷に帰ってくると話を耳にした。
当初は曹操自ら曹和を迎えるために、わざわざ故郷に戻ろうとしていた。
それを、曹純は自分が迎えにいくと告げた。
実際に曹操は挙兵のために多忙を極めており、曹操が離れるのは好ましくなかった。
そこで曹操は、曹純を曹和の迎えに寄越した。
曹純の本当の狙いは、曹和と感動の再会を果たすわけでもなく、曹操がいる場所まで案内するわけでもない。
本当の狙いは、曹和と一騎打ちをし、曹和に自分の力を見せるためだけにあった。
曹和は曹純をじっと見つめる。
微動だにしない曹純の瞳を見ると、曹和は口を開く。
「いいだろう……。ただし、一回きりだ」
「ありがたい」
「ここは一騎打ちするには狭すぎるな……。館の庭に向かおう。あそこだったら、十分な広さがある」
曹和は一騎打ちをするために館の庭に向かう。
曹純も無言で曹和の後を歩く。
一騎打ちを行う館の庭は、十分な広さがあった。
誰にも邪魔されず、男と男の本気の一騎打ちには最適な場所だ。
曹和は曹純が一騎打ちをしてほしいと告げたとき、驚きもしなかった。
曹純が自分を目標にしているということを何となくだったが感じていた。
遅かれ早かれ、曹純と一騎打ちをすることは予想していた。
「子和……最初から本気で来いよ……」
庭に着くなり、曹純に声をかける。
敵を威嚇させるような低い声だ。
曹純の体からは無数の冷汗が出るが、動じない。
互いが一定の距離に離れると、二人とも剣を抜く。
庭に静かな風が流れると同時に曹和が動く。
ゆっくりと距離を詰めるのではなく、一気に距離を詰める。
一瞬にして曹和と曹純の距離は縮まる。
曹純は曽和が距離を詰めてきても、焦る様子を見せない。
曹和には曹純に対して手加減をするという思考は存在しなかった。
一騎打ちは命を懸けた勝負。
たとえ、手合せの形の一騎打ちだとしてでもだ。
一騎打ちで手加減することは、武人の誇りに傷をつけることを意味するからである。
曹和は両腕で剣を左右に斬る。
曹純はなんなく曹和の鋭く力強い剣を受け流す。
小細工なしの強力な一太刀は曹純にとって懐かしい感触だった。
曹和の一太刀はとにかく重い。
たった一太刀で腕が痺れてしまうほどの威力だ。
曹純は曹和の重い一太刀を腕だけではなく受け止めるのではなく、体全体で受け止めることによって、威力を分散させている。
鮮やかな剣の受け流しで曹和の攻撃を掻い潜る。
曹和は久しぶりに高揚した。
武人としての血が騒ぐ。
あのときぶりだろうか。
でも、まだ足りない。
曹和は無意識の内に曹純に攻撃を繰り返す。
剣と剣がぶつかり合う激しい音が庭に響く。
曹純も攻撃を受け流すだけではなく、曹和の一太刀を力で正面から受け止める。
曹和に限らず、剣を受け止めると一瞬の隙が生まれる。
曹純は一瞬の隙を見逃さず、攻撃の手が緩くなれば、自分から攻撃を仕掛ける。
すでに二十合以上の打ち合いをしているにも関わらず、互いに譲らない状況が続いている。
「いいぞ、もっと本気で来い!」
曹和は曹純を挑発する言葉を言う。
「本気で行くぞ!」
曹純は荒い息をしながら、言葉を返す。
曹純の表情がだんだんと苦しくなってきている。
対して曹和は呼吸が多少乱れているが、曹純ほどの荒い息はしていない。
相変わらず曹和の強力な一太刀は健在だが、曹純はすでに防御するだけで手がいっぱいである。
とてもではないが、攻撃に転ずる体力は残っていない。
「どうした!呼吸が乱れてきているぞ!」
曹和は曹純が限界に近いと悟ると、一気に勝負を仕掛けていく。
全身の力を一太刀に集中させると、真上から斬りかかる。
左右交互に振っていた剣の軌道が、急に真上からの軌道に変わる。
曹純の消耗した体は反応することができず、ついに勝負は決する。
「ここまでだな……」
曹和は真上から斬りかかっていた剣を曹純の頭の付近ぎりぎりで止める。
曹純は地面に体を放り投げると、大の字の形になる。
曹純の目からは涙が溢れていた。
声も発さずに、涙を流す曹純はただ泣いていた。
曹和は振り返ることなく、一言だけ言う。
「強くなったな……」
曹純と曹和は、剣で語り合う。
次回の投稿予定は7月20日です。




