帰還
悩みに悩んだ末、オリジナル編は外伝のような形にすることに決めました。
この話からは反董卓連合軍編です。
曹和が大陸を旅し始めてから五年が経とうとしていた。
当初の予定であった二・三年からさらに二年増え、五年という長い年月の間、曹和は時間がるある限り各地を旅した。
黄巾の乱が勃発してから五年、大陸の情勢は変化していた。
「ようやく、帰ってきたか……」
曹和は数年ぶりの生まれ故郷に戻ってきた。
曹和は豫州沛国譙県で生まれ育った。
曹操も曹和と同じ、豫州沛国譙県で生まれている。
久しぶりに見る故郷は、曹和が故郷を出たときの数年前とでは大きく見違えていた。
荒れに荒れていた田畑は、農民の必死の開拓によって、田畑は見違えるように広がっている。
「これが俺の生まれた故郷だったか?」
曹和は見違えた故郷の光景に本当に故郷なのかと疑ってしまう。
それほどまでに歳月が経っていることを自覚させる。
曹和は故郷の見違えた風景に感傷に浸っている。
感傷に浸っていた曹和に一人の男が声をかける。
「どうですか、故郷は?」
数年ぶりの聞き慣れた声。
曹和は声がした方向に振り向く。
「李交ではないか!」
曹和が振り向いた先にいたのは、李交だった。
四年ぶりに見る李交ではあったが、四年前とはあまり変わっていないように見えた。
鍛え抜かれた逞しい体は健在、手足には黄巾の乱の戦いなどで受けた切り傷が無数にある。
唯一変わったところを上げるとするならば、歳を取ったくらいだろう。
「まったく変わっていないじゃないか!もっと老けていたと思っていたぞ!」
李交の姿を見ると、曹和は無邪気な子供のような明るい声を出して、冗談を言う。
「曹和様こそ、歳を取ったようで何よりです……」
今度は、李交が曹和に冗談を言う。
互いに互いを熟知しているからこそ言える冗談の応酬。
親子ほどの歳の開きはないが、それでも曹和と李交の歳はかなり離れている。
五年間という年月は李交にとっても長い年月であった。
主君であり、黒騎の隊長でもある曹和がいなくなったときの、喪失感はわかっていても中々受け入れられることではなかった。
それが、例え生きていると分かっていたとしてもだ。
曹和がいない間、李交が黒騎の実質的な隊長である。
黒騎は常に精鋭でなくてはならない。
曹和がいなくなったから、黒騎が弱体化したとでも言われれば、留守を預かっている意味がない。
李交は生き残った黒騎の調練はもちろん、黒騎の新兵を募集し、新兵の調練や黒馬の調達などやるべきことはいくらでもあった。
いくらでもやることがある中で、李交は己の任務を全うし続けた。
曹和が帰ってくるまでは、何が何でも守り抜くと。
そして、曹和が帰ってきた。
実際、李交は曹和と再会したとき表情こそ変えなかったが、内心では嬉々としながら再会を喜んでいた。
曹和は李交の姿を見て初めて故郷に帰ってきたことを実感していた。
しっかりとした足取りで曹和は歩く。
李交は黙って曹和が引き連れていた馬の手綱を引いた。
「この大陸はいかかでしたか?」
「色々だった……。五年で色々な場所を回り、様々な人とも出会った……」
曹和は懐かしそうな口調で話す。
「黄巾の乱が収束してから五年が経ったが、黄巾の乱で失った傷はまだまだ回復していなかった。それどころか、黄巾の乱以前と何が変わったのか……」
曹和は五年、旅をした。
旅の一番の目的は大陸にいる民を見ること。
黄巾の乱が勃発して何が変わったのか。
朝廷は何をしたのか。
民の生活はどうなったのか。
曹和は旅をしながら、毎日のように同じことを考えていた。
同じようなことを考えに考え抜き、曹和が辿り着いた答えが
『漢王朝、死すべし』
だった。
決して人前で口にしてはならない言葉だが、曹和が辿り着いた答えがそれだった。
曹和は自分が辿り着いた答えを決して他人に言うつもりはなかった。
己の心奥にしまいこみ、生涯を通じて言うことはないであろう言葉。
それだけ、曹和にとって漢王朝が存在しているのかが疑問だったということだった。
「旅の話をする機会はいくらでもある。それよりも兄者が故郷に戻ってきていると聞いたのだが、誠か?」
「誠です」
「そうか……。兄者と会うのも五年ぶりか……」
やはり曹和が旅をしていた五年の間で、最も考えていたことは曹操のことだった。
風の噂で曹操に関することはしばしば耳にしていた。
だが、所詮は噂話。
信憑性もなければ、誰が言ったのかもわからない噂など曹和はあてにしていなかった。
五年前、洛陽で言葉を発さずに別れた以来、曹和は曹操と再会することをいつも夢見ていた。
「元気にしていればよいのだが……」
「曹操様は命からがら故郷に戻って来られております」
一瞬、曹和は聞き捨てならない言葉を李交が言う。
曹和の表情が険しくなる。
「命からがらだと?兄者はどこか悪いのか?」
「ご存じあり――」
李交が理由を告げる前に、曹和は全速力で走りだす。
もちろん、全速力で走っている目的地は生まれ育った館である。
李交は曹和が急に走り出した様子を見ると、笑い声を出す。
「まったく、主君思いの曹和様は何も変わっていないじゃないか……」
五年経っても、何も変わっていなかった曹和。
李交は苦笑いしながら、ゆっくりと曹和の後を追いかける。
全速力で駆けはじめた曹和の視界には、懐かしき館が見えてくる。
何度も見たことのある館が見えてくると、さらに足を速める。
館の前には門があり、門番が立っている。
門番は、懸命に走ってくる人物に警戒を募らせている。
門番が警戒心を募らせている中、曹和は何も考えずに懸命に走っていた。
それこそ遠目から見れば、怪しい人間が全速力で館を襲うための動きにも見えてしまう。
やがて、門番のいる前で曹和は足を止める。
門番は喉をごくりと鳴らしながら、曹和に言う。
「……何者だ?名を名乗れ!」
「曹和と言う。兄に会いに来た」
「曹和……。曹和様ですか!」
「そうだが……」
門番は曹和に対しての警戒心を解き、急に改まったような態度になる。
「曹和様ですか!これは、これは失礼いたしました……。どうぞ、お通りください!」
手のひら返しの門番の横を曹和は通り、門を潜る。
曹和が門を通り、館まで歩いていく様子を門番は目を細めて、見えなくなるまで曹和の姿を眺めていた。
曹和は、背後より視線を感じながら館へと歩く。
門から館まではさほど距離は離れていない。
すぐに館に着く。
故郷の風景は変わっていたが、生まれ育った館の風景は変わっていないように見えた。
館まで走ってきたため曹和の呼吸は乱れている。
館に入る前に乱れた呼吸を整える。
深く息を吸い、館に入る。
「なんだここは……」
曹和を驚かせたのは館の中だった。
いくら館の中を探し回っても家財が一つも見当たらない。
曹和は館の中を探しに探し回ったが曹操の姿もなければ、人の姿もない。
曹和の生まれ育った館には、門番がいるだけであった。
「何もなければ、誰もいないじゃないか……」
期待から一転、絶望に変わった曹和は放心状態になっていた。
そして、先ほど李交が言っていたことを思い出す。
「たしか李交は兄者が命からがら故郷に戻ってきたって言っていたな……。ということは、ここにはもういないってことか?」
曹和が考えに考えていると、背後から人の気配がする。
気配に敏感な曹和は、背後に人がいることに気づく。
足音こそしないものの、人の気配は簡単には消せるものではない。
例えば呼吸の音、床が軋む音など気配を感じさせるものはいくらでもある。
曹和はわずかに聞こえた外の砂利を踏んだ音を聞き逃さなかった。
館の外には門番がいるため、何かあればすぐにわかるはずだ。
だが、門番は騒いでいない。
門番が通したのか、門番が突破されたかの二択になってくる。
曹和は館の外から感じる人の気配を頼りに、館から出ようとする。
館を出るには、正面か裏の扉を開けて出なければならない。
曹和は悩んだ末に、裏の扉から館を出ることにした。
敵か味方かわからないため、腰の剣を手に握りながら裏の扉から外に出る。
「いくか……」
曹和は裏の扉を勢いよく飛び出す。
周りを見渡すが、人の姿も人の気配もない。
では先ほど感じた人の気配は気のせいだったのか。
否、曹和は未だ人がいると確信している。
それは、長年培ってきた経験や勘でもある。
曹和が最も確信しているのが、手に剣を握っているということだ。
手に剣を握っていることは、人が近くにいるという体からの警告である。
曹和は旅の中で何度も襲われそうになった。
特に夜は、寝れそうで寝れないことが多々あった。
それは、人が近くにいると体が教えてくれていたからである。
何度も似たような経験をしている曹和の体は、人間の本能として曹和に告げているのだ。
「出てこいよ」
曹和は低い声で言う。
「気づかれていたか……。この距離で気づかれているようだったら、まだまだか。さすがは、子元だな……」
曹和の声に潔く姿を現す。
姿を現した男は曹和を子元と親しみを込めて言った。
曹和は男の顔を見ても、誰だがまったくわからなかった。
少なくとも敵ではないようだが、警戒は怠らない。
「そんなに警戒するなよ……。もしかして、この顔を忘れたか?」
男は少し残念そうな表情でしょぼくれる。
曹和は男の顔を凝視する。
美男子と言っていいほど、顔が美しく整っている。美しい顔と比例して、体もやや小柄だ。
腕も細く、体も全体的に細いが、雰囲気は一流の武将の風格を醸し出している。
「誰だ……?」
曹和の最後の一言で完全に男は膝を地面につけた。
曹和の違う意味での勝利だ。
「済まない、本当に誰だがわからない……」
曹和は申し訳なさそうに言葉を話す。
「まぁ、仕方ないか……。何年も会っていないからな」
男は思考を切りかえると、名を名乗る。
「俺は姓は曹、名は純、字は子和。子元の従兄だ!思い出したか?」
曹和は曹純と名乗った人物の顔と名前を頭の中で一致させる。
「曹純……。あの、美郎曹純か?」
「そうだ、その美郎曹純だ!」
「思い出したぞ!いつも泣いていた美郎だな。ようやくわかったぞ」
「誰が泣いていたって!」
曹和は曹純とわかると剣を握っていた手を放す。
二人の愉快な声が聞こえてくる。
投稿が遅れて申し訳ありません。
本当は7月6日に投稿予定だったのですが、パソコンが壊れてしまい、データがすべて消えてしまいました。
新しいパソコンを買ったのですが、一から書き直しになってしまったため、遅れてしまいました。
そのため、次回の更新は7月13日になってしまいます。
楽しみにしてくださっていた方、読んでくださっていた方、申し訳ありませんでした。
来週からは週2投稿となります。




