Castle
一希が町で民衆に囲まれている頃、とある城は孤島に聳えていた。城の回りにはいくつかの巨大な建物と、それを取り囲むように城壁が佇み、孤島の回りには荒波が城を囲む城壁のようにうねり、その海域を欲しいままにしていた。
荒波が騒音をたてる野外とは対照的に、城内は静かだった。故に謁見の間を一人の歩く少女の足音はそこに響き渡っていた。彼女は待ちくたびれているようであった。
謁見の間は扉から血で染めたように赤いカーペットが一直線にごてごてとした飾りのついた玉座まで引かれており、玉座は天井に届かんばかりに背が高く、その金の縁に竜や鯨に巨鳥、そして虎となどの勇ましい意匠の紋様が彫られていた。
一方で、歩き回る少女はごく平均的なローティーンの女性の体形で、ゴシックロリータの服装に白いメッシュの入った体長ほどのツインテール、といったこの荘厳な間とはアンバランスな赴きだった。ただ一つ似合う点があるとするなら、彼女の頭に悪魔のような角が生えていることだった。彼女が歩く度に、愛くるしい形のリボンがついたローファーの音が謁見の間に響いた。
カツカツカツ。カツカツカツ。
早いペースで鳴るそれは彼女があまり『ごきげん』では無いことを示してした。
彼女は突然、歩くのをやめた。続けてポケットから懐中時計を取り出し、眉を潜めて見つめると、それを戻して、玉座に腰をおろした。玉座は彼女にとって大きかったために、片方の肘おきしか利用できなかったがそれを気にする節もなく、肘をつき、足を組んだ。気だるげに正面の大きな扉を見つめると少女は言い放った。
「入ってよいぞ!」
扉が開かれ、待機していた女騎士が部屋に入る前に深々と頭を下げた。
「魔王様、ただいま戻りました。」
魔王、と呼ばれた少女は女騎士を見ると先程までとうって代わって明らかに上機嫌になり、笑顔を見せた。
「お前は本当に時間に厳しいな。余は一刻も早くお主に会いたかったのに。そんなところで言わんでよい。まぁ、こっちへ来い。」
女騎士は少女の方へ向かう。玉座の元まで来ると、静かに膝をついた。
「報告させていただきます...」
「そんなもんは良い。それより久しぶりに妾と食事をせぬか。良い食材を仕入れた。」
女騎士の言葉を遮り、少女の魔王は玉座から降り、彼女へ耳打ちして誘いかけた。騎士が困惑していると、少女は続けた。
「実際のところ、久しぶりにお主と二人きりになりたかったところだ。シェフにも既に言ってある。」
更に困惑させられ、若干顔を赤めた彼女の応答を待たずに少女は彼女の手をとって、謁見の間から走り出た。巨大な扉は、手を引かれた騎士が間を出ると自動的に閉じていった。
誰も残っていない間には左右の壁のステンドグラスが光を受けてより美しく振る舞っていた。そのうち1枚はどこまでも暗く蒼い瞳の黒龍と、明るく紅い瞳の白虎が対極的に描かれていた。
突然、白虎が影に覆われた。俄に太陽とステンドグラスの間、謁見の間からみえる中庭に誰かが表れたのだった。
その影はふわりと浮き上がったり、空中で一回転したりと、気まぐれに動いた。暫くして影は動きだし、ステンドグラスを順番こに暗くすることを楽しんだ。
12種類の奇妙な生き物が書かれたステンドグラスの前で影が動きを止めると影は愚痴を漏らしながら短剣を用いたジャグリングを始めた。
「アア、ご自身がワタクシを呼んだというのに、王様ってバ忘れっぽいのだから...」
ジャグリングは失敗に終わり、手の影に短剣の影が重なった。
「思ったより新・勇者は面倒なヤツになりそうだというコトを教えるべきと思ったのになァ...」
影の主は笑顔が描かれたペスト医師のような仮面で顔を覆っていたピエロだった。彼は乱暴に短剣を手から抜き取ると地面に捨てた。地面に落ちたら短剣は一瞬のうちに光となって消えた。
「ライムをからかいに行こうかナ。それとも勇者サマにオ会いした際の名乗りの練習をした方がいいのかナ。うん、練習しよう、アタシは上がり症だったんダ」
彼は早口に呟いて、門から中庭へと続く道の正面、つまりはこちら側をみて深く礼をした。
「ハァィ、希望の勇者様コンニチハ!!今日は絶好の命日ですネ!!」
一息でいい終えるとピエロは不満げに首を振った。これでは味気ないと言わんばかりに。そして今度は声を低くして言った。
「古の文明より歴史古き争いが終焉の時を迎える...貴殿も我もこの悲劇の操り人形に過ぎぬ。さぁ、深紅色の夜の帳を下ろそうじゃないか」
ピエロは手袋の下にさぶいぼが出来たのを感じた。こういうのは自分のキャラでは無いことを知っていた。
「やっぱりやめまショ。第一、名乗りなんて普通でいいじゃないカ、一人でべらヴェラ喋るなんて馬鹿らしいデス。」
ピエロはため息をつくと、消えた。
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