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二人が町へ到着したとき、すでに日が傾き始めていたが、彼らの心は明るく気分は高揚していた。
町でマーは昨晩や道中での戦利品を換金し、ついでに自分の荷物も売っていた。リヤカーで運ばれていた大量の荷物は商品だったようだ。彼女にしばらく町を散歩してて、といわれた一希は言葉に甘え、町を自由見学していた。
彼は夕日が注ぐ石畳の上を歩きつつ辺りを見回す。馬車、吟遊詩人、武器なども並ぶ道具屋。見れば見るほど中世のようなファンタジーの世界。
ふと町の中心に広場を訪れてみると何やら人だかりが出来ているのが見えた。好奇心で一希も人だかりに近づく。群れの後ろの方の一人はどうやら群れの中心を見るのを諦めたようで後ろを振り返った。彼は一希を見つけて叫んだ。
「勇者様だ‼」
その声に人だかりは反応する。
「エッ、本当に勇者様が」
一希は人々の視線を一斉に受けた。彼はぎょっとし、立ち止まって辺りを見渡した。一方で、彼を見た烏合の衆は勝手に喋り始める。
「これでもうヤツに困らせれる日々はおわったな」
「本当だ‼いらっしゃるぞ」
「もう我々の勝利が決まったようなモノだな!」
「助かったぜ」
「やっぱりステキな人ね」
「ヤツを倒す戦士が決まったな」
一希が呆然としていると人だかりを二人の騎士が彼への道を作るように割って向かってきた。その道を小柄な老人が杖をついて一希の前へ出た。人々は勝手気ままに動き喋るが、流石に騎士が居ることで少しばかり落ち着いたようだった。騒ぎが収まった人々の視線は改めて彼らに注がれた。
腰が曲がり一希の半分ほどの背丈だが、顔や歩き方はしっかりしている。長く白い髭を贅沢に蓄え、高位の修道士のような服を纏っていた。一言で言うと長老。護衛が居るところを見ると実際に高位の者なのだろう。老人は咳払いをし、話始めた。
「よくぞ戻られました。勇者様よ。皆貴方の帰還をお待ちしておりました。悪きし龍の討伐、大変お疲れになったことでしょう。」
やっぱり俺は勇者なのか。一希は答えに困った。ところが老人は彼の困惑をよそに話を続けた。
「まぁ、お疲れでしょうから詳しいお話は明日お聞きします。宿は用意されていますか?なければこちらで用意しましょう」
流石にそれはまずい。マーと合流すら出来なくなりかねない。そもそも俺は龍を倒した勇者じゃない。それだけははっきりと伝えねば、と考えた一希は落ち着こうと一つ一つ言葉を紡いで答えを作った。
「ええっと、宿は、あります。それに、俺は、龍を倒した勇者じゃないのです」
老人は笑った。
「またまたご冗談を。」
「あの、ですから、俺は、ええっと」
転生なんてどうやって説明したら良いのか。自分が狂人だと思われずにそれを伝えるいい方法が見つからない。逆に思いきって言ってしまうべきなのか。老人は困り果てた一希の顔を見ると民衆に向かって叫んだ。
「さぁ、勇者様お疲れになったようだ。とにかく君たちはおうちに戻りなさい。詳しいことは後日連絡するよ」
人々は渋々散っていく。文句を言ったりしながら人々が撤退する間にもやはり「ヤツ」の話題を一希は耳にした。倒すのはきっと勇者様だろう、長老さまならそうなさるに違いない、などと。一希はそもそもヤツが何であるかわからないが退治できる自信は決してなかった。魔物であることは確信していたのでなおさらだった。
最後の一人が騎士に追い払われると、長老は一希に声をかけた。
「お疲れ様でしょう。まずはゆっくり我が町で過ごしてください。明日、詳しい話を聞かせてくださいね。私の家は、教会のすぐ近くにありますから」
一希の答えも聞かずに老人が騎士に守られ去っていくと、入れ替わりにマーがやってきた。一人立ちすくむ一希を見てぎょっとしたようだ。急いで彼に駆け寄り声を掛けた。
「えっと、一希大丈夫?」
「うん、なんとか。でも俺死ぬかも...」
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