Way
「そうか。俺は...」
「大丈夫ですか」
「ああ、幸い腕は大丈夫だったし」
一希はマーの手を借り、体勢を直した。苦笑いし、軽く痛む頭を抱えながら、都合よく存在する切り株に腰を下ろす。
「不幸中の幸いでしたね。あら?」
立ち上がった彼女は頭の上の蝸牛を見つけたようだ。一希の頭からそれをつまむと手にのせて彼に見せた。
「見てください。銀色の蝸牛、レア物です!!」
「ほんとだ」
蝸牛をマーから受け取った一希はまじまじと眺めた。その柔軟でしなやかな体は美しい銀色しており、彼は美しさに思わず感嘆した。また、美しさに影響されてか普通の色の殻についた傷が何かの紋章に見えた。流石異世界である。しかし、これは魔物でないのか、と彼が考えていると、マーは突然手を叩いて立ち上がった。
「そうだ。この子、連れて帰りましょう。ダイがきっと喜ぶわ!」
そういうと彼女は例の物体を操る魔法で荷物の山から虫取り篭を取り寄せた。
「ダイ君って、あのさっき話してた弟さん?」
一希は蝸牛をマーに手渡しつつ尋ねた。
「はい。蝸牛、好きなんです。のんびり屋で可愛いって。あ、ありがとうございます。やっぱりダイの事も覚えてないのですね。」
マーは蝸牛を受け取り、篭に入れながら答えた。そして少し考えてから続けた。
「昨晩は魔物のせいでしっかりお話出来なかったのですが、やはり勇者様ではないのですね。勘違いしすみません。」
「いや、構わないよ。勇者だけど勇者じゃないんだ...」
途中で彼は口を紡いだ。説明のしようがなかったのだ。もし転生でないなら...?未だに確信を持てていなかった。
マーは彼の様子に首を傾げつつも同情的だった。彼女は、彼が混乱しているだけだと考えていた。高所からの落下にしては外傷は少なかったが、内部が無事とは言い切れない。その上で不安で必要以上に混乱しているのだろう。彼女はそのような人との会話の経験があった。
「無理しないで話せるようになったら教えてくださいね。」
しばらく一希はリヤカーの上にいたが、痛みが引いた事を理由に台車から降りて歩き始めた。元々腕の痛みだけなのだからそれはある意味では台車に乗る理由にも降りる理由にもならなかった。が、彼は足手まといにならぬよう素直に甘えることにしていた。痛み引いた今なら多少は剣を使えるだろうし、降りても大丈夫と踏んでいた。
「今は一番近いジメハテの町に向かってます。」
マーは歩きながら話した。
「遠方からの旅人は専らその町を拠点にしているのです。その町以北は環境が厳しく町がないものですから。」
「なるほど。」
うっかりリヤカーが当たった木に蜂の巣があり、蜂に追いかけられるなどのアクシデントもあったが、なんとか森を抜けるとそこは草原だった。真上から暖かな日差しが降り注ぎ、遠くには町が見える。森で乗ってしまったのであろう小さな蜂の子がやっとのことでリヤカーから降りて森へ帰ろうとしていた。
一希はその眩しさに目を細めつつも草原を見つめていた。一先ずの達成感でいっぱいだった。
草原は見通しが良く魔物を発見しやすいが、それは同時に発見されやすいことの裏返しでもあった。何度か魔物と交戦し、その度に一希は必死で防戦していた。彼の心はただただ痛い目に会いたくない事と足を引っ張りたくない事で精一杯であった。
「なかなか着かないなぁ」
一希は独り言ちた。見通しが良く町が見える分、なかなか着かないので、町が逃げているように感じた。もどかしさはあるが、魔物がでない限り二人でのんびりと会話をしながら歩いたので、それはそれで悪くないと一希は考えていた。
「そうですね。でもほら、前よりかなり近づいてますよ。」
彼女は旅に慣れているのだろうか。一希自身も体はあまり疲れていなかった。彼はは心や記憶は自分のまま、体力は転生前を引き継ぐ都合の良い転生だと感心した。
「そういえば」
一希は言った。転生に比べてしまうと大きなことではない自覚があったが、口上手でなく、突然戦いに身を投じざるを得ず混乱していた彼にとって気にかかることだった。上手く伝えないと後々気まずい思いを二人ともしてしまう、と何度も考えていた。
「驚きの連続で上手く喋れなくてごめんなさい。しかも俺いきなりタメで話して。」
一希の言葉を聞いたマーは少しくすりと笑い答えた。
「そんなこと!さっき背中を合わせて戦った仲なのに!全然気にしなくて大丈夫だよ!私もさっきから崩れてたし。」
彼女は一希に微笑みかけた。
「じゃあ、私もタメでいい?」
「も、もちろん!!」
「じゃあ、改めてよろしくね。一希くん」
彼女は並んで歩いていたところから少し駆け出し一希の前に立って振り返った。
「よろしく!」
二人は仲良く笑いあう。町はもうすぐそこだった。
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