Little Voyage
海を割るように船は進んでいく。波は裂くように立っては船の進行をものがったっている。日差しは十分すぎるほど差し込み、風も海も穏やかだ。船旅はあまりに順調であった。
一度死んだ冴えない青年の一希、行商で明るい女性のマー、大柄な体とは裏腹に気弱なシンの三人は、この門出を祝うような天候を無論大歓迎していた。
長旅ではないためそれぞれの部屋は無いが、船にはバーやレストランなど多くの施設があった。彼らは昼食までの間、その施設で各々の時間を過ごしていたようだった。
一希は一人、バーでジュースを飲みながら音楽に耳を傾けていた。懐かしさのあるジャズの音楽だ。他の客も同じように耳を傾けている。会話こそ起きないものの、同じ曲に傾聴するというこの絶妙な一体感がとても心地よく感じられていた。曲が終わると、人々も動き、話し出す。さて、自分も仲間と合流しようか、と彼は考えグラスの中のジュースを飲み干した。
「一希さん。」
その時、後ろから声を掛けられ彼は視線をそちらへ向けた。尖った耳が特徴的な美しい女性が笑顔を浮かべて立っている。バーの薄暗い照明が、彼女の黒のハーフアップにうまく当たり、上品に輝いて見える。
「チコ!」
彼が立ち上がると、彼女は彼の手を取って言った。
「お会いできてうれしいです!昨日言えなかったのですが、私も、皆様の旅にご一緒させていただきたいと思いまして。」
意外な言葉に彼は一瞬虚を突かれ答えに困っていた。しかし、彼女は一希の強く握って続ける。
「いきなり言いだしてごめんなさい。困惑されますよね。昨日貴方とお話して、私も冒険に出たいと、思ったのです。そして、貴方に恩返しがしたいって。」
「恩返しなんていいんだよ。それに家族も心配しているだろう?」
「家族とはもう話してあります。それに、お話して思ったのは恩返しただけじゃないのです。」
チコはまっすぐに彼を見つめた。
「あなたの勇敢さに感動したのが一番の理由なんです。私も是非ご一緒して、貴方のようになりたい、と思ったんです。」
じっと見つめる瞳に彼は断り切れず、小さく頷いた。
昼食時、一希は二人にチコを紹介した。二人は彼女を歓迎してくれたので、彼は一安心して食事の席につくことができた。シンは少し照れた様子で、マーは女友達が増えたことを喜んでいるようだった。
「ありがとうございます!」
椅子から立ち上がり深くお辞儀をするチコ。その胸にはペンダントが輝いていた。
「ほら、頭上げて、お昼食べましょう!」
マーは、コップを高く持ち上げた。シンと一希も続き、最後にチコが着席してコップを掲げた。
「新たな門出に乾杯!」
「乾杯!」
その後、彼らはコップを片手に甲板の上で雑談をしていた。天気が良いため、多くの人が甲板に上がって同じように話に花を咲かせているようだった。相も変わらず船はぐんぐん進んでいく。
本当にこの世界に魔物なんているのだろうか。そんな疑問も頭に浮かべながら、一希は甲板の手摺に肘を乗せ、海に背を向けながら、欠伸と大きな伸びをして言った。
「あんなに悩んだのが嘘みたいにな、」
彼の欠伸がうつったのか、シンも口を抑えて小さく欠伸をして返した。
「先が不安になるくらいな順調さ、ですね。」
「おいおい、不吉なことをいうのはやめろよ。」
「はは、ごめんなさい。」
眉を潜めつつも、笑っている彼の肩を軽く一希。チコも小さく欠伸をして地図帳から目線を上げる。マーは伸びをしてから手すりに肘をつき、海のほうを向いて進行方向を指さしていった。
「大丈夫よ、ジューカルミからムーンまで、ほんと近いんだから。てゆうか、もう見えてきてるわ。」
三人は手すりに寄りかかり、口々に喜びの声を上げた。
「魔法王国ムーン!!」
ここまで読んでいただき誠にありがとうございました。
第2章も同様に毎週金曜日に更新していきたいと考えております。
今度ともどうぞよろしくお願いいたします。




