Starting
一希の言葉を聞いて、マーは彼の決意を後押しするように、小さく頷いた。
「一緒に来るって決めたのね。急がせちゃってごめんなさい。」
「大丈夫。俺も、薄々思ってたんだ。早い方がいいんじゃないかって。」
そして、彼女はいまだに悩みを払拭しきれないような彼の顔を見て、励ますように言った。
「ここの人たちは大丈夫よ。それに、私たちも、二度と戻ってこれない訳じゃないんだから。大丈夫、魔物とかもいるけど、この世界の船旅は思ったより危険じゃないわよ!」
「そう、だよな。」
その言葉を聞いて、彼は自らの不安が少し落ち着いたような気がした。未だ彼にとってわからない事が多い世界での旅は、無意識のうちに不安に満ちていたのだった。ある意味で、生まれ落ちたこの大陸から離れるということは、先の見えない長い旅が始まるような、不安感を掻き立てていた。
「世話になった人に挨拶してくるよ。」
「私もしてくるわ。」
さっ、と冷たい風が彼の頬を撫でた。頂点を過ぎた太陽の赤みはわずかに薄れ始めている。夜が始りだ。準備をしなければ。
一希はまず、シンを探していた。彼にとって一緒にこの劇を達成させて人で、一番に伝えるべき人だと考えていた。別の広場で作業していると聞いていたので、そこへ向かった。早く向かえばまだ広場に居るかもしれない。
「シン!」
遠目でみて、広場に彼がいるのが分かったので一希は声を上げた。広場の丸い噴水の背を向けるように備えられた木のベンチに、大きな男が体を丸めて座っていた。
「一希さん!」
彼は立ち上がり、手を振った。一希は駆け足で彼の前に来ると、息を弾ませながら言う。
「あのさ、俺明日、ここ出ることにしたんだ。」
彼はその言葉を受け、ショックや驚きこそあれど、彼の表情からは、「やっぱりこの時がくるのか」という事実を痛感していることが一番に読み取れた。一希は、続ける言葉が口から出ず、目線を軽く下げながら謝ることしかできなくなってしまった。
「ほんと、急になっちゃってごめんな。」
「大丈夫です。」
きっぱりとしたシンの声が帰ってきて、一希は思わず、視線を上げた。その先に見えるのは不安と、それに打ち勝とうとする男の表情だった。
「あの、私も...一緒に行きたいのですが...いいでしょうか。」
「ああ、来てくれて嬉しいよ。」
明日港で合流する旨を約束し、二人は固く握手をした。
一希はその後、お世話になった人に挨拶をして回った。市長たちを訪問した時は、感極まったレオ市長にいきなりハグされたり、宿では挨拶だけでなく明日の早い出発に備え手続きを行ったり、様々なことがあったが、これを通して彼の決意はどんどん固くなっていった。もうすでに次の演劇の下準備をしている劇団や、再建を一緒にした人々のところなど、場所は多岐に渡った。彼は、それだけ沢山の人にお世話になったことを実感していた。
チコに引き留められた際にも、はっきり大丈夫だと答えることができていたのだった。
「大丈夫、必ず帰ってくるから。」
「よ、おかえり。」
大きなリュックサックを持ったタイカが帰宅したシンを出迎えた。
「決めてきたんだろ。大体必要なものは揃っているから、最後にチェックだけしてくれ。」
「ありがとう。」
シンにリュックサックを引き渡すと、彼女はソファに腰を掛けた。船の時刻表の記載された旅の本に目を通す。彼が荷物の最終チェックをする音と、彼女の本をのページをめくる音だけが響く静かな時間が続くなかで、彼女は彼の作業を邪魔しないよう気を付けながら言葉を発した。
「シン。ずっと昔、世界を回りたい、旅をしたいって、言ってたのを覚えてるかい。」
「覚えてませんでした…でも、もしかしたら心か頭の片隅に残っていたのかもしれませんね。」
微笑んで答える彼に、彼女もまた微笑む。二人の間でそれ以上の言葉は不要だった。
翌日の天候も、昨日に続き快晴であった。彼らの門出を祝うようにどこまでも青い空から光が差し込んでいる。最初の船便に乗り込んだ一希とマー、そしてシンはその眩しさに若干目を細目ながら甲板に上がった。そして声のする方へ顔を向け、見送りに来てくれた人々に大きくてを振り、声の限りのお礼で答えた。
船の出港場所には、多くの人々が彼らの門出を応援していた。レオ市長にペッタ夫人、サラと店長、タイカをはじめとした劇団の仲間たち、魔物に襲われていた子供、泊まっていた宿の主…彼らがここで出会った人々はほぼ全員といっても過言でないほど、この場に集まっていた。彼らの声援に答えるように三人は声を振り絞って答えた。
「いってきます!!」
ここまで読んでいただき誠にありがとうございました。
このお話で第一章終了となります。
それに伴い、章を設定させていただきました。
第二章でも新たな土地で一希はまだまだ旅を続けていきますので、
今後も何卒よろしくお願い申し上げます。




