Musical 2
口を閉じ、観客席を目にすると改めて一希に人の視線が刺さる。期待に満ちた人々のそれに答えねば、と彼は息を飲んだ。
俺は物語の主人公センネ。ヒーローだ。悪い竜を倒しにいくんだ。しかもひとりぼっちじゃなくて、一緒に冒険に行く友がいる。今は一希じゃないんだぞ。
そんなふうに言い聞かせ、深呼吸も済ませて、舞台に視線を戻せば、他の役者たちは始まったばかりの劇に入り込み、もはや登場人物となっている。一週間程度の付き合いとはいえ、かなり知った顔が増えてきた。落ち着け自分。きっと中途半端に動くほうが恥ずかしいぞ。
彼は落ち着いて一つ一つの言葉を吐き出すことを続けた。ミュージカル故の歌うような台詞の継ぎ方は、彼のこの世界に落とし込む手助けをしてくれていた。とはいえ、シナリオ上、自分は記憶喪失しているらしいし、その演技は大変難しいものだった。
もう少し劇が進めば、もう一人の主人公を演ずるシンと合流した。彼も相当緊張しているように見えた。次のセリフはタイミングを二人でピッタリ合わせる必要があった。二人は顔を見合わせ頷く。
「自分たちにまかせてきてくれませんか。村を救って見せます!」
このセリフを切れ目に一度舞台は暗転した。物語の語りや竜の演出など観客の目も耳も引くものが続き、少しの間二人の出番は来ない。舞台と客席を間を完全に幕が遮断にした瞬間、彼らは舞台裏に飛び込んだ。
作られた簡易的な休憩用のベンチに座り、一希は声を殺して呟いた。
「死ぬかと思った!」
「竜と戦わないうちにかい?」
一希が声の元を探すと、ベンチの裏に全身を鎧を身に纏った騎士が立っていた。演劇の練習中にもかかわらず、本物の剣術を彼に伝授した女性だった。あの時は大変な苦労をさせられたが、今思えばかなり助けられたものである。最もまだ劇中で戦っていないのだから、魔物退治においてだが。
「あ、タイカ叔母さん」
一希の隣に座っていたシンも、彼女へ視線を送る。彼女は兜を取ると、口角を上げて二人へエールを送った。
「二人とも頑張れよ!こんな言い方もなんだけどね、私は今日君たちに華麗に負けるために練習してきたんだから。」
二人が頷いて答えるのを聞くと、彼女も笑顔で頷き、腰を下ろして彼らに囁いた。
「しかし...最初は代役を立てて劇をやろうっていう話だったのに、無茶ぶりさせるものだよね。うちのリーダーが申し訳ない。」
一希たちは苦笑いしつつも、大丈夫だと旨を伝えると、彼女は改めて彼らに礼を言い、舞台へと消えていった。そちらに耳を傾けると、自分たちの再登場が近づいているのがわかった。
一希は剣を携え、舞台へ舞い戻った。場面は、敵の将軍が味方の騎士団を倒しているときに、一希が演ずる主人公が助っ人に現れるというものだった。全身を鎧で固めたタイカが、その重さを感じさせず踊るように他の騎士役を切り捨てる演技を披露しているところであった。音楽は重々しく鳴り響き、一希が彼女の前に飛び出ると、その重々しさに見合うこえで声で彼女は歌い、語り始めた。
「よく来たな、勇者よ。竜を倒すならば...まずは我を倒してから行くが良い。」
その声を皮切りに、二人は鍔迫り合いをした。一希はその瞬間に彼女が本気でこちらに向かってきているのがわかった。演技だからといって手加減はなし、ということだろうか。
彼は一度飛び退いて距離を取ると、その後の相手の追撃と再び鍔迫り合いになる。剣を持つ手に力を込めると、ついに相手の剣をはじき返した。彼は攻勢を強め、そして最後に、将軍の手から剣を落とした。剣の落ちる音が響き、相手は撤退した。
敵を倒したことで、重い音楽は一気に軽く明るく変わる。シナリオ的にも最後へ続く盛り上がりの瞬間だ。一希演ずるセンネの勇敢さに心を打たれたシンが演ずる友人スーが自らも勇敢さを得て、主人公も記憶を取り戻すシーンでは、観客を感動させんばかりの音楽が流れ、観客はその雰囲気に浸っていた。しかし、二人は彼らのミスごまかしてくれる他の演者がいない中の、歌いながらのセリフを成功させるのに必死であった。
音楽は再び暗く重く地響きのような演出も交じり、いよいよ竜との決戦となった。竜は、巨大な操り人形で、舞台上部から何人かの人が動かしていた。
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