Dawning
「なにやってるのよ。あの草どもめ。」
舌を打った悪魔はすぐに叫んで、槍を振るい、巨大な花の胴体を苛立ったように拳で叩く。敵の注意がこちらから逸れたので、マーは自身と一希の足元に各々の得物をこっそりと移動させる。シンの放った粘着性のある魔力の球は形を変えて魔物の顔にへばりついて離れない。この敵は視界を閉ざされ闇雲に走り回っていた。悪魔の槍が彼らを襲う瞬間に、それを木槌が押しのける。シンは自身の魔法で子供とそれを抱える自分の腕をくっつける。これで激しく動いても子供が振り落とされることはない。
悪魔はすぐに木槌を押し返すと、長い灰色の髪をかき上げ、大きくため息を吐く。彼女の魔法の力が全身からあふれ出し、長髪がふわりと浮き上がった。彼女の輪郭が闇にほのかに光って見える。
「ま、いいわ。私がみんなまとめて相手してあげる。」
一希は再び手元に剣が戻ってきたのを見て、マーのほうを向いた。礼の代わりに彼女と目を合わせて小さく頷くと、怒り狂う巨大な敵へ足を踏み出した。先ほどまで防戦一方であったので、敵の攻撃を避ける方法はずいぶんとなれたものである。
「悪いけど、逆転させてもらうぜ!」
軽い身のこなしで敵の前へ躍り出てて、茎を切りつけるが、その太さと固さに剣が貫けるものではないことがすぐに分かった。蔓が彼を襲う前に剣を抜き、距離を取った。
「まじか...」
ぬるっとした緑の液が彼の武器にこびりつくのを見て、彼は思わず顔をひきつらせる。武器の有無だけで戦況を変えられるわけがないことを痛感したのだ。ちらりと横を見やると、仲間が必死に防いでいた。かなり苛立ちを露わにした悪魔と戦っている。人質を解放したとは言え本気を出した悪魔と戦うのは決して楽な仕事ではない。最初から最前線で敵と戦っていたレオ市長とペッタ夫人の顔色からは激しい疲労がうかがえる。翻ってこちらに目を戻すと、一緒に花と戦える位置にいるのはサラだけだ。
「よし、敵に一杯食わせてやりましょう!」
「え、ええ!」
サラも不安だったのだろうか、彼に声を掛けられたとき、一瞬ひるんだがすぐに笑顔を見せて答えた。こういうときに肝要なのは士気である、という堅苦しい考えではないが、とにかく今は戦意を失うわけにいかない。
すぐに足を踏み出し、剣でもう一度切りつける。この固い敵の身体は貫けぬが、傷はつく。そこへサラが炎の魔法を放った。先ほどよりよく効いたようで、相手は悲鳴に似た怒声を上げた。残った蔓を鞭のように振り回し、二人に襲い掛かる。一希は慣れた動きでこれを避けると、もう一度相手を向かう。サラも避け、反撃しようとした瞬間に、人質をとっていた花の魔物が彼女とぶつかった。
この敵は視界が無いので、誰にぶつかったとも分からずに、また走り去ってゆく。一方でバランスを崩したサラは、はっとして声を上げた。
「一希くん、避けて!」
放たれた魔法が軌道をそれ、彼のほうへ向かう。それをとっさに剣で防いだ。ぶつかった炎は弾けて火の粉となり、彼の剣、そして彼の腕に大量に降りかかった。だが、不思議と熱くない。
「ごめんなさい!」
サラの悲鳴と、謝る声が聞こえる。彼は納得できぬまま、しかし自らの無事を伝えるために声を出す。
「大丈夫だよ。」
そんな彼に敵の蔓がしなり、襲い掛かった。彼は剣の火の粉を払い落せぬまま、剣を振るう。切りつけた瞬間に触感に何らかの異変を感じ、彼はすぐに身を引くと、突然巨大な花が燃え出した。
剣と蔓が接触したところから火の粉が敵へ移ったのだ。そればかりか、火の粉は激しい炎となって敵を包んだ。地響きのような断末魔が聞こえ、巨大な火の柱が天に向かって伸びた。それが激しく輝くと、やがて何も残さず消え去った。そこには大きな敵はおらず、ただ虚空の上に月が輝いていた。
「これって勝ったの?」
一希の質問にサラは首を振って応える。
「...わかりません、でもまだ敵が残っていることは確かです。」
予想外ともいえる勝利を手にした二人だったが、油断している場合ではなかった。自分らがかの巨大な敵との戦いに専念することができたのは、仲間たちが別の敵と戦っていてくれたからだった。彼らはすぐに踵を返し、マーたちの加勢へ向かった。
彼女たちは悪魔に苦戦を強いられていた。巨大な敵と違って敵は小さく、空中に舞えば、攻撃が届きにくくなる。そして、彼女は一方的に空から攻撃することができ、それをはっきりと理解していた。その上で、仲間が倒されたことで苛立ちは怒りに代わっていた。
怒る彼女が空から槍を振るえば激しい旋風が起こり、マーたちを一瞬といえど膝をつかせた。もう一度振るおうとしたときに、火の玉が悪魔の槍にぶつかった。彼女が怪訝そうに目をやると、仲間たちの前に一希とサラが躍り出てきた。
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