Flower 11
サラが次々と放つ炎は、悪魔が槍を一振りするたびに消えてゆく。間を縫ってレオ市長が近づこうとすると、彼女は翼を広げ空に逃げてしまう。マーとペッタ夫人は地面から無限に湧き出す小さな花の魔物を処理することで手一杯だった。巨大な魔物の前に一人立たされた一希は、自分たちを引き離そうとした敵の作戦にまんまと嵌められたことに気づいた。太い蔓の攻撃を避けながら彼は舌打ちをする。気が付いたからといってなんだ。俺には手の打ちようがないじゃないか。
マーは木槌を振るい、敵を薙ぎ払う。それでも、小さな花の魔物たちは無数に湧いてくる。しかも、街に蔓延る花よりもさらに攻撃的だ。夫人は弓を下ろし考えた。一体一体を相手にしていてもキリがなく、弓相手では的が小さすぎる。敵の動きは遅いので、速さで圧倒することができれば、相手しやすいかもしれない。彼女は肘でマーに合図をした。
「あの、マーさん、ちょっとお力添えを。」
「ええ、どうするの?」
「私の魔法は、相方の魔法の強化なんです。貴方の武器を操る速度を上げれば、効率的に魔物を相手できるかもしれません。」
「その話、乗ったわ!」
夫人が彼女の肩に手を乗せると、彼女の目の光が増し、連動するように武器が早く動き出した。小さな敵たちが、どんどん吹き飛ばされてゆく。
一方で、巨大な花の魔物は明らかに一希に怒りを向けていた。蔓を鞭のようにしならせ、毒々しい色の液体を飛ばす。彼は攻撃がさっきよりも荒く、激しくなっていることがすぐに分かった。魔物が彼を睨みつける瞳の中に一筋の傷がはっきりと残っている。ついさっき彼がつけた傷だ。魔物はこの世のものと思えぬ激しい怒りの咆哮を彼に向けて放つ。そのあまりの音に彼は驚いて剣を落とした。急いで剣を拾い体勢をなおすと蔓の攻撃に備えた。
「いい気味!人間って数が減っちゃえば弱いのよね。」
灰色の毛先をくるくると弄びながら悪魔は彼らをあざ笑った。市長の短剣とサラの火球を同時に払うと、彼女は空に向かう。彼らを見下し、口角を裂けんばかりにあげた。彼女はそこから槍を構え、どちらでも好きな方を狙うことができたのだ。マーと夫人を苦しめている花の魔物の様子を見ることもできる。ふと中央舞台から少し離れたところを見ると細い蔓がひょろひょろと高く上がっている。壊れた納屋の残骸に隠れて花は見えない。
「うふふ、あの子たち良くやってるわ。やっぱり、あの騎士のお花畑連中とは違うわね。」
彼女は槍を空高く掲げるとその穂先から一筋の青い光が細い蔓の元に向かって飛んで行った。斜め下から飛んでくる火球を打ち返すと、地面を這う敵から少し距離を置いたところに着地した。
一希はこのまま戦っていると自分たちがますます不利になることをはっきりわかっていた。日はほとんど落ち、目が効かなくなってくる。月の光こそあるものの、人ならぬ者たちと比較して人間は、少なくとも自分は、勝てるだろうか。
「くそっ」
蔓が空を切る音が聞こえ、彼は魔物との距離を取る。敵からの攻撃はとどまらず、敵の攻撃が少しでも静かになれば、一希はそう思いながら、できることは距離を取ることだけだった。剣を振りかぶろうとすれば彼自身への攻撃をやめ、それを弾きにかかる、敵ながら油断のない動きに彼は舌打ちをした。彼はもう一度剣を拾いなおす。
その時、光る魔力の玉が蔓に衝突した。蔓は弾き返そうとするが、光る玉は蔓から離れようとしない。別の蔓を這わせ、むりやり剥がそうとすればそれもくっついてしまう。
「...この魔法は!」
一希が後ろを振り返ると、シンが立っていた。
「間にあいました...」
敵の動きが弱まった。一希はすばやく花との間合いを詰める。魔物は別の蔓で彼を狙うも、彼はひるまない。仲間が来てくれた、それが根拠のない自信をふるいたてたのだ。次々と放たれ彼に襲い係る毒液を避けながら敵の足元へ向かい、根元から蔓を切りつける。太い茎の胴体と、切放された蔓の間から緑色の液体が飛び出す。
巨大な魔物は悶え、叫び声をあげ、地面から根が飛び出した。シンはそれを避けると、再び向きなおった。一希は液体を拭い、次の一本の蔓も切りつけた。根を足のように動かし、今度は魔物が彼らから距離を取った。
「あら、なかなかやるじゃない。ま、頭数増えたなら当然よね。」
悪魔は魔物の叫びを聞くと、ふわりと浮き上がり、花の魔物の上に浮かんだ。その頭上に乗ろうとした瞬間に木槌が彼女に襲い掛かる。
「こっちも片付いたわよ!」
マーが手元に木槌を収めると、にやりと笑う。彼女たちの足元には沢山の花びらが落ちていた。
「あらあら、やだわ。人間ってホント物騒。」
悪魔は大げさにため息をつくと、わざとらしく首を振った。そして広場の入り口を指さす。
「これでも、私たちを潰すことはできるの?」
彼女の指の先には魔物がいた。姿は彼らが戦っていたのと同じような花の姿だったが、その蔓は人間の子供を捕らえていた。
ここまで読んでいただき誠にありがとうございました。