Flower 10
巨大な黄色い朝顔の中心で蠢く瞳に見つめられ、一希はこいつが親玉だろうと踏み、息をのんだ。この花を倒さなければきっと他の小さな花たちが消えることはないだろう。彼の想像に答えるように、市のあらゆる場所には色とりどりの魔物が咲いている。未だに数多くの兵士が戦闘を続けているにも関わらずだ。魔物たちの多くは自身の誇りと名声という概念を持つがゆえに、兵士をはじめとした武器を持つ者に挑んでいたが、持たぬものもいた。代わりにそういう輩は、一種の賢さ持ち合わせている。その内の一体は、この騒動で親とはぐれた子供を狙っていた。
一方宿では、シンが心配そうに窓の外を眺めていた。彼もまた空を貫く光の柱を目撃し、治療や励ましに集中することが出来ていなかったのだ。彼は宿の様子へ視線を移す。医療従事者や治癒魔法を持つ人もここに来ていて、かなりうまく回っているようだった。窓際の椅子にはチコが座っていて懸命に祈りをささげている。もうここには自分がいなくても大丈夫だろう。彼は深呼吸すると剣を担ぎと宿の主人に声をかけた。演劇用の剣だが気休めにはなるだろう、それに自分の一番の武器はこれではない。友があそこで戦っている。自分がやるべきことは決まっていた。
市の中央広場で、自身の三倍以上の大きさの敵に一希は、一瞬足を止めたがすぐに剣を持ち、戦える準備を始めた。花の根元では膝をついたレオ市長をペッタ夫人が支えている。市長の手にはほのかな光が残っていた。魔物の一つの瞳が新たな来客たちとこの夫婦を見つめ、巨大な朝顔はヒトの胴ほどもある蔓を高く振り上げる。蔓は彼らに向かって振り下ろされた。地面が割れる音は戦いを再開する合図だった。
「市長、夫人大丈夫ですか?助太刀に来ましたよ!」
マーが瞳から飛ばされる毒液を避けつつ市長たちに声をかける。
「やぁ、三人とも来てくれて嬉しいよ!あの光とんでもなく目立つだろ、私たち夫婦の最高傑作だよ!」
言葉を返す市長はやや苦し気な表情を浮かべているが、いつもの芝居かかった口調は崩れない。彼の手に残っていた光は小さな短剣の形になり、器用に片手で飛び散る破片を切り捨てていく。細かい破片をすっかり払うと、野太い蔓に向かって光の短剣を投げた。夫人の目が一瞬強く輝くと短剣は見る間に長くなる。彼は声を上げた。
「敵を切り抜いてこられる援軍を呼んだのさ!」
武器が突き刺さった蔓は別の蔓で剣を引き抜こうとするが、深く刺さって魔物はそれを抜くのに苦戦しているようだった。その一瞬のスキをついて一希は剣を振りかぶり飛びあがった。途中マーの魔法で浮かび上がった木槌を踏み台にし、花の背丈を超える高さにに至る。彼の背後で太陽が沈んでゆく。
「喰らえっ!」
朝顔の花の中央に嵌った瞳に向かって一希は剣を振り下ろした。花の魔物は地響きのような悲鳴を上げ、茎を胴体を大きく反らせた。彼は空中の木槌の上に着地し、ゆっくりと地上へ案内される。サラが呪文を唱えているのが聞こえる。振り返ると沈んでゆく太陽の代わりに大きな火球が杖の上に現れる。彼女は杖を魔物に向かって振った。火球が真っ直ぐに魔物に向かって飛んで行く。
しかし、火の玉は魔物の目の前で霧散した。火の粉が消えた後に、女性が立っている。彼女は眉を顰め、肩をすくめているが、口角は上がっていて奇妙な笑顔を見せている。
「残念ね。」
彼女は広いつばを抑えて帽子が飛ばされないようにしていた。白い朝顔の飾りが燃え上がって消える。長い灰色の髪が風を受けて激しく舞い、笑顔に妖艶な魅力を添えていた。
「君は!」
市長は声を上げた。彼女はこの祭りでやっていた所謂「美人コンテスト」で優勝した女性だったのだ。ほぼ全員が構える体制を取るなか、マーは静かに木槌を操っていた。
「茶番劇だったけど、楽しかったわよ。」
にこり、と笑うと彼女は帽子を捨てる。地面に落ちた瞬間それは消え、視線を彼女に戻せば灰色の髪から銀に輝く角が伸びていた。手を伸ばすと、背中から蝙蝠のような羽が突き出す。悪魔だ。一希は剣を強く握った。
「お礼と言っちゃなんだけど...」
彼女の伸ばした手の先に黒い空気が集まる。それが真っ黒な槍に姿を変えると、彼女はそれを手にとった。振り下ろされた木槌を槍で返すと、彼女はすぐ後ろの巨花の茎を優しく撫でた。
「お礼をさせていただくわ。」
マーはすぐに木槌を手元に引き戻した。彼女と隣にいた夫人の足元から突然小さな花の魔物が何体も湧きだしたのだ。夫人も弓を引いて応戦する。一希はすぐに彼女らの元へ向かおうとするが、それを大きな蔓が遮った。巨大な花の魔物の方を彼が見ると、花は中央の目玉をぎらぎら輝かせ彼だけを見ていた。
「あなた達の相手は私がするわね。」
続けて三人の元へ向かおうとした市長とサラの前に悪魔は立ちはだかり、槍を弄んだ。
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