Flower 7
「演劇のほうじゃなくて、ね。」
森から吹く風が向き合う一人と二人、そして祠の間を抜けてゆく。低い太陽の光が一希の足元の草にあたって葉が煌めく。市長の背丈の半分ほどの祠に備えられた花瓶は、少しの水だけを湛えて光を返している。花瓶の後ろに立つ小さな女神像が微笑んでいる。彼はごくり、と息をのんだ。レオ市長の口から静かに言葉が紡がれ始める。
「ずっと昔、神は人々を救うために天から来たはずの神がこの世界の美しさに恋してしまったんだよ。でも、神だから人々を救ったら天に帰らなきゃいけなかった...たとえ相手が世界そのものでも、恋した相手と離れるのは辛いよね。彼も辛かったんだ。それで神は自分がもし死んだ後に、この地に生まれ変われるように、この地に贈り物を残したと言われている。その贈り物は世界へ広がり、豊かな自然の恵みを生み出したとされるんだ、その神の愛に人間が深く感謝し、この祠を立てたと言われている。豊かな自然は巡るもの。季節と、多くの生き物の間を。」
もう一度冷たい風が吹き抜け、市長は寂し気な表情を浮かべ長い髪を手で押さえながら続けた。
「それで、転生を祝う祠とされているんだ...ねぇ、転生された勇者さん。」
一希は黙ってその話を聞いていた。自分からはタイミングを逃して話していなかったが、どうやらかの市長は自分が勇者に転生した別の世界の人間だと知っていた。「一希」という自分の名で当たり前に会話していていたのに、どうして言い出せなかったのだろう。大方自分の考えを受け入れてもらえていたのだと、なぁなぁに済ませていた。慣れない練習などが続き忘れていたが、そんなことが言い訳になるか。なるはずない。言葉が出なかったのだ。
シンは心配そうに二人の様子を見ていた。市長は彼を「新しい」勇者として受け入れるよう、この伝説を交えて演者たちに説明していたが、そこに彼はいなかった。てっきり一希から説明を受け、演者に説明したのかと思っていたが、彼の狼狽えぶりを見ると違うことが一目でわかった。
市長は髪から手を下ろし、花瓶を手に取って残った花瓶の中の水をすべて捨てた。底に張り付いていた白い花びらが水と一緒に地へ還ってゆく。
「最初は勇者に似ていたから、思わず推薦してしまった。でも君の名前を聞いて、かつてこの世界を救いへと導こうとした勇者と別人だとわかったよ。同じ日のうちに、ジメハテの町の長老から君について聞いたよ。みんなに勇者と別人であることは説明したけど、転生の件は言ってない。黙っててごめんね。でも、君の口から教えてほしかった。」
「...すみません...」
謝ることしかできない。一度死ぬ前もそうだった。いつも大切なことのタイミングを逃して、後から言葉を継げなくなる。しばらくは沈黙と風の音だけがその場を支配する時間だった。しばらくすると市長は空の花瓶を祠に戻した。そしていきなり彼は二人に向けて頭を下げた。
「ごめんなさい!いきなりこんなことに言っちゃって...色々大変なのにこっちに気を配れとかいっちゃいけないよね。」
つられて一希とシンも頭を下げる。成人男性三人が森の近くで頭を下げて突き合わせている姿はどことなく滑稽であった。市長は二人の手を取った。
「ほんとにごめんね。大事なときにこんな話をしちゃって」
「いいえ、謝るべきは自分ですから。お気になさらず。」
自らの意思を強調するかのように一希はしっかりと握手を返す。市長の目尻は太陽がわずかにあたるだけでよく輝く。
「ごめんね...いつもお話してると感情が出ちゃうタイプなんだ。よくないよね...でもよかった、君が本当に新しい勇者なんだね...」
シンがハンカチを取り出し市長へ渡す。彼は礼を言って目尻を彼は拭った。一希は説明が遅れてすまない、と謝り返した。魔物退治も、英雄としての演技も、その場限りで済ませてきたが、自分はもう運命から逃げられない、ということを改めて理解しのだった。日は上りつづける。
市長はハンカチを洗って返す旨を伝え、もう一度二人と握手し、笑顔を見せた。
「じゃ、予行練習までの間、二人とも練習、再開しようか!」
一希とシンは新たな脅威を知る。彼らにまだ安堵が訪れないようだった。
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