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Hope of Fantoccini  作者: 蒟蒻
His Setting Off
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Flower 4

 声は柔らかく優しく、台詞は固く厳しい。ちぐはぐな印象を一希は受けた。

「らしくないっていえばいいのかな、物語の勇者っぽく仕立ててられてるけど、今日シンから受けた印象とは随分違うきがするんだよね。」

 彼は魔物と戦っているときシンが優しい人だ、と感じていたことを追憶した。自分たちが気づかなかった敵への対処、ここからは気配りを感じていた。そして何より魔物を逃がしたことだった。この世界に来てから魔物の脅威と戦う人ばかりと接触していたのでそのように感じただけだろうか...「甘さ」と表裏一体ではあるものの、彼の性格の表れであると彼は感じていた。

「確かに私は勇者らしくはないですからね、そういうのは私の家族のほうが上手です。」

「そう、それで違和感を覚えたんだ...というかそんなにみんな表舞台に出てるの?」

「両親や妹はこの劇に参加してますし、弟たちは劇団員として世界中を旅しています。それに、今日貴方を指導した女将軍役はうちの叔母ですよ。」

 今日彼を厳しくも優しく指導してくれた女性が頭をよぎる。なるほど、確かに上手だ。自分は彼女のようにはうまくできない、だが思いを伝えるべきだと彼は思った。

「俺さ、よく知らないから気を悪くしちゃったら申し訳ないんだけど...その、家の人みたいにとか、やるより、自分の思うままのほうがいいんじゃないかなって。」

「そういってくれて...ありがとうございます。」

 一瞬驚いたように目を開いた後に、恥ずかしげに目を細め台本を捲る。心なしか頬が赤い。

「じゃあ、少し私っぽくやってみますから...聞いてくださいませんか?」

 何度か躓いていた台詞、そして彼が手を付けなかった歌を演じた。台詞や歌詞は「勇気を出した主人公」らしい、大げさで、正義感に満ち溢れ、劇場に良く似合うものだった。

「めっちゃいいよ!!」

 一希は思わず立ち上がって拍手を送った。

「そうですか?」

 照れ隠しにシンは再び台本に目を向け、彼の歌は続く。答えの代わりに笑顔で頷く一希には祭で浮かれる人々の騒ぎは遠くに聞こえる。観客は一希と花壇に植えられた色とりどりの花たちだけだった。大きく筋肉質の体からは想像つかないような繊細で低い声が紡ぐ歌が月に向かって消えてゆく。


「おつかれー!二人ともどうだった?」

 練習を終え、食堂で向き合って食事をとる二人の元へ、マーが跳ねるようにしてやってきた。手には彼らと同じこの宿の食事があり、シンの横へ座り、若干食い気味に聞いてきた。

「そっちもお疲れ!こっちはなかなかうまくいったぜ!」

 一希は一瞬彼女があまりにも明るかったので面喰ったが、先ほどの様子が心配だったので元気ならなによりだ、と自分も負けずに明るく答えた。それに、あの歌声を出す助けができたと思うと自然と気が明るくなる。

「そうなの?ますます最終日が楽しみになるわね!」

 一行の食事はその後も和やかに進んでいった。食堂にいた観光客に見つかり、劇についてしつこく聞かれたこともあったがサプライズにしたいということで引き下がっていただいた。段々祭りで浮かれ騒いでいた他の観光客がだんだんと増えてゆく。一希たちは一足早く撤退した。


 月は窓際に置かれた花瓶が月あかりを受けて輝いている。窓際の机の上にある虫篭とその中のかたつむりも明るさこそ瓶に敵わないが、美しく光っていた。その机に向かって、マーが手紙を書いていた。ちらりと背後のベットで寝ているサラを見た。彼女は小さな鼾をかいている。昔から変わらない友人にマーは一人微笑むと再び手紙に向かう。

 ―いつもお世話になっております。最近また魔物が増えておりますが、そちらはどうでしょうか。私たちは元気です。弟はどうでしょうか。迷惑かけておりませんか...本来なら私たちの仕事であることを肩代わりさせてしまい申し訳ないばかりです。現在はジューカルミ市のお祭りに参加しています。それに今は新しい旅の仲間ができました。旅慣れしていませんがいい人です。先になってしまうかもしれませんが、お近くを訪れた折にはお顔を拝見したいと思います。今日、祭で購入しました押し花の栞を同封しますのでよかったらお使いください。―

 そこまで書き終えると彼女は近くの封筒を手繰り寄せ、中に入っている栞を確認した。小さな花が平たくなって閉じ込められた栞が二つある。青白い色と目が覚めるような赤。色がいくら目が覚めるようとはいえ彼女は少し眠くなってきたようであった。声を殺して欠伸すると手紙と閉じて立ち上がった。灯りを消して部屋を出て、宿の中庭に足を運ぶと一希が欠伸していた。マーは先ほどの自分を思い出し笑みを浮かべて彼に話しかけた。

「一希、夜更かし?」

「お、マー。いや、妙な夢みちゃってさぁ。寝付けないし、シンを起こすわけにいかないから散歩してた。」

 一希は口を押えてもう一度欠伸をする。

「夢、ねぇ。そういうのだと疲労回復しないから困るわよね。」

 二人は並んで庭の椅子に腰掛け雑談を始めた。共に過ごして心落ち着く人との会話もまた疲労回復の一つの手段だ。

ここまで読んでいただき誠にありがとうございました。

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