flower 2
合図。その敵の声が消えると同時に牙と剣がぶつかり合う激しい音が鳴る。
この合図ともいえるこの声は近くで聞くと全身にびりびりと響く恐ろしさを持っていること感じさせる声であり、一希も思わずたじろいでしまうほどだった。行商人達が防戦一方であることはすぐに見て分かったが、なぜそうだったかを身をもって実感させられた。花弁のたてがみと二股の蔓の尾を持つライオンの魔物はその彼の隙を見逃さなかった。
「わっ!」
情けない声を上げつつも、飛び掛かってきたその牙を剣で受け止める一希。弾かれた魔物は一度着地し、再び彼に飛び掛かる。同じ流れで彼と魔物はつばぜり合いになった。だが、かたや地面に足をつけた生き物の持つ剣と、飛び上がる必要のある牙。足に力を入れて彼はもう一度振り払った。そしてそのまま間合いを詰めて魔物を切りつける。固い花弁のたてがみが剣の刃を弾いて守る。今度は魔物が有利な番だった。彼は急いで対処しようとした。魔物がそのまま横に吹き飛ばされなければ。
「よそ見してるんじゃないわよ!!」
ライオンの魔物を飛ばした正体は、魔物の群れの別の個体だった。マーが木槌でこの個体を強い勢を持って横に向けて殴り飛ばし、一希が対峙している個体に衝突させたのだ。2匹はうめき声を上げ
気を失った。一方で、マーは行商人達が対峙している残りの4匹へ向かう。続いて、同じように魔法で巨大な木槌を操ってライオンの魔物を狙うものの、彼らもすぐに同じ手に引っかかるような馬鹿ではなかった。蔓の尾をうねうねと動かし、背後から襲う武器を察知している。
市に近いこの戦場の真ん中で、魔物たちと、とにかく飛び込んでしまう一希や、いつもよりも激しく感情を震わせるマーがしのぎを削っている。二人ほど戦い慣れしていないらしい行商人達は、二人のサポートに徹している。戦場の端に居たシンは、先ほど弾き倒された2匹を見つめた。気を失っているもののやはり蔓の尾が動いている。これが彼らのセンサーなのだろうか。そう訝しむシンの足元に魔物の蔓がぴしゃり、と鞭打たれた。彼は急いで後方に退いてそれを避ける。草が少しはがれて土が見える。彼は右手の人差し指と親指の腹を合わせる。いつの間にか目を覚ましていた2匹のライオンは地面に足をつけ、彼に牙をむいていた。彼はゆっくりと指を離すと、その隙間に現れた小さな魔法の玉を2匹の足元に向かって投げつける。着弾した玉は破裂し、蛍光の緑に光る液体となって魔物たちの足を覆った。ライオンはそれを気にせず、低い声で唸り飛び掛かるべく身をかがめた。
魔法で動かす木槌で手を汚さず魔物を無遠慮に殴り続けるマー。敵の隙をついた彼女の一撃が群れのリーダーの個体の頭を襲った。この魔物はしばらくのたうち回ってから、動かくなった。身体が小さくなってゆくのを見送りながら、一希はひどく無力感に苛まれた。
しのぎを削っていた先ほどとは比べ物にならないほど戦況は非常に好転していたが、一体自分は何に貢献できていたのだろうか。助けに入ったはずの行商人達と自分はほぼ似たようなことをしている自覚があった。つまり、防戦一方であったということだった。
一方で、リーダーを失った群れは統率を失ったようにも、怖気づいたようにも見えた。マーはぎろり、と群れをにらみつけた。1匹が尾を巻いて森に向かって走り出す。もう1匹がそれに続く。残る1匹もだ。リーダーの遺体と彼の花弁のたてがみである「遺品」がその場に残された。傾き始めた日差しが一筋の赤い光を遺品に投げかける。
シンに襲い掛かろうとしていた2匹の魔物は飛び掛かる直前で、それが成しえないことに気が付いたようだった。彼らは足を上げようとしたものの、足を覆った液体が決して地面を離れようとしない。しかし、魔物は牙を鳴らし威嚇する。シンは彼らに黄緑の瞳の目を細めて話しかけた。
「これ以上のことは私の仲間しかできないので...お引き取りいただけるなら...」
仲間、と言うときにマーのほうを一瞥し、視線の彼女の足元に転がる遺体に向け、足元をとられた魔物へ戻す。あくまで優しい口調を崩さないが、視線は魔物たちに警告しているようだった。牙を打ち鳴らす音が少しずつ小さくなってゆく。彼が指を鳴らすと、魔物の足元を覆う液体が一瞬にして消えた。2匹の魔物は逃げてゆく。うち足の遅い一体は、途中立ち止まってリーダーの死んだ場所を振り返った。そこにはたてがみを掴んだマーが立っている。夕陽を受けて黒い影が彼女の背丈を超えて伸びている。最後の1匹も森の中へ消えていった。
ここまで読んでいただき誠にありがとうございました。
また、今回小説情報や、一部の話の誤字脱字の修正を行いました。
ご迷惑をお掛けし申し訳ございませんでした。




