Flower
店長は眉を顰め、立てかけてあるサラの杖を手渡した。
「構わないけど、貴方も無理しないでね。」
「ありがとうございます。」
頭を下げるもう一人の店員を店長は心配そうに見送った。
この市の真ん中を抜ける大きな道。円形のこの市をきっぱりと二つに分けるこの道をマーは強く吹き抜ける風と共に歩いてた。風の行く先は市の外、彼女も同じだった。多くの建物に挟まれたこの通りでは彼らの動きは早くなる一方であった。途中、一希とシンとすれ違っても彼女は一瞥したばかりで、足を止めようとしなかった。風はどんな人間が来ても気にしないものである。自分だけが相手に気が付いたのかと思った一希は彼女に声をかけた。
「やぁ、マー。お仕事どう?」
「あら、ごめんなさい。気がつかなかったわ...お仕事はまぁ、まずまずってところね」
彼女は振り返り、少しの間足を止めた。だがすぐに戻り、再び足を動かす。先を行く風はもはやずっと向こうにあった。いつもの朗らかな彼女からは想像のつかない反応に不意を突かれた彼は小走りに足並みを揃えようとした。
「おいおい、なんかあったのか。」
「大丈夫よ、気にしないで。」
彼女が言い放つ言葉を聞き、一希とシンは顔を見合わせてそれが本当に「大丈夫」なトーンであるか判断した。そして彼らの当惑も知らずに先を行く彼女を追いかけた。
市街地のはずれ、朝や午前に大体の人はここを抜けているため、外へ出るための門は閉じられていた。先に到着したマーがつま先で立って門番と顔を突き合わせているのを、後からきた二人の男子は発見した。いかつい顔をした門番が立ったまま昼寝をしており、槍が地面に倒れている。その肩には指先に乗るような小さな愛らしい白い花がいくつも乗っていた。風は近くの木から青い花びら伴侶として迎え入れ、市から旅立ってゆく。
「もしかしてこいつのせいで卸売商が入ってこれないの?」
彼女はため息を吐いたものの、胸をなで下ろした気分になった。魔物の仕業ではなかったのか。門番を睨んだまま目は光り、手で触れることなく魔法で花を落とす。しばらくすると門番が大あくびをして目を開けた。口角を何か食べているように動かし、背伸びする。すぐに彼女と目が合って恥ずかし気に槍を拾った。
「いや、お嬢さん、申し訳ないね。外に出たかったのかい?」
「それもあるわね...外の人も入れないし」
門番の男の頭に任務がやっと帰ってきたようで、急いで準備を始めた。一希とシンが到着したこともあって、男をさらに急がせる要因となったようだ。
「ああ、そうだった...本当に申し訳ございません。すぐに...」
扉が開く。目の前には一希とマーがここに来るときに通った道が広がっている。扉の外には誰もいない。待たせている人がいないことに門番は胸をなで下ろしていたが、一方でマーは眉間に皺を寄せて考えていた。こちらから来ると聞いていたが、反対側の道を回ったのだろうか。それなら少し遅れているだけで今頃店に到着しているはずだ。よく考えてみれば魔物が街道に侵入するはずがないのだから...早く帰って店長とサラの手伝いをしなければならない。
「ごめんね!二人とも、私の杞憂だったみたいなの!ささ、戻りましょう!!」
彼女は、まだ完全に理解していない二人に向かって振り返って笑顔を見せ、市に向かって踵を返そうとした瞬間だった。「何か」の咆哮が響き渡った。
その場にいた全員が街道のほうを見た。一希にはライオンの声にも聞こえたが、少なくとも一般的な動物のそれではないことだけはわかっていた。この奇妙な叫びの元を探ろうと目を細めると、街道の少し外れたところで何かと何かが戦っていた。見通しが良いために、すぐにそれが何かか分かった。
「人間が襲われているわ!」
マーはすぐに木槌を持って飛び出した。一希もそれに続く。シンは門番に声をかけてから二人を追いかけた。住民の安全を確保してほしいことを筆頭に、できれば市長に魔物と戦う事態になる恐れがあることを。
戦っているのは3人の行商人たちと深い緑色のライオンの魔物の群れだった。一希は敵を見渡した。この魔物はどうやら6匹の群れらしい。人間たちはこの世界でごく一般的な剣で応戦している。しかし相手のほうは、少し異質でたてがみはまるで花弁のようで、この魔物を正面から見るとまるで大きな花のようであった。長い尻尾は二股に分かれて鞭のようにしならせ、武器が牙や爪でないことだけを人間に知らしめている。攻撃を受ける際には花弁を閉じて顔に傷がつくのを避けていた。ちょうど一匹の魔物がその鞭で一人の行商人の足を狙っていた。
「危ない!」
一希の叫びに行商人が飛び退くと、マーは魔法で木槌を操り、その魔物の横っ腹に殴りかかった。敵は一度飛ばされるも、すぐに起き上がる。奥にいる一番大きな個体が咆哮を上げる。それは合図だ。
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