Training 2
「力が入りすぎよ!!!」
何度目だろうか、一希の剣が地面に落ちる音がする。
「それでも本物の勇者なの?」
再び将軍の挑戦的なセリフが彼の耳に入る。今舞台に立つ人たちは本番用の服を着ていた。相手役の女将軍は、魔物役ということで、ツノのついたカチューシャや黒に金色の紋様の入った鎧を着ていた。装飾が多く、動きが少し遅くなっている。
「あいにく、ポンコツ勇者でしてね!」
彼は軽口をたたいて、彼女に向かう。かなり遅れたが、彼女がさっきから彼を煽るような言葉を言う理由がわかってきたので、遠慮なく答えた。やっと中腹の鍔迫り合いの場面まで身が持った。鎧を着て動くことには彼はたいぶ慣れてきたのである。彼の銀の鎧が輝く。彼女は相手の動きが良くなってきたのを見てニヤリと笑った。力負けをした一希の剣が再び飛ぶ。
「いいじゃない!その調子よ、ポンコツくん!」
剣を拾いに行く一希に彼女は再び軽口と肩を叩く。
「でもすごく良くなってるわ。明日にはきっと舞台にあうものになるはずよ。」
「ありがとうございます...」
照れ隠しをするような口調で彼は答えた。いい感じになってきているのはいいが、そろそろ疲れてきた。それに結局今日のうちに完成できないことがわかると、なんだかさっきの軽口で返したのが恥ずかしい。プロ役者の彼女は彼の動きから上達と心理・身体的な疲労を読み取っていた。
「じゃ、少し休憩しましょうか。休憩終わったら次の場面の練習ね。」
頭を下げてその場を離れようとする一希を将軍役は引き留めた。
「ちょっと待って。」
「なんでしょうか」
「今のすごく良かったわ。私があなたを挑発した理由...きっと緊張するとうまくいかないから、少しでもリラックスしてもらいたいというのをわかってくれたみたいだし。気にしないで頂戴。むしろこっちが行き成りけしかけちゃったことを謝るべきよね。ごめんなさい!でも別のところもさっきくらいの気分でやってもらいたいの。この先は私が絡まない場面も多いから言っておきたかったの。」
「そ、そんな謝らないでください。むしろお礼をこっちが言わなきゃいけないぐらいです...ありがとうございます。」
二人はお互いに礼を言って一度分かれる。一希は不思議と気持ちの良い疲労感に包まれていた。床を歩く足がむしろ劇中よりも軽く感じる。だが、気を抜いていられない。本番はすぐそこだ。
別室でのシンとレオ市長の個別練習は、気まずさにかけてはこの上無かった。上になければ右に出るものもないほどである。台本の中腹ほどのとあるページの左下の台詞に彼らは苦戦し続けていた。簡単にいうと、「決意に満ちて勇気を出して敵に挑む」というシーンである。市長曰くどうしても台詞にこめられた感情が足りないという。
「そうじゃないんだよなァ...」
「じゃあ、どうすればいいのですか?」
「だから言っているだろう。もっと役になりきるんだよ...作品の中で彼がどう考えているかを...これは君のお父さんが私に教えてくだすったことなんだ。だから、きっと君ならできる。」
「だから私と家族は違うんですってば!」
今度はシンが声を荒げた。その後すぐに沈黙が訪れる。気まずい。
「うーん、申し訳ない。私の教え方に問題があるっぽいね...」
「こちらこそ...」
ただただ二人の間には居心地の悪い空気が流れていた。
「...もう一回、やってみようか。」
「ええ...」
この後同じような口論がもう一度繰り返されるのは、二人も薄々気がついていたが、とりあえず形だけでも練習を行いたかった。それでも時間は過ぎていく。
休憩時間の一希は彼らの練習を見に来た。
「よ、どうだ、シン?うまくやって...」
一度彼は扉を閉めた。参考になるべくところがかなりあるだろうと思って扉を開いたのだが、扉の隙間から明らかにまずい空気が流出してきた。恐る恐る扉を開ける。
「...もしかして、なんか取り込み中だった?」
ここまで読んでいただき誠にありがとうございました。