Training
「まじか...」
一希は呟いた。昨日も自分にとってはなかなか厳しかったのに、予測はしていたものの、厳しくなるのは勘弁していただきたいものである。
「さぁ、準備してきて!みんな!始めるよ!」
レオ市長の激励に劇団員の士気が再び上がる。一希とシンは急いで準備に走った。
「...台詞は確認できるんだよな」
敵役と戦う場面。客席からはちょうど敵将軍と彼が横顔で向かい合って戦っている。彼は演劇の剣を振るいながら舞台裏をちらと見た。急造のイベントということで、毎回セリフの書いた板を裏で持ってこちらへ見せてくれている人がいる。よくテレビなどでみていた場面だ。時々、「もっと巻きで!」などと言った指示が入るのもバラエティー番組のようだ。
激しい音が鳴って、彼の漠然とした考えは彼の剣とともに吹き飛ばされた。後方に落ちる剣。遠くからでも演劇映えするように派手な装飾がされており、とても実用には程遠い。しかし、この劇で用いられている技術はどうやら本物の騎士の技術が用いられているようだった。剣術に対してほぼ素人の一希には敵将軍が強すぎた。
「すみません!」
「大丈夫よ!」
彼は剣を拾って相手を見て、その奥のセリフを確認する。敵将軍役である相手は50代中ごろの女性で、年に逆らわず、美しく年をとったショートカットの金髪が舞台に似合う美人だった。どうやら引退したものの、かつては本物の騎士をやっていたらしい。ここで求められる動き、そして剣術はこの市に来る前に同行していたチュリアとルートのような現役の騎士の動きにほぼ似ていた。一希は彼らならきっと自分よりうまくやってくれるだろうと考えながら、再び彼女に向かう、同じように剣ははじかれる。
「体が硬いわね!緊張してるんじゃない?」
彼女が挑戦するような声を出す。彼はもう一度剣を拾い、相手を良く観察した。現役と似ているとは言っても彼女の動きはほとんどパターン化している。所謂「演技用」なのだろう。あとは自分がこれを攻略するだけだった。相手の声に士気が上がるが、舞台裏や客席、様々な方向から自分が見られていると思うと、どうしてもうまく体が動かなかった。
「やっぱり、かーなり棒読みだねぇ」
一方で、市長とシンは別部屋で独白の練習をしていた。何度やっても棒読みになるシンは台本に目を落として呟いた。すでに1つのセリフでやり直しは20回をゆうに超えていた。
「やっぱり、向いてないのかな...」
「気にしない、気にしない。これくらいなら、気難しい監督の元ならプロでもあることさ!」
シンの肩を市長は叩く。
「もう一遍。今度は私がセリフを見せるから、感情を入れることを重視してみようよ!」
頷いて台詞を読み始める。大袈裟な感情表現が彼は苦手だった。彼らのまわりの人は逆に皆これを得意としていた。どうしても台詞の終わりに向けるにつれ声が小さくなっていく。
「ああ、神よ、私に救いの手を...」
「うーん、それだと客席に聞こえないよ!」
この市長の声のほうが大きく聞こえるほどだった。彼は声を上げたことに気づいて口に手を当てた。
「ああ、ごめん。少し休憩しようか」
シンは椅子に座って水を飲む。コップの水面で揺れる顔には本当に名家の血を引いているのか心配になるほど演劇の華やかさとは遠い顔だった。彼はひとりごちた。
「家族のようにオモテに出ることは無理だな...」
一方で、相も変わらずお祭り騒ぎの続く市の真ん中の広場では、午前の商売を終えたマーとサラがベンチで昼食をとっていた。遠くの国で有名な店のパンを彼女たちは出店で購入していた。
「うーん、うまくやってるかなぁ。」
増えてきた人ごみの邪魔にならないように、商品たちとこの騒ぎを見せてやろうと連れてきた蝸牛の籠が積んである台車を近くに引き寄せつつ、マーは言った。
「うまくって、ご友人さんたちのこと?」
「そーそー、あの人たち絶対緊張に弱いから今頃絶対苦戦しているだろうなァ...っておもって」
サラの質問にマーは、パンを飲良く噛んで飲み込んで答えた。
「確かにねー。毎年ここの祭りはすごいけど、選ばれた人って絶対苦労するよね...」
「ま、私はカンなんだけど...うまくいくと思ってる。あの人たち本番に強いし。片方はそういうトコみたし」
サラの言葉に彼女はそう返すと、パンの最後の欠片を飲み込んだ。
「ま、私たちも負けないように頑張りましょ!!」
「ええ!」
正午を迎え、客はますます増える一方だ。蝸牛は籠の中で人ごみが物憂げに葉の底に身を隠している。この客たちはほとんど最終日まで残る。そして最終日まで増え続ける。彼女たちの本番はすでに始まっていた。
ここまで読んでいただき誠にありがとうございました。