Festival 3
民衆ども、喝采。男は恥ずかしそうに顔を隠し、一希は唖然としている。彼は内心思っていた。何故この世界の民衆はこんなにも盛り上がることが好きなのだろうか。最初のパレードといい、迂闊に断れない環境を作らないで欲しいと。この前に比べて確実に引き受けざるを得ない状況になっている。
その後、一希は流されるままに皆から担ぎ上げられ、ぼんやりと流れを聞いた。この数日の祭りの節の最終日にミュージカルが開かれ、それまでに仕上げる。数日。彼は一気に引き戻された。戦いの経験なら最近あったが、舞台の経験なんて小学生のお遊戯会以来だ。
彼が二の句が告げないまま祭りのオープニング・セレモニーは進んでいく。ステージに立たされた彼の中で焦燥と、人前で断れないという気持ちがぶつかり合いながら。やがて、すべての話が終わってしまったらしく、レオ市長は深く礼をした。
「それでは!!」
良く通る市長の声とともに、煙が彼の足元から立ち上った。たちまち舞台には煙が上がった。市長の近くにいた一希は驚きともにせき込んだ。
しばらくして煙が晴れたとき、舞台にいた市長とその補佐をしていた麗人が消えていた。市長たちが消えたのはどうやら終了の合図らしく、民衆たちが広場に散っていくのが一希の目に入る。なかには散らずにすぐそこで雑談に花を咲かせている者たちもいるが。彼は額に手を当て、ため息をついた。一体なんだ、この市の人々は。
「...あのぉ、大丈夫ですか?...」
舞台のほぼ中央でこめかみを抑える彼に、彼が先ほど助けた筋肉質の男が恐る恐る声をかけた。体つきから到底推測できない丁寧で気弱な気質が声から伝わった。
「とりあえず舞台から降りませんか?」
「そうするか」
ここにいても仕方ない、筋肉質の男のともに一希は舞台袖に戻った。
舞台袖に戻ると、市長たちとマーが待っていた。マーは目を輝かせていた。
「二人で舞台デビューとかすごいじゃない!」
「それはそうなんだけど...俺には舞台なんて合わないよ...」
一希が狼狽していると、レオ市長が彼の肩を叩き、相変わらずの演劇口調で話し始めた。
「大丈夫だよ!勇者サマ!君ならきっとできるって!君は確かに前から舞台に立つ自信がないと言っていたがね...私はそんなことはないと思うんだ!人間は可能性の塊だからね!!」
「前から...俺は...」
しまった。この人は自分が転生した勇者だということを知らないのだ。一希は口を紡いだ。幸いにもおしゃべり好きなこの市長は一希の言葉に引っ掛からず、彼のとなりにいた筋肉質の男を指さして演説を続けていた。
「君もだよ!シン君。君はパタック家の長男坊なんだから、そろそろ舞台に上がってもいい頃だと思うんだ!君の家は大道具の名家だけじゃなくて、舞台でもトップクラスだったんだよ!」
そして彼はこぶしを天につき上げた。
「チャレンジだよ!これがなくては人生変わらないってのさ!」
彼が大分興奮してきてしまったので、横にいた呆れた表情で麗人が彼のこぶしを掴んで下げた。
「主人がすみませんね。ええっと、二人のゲスト様には改めて説明いたしますから。」
舞台袖には控室があり、彼ら一行はそこに案内された。テントの中の控室なので、最低限の仕様であったが、ソファに座った感覚や、鏡台に施された装飾から一級品がこの部屋に集められていることがわかった。
「申し遅れてすみません。私は市長夫人のペッタと申します。」
麗人は頭を下げた。ソファに向き合うようにして彼女らと一希らは座っており、真ん中のテーブルには「帰還する伝説(仮)」と書かれた台本が置かれていた。
「先ほどの市長が話しましたが...この祭りは5日間行われておりまして、今回お二人に参加をお願いしているのは最終日に行われるミュージカルです。すでにご存知ではあると思いますが...毎年の恒例行事として、この最終日のミュージカル主演は本日決めるゲストが務めるのです。決め方は、私が投げたブーケを受け取ること。」
そして彼女は台本の初めの頁を開き、登場人物の欄を指さした。上から二人分の人物の名前が記されておらず、かわりに「主人公」とだけ記されていた。
「今回は主人公が二人いるものですから...主演が二人必要だったのです。お願いします!」
「私からも頼むよ」
二人から頭を下げられると弱いのが、一希であった。
ここまで読んでいただき誠にありがとうございました。