Pig 2
魔物どもが倒れたのを見て、彼は翻り女のほうへ近寄った。まだ酷く怯えているようで、歯をカチカチならしていた。一希はそれを見て、膝をついて彼女に視線を合わせてできる限り優しげな声で話しかけた。
「ねぇ、君怪我はないかい?」
女のほうは、話しかけられたことでやっと我にかえったようだった。こくり、と縦に頷いて彼のほうをみた。先の戦いで倒れた豚の魔物どもはやっとのことで起き上がった。この獣どもはもう一度挑むか、それとも命を優先すべきかと悩みはじめるべきだったが、自分らに背を向けて女に声をかけている優男を目にいれてしまったものだから、とたんに心を決めてしまった。
「てめえ、いい加減にしろ!!」
一匹が叫び懐からナイフを取り出して一希に襲いかかった。彼は襲撃に気付き、剣を構えようとし、同時に反応が遅かったにも気づいた。敵は三体で、残る二体も動き出している。一体目を防いでも残る二体に勝てる自信はないでやられる。彼らは怒りに正気を失ったように見え、このままでは彼女も巻き込まれることは想定できた。一希はほぼ反射的に行動した。彼女が巻き込まれないことを優先し、彼女に覆い被さるように守ろうとした。理論的に考えてもこの後のことを一切考慮していない、馬鹿げた行動だとわかっていたが。彼女は驚き、されるがままになった。
「貴方...どうしてそこまで...」
三方からの攻撃が、彼を襲った。
その時、一希から熱波が噴出した。
「熱い!!」
一希の耳に敵どもの叫び声が届いた。彼は、自分は生きている、少なからず天が味方したと判断し体を起こした。豚男たちだけが燃えている。彼らは断末魔をあげながら地面に倒れ、のたうち回り、小さくなっていく。やがて小さくなった彼らの身ぐるみだけになった。
しばらく一希は呆然と彼らの遺品を眺めていたが、女性から離れそれを拾いに向かった。
「きゃっ!!」
しばらく離れたところで女性の叫び声が聞こえ、一希が振り返ると彼女がスカートについた飛び火を近くの火を使ってもみ消していた。
「ごめんね、大丈夫?」
彼が急いで戻ったころにはすっかり火が消えていた。彼女は急いで立ち上がって彼に礼をいった。
「大丈夫です。本当にありがとうございます...」
「どういたしまして。困ってる人を助けるのは当然だし」
少し格好をつけていったものの、彼は限界に近かった。一刻も早く宿屋に戻りたかったが、激しい戦いの反動からうまく動けなかった。女性が彼の顔を様子を伺うように覗き込む。
「あの、その、大丈夫ですか?」
「ああ...なんとか」
よろめく一希に彼女は肩を貸すと、近くにある自分の小さな肩掛け鞄を引き寄せた。彼女は鞄の蓋に手をかけていた。恐らく治療薬を探しているのだろうと考え、彼は内心情けなく思った。人助けをしても結局その人に迷惑をかけてしまうのだ。自分の未熟さが歯がゆかった。傷口に夜の風があまりに冷たかった。
「おうい!君たち大丈夫かい?」
遠くから声が聞こえ一希はハッとして顔を上げた。チュリアとルート、それにマーがランプを持ってこちらに駆け寄ってきた。女性は手を鞄から離し、二人の騎士に手を振った。
「こちらです!この方が助けてくださったのです。」
救援の手を借りて一希たちは宿屋に戻った。
「もう!気が付いたらいなくなってるんだからほんとビックリしたのよ。無理ばっかりして!」
マーは一希の腕に少し乱暴に包帯を巻きながら文句を言っていた。彼は黙って聞いていた。無理ばっかり。本当にその通りだった。前回と違って今回は失敗したときに何も後がなかったのだから。
彼女は巻き終えると彼の腕をぽんぽんと優しく叩いた。まだ焦りが残り、それでも安堵した複雑だが優しい表情を浮かべていた。
「でもみんな無事に戻ってきてくれてよかった。これ以上魔物との戦いでだれも失いたくないものね。」
チュリアとルートにもいきさつを話し、休息であっという間に夜は更けていった。
朝になり、一希は女性に家族が心配するだろうと言って帰宅を促した。騎士たちの付き添いの申し出を断って彼女は何度も礼を言うと、小さな宝石を差し出した。美しい紫に輝いていた。
「これ、お礼です。大したものじゃありませんが、良かったら受け取ってください」
「ええっ、でもこんないいものを!」
彼女は一希の手に無理やり宝石を押し込んだ。そして彼の返事を聞く前に扉を開けて走り去っていった。
「お守りみたいなものですから、本当に大したものじゃないのです。では、失礼します!」
ここまで読んでいただき誠にありがとうございます。