Night 1
拍手喝采の後には、穏やかな盛り上がりの時間が訪れ、やがて休息の時間に変わった。街道に居るし、大トカゲを倒したこともあり、魔物が来ることは考えにくかったが、一応交代制で見張りを置くことになった。
目の前でぱちぱちと火が歌う。一希は不思議とこの光景に見覚えがあった。記憶を漁ると昔の修学旅行にたどり着いた。異世界転生のヒントは掴めなかった。
隣では同じ見張りのルートが三編みをほどき、長い足を折り畳み、体育座りのような体勢で、膝の上に顎を乗せて丸まった姿で歌い踊る炎を眺めている。長い髪が地面についている。彼は鎧を脱いですっかりリラックスしていた。リラックス、その点では一希も一緒だが。彼はふと口を開いた。
「ねぇ、一希さん。」
「ん?」
「一希さんって異世界から来たのでしょう?」
「ああ、まぁな。」
「では、異世界の知識とかけっこう持っているのですか?」
一希はすぐに答えられなかった。知識と言うのは何だろう。専門知識は殆ど持ち合わせていないし、授業評価も決して優秀と言えない。ただ、商品を買うのにはお金が要るだとか、本当に常識中の常識は知っている。だが、その一部はこの世界と共通だ。彼はそういうことを知りたいのだろうか。彼は考えた。
「ああ、ご免なさい。もしかしてまずいこと聞いちゃった感じすか。」
「いや、大丈夫。ごめん。異世界の何が知りたいのかなーって考えちゃって。なんかある?」
彼が答え、投げ返すとルートは焚き火の方を向いたまま呟いた。
「医療とか、気になりますね。さっき治癒魔法に驚いてたみたいですし。」
一希は軽く頷いてルートにこちらの世界の医療のことを教えてやった。とはいえ彼は医療の専門家ではない。
「そうだなァ、まず治癒魔法はないな」
彼が喋り出すとルートはこちらを見て話を聞いた。当たり前のことだが、一希はなんだか自身の世界の技術をプレゼンしているような気分となり緊張した。
「なるほど」
「かわりと言えるかわからないけど、科学技術を使った医療ならある」
「カガク。魔法の代用的なものでしょうか?」
一希は頷いたが、魔法の知識が乏しいので、実際に代用的であるか不確かであった。だが、彼の居た世界では悉く魔法だとか魔物だとかいう者達が科学に追い払われているためそうであると考えた。彼はさらに考え考えルートに伝えた。
「X線を使ってレントゲンを撮って体内を見たり、あー、そうだな、最近では小さな機械による遠隔の手術をしたりしてた。」
「よくわからないけど、すごそうですね。エックス・セン・レン・ト・ゲンなんて高等な魔法みたいな名前ですね。きっと魔法より凄いのだろうな」
ルートは何故か二つを混ぜて呟いた。しかし、一希は治癒魔法の方が優秀だと考えた。先程の魔法に使ったのは楽器で、特別な機械を必要とせず光だけで治療が終了するのだから。彼は小さくふと広場を見渡すと、遠くにきらりと光るものがあった。立って見に行くと、虫籠の中のマーの蝸牛が月光を受け輝いていただけだった。彼は戻ろうとしたが、籠の近くに集積回路良く似た紋様のあるの石のような塊を見つけ、これを使って少し機械の説明をしてやった。それから、一希は彼のX線たちに対する誤解を訂正して自分の意見を伝えた。ルートも意見を返してくれた。お互いの話を真剣に交わす、率直な討論は非常に楽しく、彼は嬉しくなってつい沢山話してしまった。
一希らが討論の花を咲かせている頃、主のいない大トカゲの巣穴の前に笑顔の仮面をつけたピエロがふわりと降り立った。隣には眉目秀麗な騎士の男がいた。
「どうした、こんなところに呼び出して」
「すみませんねぇ、ちょっとお見せしたいものがありまして。」
「早くしてくれ」
「貴方様はせっかちなのが欠点です。そう、いつだって」
騎士はピエロを睨み付けた。ピエロは謝罪の意が一欠片も見えない平謝りしてから洞窟の中へと消えていった。
ピエロが消えてから少しの間、この騎士の男は暇をもてあまし近くの小枝を拾って地面に絵を描いていた。決して上手でないが若い女性の顔であることはわかる出来だったが、この男は、それを完成させたとたんは舌打ちをして乱暴に足で絵を消し、小枝を投げ捨て、自分を呼びつけた上に置き去りにした無礼な輩が消えた洞穴に向かって叫んだ。
「おい、まだか。貴様ほど俺は暇じゃない!」
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