Little Night 2
ロボットたちの住む海底の国にきた一希。そこから帰るために必要なパーツを持っていってしまった魔物と戦った一同。暴走する巨大化したイーの残酷な攻撃をみた彼は、トラウマを刺激され倒れてしまう。
目を覚ました一希に仲間たちは状況説明をし、翌日には出港できることを伝えられる。ボーイとともにおしゃべりに花を咲かせ、消灯しようと少年は立ち上がる。
「ねぇ、一希さんははやく地上に帰りたい?」
「...ああ、仲間たちが、待ってるから」
「そっか...」
消灯後、ボーイは扉の前で行ったり来たりしながら、一希に質問する。
「敵が居ないわけじゃないけど、ここなら、イーたちが守ってくれるよ、」
一希は少年の言いたいことを、なんとなく読み取った。自分の深読みでなければ、彼は自分を引き留めたいのかもしれない。
「ここにも、人間は僕しかいないけど...みんな素敵だよ。」
「ボーイ...」
「僕ね、初めて人間に会ったんだ。」
丸椅子に座り、窓のほうをみてボーイはぽつりぽつりと話しはじめる。
「母さんは海難事故で海に落ちて、ロボットたちに保護された。その時母さんはもうほぼ瀕死で、お腹の僕もダメだと思われてたみたい。」
「でも、彼らの技術は僕だけをこの世に繋ぎ止めた。腕や足はダメになったけど、機械の仲間が分けてくれた。」
少年は腕まくりをして、肩から伸びる義手を見つめる。人工的な月が彼の銀の腕を照らした。
「母さんは僕を託して死んだ。僕はロボットたちの顔しか知らない。それでもずっとずっと、僕は仲間に囲まれて幸せだった。」
少年は首を振り、俯いた。
「こんなに優しくて、あったかい仲間がいるのに、僕は、一希さん、あなたと会って、人間に対する気持ちが、噴き出してしまったんだ。」
ボーイは声を震わせている。
「明日になったら、一希さんと離れてしまう。あなたが二度とここに来ることはない。僕はまた、ただひとりの人間となる。そんなの嫌だ」
一希が少年のほうを見ると、彼の目から涙が溢れ出していた。
「僕は...最低だ、ずっと...守ってくれる、仲間がいるのに、勝手にひとりぼっちだと思うなんて」
一希は考えていた。どうすれば彼の心を支えられるだろうか。自分がここに残るわけにはいかない。だが、この泣いている子供を置いていくなど...一希の脳裏に一つの答えがよぎった。
実際にできるかはともかく、提案してみる価値はあるだろう。
「ねぇ、」
一希が口を開いたその瞬間だった。
『緊急事態発生 魔物の襲撃が発生 各自、対応を要請する』
部屋に、施設中にサイレンと冷静な機械の声が響き渡る。
「...!いかなきゃ!」
ボーイは涙を拭いて立ち上がる。一希も続く。
『魔物の群れは現在A棟西を移動中』
「A棟、ここです」
ボーイは並走する一希に声をかける。彼は頷き、警戒を強めながら進んだ。角を曲がろうとした瞬間、その先から何かの影が見え、二人は足を止める。影はこちらへ向かってきた。
空気を切ってを泳ぐ、人魚だ。上半身は人間で、下半身は魚。おとぎ話で見た姿そのままの美しき女性の人魚。サンゴの海を切り取ったような、カラフルで彩度の高い色をした長い髪を靡かている。真珠のような、きらきら輝く瞳を丸くして、こちらを見ている。
そして、人魚は人間の存在に驚いているようであった。一希も人魚の存在に驚いている。勇者が口を開こうとした瞬間、ボーイが叫んだ。それと同時に人魚が腕を振るう。
「下がって!」
一希が声を聴き、咄嗟に一歩下がる。彼の今までいた場所に、三又の槍が刺さった。
人魚は舌打ちをし、彼女の手の中に槍が戻っていく。
「おまえだな、勇者は。」
彼女は空中でぐるりと一回転し、再び槍を投げる。二人は飛び退き避けた。
「我々に仇をなすものは決して許さない」
一希は剣を抜く。ボーイが義手を取りかえると、彼の手もまた、剣のような形となった。お互いに臨戦態勢をとる。人魚はすぅ、と大きく息を吸った。
「きいちゃだめ!」
ボーイが再び叫ぶ。人魚は激しい音波を放った。一希はなんとか耳を塞いだが、一瞬だけその音を聞いた。この世のすべてを呪うような、恐ろしい音。足元が勝手にすくんでしまうような、声。足がビリビリする。麻痺しているようだ。彼が顔を歪めて耐えてるのを、人魚は見逃さなかった。
彼女は槍を振るえば、生じた風の刃が一希を襲う。間一髪で避けるが、彼のズボンの裾が破けた。
「チッ」
何度も舌打ちをし、瞳を細めた人魚。彼女の背後からボーイが切り付ける。人魚は振り向きもせず、後ろに槍を回し、剣を受け止めた。
「お前はなんだ?邪魔だ。」
そのまま人魚は少年を振り払う。風を起こし、少年を壁にたたきつける。
「邪魔をするなら先に殺してやろうか。それが嫌なら、消え失せろ」
「いやだ!」
ボーイは膝をつき、立ち上がる。動けない一希を捨て置いて、人魚は少年に矛先を向けた。
「人間にも機械にもなれない、なりそこない」
「なりそこないなんかじゃない!ぼくは、」
ボーイは声を震わせている。剣と化した銀の腕を支えにして立ち上がる。それを空中から見下ろし、人魚は吐き捨てた。
「人間は銀の手を持たない。機械は柔らかい肉をもたない。お前はなりそこない以外、なんなんだ?」
「ぼくは」
少年は、人魚を、一希を、そしてその奥を見据えた。
ここまで読んで頂き誠にありがとうございました。
次回投稿は10/1の昼12時予定です。
どうぞよろしくお願い致します。