Rest
行きは意識していなかったため気がつかなかったが、東西ふたつの町を結ぶ街道の途中には広場のような場所があった。
見てみると、まず東西それぞれの町の名が記された看板が目についた。東の矢印の下に自分等がきたジメハテの町と、西の矢印の下にはジューカミル市と記されていた。次に、広場の中央に目を向けると、複数人が腰かけるのに調度よい加工を施された丸太が二本、向かい合って置いてあった。
片方の丸太には女が座っておりハーモニカを磨いていた。旅に似合う軽装だが、こ洒落た飾りが少しついており、唾の広い帽子を被っている。決して派手すぎもしないその服装はいくらか牧歌的であるといえた。成人男性であるルートと同じくらいの高い背丈の上に座する頭には翠の瞳と長く赤いポニーテールが映えた。自分達よりも年上であろう彼女の風貌をより大人っぽく演出していた。
女がこちらに気がつく。親しげに笑いこちらを手招いた。
「やぁ、皆様こんばんは。」
「こんばんは。」
マーが最初に返す。二人の騎士は礼をし、一希も合わせた。女は一希の顔をみると驚いたようにして立ち上がり、一希の手をとった。
「ウワサに聞いた勇者様じゃないか!!どうしたんだ、そんなケガをして...」
話す前に、と付け加え女は一行に席を勧めた。一希はマーとルートと座り、反対側に女とチュリアが座った。
女は皆に労いの言葉をかけると彼らは礼の言葉と自己紹介を返した。女はいわゆる吟遊詩人であると言った。一方で一希はマーと協力して勇者である説明に尽力し、チュリアは自己紹介の流れの最後を担当して、続けて魔物と戦ったエピソードを話した。詩人の女は興味津々にそれを聞いていた。チュリアの熱弁が一段落すると、軽く拍手を送って言った。
「へぇ、大トカゲっていったらウワサのアイツじゃないか。倒しちまったなんてすごいねぇ...さすがだね」
「ありがとう。あそこで勇者様が機転を聞かせてドーンって!!」
ドーンで通じるのだろうか。一希は彼女の説明を聞きながら考えたが、詩人の女は満足げだった。
「素敵な話を聞かせてくれてありがとう。何かお礼をしなければいけないね」
「お礼なんていいのよ。」
「そうもいかないよ。」
彼女は少し考えたような表情を浮かべると、鞄から白パンを4つ取り出した。
「予定とずれたってことは夕飯は持ってないよね?旅路なもので大したものでないが、よかったらこれどうかな?」
詩人は一人一人に手渡して回った。彼らは各自礼の言葉と共に受けとった。全員受け取ったのを彼女は確認すると、足取り軽くもとの場所に座った。激しい戦闘で疲弊したうえの空腹だったため、彼らは素朴で優しい味に癒された。
「そうそう、水筒ならあったはず!」
マーは思い出したように言い、魔法で水筒を呼んだ。全員の喉を潤すのに十分な量があった。
詩人は鞄からハーモニカを取り出し、静かに奏で始めた。演奏は穏やかに優しく、音に振動した空気が彼らを慈しみ抱擁しているようだった。一希は目を閉じて演奏に浸った。幼い頃、母にハーモニカを触らせてもらったのを思い出す。上手く演奏出来ず、何度も音を飛ばす一希にずっと辛抱強く教え続けてくれた母。その優しさを一希の記憶の底から呼び覚ます演奏だった。
しばらくして演奏が止まると、一行は思わず拍手をした。
「素敵。えっと、この曲ってのカイナ町のやつよね。」マーは言った。
「そうよ。嬉しいわ。この曲は私の十八番なの。むしろこれ以外はまだ練習中で」
詩人は苦笑いして続けて言った。そうしてもう一度ハーモニカを構えた。
「上手くできたならこっちも大丈夫ね。」
彼女は再び曲を奏で始めた。同じ曲だったが、どこか様子が違った。音に合わせてハーモニカが光りはじめる。音がこちらに届くとともに温かな光が一行を取り巻いた。穏やかな曲は彼らを抱擁せんばかりだったが、さらに光が彼らを包み込んでいた。疲労に満ちた体が軽くなるような気分だった。今なお痛む鼻の痛みも引いていくようだった。
「治癒魔法だな。」
ルートは演奏の邪魔にならない程度に呟いた。一希は呟きを拾い納得した。流石ファンタジーゲームのような世界である。攻撃に使用しうる魔法だけでなく癒す魔法も存在するのかと。曲が終わる頃にはすっかりと体が楽になっていた。
詩人はハーモニカから下ろして立ち上がり深くおじきをして見せた。続けて観客らも立ち上がり、一斉に拍手を上げた。
ここまで読んでいただきありがとうございました。