Triumph
剣を構えたまま彼は走りだし、大トカゲの魔物の懐に飛び込む。そのままの勢いで柔らかなところに一撃を加えてやろうという算段だった。かの化け物は飛び込んできた彼に気づき、固い鱗で覆われた尻尾で防ごうとしたが、ほんの一瞬だけ遅かった。一希の行動は企みの結果として手応えを与え、言葉を漏らさせた。
「...やった」
魔物の絶叫が辺りの空気を震わせた。あたりの生物もこの悲鳴に悉く身を震わせ、その身を隠した。この魔物は苦し気に唸りながら全身を震わせて暴れまわった。正面から交戦していた三人の戦士達は異変に気付いて距離を取る。
むしろで退却に遅れたのは一希の方だった。最初は成功したことで一杯であったが、次第に刺した感覚が全身に回ってきた。傷口と剣の隙間から飛び出す紫の液に面食らい茫然としている一希の顔に暴れまわる尻尾が叩きつけられた。
「いっ...」
文字通り鼻の先を折られた一希はそのまま飛ばされる。痛みは彼を現実に引き戻す。彼は考えを巡らせた。やはり自然に受け身はとれた。大トカゲは理性を失って暴れ、戦士達はここぞとばかりに攻撃している。一希は起き上がり、改めて魔物を眺めた。大トカゲの腹部に鋼の剣が突き刺さっている。剣を回収できぬまま、ここまで飛ばされてしまったのだ。剣の鋼色にこびりつく紫があまりによく映えた。完全に丸腰だ。彼が指先で自らの鼻を触ると激痛が走る。へたりと腰を落とした一希は苦痛に顔を歪めながら戦局を見送った。日が落ちてゆく。
一希の一撃は決定打となり、その後の流れを確定的なものにした。魔物は理性を失い、弱点を守ることをすっかり忘れていた。暴れる魔物を相手にすることに慣れていた二人の騎士にとっては好都合であり、マーは遠距離攻撃にシフトすることで安定的して弱点を狙えるようになったのだった。しばらくして、耳をつんざくような断末魔をあげると大トカゲは倒れた。辺り一帯に激しい地響きがした。
他の魔物のように小さくなったものの、元々が巨大だったために残った「遺品」はそれなりであった。形はあのトカゲのシッポの形で、しばらくはビタビタと跳ね回っていたが、駆け寄ったチュリアがむんずと掴んでやると、それはとたんに動かなくなった。
チュリアは少し離れたところにいる戦友たちに勝利をあげたことを伝えた。
「おうい、こっちは大丈夫よ。遺品も回収できたわ」一同は安堵した。
魔物の脅威が無くなると、彼らはやっと周囲に気を払えるようになった。そして、一希の顔を見て、ぎょっとして、駆け寄ってきた。
「大丈夫?今薬をもってくるわね」
マーは魔法で薬を持ってくる。塗り薬と絆創膏。一希はただされるがままに塗られていた。
「ありがとう...」
「いーのよ、気にしないで!!貴方のお陰で勝てたようなものなんだから‼」
二人の騎士も彼に言葉をかけた。
「ほんと大丈夫?」
「無理しないで、痛かったら痛いっていってね?」
「大丈夫、ありがとう。ごめんな、心配させてしまって...」
「謝らないで、事態を解決に導いたのは貴方なんだから‼」
チュリアは一希の肩を励ますように叩く。ルートも同意するように頷いた。それは非常に一希にとっては嬉しかったが、チュリアの叩く力が少々強く、彼はぐえ、と変な声を漏らしてまた彼らを心配させた。
「ごめんなさい‼」
「大丈夫大丈夫」
謝るチュリアに一希は答えた。実際のところ、油断していたからなのであって、あの魔物の攻撃と比べれば大したものではなかった。比較対象が大きいのかもしれないが、一希にとって受けたダメージはほぼそれだったから仕方がなかった。
しばらくして皆が落ち着いたのを確認し帰宅の道を確かめるため、ルートは地図を開いた。日は酷く低くなり、地図に暗い影を落とすことにも役立っていた。彼は舌打ちをして髪をかきあげた。
「しかし、すっかり予定が狂ったな。まさかやつが俺たちを待ち構えてるなんて...」
「やつがこういう動きをしたのは聞いたことないわね。」
チュリアもため息をついて返す。昼間は薄く見えた月は段々と自己主張を強めている。マーは空をちらりと見て言った。
「すっかり暗くなっちゃいましたね」
「この辺だとまた魔物と会うかもしれませんし、一旦街道へ戻りましょう。」
一希の提案に誰も異を唱えるものは居なかった。しかし、他の魔物らにもあの声が、断末魔が聞こえたのだろうか。魔物らはすっかりと身を潜めている。幸運なことに、街道へ戻るまで一回も交戦しなくて済んだ。
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